お遍路

2016年5月 6日 (金)

歩き遍路を授業として仲間と歩く意味(西川勝)

流しの哲学者、西川勝先生に同道いただき、徳島のお遍路を、学生と一緒に歩いた。個々バラバラに、先にたち、遅れつつ歩く。初めて会うまったくの他人との会話や相互接待。個々のカラダをみつめ、風景を見つめ、歩くスピードも服装も異なり、経をあげるあげないも異なるのに、そこ連帯感は何か。
 宿舎でのミーティングで、流しの哲学者が教示してくれた。

愛には、エロース(eros)、フィリア(philia)、アガペー(agape)がある。異なることに執着するエロースではない。制服で隊列を組んで歩き、歩く距離の同質性を求めるアガペーでもない。異なることを異なるまま認めるが、遍路道に位置する仲間を気遣う友愛、これが遍路なんや!

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2015年1月15日 (木)

お遍路のインバウンド観光、

にし阿波インバウンドフォーラム」(徳島県)で、エラリー・ジャンクリストフ(DOUBLET社、翻訳者)、松山良一(日本政府観光局JINTO理事長)、川瀧弘之(国交省観光庁観光地域振興課長)、清水慎一(観光地域づくりプラットフォーム推進機構会長)、らのお話を伺った。そのメモ
■フィーチャーブランド社 国家ブランド指数(2014-15)ランキング
・総合ブランド では、日本、スイス、ドイツ、スウェーデン、カナダ、ノルウェー、米国、豪州、デンマーク、オーストリア
・観光ブランド では、イタリア、日本、米国、カナダ、豪州、フランス、ニュージーランド、スイス、ドイツ、オーストリア
ところが
・世界経済フォーラム(WEF)旅行・観光競争力指数(2013)ランキング では
スイス、オーストリア、スペイン、英国、米国、フランス、カナダ、スウェーデン、シンガポール、豪州、ニュージーランド、オランダ、日本14位(これでも2011年22位から8ランクアップ)
・外国人訪問者数 フランス8473万人(6600万の人口で)、以下、米国6977万人、スペイン6066万人、中国5569万人、イタリア4770万人、以下、対、マレーシア、香港、マカオ、韓国、シンガポール・・・日本27位1036万人
 フランスを基準にすれば、2020年までに2000万人のインバウンドではなく、1億人のインバウンド客にせねばならない。
■観光の名目GDP構成比は5%24兆円(H24)=建設業6%27兆円
 雇用誘発効果399万人 全就業者の6.2%(H24)
 国内旅行消費額のインバウンド比率 6%(日本)⇒しかし、フランス34%、英国17% 韓国47%
■四国に関して "National Geographic Traveler” 2012,1 四国特集 Japan’s Past Perfect
 GeoEx社 Don George “Journey through Ancient Japan”
Mountain Hiking Holidays社“Hiking Temple to Temple in the Lost Japan”
ex.特定の資源を結んだ観光ルート ロマンチック街道=復興ドイツの戦略
 だったら、四国はお遍路のDNAやろう!
  外国人目線によるインバウンド=そこにしかない、行かないとわからない お接待
  インバウンドの絞込み   お遍路!
  広域連携:ワンストップサービス、 お遍路インバウンドのプラットフォームが必要だ
  インバウンドのための不安の解消=WiFiスポット、二次交通情報・高速バス整備、多言語サイト(SNS)、レンタカー活用・ガイド
 ⇒これらは、以前から私が言ってきた事。誰がやるのか、川瀧さんの言葉で言えば、お遍路のインバウンドは必然。逃げられない。誰が、腹をくくってするかだ。
▼エラリー・ジャンクリストフさんのすばらしい指摘「ニューヨークタイムス 世界50の観光地 で、四国遍路「弘法大師1200年祭がすんだ。今年から、ゆっくりまわれる」
Shikoku pilgrimage to temple to temple in the Lost Japan さて、誰が覚悟を決められるか?

