震災

2012年11月11日 (日)

非常食:ようかん➕災害時伝言ダイヤル171のかけ方図解

Image 昨日、伊藤忠マンションの理事長さんらに講演。

お土産に、優れものが
非常食:ようかん➕災害時伝言ダイヤル171のかけ方図解

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2012年9月 4日 (火)

防災侍24区を行く?

66ca33c1 9月1日 大正区大正会館で、防災劇場が行われ200人が参加した。笑福亭鶴笑さんの一人人形劇「地球環境を守って」やチャンバラチャンネルさん「防災侍」などが、よしもと100周年協賛で行われた。筋原区長も「津波避難リバーサイド」を披露し、波が引いても2波に備え、降りてこないと、子供に訴えた。私も「町の隠居」として、津波避難ビルやまちなか5m津波水準サインの電信柱・ビルなどでの徹底表示、クルマ渋滞の周知、それらの訓練を指摘した。その緊急施策徹底のため、区長にはハリセンで打たれてもらい、区民を代表して気合を入れてもらった。
 喜劇や落語で防災というと、ひんしゅくをかうという声もある。しかし、より多くの人、子供にも理解してもらうためには、歌や落語やコントといった手法も重要である。
「防災侍さん、大正区は区長以下、しっかり防災活動を展開することになりました。しかし、他の区はどこまで進んでいるか不安です。他の23区も回ってください」と私がお願いし、「防災侍」尾上大五郎は、各区をまわりそうである。

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2012年7月21日 (土)

赤坂憲雄講演を聞き「3・11から何を学ぶか」

人口減に発災し、2万が亡くなった大災害、国は阪神の時のようには復旧できない。もとには戻らない。被災した水田は中世の潟に戻るだろう。しかし、東北は、勝てないけれど負けない粘り強い努力をする必要があるという。これは縮小・撤退・人口減社会の日本のモデルだ。その覚悟が必要だ。
 専門家ではなく、普通の人による、弱者(老人、とくに未来を担う子ども)に目配りし、隅を照らすような努力を、複雑化する多元社会のなかで「おりあい」をつけつつ「地域リ・デザイン」するしか手はない。希望は、ここにある。
  バスに言い換えると、
縮小社会でバス事業に勝ち目などない。国などどこまで期待できるか疑問だ。が、負けない努力は必要だ。強いクルマだけの社会で良いわけがない。社会のインフラとして、弱者(子ども、高齢者、障碍者)を支えることが重要だ。弱者が弱者を食い物にする一部の高速ツアーバスのような業態は、いずれ破たんする。関越道事故はそのきっかけである。
 負けない努力のために、事業者相互、事業者と地域社会・行政との協力し合い、法律とおりあいをつけつつ、真に必要な移動インフラとしてリ・デザインをするしかない。高速バスは、都市間インフラの主要であり、貸切バスは地域内臨機応変大量輸送のインフラなのである。余力がある上昇期でないときに規制緩和した国に不満をいっていてもはじまらない。自らの業を、地域に位置づける「負けない努力」が必要ではないか。
  各地のコミュニティ交通づくりに言い換えると、
永遠にカネが儲かる地域などあり得るのか、そもそもカネを儲け続ける必要があるのか。
カネではちょぼちょぼで勝てないけれど、人儲けをし、信頼儲けをする、出生率日本一の沖縄に学ぶ地域を各地作る必要がある。専門家でなくふつうの人の手で実現する必要がある。地域生活の基本、移動を皆でつくるという作業は、人が行き来し、あいさつしあい、語り合う活性化の切り札づくりなのだ。多元的地域の多様な意見、立場に耳を澄まし、おりあいをつけつつ地域の人の動き、モビリティのリ・デザインをする必要がある。

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2012年1月31日 (火)

【授業】ボランティア論〔1/13〕

学部の共通科目:国際ボランティアで、年に1回、160人の大人数の授業をする。
3年も講義をしたので、来年は辞退したいが、学生の感想レポートが、とても熱く重い。
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若い悩みや迷いに、少しは応えられたようで、力の出し惜しみをせず、来年もやってみようと思う。
 感想の一部は、
ボランティアは、自ら選択行動することであり、無償有償に関係ない。
選択行動は、自らの生きる意味につながる。
その選択行動は、事業性と持続性を持たねば意味がない。
ボランティアを始めるには、その社会的目的・個人の生き方としての目標を考えねばならない。
ラテン語のVOTEは行動選択だから、投票でもあり、ボランティアの語源でもある。
 授業意図がよく理解され、大学に合格してから悩んでいる、少し目標を失いかけていた学生が、
「今日から、自分を変えたい」「挑戦してみたい」「自分は何のために生きているのか、考え直してみる」
と、書いているのを読むと、来年も、授業をせねばならない気分になった。

