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2013年6月

2013年6月29日 (土)

住吉台くるくるバス、7年半後のアンケート

住民主体で、行政補助なく、路線バスを誘致し、走らせた住吉台は、我が国高齢化社会の地域交通まちづくりのトップランナーであり、国の地域交通政策のモデルでありました。
 すでに7年半が経過しつつあり、当時、クルマを所有していた方も、ほとんど買い替え期を過ぎたこの時点で、みなと観光バスの協力を得て、皆様の暮らしを調査することになりました。
Q1 2005年にくるくるバスが開通して、外出機会は増えましたか。
(複数回答OK。新入居者は外出効果について)
( )通院・買物・趣味や会合など外出機会が増えた。    
( )通勤、通学、塾通いがしやすくなった。
( )友人、親戚、孫子の来訪が増えた。
( )変わらない。または、減った。
( )その他                                                         
Q2 2005年にくるくるバスがが開通して、住吉台に愛着が増えましたか。
(複数回答OK。新入居者は地域愛効果について)
( )以前から住吉台に愛着を持っており、今もある。
( )バス開通以後、住吉台により強く愛着を持つようになった。
( )住吉台に住むことが誇りに思える。
( )住吉台に住みつづける気持ちになった。
( )開通以後、住民どおしが話し合う、あいさつすることが増えた。
( )青空駐車、放置バイクなどが減った。
( )開通以後、自動車交通が減り、環境が良くなった。
( )開通以後、地域に眼が行き届き、治安が良くなった。
( )その他                                 
Q3 2005年くるくるバスが開通前後の家族変化についてお伺いします(一つに〇)
( )変わらない。誕生などにより増えた。
( )開通以後に新(再)同居した。
( )開通以後に、転入、新入居した。
Q4 新入居者、新転入者、新同居者の方(再同居も含む)、またはそれらの方のお気持ちに則してお答えください。(一つに〇)
( )昔から住んでいる。新入居者、新転入者、新同居ではない。
( )新入居者、新転入者、新同居については、くるくるバスが大きな動機である
( )新入居者、新転入者、新同居については、くるくるバスも少しは考慮にした。
( )新入居者、新転入者、新同居 の動機・考慮については、くるくるバスは無関係である。
Q5 開通以前(2004年)はクルマ・バイクを保有・利用しておられましたか。(一つに○)
( )バス開通以前も、クルマ・バイクをほとんど使わなかった
( )クルマを保有していなかったが、営業車・親戚友人のクルマなどをたまに持ち帰る家族があった。
( )クルマを保有していなかったが、営業車・親戚友人のクルマなどを、常時、持ち帰り利用する家族があった。
( )クルマはなかったがバイクを保有し使っていた家族がいた。
( )家族が一台のクルマを保有し使っていた。(バイクは計上しない)
( )家族が二台のクルマを保有し使っていた。(バイクは計上しない)
( )家族が三台以上のクルマを保有し使っていた。(バイクは計上しない)
( )家族がクルマを保有していたが、あまり使っていなかった。
( )その他                                   
Q6 現在は、クルマ・バイクを保有・利用しておられましたか。(一つに○)
( )現在、クルマ・バイクをほとんど使わなかった
( )現在、クルマを保有していないが、営業車・親戚友人のクルマなどをたまに持ち帰る家族がある。
( )現在、クルマを保有していないが、営業車・親戚友人のクルマなどを、常時、持ち帰り利用している家族がある。
( )現在、クルマはないがバイクを保有し使っている家族がある。
( )現在、家族が一台のクルマを保有し使っている。(バイクは計上しない)
( )現在、二台のクルマを保有し使っている。(バイクは計上しない)
( )現在、三台以上のクルマを保有し使っている。(バイクは計上しない)
( )現在、家族がクルマを保有しているが、あまり使っていない。
( )その他                                      
Q7 こんな移動サービスがあったら良いナアというものがありましたら、〇をつけてください(複数回答)
 略                                       
Q8 あなたについて伺います
Q8-1 年齢
( )25歳未満 ( )25-45歳未満 ( )45-65歳未満 ( )65-75歳未満 ( )75歳以上
Q8-2 性別 ( )男性 ( )女性
Q9 その他、開通以後の生活変化でお気づきのこと、御感じのこと、あればお教えください。