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2014年12月30日 (火)

善根宿の二人のケンチャン:ボランティアと犯罪

遍路道には、遍路ころがしと呼ばれる厳しい山越えが数箇所ある。
 ある遍路ころがしの麓に、複数の土産物店ができ地元の人が梅干など農産物を売る「遍路の駅」が開業した。
 その空き小屋に、老夫婦が住み、土産物店を開業した。夫は、林業の仲買をしてきた。妻は別の霊場札所の麓の遍路宿の娘であった。夫婦の年金も頼りつつの土産物店であった。
 霊場を下りたへんろ駅あたりには、トイレはあるが常設の宿はない。ある日、野宿しようとする若い女性が居り、見かねた夫婦が家に泊めて食事を提供した。そうしたことが何度かあったので、夫婦は元宿舎を借り受け、善根宿を始めた。最初は無償だったが、1泊2食で3000円(家庭食)とした。夫婦には子どもがなかったので、ケンチャンという犬を飼っていた。
 そんなとき、お遍路を2回巡っていた「けんちゃん」(人間はひらがな)が居ついた。
 埼玉県で暴走族をしていたが、親が交通事故でなくなり、思い余ってお遍路に来たという。善根宿の手伝いをさせているうちに、夫婦は、けんちゃんを実の子にしようと思っていた。丁度、東日本大震災が起きた年である。
 あかの他人が、遍路を介して家族になっていく話を聞きつけた大手新聞社の女性記者が、けんちゃんと夫婦の物語を、「絆」という記事にし、全国で一席をとった。記事は正月版に掲載された。けんちゃんと女性記者とは息が合い、2012年2月に訪問した私は、二人が結ばれ、妻は記者、夫は善根宿というような夢を語りあい、夫婦は「あの子はお大師様からいただいた子だ」と感謝していた。
 その後、けんちゃんも善根宿でよく働いた。田舎ではクルマの免許が必要なので、住民票を取り寄せて、夫婦が自動車運転免許をとるようにすすめ、取得費用を出すからといっても、なかなかけんちゃんはウンといわない。
 そのうち、品川ナンバーの大きなクルマが近所で夜明かししだした。けんちゃんがそわそわしだし、「もう一度お遍路に出たい」と言い出した。夫婦は、実の子にしたいとまで思うけんちゃんのことである。旅支度、支度金を用意して、送り出した。
 その年の5月、けんちゃんは愛媛県内子で捕まった。
 実は、親も、妻も子もいる男で、飲食店で長く使い込みをし、指名手配中であった。調べてみると夫婦の店の金も使い込まれ、被害届を出すように警察から言われた。
 大手の新聞社からは、虚偽の報道に巻き込んだとして幹部がお詫びに来た。女性記者は、責任をとって辞職したという。
 地元民でない夫婦が経営し、けんちゃんが手伝っていた善根宿は、地元の民宿や遍路宿から客をとるので、理解を得にくい。民宿のほうでも、客が少なくなり、年末は休むようになり、ますます善根宿に客が集中し、善根宿の宿泊客は年間1500人にもなってきた。
 客のほうでも、多数になるといつのまにか善根が消えて、単なる安宿として人が集まる。風呂をわかしていたら、勝手に「温泉に行く」と言い出したり、人数は増え、要求も増え、夫婦は対応に追われた。
 そうこうするうち、犬のケンチャンが死んだ。夫婦は、ケンチャンの遺骨を抱え、これまで撮っていたお遍路さんとの楽しい記念写真をもう撮ることもなくなり、来年、ひっそりと善根宿、土産物店を閉めようと考えている。File0002_5
 誰も悪気があるわけではないが、善意で支えられているお遍路のもう一つの現実である。
http://morikuri.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-6219.html
参考・・・幸月事件
2003年6月27日(金)23:00~23:50放映「にんげんドキュメント」(NHK総合)「草遍路・終わりなき旅・幸月さん・80歳」 
 全行程1400キロに及ぶ、四国八十八か所・遍路の旅。歩いて回ると40日近くかかり、札所めぐりが盛んになった近年でも、全行程を歩き通す人は年間2000人余りに過ぎない。その遍路道を「自分の最期の場所にしたい」と、もう6年にわたり逆打ちで歩き続けているひとりの老人がいる。80歳の幸月(こうげつ)さんだ。夜はたいてい野宿。寝袋や調理用のコンロなど、必要最小限の道具だけを手押し車に載せて歩く。あごひげをたくわえたその風貌に、行き交う人々は思わず足を止める。そんな時、幸月さんはみずからも立ち止まり、しばし談笑を楽しむ。そして時折、即興で俳句を詠む。番組では、高知から徳島へと向かう幸月さんの旅路に同行取材。その生きざまを描いていく。
ディレクターからの一言:人は何のために生きているのか?どう生きれば幸せなのか?幸月さんは、そんな根源的な問いをわれわれに投げかけているような気がしてなりません。ぜひご覧ください。(情報源:NHK徳島放送局 ㈱シンメディア発行の「週間へんろ」孫引き)
「12年前手配の男NHKに出演~警官が気づき逮捕:大阪府警、殺人未遂容疑」
 12年前にけんかで人を刺したとして、大阪府警西成署は9日、殺人未遂容疑で指名手配していた住所不定、無職田中幸次郎容疑者(80)を逮捕した。
 田中容疑者は6月、NHKが全国放映した番組に本名で出演し、テレビを見た警察官が気づいたのが逮捕のきっかけになったという。調べに対し、「刺したのは認めるが、殺す意思はなかった」と供述しているという。
 調べによると、田中容疑者は91年11月5日朝、大阪市西成区萩之茶屋1丁目の路上で、仕事仲間の型枠工の男性(58)とけんかになり、左胸などを包丁で刺して1カ月のけがを負わせた疑い。同容疑者は現場から逃走し、西成薯が行方を追っていた。
 府警によると、田中容疑者はその後、四国霊場88カ所を巡る遍路を始め、6月27日に放映されたNHKのドキュメンタリー番組「にんげんドキュメント」で紹介された。たまたま番組を見た千葉県警の警察官が「指名手配犯ではないか」と思い、大阪府警に連絡した。
 府警捜査共助課の捜査員が立ち回り先で聞き込み捜査したところ、愛媛県新居浜市内で白衣姿の同容疑者を見つけたという。
NHK広報局の話:お遍路さんとして雑誌などで紹介されたこともあり、番組の主人公として出演してもらった。指名手配のことは全く知らなかった。(7月10日朝日新聞)

