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2014年12月30日 (火)

善根宿の二人のケンチャン:ボランティアと犯罪

遍路道には、遍路ころがしと呼ばれる厳しい山越えが数箇所ある。
 ある遍路ころがしの麓に、複数の土産物店ができ地元の人が梅干など農産物を売る「遍路の駅」が開業した。
 その空き小屋に、老夫婦が住み、土産物店を開業した。夫は、林業の仲買をしてきた。妻は別の霊場札所の麓の遍路宿の娘であった。夫婦の年金も頼りつつの土産物店であった。
 霊場を下りたへんろ駅あたりには、トイレはあるが常設の宿はない。ある日、野宿しようとする若い女性が居り、見かねた夫婦が家に泊めて食事を提供した。そうしたことが何度かあったので、夫婦は元宿舎を借り受け、善根宿を始めた。最初は無償だったが、1泊2食で3000円(家庭食)とした。夫婦には子どもがなかったので、ケンチャンという犬を飼っていた。
 そんなとき、お遍路を2回巡っていた「けんちゃん」(人間はひらがな)が居ついた。
 埼玉県で暴走族をしていたが、親が交通事故でなくなり、思い余ってお遍路に来たという。善根宿の手伝いをさせているうちに、夫婦は、けんちゃんを実の子にしようと思っていた。丁度、東日本大震災が起きた年である。
 あかの他人が、遍路を介して家族になっていく話を聞きつけた大手新聞社の女性記者が、けんちゃんと夫婦の物語を、「絆」という記事にし、全国で一席をとった。記事は正月版に掲載された。けんちゃんと女性記者とは息が合い、2012年2月に訪問した私は、二人が結ばれ、妻は記者、夫は善根宿というような夢を語りあい、夫婦は「あの子はお大師様からいただいた子だ」と感謝していた。
 その後、けんちゃんも善根宿でよく働いた。田舎ではクルマの免許が必要なので、住民票を取り寄せて、夫婦が自動車運転免許をとるようにすすめ、取得費用を出すからといっても、なかなかけんちゃんはウンといわない。
 そのうち、品川ナンバーの大きなクルマが近所で夜明かししだした。けんちゃんがそわそわしだし、「もう一度お遍路に出たい」と言い出した。夫婦は、実の子にしたいとまで思うけんちゃんのことである。旅支度、支度金を用意して、送り出した。
 その年の5月、けんちゃんは愛媛県内子で捕まった。
 実は、親も、妻も子もいる男で、飲食店で長く使い込みをし、指名手配中であった。調べてみると夫婦の店の金も使い込まれ、被害届を出すように警察から言われた。
 大手の新聞社からは、虚偽の報道に巻き込んだとして幹部がお詫びに来た。女性記者は、責任をとって辞職したという。
 地元民でない夫婦が経営し、けんちゃんが手伝っていた善根宿は、地元の民宿や遍路宿から客をとるので、理解を得にくい。民宿のほうでも、客が少なくなり、年末は休むようになり、ますます善根宿に客が集中し、善根宿の宿泊客は年間1500人にもなってきた。
 客のほうでも、多数になるといつのまにか善根が消えて、単なる安宿として人が集まる。風呂をわかしていたら、勝手に「温泉に行く」と言い出したり、人数は増え、要求も増え、夫婦は対応に追われた。
 そうこうするうち、犬のケンチャンが死んだ。夫婦は、ケンチャンの遺骨を抱え、これまで撮っていたお遍路さんとの楽しい記念写真をもう撮ることもなくなり、来年、ひっそりと善根宿、土産物店を閉めようと考えている。File0002_5
 誰も悪気があるわけではないが、善意で支えられているお遍路のもう一つの現実である。
http://morikuri.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-6219.html
参考・・・幸月事件
2003年6月27日(金)23:00~23:50放映「にんげんドキュメント」(NHK総合)「草遍路・終わりなき旅・幸月さん・80歳」 
 全行程1400キロに及ぶ、四国八十八か所・遍路の旅。歩いて回ると40日近くかかり、札所めぐりが盛んになった近年でも、全行程を歩き通す人は年間2000人余りに過ぎない。その遍路道を「自分の最期の場所にしたい」と、もう6年にわたり逆打ちで歩き続けているひとりの老人がいる。80歳の幸月(こうげつ)さんだ。夜はたいてい野宿。寝袋や調理用のコンロなど、必要最小限の道具だけを手押し車に載せて歩く。あごひげをたくわえたその風貌に、行き交う人々は思わず足を止める。そんな時、幸月さんはみずからも立ち止まり、しばし談笑を楽しむ。そして時折、即興で俳句を詠む。番組では、高知から徳島へと向かう幸月さんの旅路に同行取材。その生きざまを描いていく。
ディレクターからの一言:人は何のために生きているのか?どう生きれば幸せなのか?幸月さんは、そんな根源的な問いをわれわれに投げかけているような気がしてなりません。ぜひご覧ください。(情報源:NHK徳島放送局 ㈱シンメディア発行の「週間へんろ」孫引き)
「12年前手配の男NHKに出演~警官が気づき逮捕:大阪府警、殺人未遂容疑」
 12年前にけんかで人を刺したとして、大阪府警西成署は9日、殺人未遂容疑で指名手配していた住所不定、無職田中幸次郎容疑者(80)を逮捕した。
 田中容疑者は6月、NHKが全国放映した番組に本名で出演し、テレビを見た警察官が気づいたのが逮捕のきっかけになったという。調べに対し、「刺したのは認めるが、殺す意思はなかった」と供述しているという。
 調べによると、田中容疑者は91年11月5日朝、大阪市西成区萩之茶屋1丁目の路上で、仕事仲間の型枠工の男性(58)とけんかになり、左胸などを包丁で刺して1カ月のけがを負わせた疑い。同容疑者は現場から逃走し、西成薯が行方を追っていた。
 府警によると、田中容疑者はその後、四国霊場88カ所を巡る遍路を始め、6月27日に放映されたNHKのドキュメンタリー番組「にんげんドキュメント」で紹介された。たまたま番組を見た千葉県警の警察官が「指名手配犯ではないか」と思い、大阪府警に連絡した。
 府警捜査共助課の捜査員が立ち回り先で聞き込み捜査したところ、愛媛県新居浜市内で白衣姿の同容疑者を見つけたという。
NHK広報局の話:お遍路さんとして雑誌などで紹介されたこともあり、番組の主人公として出演してもらった。指名手配のことは全く知らなかった。(7月10日朝日新聞)

 

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