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2014年10月

2014年10月31日 (金)

マンションのコミュニティ化の成功手法

地域活動の担い手は、どんどん少なくなり、高齢化が激しい。一方で、都心にはタワーマンションが林立し、誰も町会に加入しない。そもそも、うっ遠しい人間関係が嫌だから、マンションを選んだのだから・・・。でも、住民の80%がマンションだという地域で、旧来の熱心な高齢者にのみ、コミュニティ活動を任していて良いのだろうか。そこに補助金をつぎ込むのは、妥当だろうか?
 この課題に挑んだ地縁組織のリーダーがいる。
 某政令大都市では、地縁組織の多様な参画、事業的な取組み、新しい担い手をめざして、町会のみならず、企業や学校、NPOを含む多様な主体が連携した活性化協議会を作っている。その活動を支援する中間法人も事業委託されている。
 とへいえ、実際は、旧来の町会がベースで、高齢のリーダーは町会活動に誇りを持ち、熱心にやっているが、ともすれば、「新しい住民は入れん」と地域活動を私物化することも少なくない。
 ある区では、中間支援団体が、皆が出会うラボを開いたところ、A町会長が参加し、関心を持ってきた。「マンションにも呼びかけんと、町会は尻すぼみや」
 A会長の模索が始まった。
 中間支援団体は考えた。地域のマンションの位置、個数、分譲か賃貸か、管理組合があるのか、などを一覧表にした。まずは「みえる化」でわる。
 この一覧を見たA会長、どこから声かけしようか、どんな内容で町会加入を呼びかけようか、中間支援団体と議論しだした。
 「よし、このマンションにしよ。広報誌配布と、防災訓練のよびかけから話をしてみよう」
  A会長と中間支援は、一緒になってマンションを回りだした。町会加入の成果は、予想以上に得られ、かつ、ブログ運営など特技のある人材が発見でき、協力してくれるようになったという。
(上記、複数の区での成果を組み合わせてデフォルメしている)

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2014年10月28日 (火)

お遍路カフェ、まちカフェ、みちカフェ 告知

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11月17日18:30-20:30 お遍路カフェ 北新地駅東隣接曽根崎地下広場http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/2014/000810.php
11月21日19:00-21:00 まちカフェ 京阪なにわ橋駅アートエリアB1
http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/2014/000817.php
11月22日13:00-15:00 みちカフェ   北新地駅東隣接曽根崎地下広場
http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/2014/000818.php

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ワークショップ型授業

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2014年10月27日 (月)

35年前、15年前の遺産、宮田登『老熟の力』

科学研究費補助金の基盤Bを申請した。「社会的問題解決に果たす老熟力を活かしたコミュニケーションデザインの研究」として、研究室内の教授、講師、客員、招聘、助教のみなさんと、合意形成のオーソリティ、桑子先生(東工大:哲学)のスーパーバイズをお願いし申請した。
 申請分野に四苦八苦した。都市計画分野では、数学モデルじゃないから門前払いされる。
「合意形成」というテーマは環境政策分野に入っていて、ぼくの研究は、別に環境だけに特化したわけでないから辛い。
かといって、今更、民俗学では過去の人だし、
デザイン学分野に「コミュニケーション」がある。コミュニティのコミュニケーションをデザインの先生に、理解してもらえるか?
 と困っていたら、特設分野に、ネオ・ジェロントロジー(新老年学)があった。
「高齢者は保護されるだけでなく、民俗学などでは負い重なり、積極的側面」とある。これって、14年前、森栗「都市の中の老熟:二一世紀の都市モデル・向島」宮田登編『老熟の力』(2001年、早稲田大学出版部)を参考にしたのかな?
 民俗学は、遠に忘れていたが、10年前に高齢者の積極側面を評価した(当時の)民俗学者として、新老年学特設分野に申請しようと考えた。
 幸い、研究室内に寄付研究部門があり、多くの仲間がおり、多々、教示してくれる。一人では適当に出すが、仲間が一緒だと、死に物狂いで丁寧に書けた。
 この年になっても、意見を言ってくれる仲間がいるのはありがたい。
 何度も書き直し、締め切りぎりぎりに申請した。丁寧に意見をくれた、国交省から出向している教授に、今書いた申請書完成品を持参してお礼を言いに伺った。
 「先生、ご苦労様でした。大変でしたね。・・・あっ、私の名前がありません」
森栗「えっ、失礼しました。もう申請してしまったし・・・どうしよう・・・」
「まあ、後の図にありますのでわかります。全体に影響するものでもないし、・・・」
 粗忽な話だが、私には完璧は難しい。お許しを・・・

宮田登先生は、ぼくの博士論文草稿を病床の手に、2000年、60歳で亡くなられた。Yjimage
「民俗学で、走りながら考える人はいない。森栗くん、期待します。しかし、考える時間も大切だ。博士論文を書きませんか」と、筑波の卒業生でもない私に、民俗学の重鎮が声をかけていただいたのは、阪神大震災の後で走り回っていた1998年だったか。
 日本民俗学会50周年で、理事会が何をしようかと先生に相談したら、「民俗学は高齢者に世話になっているのに、高齢問題に何も発言しないのは良くない。詳しい計画は、震災後、墨田区向島の防災まちづくりに関与している森栗に相談したらどうか」と言っていただいたのは宮田先生だった。
 14年たって、先生の遺言が、科研で生きれば良いが・・・
 科研の可否は別として、こんな科研を研究室の仲間と書けたことを深く感謝したい。
宮田先生、ありがとうございます。 from 60になった森栗より

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