 

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2013年5月31日 (金)

お遍路インバウンド観光デジタルサポート構想

1)東京:京都:北海道:富士山:九州温泉以外のインバウンド観光の振興に役割を果たしたい。
2)このデジタルシステムが、インバウンド観光開発に大きな役割を果たすのみならず、住民の日常生活向上に、大きな役割(交通、減災、地域安全、医療介護、原発事故など)を果たすデジタルインフラとして機能する。
 とくに、
①全国交通ICカード共通化に遅れているJR四国、私鉄・バスなどのICカードの高度化、新設、共通化を推進することができる。
②遅れている交通情報の一元管理提示(ex.関西バス情報見える化)を広域で実施することができる。
③公共交通、宿泊施設等を通じた、津波地震等の防災情報・地域安全情報の伝達に、大きな役割をはたすことが、期待できる。20130530ipad2jpg 20130530ipad7

インバウンドお遍路(出入国:関西空港)の具体
❶Google遍路MAPの制作             
 ⑴遍路歩き地図の挿入
 ⑵全バス時刻入力
 ⑶英語対応宿泊所の提示   →Business
 ⑷遍路デザイン自販機の提示 →Business  with 遍路デザイン
❷アプリ(ICカード番号保有者専用) の開発
 ・リスクアプリ→コンテンツ→日本語英語中文韓国語ラテン語インドネシア(マレー)語相談電話対応
  病院、金融機関、天気・山道情報・台風・地震津波・原発、緊急宿泊、事故事件(交通事故、窃盗、痴漢等)
・お接待アプリ→コンテンツ(多言語)・お接待サービス申込メール、
  ※実際は、四国在住日本人、在住外国人も使える
❸交通ICカードの開発と流通          
   制作保有    4県観光プラットフォーム機構保有
   デポジットレンタル 営業・相談運営  (民間NGO)
   代理店…… 観光協会、交通事業者、エージェント、国際交流協会、関空、南海
◆デポジットレンタル1000円=レンタルデポ500+アプリ料金+相談料金
◆インバウンドレンタルカード2万円
……レンタルデポ500+アプリ料金+相談料金+四国内交通宿泊1.9万円相当+保険

