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2013年6月 7日 (金)

津門川遊歩道と花壇水やり

西宮北口の自宅は、高木村と広田村の境界湿田地帯であり、今は田圃はないが、戦国時代に武庫川を堰き、仁川の下をくぐって百間樋が通っている。その分岐用水網が、武庫川右岸(西宮市側)に張り巡らされている。江戸時代は、尼崎市側の富松用水と血みどろの水争いをした水利組合である。今は、取水権の一部を上水道に売却し、その利益の一部を西宮市役所に委託して用水清掃をしている。自宅の前にもある。201306071
  津門川(幅8m)の右岸にも水路(幅1.5m)と堤道(1.5m)が並行している。左岸道路(4m)は南行一方通行であり、右岸堤道はバイク・自転車が北行し、ひったくりが多発していた。20130608 (before)
 こうしたケースでは、通常は、川を暗渠にして、15m道路とし、二車線車道(3m+路側0.5m)×2+中央分離街路樹(1m)+歩道(3.5m×2)とする。しかし、戦前戦後と、阪急、日本ペイント、住友などが開発した住宅地であり、住民の居住意識は高く、手を加えることができなかった。
 最近、私たち:まちづくり協議会提案で、用水を暗渠化し、遊歩道を整備し、花壇を整備した。201306072 (after)201306073 この花壇9つに、毎日、4時、水やりをしている。荷台のある自転車(三輪車)に20ℓの水二つ、前かごにジョーロとバケツ、ひしゃくを入れて、撒く。夕方にも行く。自分で言い出したこと。花壇を枯らすわけにはいかない。
 最下の写真は、役所が植えた植物が一度枯れた後、幼稚園PTAが、別な花を植えたその後、また、枯れ出し雑草だらけになったいたところ。私が水をやりだすと、枯れたと思っていた花が咲きだした。すると、誰かが雑草をとってくれ、見事な花壇復活。こうなると水やりはやめられない。
 栽培植物の起源は、種を撒いたり、苗を植えることではなく、都合のよい植物を選択して残すことだと、昔、読んだことを思い出した。自然は、人が手を抜くと荒廃するが、人が水をやりだすと、別な誰かが手を加える。水をやっていると、誰かが見ていて声をかけてくれる。善意は連鎖し、いつしかみんなで水をやりだし。
 コミュニティのコミュニケーションとはこのようにして連鎖するものなのではなかろうか。
 それにしても、空梅雨は厳しい。でも、みんなが見ているから、やめられない。朝、水をやってから、一番の飛行機で出張に行こう。
 昨日、駅からの帰り道、まちづくり協議会のメンバー、教会牧師の幼稚園長と出会った。「先生、ええもん、おまっせ。篠山で手に入れた大きなひまわりの種です。どうです」
 ということで、教会の信者さんに手伝ってもらい、9つの花壇に、(密かに)種を撒いて行った。
 これで、朝夕の水やりはやめられない。今朝、最初の黄色い花が咲くと、「ご苦労さん」といってくれる人が増えてきた。
 でも、水をやってやろうかという人は、まだまだ現れない。
 継続こそ、力なり。 ハア~ッ

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