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2013年6月26日 (水)

井上ひさし「新釈遠野物語」の物語性(おはなし)

柳田國男は「遠野物語」冒頭で、
「この話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨明治42年の2月頃より始めて夜分折々訪ね来たりこの話をせられしを筆記せしなり。鏡石君は話上手には非ざれども誠実な人なり。自分も亦一字一句をも加減せず感じるままを書きたり。思ふに遠野郷には此類の物語猶数百件あるならん。我々はより多くを聞かんことを切望す。国内の山村にして遠野より更に物深き所には又無数の山神山人の伝説あるべし。願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」
と書きだす。
 井上ひさしは、
「これから何回かにわたって語られるおはなしはすべて、遠野近くの人、犬伏太吉老人から聞いたものである。昭和28年10月頃から、折々、犬伏老人の岩屋を訪ねて筆記したものである。犬伏老人は話し上手だが、ずいぶんインチキ臭いところがあり、ぼくもまた多少の誇大癖があるので、一字一句あてにならぬことばかりあると思われる。考えるに遠野の近くには、この手の物語がなお数百件あることだろう。ぼくとしてはあんまりそれらを聞きたくはないのであるが、山神山人のこの手のはなしは、平地人の腹の皮をすこしはよじらせる働きをするだろう」、
とパロディにしている。
参照:ぼくらの放浪記(http://blog.goo.ne.jp/tsurijin/e/55e13c2a4e8e6996ea3778a1fc6f8cf820130626tono
 そもそも、物語は一字一句変わらず残っているものではなく、語り手の語り方によって、少しづつお話が変わってきている。だから、あらすじがわかっていても、子どもたちは同じ話を何度も聞こうとするのである。柳田國男は、物語を資料として収集し、学問らしく仕立てたが、井上ひさしは、物語そのものの腹の皮をよじらせる面白さを描こうとしている。インチキ臭い、誇大癖、あてにならない物語の中にこそ、人生観・人間観が物語れているのではないか。井上ひさし作品の意味は、そこにある。
 さらに、井上作品は、リズムが面白い。「わかったようでわからない。わからないようでわからない」という表現だとか、一話一話の脈絡のない話を連載型で示し、結果として物語を編集している。
 加えて、井上は、感覚から目の動き、そして焦点を定めていく、ムービーのような描写法がうまい。「星なきみ空の天坊一座」では、
「背筋が凍りつくような視線を感じ、周囲をぐるっと見回した天坊の目が、斜め正面の銀行の角でピタリと止まった」
と書いている。
 

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2013年6月24日 (月)

チェント・リコルソ チェントロ・ストリコ 陣内秀信

陣内秀信「時代を読んだイタリアの町づくりーその発想の転換から学ぶ」では、チェントロ・ストリコの考え方を、ボローニャで示した。職人が居住する細街路の町を「保存」することは、市民の手に都市を取り戻すことだ。
 こうして蘇ったチェントロ・ストリコは、車のない時代に人間の身体寸法ででき、居住者のみならず、外来者にとっても魅力的だ。人と人の交流も起こりやすい。観光学でいう「おもてなし」とは、街路案内やお辞儀の仕方のような表面的直接的なものだけではなく、チェントロ・ストリコのようなフィジカルな都市形態、およびそこに生まれるヒューマン交流をもさす。
 80年代のイタリアでは、公共事業としてばかりか、民間のディベロッパーがこうした古い建物を修復再生する事業に積極的に取り組んでも採算がとれた。富裕者層が、お金をかけて古い建物を見事に修復再生(レスタウロ)し、格好よく住むという都市のライフスタイルが登場した。
 イタリアでは、73年のオイルショックで北部の重化学工業地帯がダメージを受け、80年代に入る頃、中北イタリアの底力をもった中小の都市が、伝統的な蓄積を生かし、「第三のイタリア」=ファッション、デザイン、食文化など、いかにもイタリアらしい生活や文化とつながったグローバル産業が生まれた。歴史的な建物、町並みといったフィジカルな環境のストックに加え、地元の人材、技術、ノウハウなど、ソフトなストックが発見され、再組織され、現代的に組み立てられた。さらに、ストリート・デザインを工夫する動きがおきた。
 関西の某大都市でも、中核大阪の大商圏や、駅なか大商業施設に吸引され、都心商業が苦しい。いかに都市の魅力を創出するかが議論されだした。
 中心駅前から離れた中心商業地(京都の河原町、広島の八丁堀)からクルマを追い出し、皆がゆったりできる歩行空間、交流できる広場を模索する実証実験が模索されている。
 この都市ヒューマン核、ここから都市の魅力地に歩き始める広場を、私はCento Ricorso と呼んでいる。
 従来、盛り場amusement zone ,中心市街地 central business district ではない、交流や魅力に重きを置いて考えたとき、risort を思いついた。が、この言葉はリゾート開発のように手垢にまみれている。チェントロ・ストリコを含む、ゆったりした交流、ホッとするような懐かしい魅力を表現する言葉として、イタリア語のCento Ricorso を思いついた。
 これを日本の大都市で実現したい。

