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2014年3月 7日 (金)

井上孝夫「寝太郎伝説の深層構造」(土木民俗学)

ものぐさ太郎、三年寝太郎の物語の裏に、農地開発、井堰土木、及びその黒鍬技術の基に鍛冶の妙見信仰があることを、説得的に論証している。
 山口県新幹線厚狭駅前には寝太郎の銅像がある。三年寝ていたが千石船と草鞋千足を用意し佐渡島に行き、その草鞋を大量の桶で洗って砂金を集め、そのカネで沓に堰を築き用水を引き千町ヶ原拓いたという。沓の鴨神社は元は、「大内多々良氏譜牒」の百済の琳聖太子妃ともいわれ、聖徳太子に周防大内県を賜ったという。この大内氏が妙見信仰を広めたという(北辰妙見は琳聖太子と同体)。大内氏はさらに石見銀山を開いている。
 さらには、鴨氏支配以前、大内支配以前、厚狭之禰太郎が開拓したという伝承もある。
 井上氏は、鴨神社支配の伝承、大内氏の伝承をそぎ落とし、残った禰太郎伝承を、子(北極星)の太郎(たたらをふく人々)と、本質を描いている。
 その核心部分、妙見信仰や鉱山伝承は、若尾五雄『黄金と百足』などに由来するものである。
 えっ!それって、昔、30歳頃に、若尾先生のレポートが重複が多く、論旨がバラバラで、誰も認めなかったのを、ぼくがゴーストライト、解説した本。びっくり。
 25年して、土木が、僕のところに戻ってきた。
 おそらく、草鞋1000足は、砂金ではなく、佐渡から余剰土木技術者を調達したことであり、鍛冶作業ができるから、黒鍬(今のツルハシ)による土木開発ができたと考えられる。
 寝太郎は、土木計画の人員調達、器材調達、資金調達のため、時期を見ていたのである。
『社会文化科学研究』第12号掲載、著者は教育学部の社会学の先生らしい。

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