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2012年2月26日 (日)

交通・NHKとお遍路

1930年、阪急が西国三十三箇所出開帳を沿線で成功させた。Img_0001
1937年、南海電鉄50周年記年の四国遍路大阪出開帳には20万人が押しかけた。
 四国で納経帳が始まるのは、西国三十三箇所観音霊場にならってのこと。
   その数年後には、大阪は空襲で灰塵
1953年 伊予鉄が大型バスで巡拝を始め、Img_0003
1956年に四国霊場会ができる。
事後、バス遍路増加⇒歩き遍路減少⇒農村副業の遍路宿衰退。
1985-88年 NHK早坂暁脚本『花へんろ』
1998年4月5日 NHK『四国八十八ヶ所 こころの旅』(1998-2000年)放送開始
1998年4月5日 明石海峡大橋開通
 ⇒クルマ遍路と歩き遍路の増加
1999年 しまなみ海道開通
 ⇒四国巡礼者数が西国巡礼を越える
2000年 Xハイウェー(4県県庁高速道路直通)
⇒日帰り巡礼ツアー
 日帰り・土日クルマ遍路増加
 高速バスにより歩き遍路増加
2003年 NHK『人間ドキュメント』幸月(句集『風懐に歩三昧』)⇒殺人未遂犯として逮捕
2006年 NHK『趣味悠々 四国八十八ヶ所はじめてのお遍路』
⇒2007年問題 団塊の世代一斉退職
2008年 NHK『街道てくてく旅 四国八十八ヶ所を行く』
2009年 NHK連続TV小説『ウェルかめ』(徳島日和佐遍路宿がヒロイン生家)

2020年までには、交通遍路情報の一体化と携帯化、多言語化により、外国人観光客増加がみこめる。すでに、スペインのサンチャゴ街道は国際的ブームになっている。

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2012年2月12日 (日)