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2013年6月17日 (月)

ほんねアンケート 事前事後 しつこいアンケート は、研修には効果絶大

前の記事の職員研修の活性化 某市役所での成果が出た。
 びっくり
講義:協働型事業委託の具体的な取組 ほんねアンケート 結果
        項 目                                 受講前  受講後
これまでも住民の声は聴いてきたつもりだが?  19      3
これまでも協働はやってきたのに?         18   2
住民の5%の大きな声に振り回されないか?   29   7
契約関係規定などにおいて問題はないか?   28   15
私は理解したが、部局や上司は?          12   11
わが部局が先行し、揚句、梯子を外されては困る 17 12
これ以上、ややこしい制度をつくらんといて欲しい。31  9
(講義を受けて)積極的に進めていきたくなった。    7  34

前後にほんねアンケートをするのは、研修にはとても有効なことがわかった。

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2013年6月16日 (日)

芸がない人でも誰でもできる、無気力職員研修に活気をもたらし、研修成果をあげる手法

今週、某自治体の協働型事業委託制度の研修をした。
 私も大学や学校の研修で、おもしろい、なるほどと思って、意欲的に受講した研修はほとんどない。仕事上の義務として「やらされ感」のある研修を、主催者側講師側の立場から、どうやったら、活性化し、研修の成果を上げるのか、作りこみを工夫した。
 一方、ワークショップデザインの授業で、多様なワークショップについて講義説明したが、受講生の大学院生から、病院のチーム医療?(研修)のコーディネーションの場合、研修だとお通夜のように、シーンとなって、活発な意見がでない。森栗のような(話芸)がなくともできる、良い手法はないか?と訊かれた。
 そこで、誰でも(猿でも)できる手法をお示しする。

①講義の前に、事前ほんねアンネ―トをとり回収する。
 【アンケートチェック項目】
1( )これまでもチーム医療のやり方に問題はないと思う。これ以上、何をせよというのか!
2( )これまでもチーム医療はやってきたが、大きな問題はおきていないと思うが?
3( )チーム医療というけれど、結局、医師の発言にふりまわされるのではないか?
4( )チーム医療のやり方は、本当に必要なことなのか。流行ではないのか?
5( )私は理解したが、部局や上司に理解させ、実施に移すのは抵抗を感じる。
6( )チーム医療は大胆な試みだが、わが病院で先行して目立ち、揚句、梯子を外されては困る
7( )リーム医療にとても関心がある。しっかり学んでいきたい。
   ◆意図◆ 個々の学習レディネスの自己確認=「書くという自己意識の自己認識」

②講師自己紹介の間に、助手がアンケート集計し、ただちにプレゼンに集計を書きこむ

③講義の前に、みなさんのホンネとして、質問の意味を示し、参加者の思いの多いところを共有化する
 そのホンネの意味を(⇒)で明示化する
 1( )⇒問題の無視
 2( )⇒問題の軽視
 3(多かった)⇒医師の態度への不信
 4(次に多かった)⇒チーム医療というやり方への不信
 5( )⇒仲間への不信、自己の説明能力への不信
 6( )⇒行政組織、医療業界:医療事業者組織への不信
 7( )⇒意欲あり
   ◆意図◆ 問題状況の全体としての見える化

