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2018年10月

2018年10月15日 (月)

研究室閉じこもりが息苦しく、自転車お遍路一周をした基礎工院生N君

再掲 昨12月、基礎工N君は、ちゃらいことは嫌だと、冬遍路を受けた。受講生1名。
夜行バスで窪川駅を6時に降り、約束の札所寺に行くと読経中。寒い冬の朝、待っていると、6時過ぎ、お勤めを終えた森栗、西川教授が現れ、「ゴメン、朝飯、ない」と歩き出す。
 寒いので一生懸命歩く。すると、両教授が足を患う。冬の朝、準備体操もせず一生懸命歩き出せば、痛めるのは当然。
 這う這うの体で、民宿久百々に入った。あのときの、老人二人の介護をしていたN君が、自転車でお遍路一周をしてきたと、報告に来た。
http://morikuri.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/3637-e6e8.html
 実は、就職も決まり、毎日、研究室で実験をしていると、理論的にはできるかもしれない計算、実際は大量の資金が必要だったり、長時間のトライアンドエラーが要ったり、をやっていると、何をやっているのかだんだんかわからなくなり、また、意味の見えない計算をやっているなかで、だんだん人格が歪んでいくのが見えてきた。
 こういうときは、海外放浪かお遍路だが、冬遍路の経験があったので、自転車で廻った。昼は、必ず大衆食堂に入り、いろんな人と交流した。多様な暮らしや、いろんな遍路をする凄い若者に出会った。
 お遍路は、歩いただけ進む、目標は札所という、単純だけど厳しい構造。そのなかで、徐々についていく体力、他人の人生観を聞く中で豊かになっていくコミュニケーション力、生きる実感を体感できた。
 という。

そうか!
お遍路は、やっぱり、大学院の授業なんだ。考え、悩む、専門家のための授業なのだ。
 地域交通まちコミの授業も同様。現場に学生を連れて行こうと思っている。現場に行ってきた人の話を聞こうと思う。
本日、社会人3名(他大学院生、交通事業者、国交省職員)、文学2名、外国語2名、人間科学1名、国際公共政策2名、理学1名、情報1名、工学7名
 まちづくり、コミュニケーションに関心のある、多様な学生が集まってくれて、感激。
 大学の中に閉じ籠っている先生には、どんな意味があるのか理解できないだろうが、学生はしっかりと、この授業の意味を理解している。ブログを、どんどん見ているようだ。
 次回からでも履修、許可。『コミュニティ交通のつくり方』を配布します。著者割1500円を用意のこと。なお、火曜、金曜は確実におりますので、11日以降、研究室にお越しいただいてもOK.。森栗研究室が不在の時は、412寄付講座研究室へ

 なお、9日 13:30- JR住吉 くるくるバス見学。18:30阪急中津駅 ラウンド大阪。 17日17;00- お遍路アプリ(国際公共政策研究科) 18日 妙見口駅9:51 妙見口ー黒川 道路整備現地視察
 関心のある方は、辻助教 <tsujih◎gmail.com>◎は@に変えて まで

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こんな大学院だったらエエなあ・・・/大学院改革

書を捨て、街に出よ(寺山修司)

学生を街のどきどきわくわくに触れさせる、フィールドワークを中心とした大学院教育が展開できたらなあと、個人的に思っている。

c2008年11/21に、こんなことを書いていた。再掲。 フィールドワークは、地域のSR(ISO26000のガイドラインによるすべての組織の社会責任)に従い、USRとして、関西ニーズ、大阪の政策と連携してすすめるべきだ。

とくに、まちなか(中之島センターや大阪駅北ヤードなど)で、社会人高度職業人教育と連動してすすめるべきだ。単なる夜間大学院ではなく、企業マンのサバティカルやキャリアアップと結びついたプログラムを展開できたらエエなあ・・・。EUのエラスムス計画と連動して半期留学した単位がそのまま認められるとか。

たとえば、社会学、経済学、工学、情報学、医学、法学、理学、心理学、文学などのジャンルを越えた学生・教員が、地域のみなさんと一緒になって地域課題を解決しようとするプログラムで、そのプロセスで、異分野間のコミュニケーションデザイン力をつけ、「まちづくりデザイナー」なるキャリアを提供する。昼の現役学生の授業や、環境リスクマネージメントなど他のキャリアも取得できる1年制である。

まとまった時間がない人には、夜間、土日、夏季冬季集中で単位が2年で取得できるようになったら・・・

わくわくするような大学院夢想だが、実際には、昼も夜も土日も働く教員の負担をどうするか、北ヤード教室確保の見込みはと、糾弾されそうだが、夢がなくては、教育はできない。

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2018年10月14日 (日)

