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2013年2月

2013年2月28日 (木)

まちコミュニケーション研究室の中期目標(2013-2016年)

3月1日、新著『コミュニティ交通のつくりかた』1890円(学芸出版社)が発売される。
本来は皆様にお送りしたいのですが、初刷は稿料がない。厳しい!
 でも、以下のように、いろんな仲間に書いてもらい、ひたちなか海浜鉄道の吉田社長やタクシーの運転手・社長にコラムを書いてもらった。とても、読み応えがある。
 書いてみてびっくりした。これって、民俗学? 工学や経営学ではこんな編集にはならない。
 呑み屋に行くのを1回控えて、ぜひ、近所の本屋さんで探してみてください。どうしても2刷に持っていきたい。2刷になれば印税が出るので、それを資金に、首都圏でシンポジュームをしようと思っています。どうか、よろしく願います友人に奨めてください。図書館で購入希望に書いてください。
 1995年の震災からまちづくりのコミュニケーションに舵を切り、民俗学を放棄した。学会も仲間も、そして私を理解する出版社も失った。そのなかで、専門性を問われてきた。「エセ専門家」と何度、陰に、面当向かって罵倒されたことだろう(今も)。しかし、この孤独の道は、多くの現場や行政・コンサルの理解者、心ある工学研究者のおかげで、交通というコミュニケーション手段を通じて、やっとまとめることができた。苦節18年といっても、心の底では、過言でないと思っている。
 その結果わかったことは、現場で本当に必要なことには、必ず仲間が理解者が現れるということだ。今後も、いろんな人々と共同で地域に奉仕する研究をすすめたい。それを政策化、法制化したい。これを機に、研究室のプロジェクトと工程を宣言する。
■目標年度 課題名(著作名)
 2013  
コミュニティ交通のつくり方(まち交通コミ授業、同志と)
 2014  
コンパクトシティ富山の展望(CSCD学内同僚・京大同志と、シンポ、外部資金)
 2014  
まちづくりワークショップ入門(神戸まちづくりWS研究会と)
 2014  
阪大お遍路授業(ワンダーコミュニケーション、CSCD同僚と)
 2015  
かしこいクルマの使い方(月刊誌連載中)
 2015  
越中八尾おわらまちづくり(CSCD同僚・八尾おわら保存会と、富山県、総務省?)
 2015  
能勢電鉄101周年(まち交通コミ授業、CSCD同僚・能勢電と)
 2016  
大阪市政改革(連携先、プロジェクト未定)
 ―  
ヒューマンコミュニケーション(CSCD・学内同僚と、ヒューマンコミュニケーション基礎学会)

●目次『コミュニティ交通のnot「作り方」but「創り方」』
 モード作りと違う。まちの暮らしを育てるのだ。創造するのだ。 
はじめに 負けない地域をつくる                     (森栗)
序章 なぜ、今、コミュニティ交通を協働でつくらねばならないのか(森栗)
 1 民間による交通資本整備の日本近代史
 2 1ブロック1バス会社独占提供の課題
 3 地域公共交通計画と大阪市交通局民営化
第1章 住吉台くるくるバス──都市住民が主体           (森栗)
 1 現場の声をビジョンにまとめる
 2 住民・行政・事業者の協働・役割分担
 3 工程表と評価・工程管理
 4 広報、ネットワークの手法
 5 7年目の住吉台~六甲山麓に広がるバス誘致
第2章 淡路島・長沢ミニバス─過疎化地域住民が主体(大阪大:猪井博登)
 1 全戸が年間1万円を拠出するミニバス
 2 ミニバスのしくみ
 3 住民はどう考えているのか
 4 バス運行にはどんな効果があったのか

 5 住民が運営するコミュニティ交通のつくりかた
〈森栗コラム〉協働してバスを走らす村と電気自動車とタクシーのシェア
第3章 山口市市民交通計画─住民と事業者・行政協働(山口市:時安洋)
 1 「市民交通計画」ができるまで
 2 交通政策の柱をつくる
  〈コラム〉タクシー事業者の声/市民の声/運転手の声
 3 地域における交通全体の充実を図る
〈森栗コラム〉山口市O地区でのできごと
〈森栗コラム〉山口市交通まちづくりが手本としたい日立市協定方式
第4章 京丹後・上限200円バス─事業者と行政の協働(野木秀康:京丹後市)
 1 論より便利、乗車行動こそ住民協働
 2 住民・行政の本気度が事業者も変える
 3 取組手順と成果
 4 ネットワークと今後の展開
〈森栗コラム〉北近畿タンゴ鉄道をどう考えれば良いか
第5章 当別町コミュニティバス─民間企業と行政の協働(北海道開発技術センター:大井元揮)
 1 当別町と交通事情
 2 官民共同によるバス運行
 3 実証実験の実施

