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2016年9月20日 (火)

宮本常一、酒と歩み寄り、篤農家、そしてバラバラに出稼ぎ

宮本常一に酒に関した文章がある。「異民族が少なかったから、日本人は自分で喋れない、酒の力を借りる。落語・講談の環実に語らせる。だから、会議や討論をしない。異なる意見の歩み寄りが大事だった(宮本常一著作集15『日本を思う』154)」
 良いかどうかは別として、理詰めだけでは日本の社会は動かない。納得いって、歩み寄ることが大切だった。その歩みよりは篤農家がリードしたと、宮本は考えていたようだ。
 篤農家は技術者であり経営指導者であり、教育者であり、郷党のなかにあった。しかし、S23の農業改良助成法による農業改良普及員になると、経営ができず、篤農家は沈黙した。補助金がで人々を誘った。こうして、自分で考える自主性、支えあう力を失った。(宮本常一著作集15『日本を思う』245)
 このようにして、歩み寄るリーダーを、日本の村は失い、バラバラと出稼ぎするようになる。その様子を、宮本は「出稼ぎ貧乏」として記述している。
 岡山県奈義は名神高速(の工事)に600人出た。(工事出稼ぎによって)夫婦別居となる。すると、飲酒、博打、女の味が出る。役場近くの30戸のうち7軒が飲み屋である。出稼ぎに行くほど貧しくなる。
 食管法で(農家が)管理され、35年頃から、最初、鶏肉の買占めがあり、次に豚肉。S44年から自主流通米が入ると、コメも三井、三菱が酒米を買いあさる。伊藤忠は米菓用もち米、丸紅飯田は、米菓・ビール用屑米を買いあさる。挙句、海外との競争。独立独歩、村の自主性などあろうはずがない。(宮本常一著作集15『日本を思う』271-272)
と、宮本は書いている。
 徳島県阿波市の山中でも、農家の老人から、同様の話を聞いた。
戦後に、それ乳牛だといって、補助金でサイロを建てたが、酪農では食べていけなかった。今度はバイオマスだという。施設は作ったがうまくいっていない。結局、子どもは麓におりて、会社勤めをしている。

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