教え子の死と尾崎放哉

大学を変えたい と 思い、2013年の記事を、再提出

 埼玉の教え子の訃報を聞いた。やはり、と思った。
ご両親には、時間を置いてお目にかかりたい。
 一年生、自分のプライドの為に苦しんでいるとき、彼と小倉
の旦過市場や門司港、下関の韓国人街を巡った。崩れかけた路地の奥の廃屋に、暮らしを発見した。
 彼は全てを否定し、対峙し、ときに語学大学の厳格さとも妥協し、最後は対峙しきれなかったのか。
 合併して外大から阪大に変わり、卒業前、久しぶりにあったとき、彼は視線をそらした。それはそれで彼が自分の世界を持ったのかなあという程度に考え、最後まで彼をみてやれなかったことが悔いとなる。
 私は出張先の九州で、自己肯定としての虚無と死を、遍路の死場といわれる小豆島で結んだ尾崎放哉を読んでいた。また、生と死に対峙し、愚を生き愚の濁り水のなかをコロリ往生した種田山頭火と対比しようとしている。山頭火は、最後に遍路をして逝った。

 九州で死を研ぎ澄ます放哉を読んでいる偶然に、衝撃を受けた。とはいえ、私は放哉をなかなか理解できない。
  一日物云わず蝶の影さす
  入れものが無い両手で受ける
のように、虚無を通し、透明な死を求める句からは、私の入り込む隙間はない。じゃあ、片手の人はどうなるのか、放哉は両手があるのに何故だと、私は思ってしまう。
  こんなよい月を一人で見て寝る
というが、随筆の口述筆記までさせた妻、馨を絶って、なんで一人なのか。そこまでする透明な芸術の素晴らしさからは、私はするっと避けられる。
 放哉と山頭火は会っていない。いや、山頭火は会いたいと思い、2回、放哉の墓に参っているが、放哉は他人に関心がない。
 
   たった一人になりきって夕空 放哉
   咳をしても一人         放哉
彼はこんな気持ちだったのか。教え子の寂しい死を聞き
   二人で 路地坂探った 下関  茂一
もう頑張らんで、エーよ、S君。何でそこまでやるんや。
 
僕はふらふら→ほろほろ→ぐだぐだ→ぼろぼろ と呑み続け、愚ばかりを繰り返す山頭火の方が好きだ。そんな手もあったのに、何で、一言、声をかけてくれなかった?

 小豆島は、遍路の捨て場。小豆島で放哉は死をみつめた。話すなら遍路も嫌だと、放哉は一人で死んでいった。
 山頭火は、子供の頃に見た母の井戸入水自殺からの零落、挙句の漂泊。故郷の井戸の周り、小郡や湯田温泉に庵を結んで、周辺を乞食していた。
   雨ふるふるさとは裸足で歩く
山頭火は漂白、生の執着・死と対峙し、濁り水のようなぶれる人生を抱えて、しぐれる山を歩いた。そして酒を呑んだ。呑みようは、
   ほろほろふらふらぐだぐだぼろぼろ
である。ぼろぼろになっては、どうしようもない。
  放哉は 放逐・心の放浪、自己肯定としての死を究め、海を眺め、透明な虚無を求めた。
対して、山頭火は  濁り水の濁れるままに澄む
             海は濁りてひたひた我に迫れり
立ち止まり愚に生を求め苦悩する山頭火。
透明な虚無の自己に閉じこもる放哉。
 山頭火の濁りは、どうしようもない私 か?人と世間のなかで身もだえする山頭火が私は好きだ。
    鴉啼いてわたしも一人 
        うしろ姿のしぐれていくか
    けふいちにち風を歩いてきた
    しぐれて人が海を見ている
個を無常のなかに置く、世間に置く
   この旅、果てもない旅のつくぼうし
   はてもない旅の汗くさいこと
わたしも一人 と、わたしに副う人がいる。うしろ姿を見る人がおり、語り合う、迷いあう仲間、世間師がいた。私は、世間師のような大学院教育をしたい。   
 山頭火が同宿し心を通わせた世間師とは、一癖あり、落伍者、強気の弱者である。まるで私ではないか。世間師とは、世間坊主、修行遍路、親子連れ遍路、尺八老人、絵具屋、箒屋、馬具屋、按摩遍路、行商、猿回し、軽業、おえびすさん、印肉屋、占屋、競馬屋、活弁、旅絵師、八目鰻売り、人参売り、勅語額売り、櫛売り、浪花節屋、曲搗き粟餅屋…などである。遍路が多いのは、興味深い。【金子兜太「放浪行乞 山頭火百二十句」】

放哉の辞世は、
  春の山のうしろから烟が出だした
                  S君の密葬日に

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