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2016年5月

2016年5月23日 (月)

ホール エドワード『 隠れた次元』

ヤン・ゲール『人間の街』2015/12/5コミュニケーションの距離を示した。
原典を整理して示す。
日高敏隆、佐藤信行訳、みすず書房、1972年(Edward.T.Hall"The  Hidden Dimension"1966)pp145-181 合衆国北東部の専門職 に限定した分析20160523_2

「20160523コミュニケーション距離.xlsx」




 

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2016年5月18日 (水)

「分かち合い」の経済学 / 「分かち合い」と「やさしさ」の倫理学、コモンズ

「分かち合い」の経済学 / 神野直彦著: 岩波書店 , 2010.
新自由主義による奪いあい
ではなく、連帯によるわかちあいによる幸福ビジョンを描くpⅰ-ⅴ
・G.ハーディン『コモンズの悲劇』(1968年)は、私的所有権が設定されないと共有地の資源が枯渇するので私的所有権による市場原理を正当化するものである。しかし、コモンズには両義性がある。人間の生命を支える自然を基盤とした共同社会:わかちあいがあれば、コモンズの悲劇は起きなかったという解釈もある。「コモンズの悲劇」とはわかちあいのコモンズが存在しないから起きた悲劇だという解釈も
ある。p18‐19
・新自由主義はわかちあいの経済や財政を小さくしようとするがゆえに、その社会崩壊混乱を無償労働(ボランタリーセクター)に求め、コミュニティの復権を説く。伝統的美徳の復活を唱導する。p22-23
・工業化社会は、存在欲求を犠牲にして所有欲求を求めた。脱工業化社会は存在欲求を追及できる社会である。
・今、必要なのは、競争原理ではなく、協力原理が必要だ。協力原理は、存在の必要性、共同責任、平等 の3要素からなる。

「分かち合い」と「やさしさ」の倫理学 藤田隆正、勁草書房、1993年
人間は食物をめぐる間分配で、政治的経済的関係性を築いたが、人間は、チンパンジーとは異なり、互恵的利他主義 を社会的に制度化した。

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2016年5月17日 (火)

我がこと

■我がこと、自分ごと
・行政のモノ・カネ・セイド重視から、生活者によるヒト・クラシ・イノチ重視の価値観へ(p116、延藤安弘『「まち育て」を育む』東京大学出版会、2001年)
・日本新聞協会広告委員会「記憶のカギは‘自分ごと化’ドライバー」、2013年
・博報堂DYグループエンゲージメント研究会『「自分ごと」だと人は動く』ダイヤモンド社、2009年
・田中優子編著『そろそろ「社会運動」の話をしよう-他人ゴトから自分ゴトへ。社会を変えるための実践論』明石書店、2014年 学生の当事者性の育成から考える
・田村圭子編著『ワークショップでつくる防災戦略ー「参画」と「我がこと意識」で「合意形成」』日経BPコンサルティング、2015年
・久繁哲之介『商店街再生の罠:売りたいモノから、顧客がしたいコトへ』筑摩書房、2013年
雇用、農業、趣味から
・ことづくりがプロジェクトの成否の鍵となる。ことづくりのエッセンスは、人、モノ、カネ、そして知恵である。p11
 工業社会は、命令、コントロール、チェック だが、情報社会は、コミュニケーション、コラボレーションによるプロセス共有、コンプリヘンション(会得)に至る pp48-49(金安岩男『プロジェクト発想法―物・事・人のつくり方』中央公論新社、2002年)
  ⇒対話によることづくりの必要性

知り伝え話し合う(=対話)⇒自分事化:物語として紡ぐ(協働して)いくプロセス
田中尚人「小学校地域学習におけるシビックプライド涵養に関する実践的研究」『実践政策学』第2号、2016年

■我がことの「コト」とは何か?
・漢語の「物」は旧くから人間をも含めた「天地間に存在する一切のモノ」を表しp18
「事」は史かきゃくによって記述される与件ということに徴すれば・・・事象・事件・事態に庶いp19 モノは名詞類で表される与件 コトは論脈での文章で表される事態p31、事態は総じて間主観的=共同主観的な被媒介的存立態であるp255

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2016年5月 6日 (金)

歩き遍路を授業として仲間と歩く意味(西川勝)

流しの哲学者、西川勝先生に同道いただき、徳島のお遍路を、学生と一緒に歩いた。個々バラバラに、先にたち、遅れつつ歩く。初めて会うまったくの他人との会話や相互接待。個々のカラダをみつめ、風景を見つめ、歩くスピードも服装も異なり、経をあげるあげないも異なるのに、そこ連帯感は何か。
 宿舎でのミーティングで、流しの哲学者が教示してくれた。

愛には、エロース(eros)、フィリア(philia)、アガペー(agape)がある。異なることに執着するエロースではない。制服で隊列を組んで歩き、歩く距離の同質性を求めるアガペーでもない。異なることを異なるまま認めるが、遍路道に位置する仲間を気遣う友愛、これが遍路なんや!

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