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2017年12月

2017年12月20日 (水)

公共圏と熟議民主主義,ハーバーマス

公共圏と熟議民主主義 舩橋晴俊・壽福眞美編 法政大学出版局 2013
「市民的公共」を理性的に解決の道を探り政治的に決定して反映させる理性に基づいた社会制御能力の向上を実現する場 →ハーバーマス「公共性の構造転換」 見通しは暗いp4-5
公共的討論は意思を理性に転嫁させる(ハーバーマス1989:114)p97⇒無理があるなあ?
Habermas,Jurgen(1989)The Structural Transformation of the Public Sphere,trans. By Thomas Burger,Cambrige,Mass.:The MIT Press.
公共圏における大学の役割 p197-198
 リテラシー 介入  ☞どのような介入かが問われているのか?

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研究活用の政策学

研究活用の政策学、サンドラ・M ・ナトリー、イサベル・ウォルター、ヒュー・T.O.デェイビス、明石書店、2015
研究は変形プロセスを通じて広がる 研究知見は自ずから証することはできず解釈されるp50-52
だからティンカリング(あれこれ改善のためにやってみる) p87

プロセス効果 p261
気遣うコミュニティ(CTC) 将来の問題行動は子どもの育った地域コミュニティの特定リスク要因(研究によって提示される)にまで追跡することができる 早期介入
暗黙知と形式知 pp222223
 知識プッシュより知識プル=知識変換モード
Photo
 
暗黙知と形式知は実践コミュニティのなかで起きる状況に埋め込まれた行動。コインの裏表。P224
広範な衝動役割としてのエビデンス p322
研究活用は複雑で偶発的である p372

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中原淳と金井壽宏「リフレクティブマネジャー」光文社、2009

reflection(内省) / critical reflection(批判的内省)という分類
           ⇒物語の暴走(大衆化)を警戒する
自分の経験を意味づけること(sense-making)/社会的背景・政治的背景・経済的背景について、もはや自明となってしまったものを問い直す
「retrospective reflection」をなすときは、「過去を想い、現在を分析する」。
「Prospective reflection」のときには「現在を手がかりに、未来を想うこと」がめざされます。
あなたは「想う」。それ故に、あなたは「自己」と「世界」に変化をもたらす。
individual  reflection(内省)/ collective (collaborative) reflection
dialogue(対話)reflection 長岡健先生「対話する組織」⇒Boundary crossing(越境) reflection
振り返りとは 「メタ(俯瞰)」の立場にたって、下界(シャバ)をみて
「What-So What?-Now What?」のプロセス

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サンデル・合意形成・手続き共和国・参加の場・コミュニケーション

マイケル・サンデル『公共哲学』ちくま学芸文庫、2011
  手続き的共和国と負担なき自己 pp234⁻258
倉阪秀史『政策・合意形成入門』勁草書房、2012
 公共世界に奉仕する「私民」でない個人 が
 市民参加はなぜ必要か⇒①ステークホルダーとして
                       ②公共的意識を涵養するため P27⁻29
                            ⇒三番瀬条例をつくる
原科幸彦編著『市民参加と合意形成』学芸出版、2005
 都市と環境の計画づくり では
PP(publicパティシペーション)、PI が言われるが 社会的合意形成でなければならない
 →共同研究 参加の意味論、手法・情報技術、アウトリーチ、計画展開論、議会の位置論、制度設計
    ⇒ よくできている
参加の場P24⁻25 
 フォーラム(情報交換)
 アリーナ(意思形成)
 コート(異議申し立て)
地域問題研究所編『まちづくりにみる住民の合意形成システムの在り方』総合開発研究機構、2001
  市民参加の手続きの制度化 ⇒ やる気のある人、行動への 合意形成の公的支援のあり方
☛担い手が少なくなっているなかでどうするか 助けてほしい人が激増する中、助ける人がいない。
  この論理は、実質的に破綻している
土木学会誌編集委員編『土木とコミュニケーション』土木学会、2004
  土木学会はは素朴すぎる。ほかの動きを知ってみよう、やってみようという程度
   が、その次がない。

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コミュニケーション形式としての物語に関する研究の系譜と公共政策におけるその活用可能性

川端祐一郎、藤井聡(2014)、コミュニケーション形式としての物語に関する研究の系譜と公共政策におけるその活用可能性、土木学会論文集D3(土木計画学),vol.70,No.5(土木計画学研究・論文集第31),p.p.I_123-142

 川端祐一郎は物語研究で博士(工学)を取得した。彼の「コミュニケーション形式としての物語に関する研究の系譜と公共政策におけるその活用可能性」は、ナラティブアプローチがほとんど科学的基盤を持っていない(野口裕二(編)ナラティブ・アプローチ、勁草書房、2009)なかで、学ぶことの多い労作である。