司馬遼太郎『空海の風景』

事実としてではなく、司馬の描く空海像に共感してメモする。

司馬遼太郎全集 39

 最澄が『理趣経』借用を申し出たとき、空海は大嫌いな『論語』を引用し「道聴塗説」と非難して拒絶している(p337-340「空海の風景」『司馬遼太郎全集』第39巻)。
生半可な知識で道を説くものではないと空海は怒っている。私も、自分の身辺・経験・見たことに基づき、自分が思うことを、言葉(メモ)にしておくのみにとどめたい。
 空海は密教を文字のみによって理解することを「越三昧耶」として甚だ憎む。
なかでも『理趣経』は
妙適(男女交媾の恍惚)清浄の句、是菩薩の位なり
つづけて、欲箭も触も愛縛も本質は菩薩だといい(p43)、人間存在の一切を菩薩として肯定する。これは、自己を通じて、利他を考える究極であろう。だから『理趣経』は真言常用経典なのだ(p335)。
 その理解は、自然としての自己の口と身と意(三業)を通して(p338)、宇宙(他者=社会)の三密と一体化させてすすめる。人々の言葉のなかに理趣を聞き、人々の身体のなかに仏性を見、宇宙の成り立ち意図(理趣)を感得する の三種なのか。(推測メモ)
 空海は、建築、都市計画、土木の技術にも通じているが、そもそも密教はそういうものであった。
 空海は東大寺別当として南円堂を設計し、不空羂索観世音を中心とした密教現是利益の世界を、藤原北家に提供している。
 玄奘三蔵も、後に空海が起居する西明寺を設計している。それはインドの祇園精舎をモデルとして兜卒天の弥勒菩薩の宮殿を地上に再現しようとしたものである。空海も、兜卒天の弥勒菩薩の宮殿、加えて長安を模して山上に高野山を設計建設した(p366)。その最奥に奥ノ院を置き、自らを生けるがごとく入定させて一大アミューズメントとした。晩期の穀断ちは、有機物を減らしてミイラ仏を狙ったというような直接的なものではなく、命が途絶しようとする自然と、食べるという生きようとする命が相克する醜さを避け(p387)、自らの入定アミューズメント=普遍宗教都市高野山設計の完成をめざしたというほうが妥当である。都市計画とは、かくも宗教的哲学的行為であり、そうでない線引き・用途地域設定・事業計算だけは、恥ずべきである。
 満濃池の修築では、空海は勅命を出させて別当としてでかけ、官人を動かし(政治)、「その気にさせた」(協働)。その上で、アーチ型堰堤を持ち込み(土木工学=金剛界)、水利と洪水の矛盾、投資費用と負担、利益還元(胎蔵界)をわかりやすく技術者にはそれ用に、庶民にはそれように、そして豪族には豪族用に説いたのではないか(p12-13を参考)。そもそも、善無畏がもたらした大日経系密教(胎蔵)をゆずられ、かつ金剛頂経を伝えた金剛智・不空の伝法者であった第7代恵果(p245)の後継者が、空海であった。空海の、両部不二(智と理の不可分)の実践こそが、空海土木計画の骨頂ではないだろうか。
 それら全体を感得する統合手法=阿字観、月輪観瞑想法で心を落ち着け、目配り・心くばり・時をみる目・したたかな三枚舌 は、空海が室戸岬で感得したという虚空蔵求聞持法の一面、または前提なのかと推測している。それは、ありとあらゆる現実を認める、取捨選択しない、抽象化してごまかさないという態度から出発すると思う。
 「三枚舌」などというと、真面目な僧職から叱られそうだが、崇敬・侮蔑二分法でなく、統合的に理解をしてほしい。

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2012年1月18日 (水)

準歩き遍路を支援する交通情報

70歳前後、充分な体力に自信がない人は、歩き遍路の希望があっても、なかなか決意できない。つれあいに先立たれた初老の女性と一緒に歩いたことがあり、「無理せんで良い。疲れたらバスでも電車でも、ときにはクルマ接待もOKです。歩くことを楽しんでください。執着心を捨てる。色即是空です」とお伝えしたところ、大変、感謝され、事後、歩きを楽しんでおられるとお手紙をいただいた。
 しかし、どんな公共交通があるのか、どのように使えるのか、情報が明示されていない。しかし、へんろ道保存協力会の『四国遍路ひとり歩き同行二人【地図編】』は便利で、旧遍路道の距離、札所他、宿泊場所、鉄道や高速バスのバス停、時刻まで地図に明記されている。歩く遍路の必携である。
 これらのデータを、デジタル化して公共的に使えないかと考え、某プロバイダーと相談した。私が無償で、徒歩経路距離、ターミナル・札所のひもづけ一覧、札所表記統一案、それに遍路ころがし、そえみみず遍路道、柏坂などの有名な景勝遍路道を入れ込んだ「入力表」を、3日3晩で、作り上げた。これを、プロバイダーが入力し、PCやiフォンの検索エンジン「路線検索」で見れるようにする。本年度中に成果を出したい。