 4 利用促進策の実施
 5 利用者数および運行収入の推移
〈森栗コラム〉あるもの全部使わねば、北海道は守れない
第6章 RACDA高岡──市民団体の主導      (RACDA高岡:大井俊樹)
 1 RACDA高岡の考え方と取り組み
 2 万葉線存続運動
 3 市民協働事業によるコミュニティバス活性化支援
 4 地域交通に関する諸課題と市民意識
〈コラム 会員の声〉私が行動しなければ、という危機感
〈コラム 会員の声〉活動は人がつながり、ひろがる
 5 ひろがる公共交通市民活動ネットワーク
 7 公共交通に対する市民意識の変革に向けて

⇒和歌山電鉄、三岐鉄道北勢線、福井 みんなRACDAが絡んでいた。その手本が岡山RACDA
〈コラム 会員ひたちなか海浜鉄道吉田社長〉鉄道マンの意識が変わった~そして社会が変わった
おわりに 地域を守る知恵を活かせ          (森栗)

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2013年2月26日 (火)

柳田國男「美しき村」

金野幸雄さん(元兵庫県職員、篠山市副市長、現流通科学大学)の論文に「『美しき村』の計画論」(都市環境デザイン会議関西ブロック2004年度第7回都市環境デザインセミナー)がある。
 柳田國男の「美しき村」を引きながら、景観条例を模索する格調ある計画論である。

「斯ういう茫として取留めの無い美しさが、仮に昔のままで無いとわかって居ても、之を作り上げた村の人々の素朴な一致、たとえば広々した庭の上の子供の遊びのような、おのづからの調和が窺われて、この上も無くゆかしい」風景は、「我々が心づくと否とに拘らず、絶えず僅かづつは変って行こうとして居る。大よそ人間の力に由って成るもので、是ほど定まった形を留め難いものも他には無いと思うが、更にはかないことには是を歴史のように、語り継ぐ道がまだ備わって居ないのである。」

 最近、三重県伊賀から、ローカル線を乗り継いで4時間、日本海にほど近い丹後の大江山まで風景を楽しんだ。開発した空き地が残る名張市街地から雪の長谷寺、大和八木で乗り換えて、大和盆地を北上する。大和三山も三輪山もマンションや電線だらけのスプロール市街に隠れ、やっと田園に出たと思ったら高速道路が稜線を切る。急速にここ30年程の人間の暴力でここまでゆかしさを失い、語り継ぐ言葉も忘れてしまった大和とは何か。学生時代の亀井勝一郎「大和古寺風物誌」を手に巡った大和盆地はほとんど残っていなかった。西大寺を過ぎ、平城山古墳群を巡る。学生時代あこがれた居籠祭のある祝園は、美しき村ではなく、単なる近郊住宅駅前であった。いやはや、ここまで汚い国土にしてしまったのかと、呆れてしまった。ところが、淀川・木津川の貯留池である巨椋池を干拓した向島に入ると、線を引いたように、一気に農地が広がり、驚いた。実際、都市計画の線引きがあるのであるが、巨椋池干拓地では農地を守る意思を感じた。嵯峨野の街並みをとおり、保津川の蛇行をトンネルで突き切り、亀岡盆地に出た途端、美しい農地が拡がる。そして、園部でワンマンカーに乗り換え、日吉あたりでまた雪が積もる。そして綾部、福知山で由良川の広い風景に出合う。

畿央を縦断してみて、柳田の「美しき村」の一文を思い出した。
「村を美しくする計画などといふものは有り得ないので、或は良い村が自然に美しく、なって行くのでは無いかとも思はれる。」
 我々の風景がここまで乱暴に傷つけられたのは、我々の暮らしぶりがいささか良くなく、乱暴であったのではなかろうか。農民は、巨椋池以外は、農業振興法解除を求め、都市民は、己で調達できる限りの小さな家に、クルマを置いて、個別消費をしている。その集合が、この調和なき風景である。
 この現実を、考え直さねばならない。