 川端は、Hinchman & Hinchmanを引用し、物語を「出来事を、意味に満ちたやり方で結びつける明確な時系列を持ち、一定の聴き手に対して、世界の存在や人々の経験についての洞察を提示するような言説」と定義している。時系列に則して存在や経験への洞察を与えるものというが、森栗は「実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」『実践政策学』№1、2017年 で、エピソード(物語)記述には、歴史的背景のみならず、世界の存在や人々の経験を示す地理的背景、民俗的(生活的)背景を切り分けて記述することを求めている。

 川端は、物語の必要性について、①市民了解 ②イマジネーションを増幅 ③相互理解 ④語り直し(イデオロギーの脱構築)と、まとめている。物語はイマジネーションを増幅させる(②)から相互理解()が可能で、異なる価値観を語り直す(④)ことで、より深い市民了解に展開できる(①)。物語は問題の所在を暗示し、理解を深め、多様な解釈もメタ物語(Roe)として語り直され、それが市民合意につながる。そこに物語の意義があるのだという。                     

 ブルーナーは 論理科学モードの「議論」が真実性を求め、結果として説得を試みようとするのに対して、物語モードのストーリーは、迫真性、真実味による了解(納得)を求めるという。政策において、食品安全、医薬品、地球環境などではリスクに対する真実性が重要であり論理科学モードが政策に有効である。しかし、インフラ整備、教育、医療介護など生活、地域に近い政策では、ベネフィットに対する迫真性、真実味によるが重要で、「何のために生きるんや」「愛着心」といった物語モードが政策的了解(納得)を生むのである。

 しかしながら、現象学的分析(経験の質を問うこと)は、経験を「反省」することによってなされる(貫成人『経験の構造―フッサール現象学の全体像』勁草書房、2003年、p.227)。川端の物語研究ではここが弱い。調査者の科学としての反省(民俗学では内省という)をどのように記述するのか、この部分については、森栗が「実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」に仮設と試みを提示している。

 物語分析の方法としては、間主観性あるいは相互主観性のなかにある構造、「確信成立」の条件を確かめることである。そのためには物語の筋(プロット)を確かめ、経験の組織化をして意味を問う。物語の隠喩も、類を示すことである。これは、フッサールの経験からエヴィデンスを取り出そうとすることと共通する(森栗、前掲)。

視点取得による「物語と共感」については、(西山雄大、加藤君子、川嵜圭祐、長谷川功:視点取得と中心性の協働、人工知能学会全国大会論文集27th,2013)に詳しい。 

 

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松浦正浩「実践!交渉学」筑摩書房、2010

最近の交渉学は、経済学のみならず社会学、心理学からの
・合理的な個人を前提としない 怒り 笑い   文化、男女差 など
・相互利益 → 良好な人間関係    勝ち負けじゃない  p20
交渉の罠 p22-24
・不安
・情報の非対称性‥‥‥住民は情報の非対称性を恐れる
・囚人のジレンマ
・選択的知覚と反応的逆評価‥‥‥自分の都合の良い好みを正しいと思い込む土井先生
             だから信用しないと、正しいことをいっていても嘘だと思う
立場に基づく対立から利害(欲望desire)に着目した合意へ p39-40
交渉とは利害調整のことP43
Photo_2
マルチステークフォルダーのときは、ファシリテーションで介入する P121
 栗⇒ステージごとに新たにあらわれるステークホルダー:バリアブルステークホルダーを想定する
BATNA ばかり気にしていると勝者の呪(はやく妥協して、後で悔やむ)P81
 むしろ 目標、夢が大切 Aspirration

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医療 エヴィデンス 物語

老子 陽明http://meta-paradigm-dynamics.net/web/?p=351
医療サービスは、「エビデンス」が確立されていないからといって止めることはできない。

米国の内科学会に掲載された論文のメタアナリシス ※1の結果からは、実証されたエビデンスの耐用年数は5年前後であるとの見積もりも出ている。
EBMの枠内に入ってこない医療は、EBMとは異なる現実をもっており、それ固有の科学的プログラムとして設定可能でなければならない
エビデンスは科学性の保証の裏返しとして、その一時性、反証可能性、訂正可能性にさらされている。そしてこのこと自体は、科学が健全であることの指標であり、そこに問題はない。
むしろその忘却が医療への盲信や権威化に展開しがちであることが問題となる。

このような医療従事者-患者関係における「意味のある物語」の共有および構築は、EBM至上主義と並行的に、「NBM/物語と対話に基づく医療(Narrative Based Medicine)」もしくは単に「NM(Narrative Medicine)」という医療的立場として注目され始めている。

