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2013年4月25日 (木)

石山駅前商店街の100年一日、解決できない渋滞

亡くなった母の故郷、滋賀県大津市瀬田を、久しぶりに訪問した。13時、JR石山駅から歩いて15分だが、たまたま帝産バスが停まっていたので、懐かしくなり「田上車庫行」に乗った。
 石山は1928年に三井物産が東洋レーヨン滋賀事業所を、1943年にNECが真空管製造工場を建設し、大津南部の工場立地のターミナルとして、高度経済成長を支えてきた。京阪大津市内線の石山寺ー(比叡山)坂本間の駅とも連絡し、2階デッキでそのまま乗り換えできる石山総合駅となっている。80年代以降、瀬田川(琵琶湖唯一の出口、淀川の最上流)の唐橋を渡った左岸の田上丘陵にニュータウンが建設され、大学、卸売市場、ホール、美術館などが大津旧市街から移転してきた。それにつれ、瀬田駅、南草津駅などができたが、石山は依然、ターミナルの機能を維持している。
 さて、駅前を出て商店街に入り、東レ正門前バス停を経ると、大変な渋滞。商店街なので広げられない道を、バスは京阪市内線の踏切を二つ縫いながら進まねばならない。しかも、湖岸道路から、また東レ工場側から流入したクルマが、横から横から、どんどん瀬田唐橋に入り込む。自動車通過交通を優先処理する信号体系になっていて、バスはすすめない。すすもうとすると、遮断機が降りる。
 平日の昼でこの調子。
「日本でも、こんなアホなことを100年一日でやっている場所があるんや」と、驚いた。
 実は、瀬田川右岸の石山寺側は、急峻な山があり、大規模な団地を建設しにくい。左岸は丘陵地で開けてしまった。ところが、地図 http://yahoo.jp/fuByEe にあるように橋がない。平安時代からの瀬田唐橋上下二車線と、高度経済成長期の国道二車線しかない。滋賀県は琵琶湖の南端に無理して立派な大橋を作ったが、投資回収のために200円かかる。名神高速から分岐した京滋バイパスは、瀬田東から入り瀬田川を越えるとかなり南まで行って300円。名神高速も瀬田西から入れば、大津まで行ってしまって300円。石山駅に入るには、どうしても渋滞に巻き込まれる宿命なのだ。バスは、いつも渋滞の犠牲になるしかない。しかも石山駅周辺は、大変なマンションラッシュで、狭い道なのに100%駐車場付の中規模高層マンションがボンボン立っている。
 暴言をいえば、瀬田川を暗渠にして、商店街をこの人工地盤に低層ビルで移して、東レ前を全部道路にし、唐橋を高知のはりまや橋のような陳腐なモニュメントにしてしまえば、渋滞は解消する。
 こんな暴言をいわねばならないくらい、解決困難な状況である。
 では、どうすれば良いのか。現状の商店街、現状の工場を大切にし、現状の京阪線を活かし、かつバス路線を維持するにはどうすれば良いのか?
 ここですぐに答えを出せるほど簡単な問題ではない。が、私には、以下の写真を参考に、また京阪市内線を見て、一つの勝算がある。でも、ここでは言わない。滋賀県や大津市が、100年一日ではなく、なんとかしたいなら、連絡してくるかもしれません。
 このまま放置しておきますと、東レ開業から100年目、2030年頃には、商店街は完全に衰退し、東レ工場も無くなり、商店街は荒廃します。その頃なら、瀬田川を暗渠にせずとも道路を広げることは可能ですが、その必要と財源がなくなっているでしょう。

ラクダ高岡:エコライフ撮影会(2008/07/27(日) 早朝 5:15~5:40,高岡駅前通)「らくたま通信」より
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コメント

あなたが心配している東レが海外に製造ラインを移転して
大津市からいなくなるのではないかという心配は資本論が予告している現象であって交通渋滞のせいではありません。経産省の統計調査でも大企業の海外移転の最大の現認は「そこに(進出先に)需要があり、そこで生産し、そこで販売するほうが需要のない日本で活動するより効率が良いからです。」原因と結果とを穿き違いしないようにみなさん自重しましょう。

投稿: 岩村 覚三 | 2016年4月 3日 (日) 13時50分

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