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2013年2月25日 (月)

跨線橋が地方鉄道を苦しめる

KTR(北近畿タンゴ鉄道)の利用を促し、京都府北部丹後地方の町と町結ぶ鉄道を維持しようという会合に参加した。ところが、国鉄末期の新線は高架で長い階段がある。これでは高齢者や乳母車は鉄道を使いにくい。西舞鶴ー宮津ー天橋立ー豊岡の宮津線も、跨線橋が辛い。列車が遅れ、宮津駅で乗換を急がされては、事故が心配だ。KTRの社員は、「安全に乗り換えてください。列車は待ってます」とアナウンスするという。さすが、地域に根付いた鉄道だ。
 +++カンテラ・ともしび+++ブログでは、雪のホームスロープにおける安全を心配している写真がある一方で、跨線橋の風景を愛でる写真もある。20130225 20130226 しかし、本数も少ないローカル線で跨線橋を登る高齢者のことも考えなければならない。跨線橋の横にスロープがあるではないか。スロープに手すりをつけて、踏切を作れば、どれだけ楽か。利用者が増えるか。
 全国の地方鉄道では、跨線橋が大きな課題となっている。大都市圏や本線とは違い、時間1本や2本以下のローカル線で、跨線橋を渡る意味が本当にあるのか。跨線橋のあるところは、法的には絶対に新たにスロープ・踏切を作れないという。もし事実なら、ローカル線では、地方鉄道維持・利便向上のため、スロープ改善・新設、より安全な踏切遮断機設置の補助メニューの法的整備をすべきだ。
 大前提は、現在、JRが努力しているように、上りであろうが下りであろうが、可能な限り出渕側に列車を着ける工夫である。または、Dのように、2線対面ホームなら、両方に出口があれば良い。改札は、ワンマンなら運転手がしており、駅が地域の人の管理なら、地域でボランティアを配置すれば良い。次に、スロープの作り方を考えてみた。 1_4 2両で、通学時間は4両にする場合、
A)2面ホーム2線の場合、端にスロープを設け踏切遮断機を設置すれば良い。
B)3線で長いホームの場合、1・2番線ホームの途中でスロープを作り踏切遮断機を作れば、6両の長い列車は3番線に入れれば良い。
が、写真のように跨線橋の脇に1m以上のスロープがあれば、ここを安全に歩けるように、両側に手すりをすればよい。
 要は、高齢者・乳母車・障害者・大きな荷物を持った人が利用しやすいようにしたい、今あるインフラを大切に使おうという自治体・住民・地方の事業者の努力を、国がどう目配りして支えていくかが重要である。

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2013年2月20日 (水)

クリスマスバス・サンタバスはなぜ大切か

Y市のS地区から、5本/日のバスが、中心の駅に出ているが、駅から大きなスーパーまで500m、総合病院まで1km、駅で終わられると不便であった。行政が住民との意見交換を受けて、行政がバス会社と交渉した。結果、バスが、スーパー、総合病院までまわることになった。
 バス会社の厳しい経営の中で、運転手の報酬は限界まで下がっている。通常は、バス会社の管理側がOKでも、組合の了解が得られない。ところが、今回、すんなり「やりましょう」となった。
 日本初のクリスマスを行ったY市。市内のコミュニティタクシーでは、クリスマスタクシーを走らせたところ、好評。そこで、クリスマスバスを企画して、保育園の園児に車内を飾り付けてもらい、運転手が個々にプレゼントした。子供達から喜ばれつつ、ハンドルを握る誇り。サンタが運転しちょる と、誰もが見上げる。クリスマスバスの担当は、バス運転手の中で、人気になったという。20130217 20130217_5
 地域に喜ばれる、プロとしての喜び。この記憶が残っていたためか、地域の利用者の思いが簡単に伝わり、組合としても協力してもらえたようだ。
 京王バスでもクリスマスサンタバスをしている。韓国でも同様である。20130217_2 20130217_4
 バスは厳しい経営の中で、賃金が限界まで抑えられている。それで事故を起こしたら過失致死で罪になる。割に合わないわけで、余分に回ってくれといわれても、組合が断る気持ちもわかる。しかし、クリスマスに、子供たちから喜ばれ、サンタが運転していると尊敬され、悪い気持ちはしない。
 行政マンの仕事は、市民の声と、働く人、そして事業経営者、運輸局、警察の間を丁寧にコミュニケーションを粘り強く働きかけることであり、クリスマスは最も相互理解に便利なイベントのようである。