④ 概要説明

⑤ 質問かチーム医療の展開意思「こんなことに留意してチーム医療をしてみたい」とか「□□の成果を期待してチーム医療をやってみたい」とか、を10字以内でA4の紙に、太い黒のホワイトボードに書いて、関連のある意見 の近くに、マグネットで貼り付ける。

⑥貼り付けた内容を、コーディネータが読み上げ評価していく。

⑦写真に撮る(研修成果の個人的定着、意欲表明を「集めて」「見える化」
   ◆意図◆ 個々の取り組み意思表明を

⑧研修事後のホンネアンケート
そのホンネの意味を(⇒)で明示化する
 1( )⇒問題の無視
 2( )⇒問題の軽視
 3(多かった)⇒医師の態度への不信
 4(次に多かった)⇒チーム医療というやり方への不信
 5( )⇒仲間への不信、自己の説明能力への不信
 6( )⇒行政組織、医療業界:医療事業者組織への不信
 7( )⇒意欲あり
   ◆意図◆ 研修での意識変化:成果、課題を評価する

この強制的に①事前、②講義後、③ふりかえり後 と3度書かせ、①意識の明確化・全体としての共有化、②展開意欲の文字による表明=行動意欲の定着化、さらには③変化した自己を再確認する。

寝た子も揺り起こす、やり方が必要ではないか。

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2013年6月12日 (水)

続 花壇水やり

台風も、西日本はそれて、空梅雨。
水やりは、朝ご飯のあと7時と、夕方7時に決めた。仕事の関係でできない時は、早朝、夜になるが、基本、見える化をすることにした。
コミュニティ活動は、見えるようにすることが大切だと、わかったからだ。
朝は、高齢者の散歩、犬の散歩、次にサラリーマン、少し遅れて幼稚園の送迎となる。一番、挨拶するのが、高齢者。「当番ですの?」「楽しみですね」というが、自分は微塵もしない。次が、男のサラリーマンである。小さな声で「おはようございます」と言って通り過ぎる。思うところがあるのだろう。ありがたい。
犬を連れている人は、水やりをみると、緊張する。犬が花壇に入らぬようリードを引っ張る。
当初は、リードなし主人が、犬を花壇に入れたこともあったようだが、水やりがウロウロし出すと、そうはいかない。一時は、花壇に、自動車のわだちが残っており、逆上したこともあったが、今や、 踏まれた跡にも、蕾が膨らんでいる。
コミュニティ活動は、人に知らして、これ見よがしにすすめると、会話が弾む。
見えな、いかんのや。
3日前、調子に乗って、ヒマワリの種を密かに蒔いたが、すでに数カ所、芽が出ている。

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2013年6月 7日 (金)

