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2016年4月 5日 (火)

四国落人山地の豊かさと予土急行国道33号線

土居商店の先先代の頃は、国道古床から山中に入った黒藤川の楮、三又を集め、高知に出荷していた。土居の出荷で、和紙の価格が左右された時もあった。黒藤川は、平家落人・源三位頼政の子孫といわれる。

1894年(明治27年) 四国新道の全線(最後の松山ー高知間)開通


1934年に四国で最初の省営自動車線として予土線(鉄道を補完するものとして)が開業、後に鉄道との通し貨物取り扱いもする。
 この頃、高知松山国道が整備されたので、黒藤川の土居商店は国道の古床バス停に下りてきた。
1950年7月15日 - 松山・佐川間急行便が設定された。
1965年7月15日 - 12人乗りマイクロバスで始めた特急便の車両を大型化した。
 この頃の土居は、建築材料など、なんでもしていた。

1999年 古い家を壊し、ええもん屋を始めた。地域が衰退する中、地元の良いものを残したい思いで、建て替えた。

 当時は電源開発の工事、道路の工事があり、仕入れの弁当でも、飛ぶように売れた。

 当初、食堂は考えていなかったが、大阪で板前をしていた黒藤川 の人が地元に戻り道路工夫をしており、料理を教えてくれた。お客を自分の味に慣らせるなど、営業の仕方も教えてくれた。ふわっとした巻き寿司の作り方も、息子に教えてくれた。
2002年9月1日 - 「なんごく号」全廃とともに落出~高知間の急行バス路線を廃止。落出~佐川間は同年7月1日から黒岩観光バスとなる。
 松山からバイパスができたので久万高原までは人が来る。しかし、JRバス久万線が来るのみの土居は、四電の工事宿舎を払い下げを受けて、農家民宿をやっているが、なかなか人がい来ない。
 娘が久万のお茂ご酒造に嫁に行ったが、酒造業をやめた。そこで。蔵でこんにゃくづくり、甘酒づくり、ピクルスづくりをし、農家民宿の広報もお茂蔵で展開しようと考えている。平家の落人の豊かさの代表として、平家こんにゃくを売り出したい。
 何よりも立派な蔵を活かして、山の豊かさ、平家の誇りを伝えたい。

 女性が醤油蔵をビフォーアフターで改造し、醤油カフェをやっている、京都府京丹後市の大丸醤油に、家族で見学にいって、これからの山の豊かさ、蔵の表現を考えようと思っている。

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