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2014年9月30日 (火)

桑子敏雄@哲学者にして土木計画実践、アドバイザー の言葉

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桑子先生のファンである私は、最近、ご一緒する機会があり、先生のメールの言葉の一つ一つが捨てがたい重みがあるので、記録しておく。

被災地大川小学校でアドバイスをして⇒「平常時の合意形成と非常時の意思決定の統合が強くしなやかな地域をつくる」

25年前のトラブルを乗り越え、宇田川治水計画の合意形成をはかった米子から爆発した御嶽を上空から見て⇒「地域自然のダイナミズムを災害ではなく、恵みとして受け止めることのできる 思想と技術の必要性」
※これは、寅彦の発言に近い。「却下の大地は一方においては深き慈愛をもってわれわれを保育する「母なる土地」であると同時に、またしばしば刑罰の鞭をふるってわれわれのとかく遊惰に流れやすい心を引き緊める「厳父」としての役割をも勤めるのである。厳父の厳と慈母の慈との配合よろしきを得た国がらにのみ人間の最高文化が発達する見込みがある(p230)
 こうして発達した西欧科学の成果を、なんの骨折りもなくそっくり継承した日本人が、もしも日本の自然の特異性を深く認識した上でこの利器を適当に利用することを学び、そうしてただでさえ豊富な天恵をいっそう有利に享有すると同時にわが国に特異な天変地異の災禍を軽減し回避するように努力すれば、おそらく世界中でわが国ほど都合よくできてる国はまれであろうと思われるのである。しかるに現代の日本ではただ天恵の享楽にのみ夢中になって天災の回避のほうを全然忘れているように見えるのはまことに惜しむべきことと思われる(p238)。(随筆集第5巻)」(ブログ2011/4/28)

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