例えば、徳島県の吉野川中流右岸の藤井寺から、遍路ころがしを経て、徳島市内井戸寺まで歩き、帰宅する区切り遍路の場合(→は徒歩)、
■大阪⇒JR舞子:高速舞子⇒始発高速バス⇒徳島駅⇒JR⇒鴨島駅→第11番藤井寺→遍路ころがし→第12番焼山寺→泊/→寄居中バス停→バス→一ノ宮札所=第13番大日寺→第14番→第15番→第16番→第17番→加茂名(バス乗り場)⇒(高速バス)⇒大阪
と出れば、一泊で区切り打ちができることがわかり、お遍路参加者が増える。
また、
■大阪⇒夜行阪神バス⇒卯之町→第43番明石寺→卯之町⇒宇和島自動車特急バス⇒大洲IC=別格第8番十夜ヶ橋(大師が橋下で一夜をとり十夜のような苦労をした)→JR新谷⇒JR内子→内子市内見学→JR内子駅⇒夜行JR高速バス⇒大阪
という、弾丸区切り遍路も可能なことがわかるようにしたい。
 遍路途上で苦しいとき、iフォンでみれば、近くの公共交通のダイヤが検索でき、休憩がてら電車やバスに乗ることもできる。
 歩けるところまでは歩き、疲れたらバスに乗り、綺麗な風景に出会えばバスを捨て、楽しそうな暮らしがあれば小一時間耳を傾ける。そんな歩きは、弘法大師の教えにかなっているのではなかろうか。体力にものをいわせ、住民とのコミュニケーションもそこそこに、先へ先へ、高速歩きにこだわっても色即是空。
 体力の限界を知り、ゆったりと公共に身をゆだね、人々の暮らし、言葉に仏を見出すことも、遍路の菩薩業ではなかろうか。

そんなお遍路データを、検索エンジン路線検索に入れ込みたい。そんなデータがあれば、ホテルや観光のデータも検索地図に入り込み、ビジネス化する可能性がある。検索エンジンの路線個別データには、4つのフォルダーがある、将来は英語、中国語、韓国語対応が可能になる。お遍路を国際観光に位置づけるには、大きなツールになる。
参考までに、「四国遍路徒歩・公共交通入力一覧表」 を貼り付けておく。興味のありそうな方に、教えてあげてください。

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2011年10月 6日 (木)

76⇒77番、公共交通活用

胃潰瘍完治、ピロリ菌除菌記念、4回目区切り遍路出発

9月8日8:10JR伊予小松から、大頭妙雲寺蔵王堂→「てんとうむし」→【台風12号で山道の橋詰の土砂崩壊、杉樹倒壊散乱、歩き辛い】→60番横峯寺→16:30第61番香園寺<21km>宿坊休業→62番<22km>経由JR小松⇒JR石鎚山→湯之谷温泉(泊)
9月9日湯之谷→64番前神寺→63番吉祥寺→JR伊予氷見⇒JR中萩→善根宿萩尾庵→JR新居浜⇒JR土居→三福寺門前で寝る→【棚田に開発されたミニ開発住宅の高校生と議論、親は大王製紙、自分は故郷に残らない】→YH新長谷寺〈20km〉(泊)
9月10日新長谷寺→冷蔵庫のある接待所(昔は土佐街道の宿場:メインルートだった)で休憩→椿寺→トンネルを通らず峠の境目集落→徳島県岡田屋(23km)(泊)
9月11日岡田屋→雲辺寺→大興寺(20km)【学生から電話】⇒(クルマ接待)観音寺駅⇒善通寺駅→善通寺(泊)
9月12日自転車で琴平金丸座、満濃池神野寺→善通寺(泊)
9月13日善通寺→善根宿うたんぐら→坂出→八十場清水(16km)(泊:うたんぐら)
9月14日国分寺→白峯寺→根香寺→喝破道場(泊)禅作法を体験
9月15日→JR鬼無⇒高松⇒琴電潟元→屋島→八栗寺→琴電八栗⇒志度⇒コミバス大回りで⇒長尾(遍路宿)
闘病している間、体力が落ちていた。学生に追いつけない。
9月16日長尾寺→前山池→旧遍路道を経て→大窪寺(16km)⇒コミバスで高速志度⇒高速バスで帰宅

■76番志度寺⇒77番長尾寺 県道徒歩を避ける方法
コミバス(通常の車両の場合もある。標識のない方向に停まることもある。手を挙げて合図しないと停まらない。対応は極めて横柄な場合がある)200円(行政支援バス)
▼JR志度⇒大川バス⇒道の駅ながお  ⇒大窪寺
  8:05   8:29(長尾) 8:56(お遍路交流館) 9:15
 10:56  11:20     11:46         12:05
 12:49  13:13     13:46         14:05
 17:10  17:34     17:56         18:15
▼大窪寺⇒高速志度
 10:00  11:02
 13:35  14:32
 15:51  16:57
▼裏技(志度⇒長尾)ルート(↑はJR・コミバス乗継)
 志度~長尾(県道7km) 造田~長尾(3km美田地帯)
県道を歩くよりは、ゆっくり参拝。造田からは歩きたい。
JR志度  JR造田 大川バス(長尾)
 7:55         9:09      9:16   
 9:04      10:24    10:31
 9:51(JR線) 10:06↑
 12:53       14:34   14:41
 14:06(JR線)14:13↑
 14:54       16:04   16:11
 15:35(JR線)15:41↑
 16:39       17:54   18:01
 17:35(JR線)17:43↑