津門川遊歩道と花壇水やり

西宮北口の自宅は、高木村と広田村の境界湿田地帯であり、今は田圃はないが、戦国時代に武庫川を堰き、仁川の下をくぐって百間樋が通っている。その分岐用水網が、武庫川右岸(西宮市側)に張り巡らされている。江戸時代は、尼崎市側の富松用水と血みどろの水争いをした水利組合である。今は、取水権の一部を上水道に売却し、その利益の一部を西宮市役所に委託して用水清掃をしている。自宅の前にもある。201306071
  津門川(幅8m)の右岸にも水路(幅1.5m)と堤道(1.5m)が並行している。左岸道路(4m)は南行一方通行であり、右岸堤道はバイク・自転車が北行し、ひったくりが多発していた。20130608 (before)
 こうしたケースでは、通常は、川を暗渠にして、15m道路とし、二車線車道(3m+路側0.5m)×2+中央分離街路樹(1m)+歩道(3.5m×2)とする。しかし、戦前戦後と、阪急、日本ペイント、住友などが開発した住宅地であり、住民の居住意識は高く、手を加えることができなかった。
 最近、私たち:まちづくり協議会提案で、用水を暗渠化し、遊歩道を整備し、花壇を整備した。201306072 (after)201306073 この花壇9つに、毎日、4時、水やりをしている。荷台のある自転車(三輪車)に20ℓの水二つ、前かごにジョーロとバケツ、ひしゃくを入れて、撒く。夕方にも行く。自分で言い出したこと。花壇を枯らすわけにはいかない。
 最下の写真は、役所が植えた植物が一度枯れた後、幼稚園PTAが、別な花を植えたその後、また、枯れ出し雑草だらけになったいたところ。私が水をやりだすと、枯れたと思っていた花が咲きだした。すると、誰かが雑草をとってくれ、見事な花壇復活。こうなると水やりはやめられない。
 栽培植物の起源は、種を撒いたり、苗を植えることではなく、都合のよい植物を選択して残すことだと、昔、読んだことを思い出した。自然は、人が手を抜くと荒廃するが、人が水をやりだすと、別な誰かが手を加える。水をやっていると、誰かが見ていて声をかけてくれる。善意は連鎖し、いつしかみんなで水をやりだし。
 コミュニティのコミュニケーションとはこのようにして連鎖するものなのではなかろうか。
 それにしても、空梅雨は厳しい。でも、みんなが見ているから、やめられない。朝、水をやってから、一番の飛行機で出張に行こう。
 昨日、駅からの帰り道、まちづくり協議会のメンバー、教会牧師の幼稚園長と出会った。「先生、ええもん、おまっせ。篠山で手に入れた大きなひまわりの種です。どうです」
 ということで、教会の信者さんに手伝ってもらい、9つの花壇に、(密かに)種を撒いて行った。
 これで、朝夕の水やりはやめられない。今朝、最初の黄色い花が咲くと、「ご苦労さん」といってくれる人が増えてきた。
 でも、水をやってやろうかという人は、まだまだ現れない。
 継続こそ、力なり。 ハア~ッ

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2013年6月 2日 (日)

生活学会今和次郎賞延藤安弘先生、受賞スピーチ+越境する生活学、

「ユーコート物語」が今和次郎賞を受賞した。
先生は、共同居住について、以下の4点を指摘された。
生活者イニシアティブ
活き活きした、ときに対立があっても、ワープでショックを乗り越える(ワープショップ)、アリバイ作りのワークショップとは違う強さ
⑶ 専門家も、共に学ぶ姿勢
物語をナラティブにつむぐ
私は、これこそ、頭文字をとって、生活学物語だと、思った。
 そのためには、個々の学問領域を越境せねばならない。シンポ「生活学とその周辺」は、予想以上に面白かった。学問越境の面白さ、こわごわした越境の楽しさが示唆され、生活学会名誉会員石毛直道先生が、その学的可能性をコメントされた。
 生活学って、ひょっとして学ではなく、多様なアプローチ(学問)を現実生活・人間主体の物語に紡いでいくムーブメント・運動なのではないだろうか。
 実は、戦後の寝食分離運動、団地まどり2DKを作った西山卯三の京都大学の助手が延藤安弘で、さらに戦前、西山を同潤会で農民生活研究の指導をしたのが、生活学会創始者、今和次郎なのである。
 私たちは、生活学物語をめざして、個々の領域を越えていかねばならない。
交通問題だって、生活課題であり、地域独特の物語の中にある。そういう意味では、民俗学なのだ。

旧知の菊地暁さんも『今和次郎 日本の民家再訪』で同時受賞したが、彼は私の名刺の「協働型まちづくり 地域移動計画 はなしあい学 密かに本当の民俗学」という表題を見て、
「本当の民俗学なのですね」と、言ってくれた。嬉しい。
 「エセ専門家」と、土木計画学会で罵倒され、学内では「薄い」と、個別専攻から授業の単位認定を認められず、民俗学会は離脱状態の私である。越境をするということは、苦難の道を行くことである。にもかかわらず、日本各地の生活を守り、生活物語を唱導する義務が、私にはある。世のため人のため、語らねばならない、物語がある。
 全国を、まちづくり絵本片手に、幻灯会をしつづける同志:延藤先生と、私の民俗学への思いを受け止めてくれた数少ない民俗学者菊地さんの、今和次郎賞同時受賞を祝う、楽しい生活学会大会であった。

朋あり、遠方より来る また楽しからずや

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