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2012年1月20日 (金)

高層マンションの防災計画

通常時の活動(NHKニュース)
①災害時、居住者玄関ドアに、安否確認用マグネット板「大丈夫カード」を張り出す。
②行政と「津波避難ビル」等の協定を結び、
 ・非常時支援、帰宅困難者等の対応事項を明確化する
 ・その対応に関する損害補償事後対応を明文化する
 ・居座撤去等の基準とその行政責任を法的に明文化しておく
③緊急時避難の場合の食糧・簡易トイレ等の準備、設置想定を明確化しておく
④ 上記①~④にもとづき、停電を前提とした防災訓練を、津波の場合、直下型地震にわけて実施する。
⑤要介護者リストを作成する
⑥ 上記⑤にもとづき、大規模マンション内で日常時の日常時子育て支援、要援護者支援等、たすけあい的コミュニティ活動を展開する。
 その上で、
(A)マンション理事会の町会(自治会)化、連合町会加入。
(B)連合町会・学校等と一緒に、地域防災(減災)訓練に参加する。
(C)連合町会等遅延組織の、日常時子育て支援、要援護者支援と連携する(相互にシーズ[場所、人材]、ニーズ・情報を提供する)
  (参考:高層マンション管理業協会)

上記の手順項目を明確化する必要がある。津波避難ビルだ、高層マンションの町会加入をどう促進するか、を検討している行政マン、マンション理事長、連合町会長は、当然、上記を踏まえておられるであろう。

高層マンション管理業協会は、大阪市西区と連携し、こうした方向を模索し始めた。
安かろう悪かろうのマンション管理NPOは、地域の日常安全、非日常安心を担保できない。

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2011年9月20日 (火)

企業・高層ビル参加の防災〔大阪市西区〕

9月4日、大阪市西区防災訓練+フォーラムに参加した。
タイトルは「大震災、一人でも多くの命が助かるために~支えあう関係づくり、みんなで考える減災~」
 いざとなれば、犠牲が出ることを覚悟し、だからこそ減災をみんなでとう真剣な内容だった。大阪市西区は、江戸堀土佐堀阿波座など大阪市中心部の海寄り、海産物扱いなどで栄えた雑魚場があり、旧三角州新田の九条地区、そのスパー堤防としての大阪ドームなどがあるから、切実感があった。
 とくに、高潮、津波、地震に対し
▼フォークリフトなどの道具、避難場所としての倉庫提供など、「災害時地域協力貢献事業所・店舗」が登録され
▼高層ビル住民
▼中学生
も訓練に参加していた「本気度」に驚いた。
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2011年8月29日 (月)

企業参加の生野区防災マップ

28日、大阪市役所玄関ホールで、大阪市コミュニティ協会主催のシンポに参加した。
パネラーの生野区中川東連合の地元企業と連携した防災地図づくりに驚いた。
地元企業のフォークリフト・ジャッキ(24時間対応の可否)などが明記され、避難場所が明記され、自分の一時避難場所や地区の役員名連絡先を記入するようになっている。
 助ける近所の人≒地域振興会(町会)を明記している。
 その上で総合避難訓練を行っている。
 生野区は、上町台地の東、旧大和川(平野川)の浸水で苦しんだ土地柄。地盤も弱く、細街路が多く火事に弱い。上町断層の直下型地震に備えた訓練を、この地図をもとに何度もやっている。ワンルームマンションも多いが、何度も何度も「いざというときは地域振興会」と呼びかけているという。
 会長は、「地域振興会(町会)は自主防災組織」と呼びかけている。この毅然とした態度で、若者、女性も含めて、企業・学校・天理教会など多くの方と連携している。毅然として、かつ誠実に、何度も何度も、防災の必要性、地域の危険性を、丁寧に説いているようだ。
 マスコミの大阪イメージ、ご気楽、おしゃべり、好き勝手放題とは違う、「生真面目・公共を考える大阪人」が垣間見えてきた。役所依存は、微塵も無い。
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大阪市民が凄いのは、防災の話しになると、真剣に聞き耳をたてる市民が多数集まることだ。
 当日も、イベント「なにわ自慢」の関連シンポとは思えない真剣な態度、質問が飛び出し、感動した。また、日曜日なのに、市役所・区役所職員が30人程、立ち見で参加していたのには驚いた。3・11以降、市民のみならず、大阪市職員の一部には、大きな心の変化があるようだ。

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2011年8月22日 (月)