NBMは、ケネスJガゲン等の「社会構成主義(social constructionism)」の動向を背景

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2017年12月19日 (火)

米盛裕二「アブダクション」人工知能、訴求推論、内省、機能法、生活知

米盛裕二「アブダクション」勁草書房、2007
 現代の論理学は論理の数字化によって大きな発展を遂げ、それはまさに二十世紀の知的革命の一つといえるでしょう。しかし論理学者たちの関心はもっぱら論理の数字化にのみ向けられてきたために、論理学はますます現実の人間の思考の論理から離れてしまって p.ⅳ

 しかし、人工知能研究者たちは「厳密な推論」だけでなく、「厳密でない推論」も重視していて、とりわけ人間の創造力に関心を持つ人工知能論者たちはむしろ「厳密でない推論」に人間の推論の特質を見い出そうとしている p.ⅴ
 アブダクションは 発見法的論理学 heuristic logic  p.8
アブダクションの別名 retroduction 遡及推論 結果から推論 p43
 ⇒ケプラーの発見、森栗の共創対話法
         「明確には言えないが、後から考えると、そういえば□□□だった」
驚くべき事実の観察→説明仮説explanatory hypothesis p53⁻54
もっともらしさplausibilityが重要p56
驚くためには 洞察力(閃き) と想像力が必要 p58 ☚熟慮
仮説説明のためには 驚きと問が必要 p59
 そして意識的に熟慮して行われる推論reasoningして仮説 p61
アブダクションを認めず、推論の形式的妥当性のみを偏重するのは、現実の人間の科学的思考や推論(発見や発明)を取り扱うのに適していない p64
アブダクションは、試行錯誤的 自己修正的 熟慮 論理的に統制された推論 p68
自己修正的p65⇒内省p124
機能的飛躍inductive leap⇒事実を求め一般化
仮説的飛躍abductive leap⇒理論を求め創造的 p92、110

 仮説のテスト 条件
・もっともらしさplausibility
・検証可能性  verifiabirity …偽の場合反証可能なもの
・単純性
・経済性    費用・時間なく検証できる     p71-72

アブダクションは直接観察したもの(弱い推論)とは違う種類の何者かを推論する。観察不可能な何ものかを仮定する p87

通常の仮説演繹法 は ちゃんと仮設しているか?
バートランド・ラッセルの帰納法批判 仮説の提案なしに帰納法を用いることはできない
帰納法で厳密に事実を並べても仮説は出せないP130

J.S.ミルは「帰納法は『経験からの一般化』generalization from experienceによって自然の因果法則を探求する『実験的探査の方法』」と定義した。p145 しかし、帰納法を使うには仮説がなければ一致も差異発見もその要素を引き出すことさえできない。 P146⁻153
 結局 帰納法は実験と観察にもとづく客観的で実証的な方法です。…(そのあまり)…科学的方法において仮説を用いることに対して懐疑的で、科学探求における仮説の積極的な意義と役割を認めようとしない(という欠陥がある) p154
   事実を集めること自体が仮説ではないか。アプリオリに社会のすべてを並べることは、不可能である。
帰納法の「事実をして語らしめよ」は、事実が自ら語るのではなく、いわば研究者が事実に語らしめるのです。…N・R・ハンソンは「仮説が事実をつくる」とさえいっています。p160

ニュートンは「私は仮説をつくらないhypotheses non fingo」と言いつつ、引力のように観察不可能な対象に関する仮説なしに、万有引力の法則は発見できない。ニュートンは「仮説的方法hypothetical method」を用いている。p164-165
アブダクションは仮説を発案し発見の見通しを立てる拡張的推論であり☛観察から洞察し創造する飛躍
機能はアブダクションによって提案された仮説をテストし正当化する拡張的推論☞部分から全体への一般化飛躍p181⁻182

探求は科学のみならずにもある。デューイは、(日常的経験と生活の場、常識環境の相互作用の状況)を常識的探求comon sence inquiryというが、「常識」という言葉は誤解を招く。森栗はこれを生活探求とよぶ。科学的探究が知識そのものを目的にするのに対して、生活探求は使用と享受のために生ずる。p237 それは質的である。p241
 これをデューイは直接知acquaintance knowledge 実践知pratical knowledge 質的知qualitative thought と表現する p242

デューイが言うように、科学的真理も「意味の一類」にすぎない。
意味は真理より貴重であり、その範囲も真理よりいっそう広い。そして、哲学は真理よりも意味に関わる
科学的真理が 結果の検証可能性を本質とするのに対して
常識(実践知)は直接的現実的応用に関して決定される意味 pp246-247
デューイは常識 というが
直接知acqaintance knowledge、実践知practical knowledge、質的思想qualitative thought
そういう類の場situatinが存在し p242 ➡「生活知」と森栗は表現する

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