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2011年9月27日 (火)

87-88旧遍路道の細川家住宅

87番長尾寺から88番まで歩きました。昨年H22年は修験道場で二つの厳しい尾根のある女体山を歩き、今年春の学生25人を連れた授業遍路でも、学生をけしかけて登りきった。
 胃潰瘍投薬治療後、無理のできない体力でしたので、学生2名は女体山、私は旧遍路道を通りました。

 なかなか、風格のある道で、山の多和小学校の授業を見つつ、休憩した。タワは、中四国に多い地名で、山道のたわむ所、峠のこと。いくつかのたわみをくぐり、最後に、ふっと登って大窪寺の山門が見えるというのは美しい巡礼道である。Img_0910
 途中、商業的にやっている炭焼き釜や、重要文化財細川家住宅、畜魂の石碑がある。昭和41年に民俗調査で「発見」されたという。http://www.city.sanuki.kagawa.jp/education/culture/art/hosokawa.html
「発見」というのは、どういうことか?
 私が12歳の頃、日本が高度経済成長の途上、このような暮らしが、学術によって「発見」されたのか。しかし、そこにあるのは、山村の人々のあたりまえの明るい暮らし。今、ひっそりとしたこの村を歩いていると、「発見」などされる必要はなかったのではないか、日本人は幸せになったのか、考え込むことがある。そのなかでの、民家調査の「発見」の、独りよがりで空虚なこと。
 こんな民俗学には、私は興味はない。この人々の笑顔がどこに行ったか?そこが知りたい。
 村に町に、笑顔を取り戻す取組をしたい。本日、大阪市天王寺区聖和地区で、地域活動協議会ワークショップ。

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2011年7月29日 (金)

石鎚山と弘法大師

Img_07451 弘法大師が若き頃修行し、瀬戸内海と太平洋を眼下にして宇宙を体得し、空海の号を得た(と私が信じている)石鎚山に登った。
 大阪南港22時半発のオレンジフェリーと連絡バスで伊予西条駅に着き、7:43発のバスに乗り、ロープウェーから第64番札所前神寺奥の院、成就社を参り、神門より「お山」に入る。今回所用あって、神戸港からジャンボフェリーで高松。6時高松駅発の特急「いしづち」で伊予西条に。4つの鎖場を経て、山上神社のある峯(2枚目写真右)と天狗岩(最高峰)(2枚目左:3枚目石灯篭のある峯)に到達する。
 山上神社までは、迂回路もあるが、全部の鎖場を登り、さらに天狗岩まで登り(3枚目の写真)、まだ高いところがあると勘違いして、その先の峯に岩をよじ登って行ってしまった。通常は鎖場または迂回路経由で山上神社まで。元気な人は尾根伝いの岩場を伝い、尖がった尾根に手をかけてしがみつき最高峰まで行く。私は、さらにその先まで行って2枚目の写真を撮った。
 いつもながら、やりすぎ。登るときはガスで良くわからなかったが、帰りは見通しが良くなり、さすがに、両側急崖の岩場を伝い降りるときは怖かった。
 鎖場も登っているときは気づかないが、翌日見てみると、絶壁で「よくまあ、やるなあ」と、我ながら感心。
山伏の修行って、こういうことなのかと得心がいった。第60番札所横峯寺への下山の山道で3回も転び、おかしいなあと思って帰宅したら、膝・脛に打ち傷、腰はガタガタ、体中が筋肉痛。動けず、そのまま睡眠。 
Img_07271 Img_07251

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