北原糸子『関東大震災の社会史』朝日新聞選書

関東大震災の被害額は、東日本大震災の十倍以上、死者・行方不明は五倍以上である。同じ都市直下型地震の阪神大震災と比べても、被害額で二十倍以上、死者・行方不明で十六倍の大災害であった。
関東大震災の復興計画を練った後藤新平や、被害状況に関する研究はあったが、罹災者の状況を克明に総合的に追跡したのは、本書が初めてであろう。
 この本を読んで、関東大震災、阪神大震災、東日本大震災の比較表を作ってみた。
 避難すべき学校も消失した関東大震災では、路頭に迷った後にバラック自治会ができ、なかには、安否確認のために上京する人々に震災絵葉書を売り歩き、納豆行商をする会もあった。当時の住民の生活力には驚嘆する。
 関東大震災では、リーダー(後藤新平、渋沢栄一ら)、住民、ボランティア、赤十字など医療班は奮闘した。国内外の義捐金も多く集まった。
 しかし、政争により復興予算成立が大きく遅れ、後藤の描いた復興計画も頓挫し、その閉塞感のなかで、日本は海外侵略に活路を求めていった。
 災害列島に暮らすことを思い知った今、この本の意味は大きい。

関東大震災

阪神大震災

東日本大震災

発生日

192391

1995117

2011311

死者・行方不明者数

105385

6437

20349

想定被害総額

5565億円(現代換算は難しい)⇒約112兆円※

9.9兆円

1625兆円

主な被害死因

火災

倒壊、火災、関連死

津波

避難所

公園・空地(逃げ延びるのが精一杯)

学校,自治運営傾向

学校、役所運営傾向

情報

震災彙報

新聞、ラジオボランティアニュースミニFM

デジタル情報、ミニFM

応急対応指揮

◎内務省+協調会+済生会

△政府対応遅れる

△国・県だより、市町村役場崩壊

政治的復興支援

△政争

○官僚主導

?政争

社会不安

治安、伝染病(衛生)

高齢化

放射線

復興計画

△政争により

○一応の住民参加


※ 前年財政規模の3.7倍が55億円だとすれば、H22年度予算約92兆×3.7=約340兆円。現代に関東大震災が起きれば被害想定は112兆円といわれる。

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2011年8月14日 (日)

続・大阪の津波対策(地下鉄など)

Img_07791_2 地下鉄中央線は、大阪港から九条0m地帯までは高架。木津川を渡り、防潮堤をギリギリ5m越えて阿波座地下駅に入る。Img_08061 阪神難波線は、神戸尼崎方面から安治川を渡り、側壁を施し九条地下駅へ。駅入り口は全てビルの一部であり、シャッターが降りる。より低いところは段差がある。Img_08091 Img_08101

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2011年8月13日 (土)

大阪の津波対策【修正】

次の南海東南海地震に於ける、大阪市の津波想定2.9m+満潮高水位2.1mとした場合、漂流物が船津橋(中之島西端)まで昇り、溢水して梅田が大丈夫か不安になってきた。
 そこで、大阪府西大阪治水事務所の津波・高潮ステーションに出かけてみた。
 そこでわかったのは、Osaka_tsunami_ という結論である(「大阪港地震津波対策検討委員会」、H20年)。
 船津橋は、1.27+2.1mで、それほど心配する想定にはなっていない。むしろ、大正橋2.53+2.1m、弁天埠頭2.19+2.1mのほうが危ない。速度は、南港北では、5.5m/sec=時速19.8km。最高水位2.9mの木津川防潮堤では、0.07m/sec=時速2.52km。太平洋の直接波を受けた三陸と大阪湾とでは、波のスピード、おそらく波力も違うであろう。
Osakakoujisintunamitaisakuactionpla

同報告のアクションプランによれば、船津橋にはプレジャーボート、土運船、はしけがぶつかる程度となっている。むしろ、木津川下流・中流、安治川河口においてはしけがぶつかるようである。
 ただしこの想定は、安政地震M8.4、宝永地震のM8.6を前提にしたものであるが、防潮扉が地震などの理由で閉められないケースがあるものと想定し、大正区等の浸水被害の大きさを描いている。
 もし、すべての鉄扉が安全に閉めることができた場合、ゆっくりと遡上する漂流物が船津橋に集まる可能性はなしとはいえない。そのときの高さは1.27mではなく、限りなく2.9mに近いものと考えるほうが妥当ではないか。
 ということで、まずは、九条、木津川沿岸、大正区が危ない。木津川から難波の地下街:OCATあたりは危険性がある。そもそも地下鉄、阪神なんば線はどうなる。その対処はできるのか。その上で、梅田地下街も、想定以上の津波の場合、水難を避けれない。

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