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2013年2月19日 (火)

石鎚上空から瀬戸内と太平洋をを見る

9日、新幹線から富士山が見えた。幸福感に包まれる。
10日朝、油を流したような燧灘から石鎚山を見ると、その上方(東)が輝いている。空や雲ではない。よく見ると、室戸岬の太平洋だと気付いた。
 かつて、若き空海は石鎚山で修業し、太平洋と瀬戸内海を一眼にして、空と海が結ぶ宇宙を理解し、空海と号したのではなかろうか。2011/07/29ブログ
 しばらくすると、鰯の鱗のように輝く伊予灘、肱川河口の長浜が、大洲が見える。その上、雲の中に拡がっているのは足摺岬。こうして、阿蘇くまもと空港に着く。
 歩く巨人:民俗学者宮本常一に『私の日本地図』がある。プロペラ機に乗った感動から、耕地の様子から、開発の歴史を読み解いている。その最初が瀬戸内海だった。宮本は、大阪府立第二師範学校で国語を専攻するかたわら山際二郎先生に地理学を学んでいる。私も、その末、大阪教育大学で山際先生の名を聞いて育った端くれ。
Photo 20130210_2 中央が石鎚。左上が、室戸岬。20130210jpg 雲の間に足摺岬が輝く

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2013年2月17日 (日)

【修正再掲】戦時下の「日本生活科学会」と生活学

 英語では、lifeは命=日常生活 である。日本語では、しのぎ、すごし、日暮らし、とあり、個人の命や日常ではなく、世間のなかでの毎日のしのぎexistenceに過ぎない。何とか飢えずに命を永らえる毎日に過ぎず、個人の尊厳や活性のlifeはなさそうである。明治末から大正、昭和初期にかけての女性雑誌、『女学世界』の巻末「誌友倶楽部」(1916~)[川村邦光『オトメの祈り』43-69頁、1993年)などの投稿では、乙女のライフなどと投稿され、個人的な思い、暮らしには生活という言葉はない。これに対して、第一次世界大戦直後の文部省や生活改善同盟会の事業には「生活」がある。
  1941年12月13日、新設された厚生大臣に就任した小泉親彦を会長として、生活科学会が学士会館で設立された。当初は、医学を中心とした横断的な「生活科学的合理化が国民体育向上の為」必要と考えられて設立された政策科学であった。小泉(小泉潤一郎とは別家系)は陸軍省軍医総監として衛生省設立に尽力していた。身体強健な兵士を育てる意図があったが、東北の生活問題に気づき、1935年「東北地方衣食住改善調査」課題をもって、関東大震災住宅復興を推進してきた同潤会に内田祥三(後の東大総長)を訪ね、早稲田の今和次郎を紹介され、東北農村調査を依頼している。今和次郎、竹内芳太郎の農村生活改善運動はこの流れの中にある。
 状況証拠からいえば、lifeに相当する言葉を「生活」と表現し民政に使おうとしたのは、関東大震災後の復興院、またはそれに連なる同潤会あたりではないか。柳田も今もその流れのなかで「生活」を扱ってきた。1940年頃には西山卯三も関わっている。この西山の『住宅問題』(1942年)を文部省推薦図書にしたのが大河内一男(後述)。
 こうした動きを国民総動員、徴兵制度効率化、国家のための国民生活のなかに位置づけようと考えたのは、厚生省を創った陸軍省ではなかったか。生活科学会には小泉初代厚生大臣が出席している。
 生活科学会第二回大会(1942年)は戦時中、国民標準生計費、国民体力、国民標準住宅、国民標準医療、生鮮食品に関する分科会ももって開かれている。体力や医療といった分科会に陸軍の意図がありそうだ。
 戦後、GHQが農村民主化を指示して推奨したのが、何と「生活科学」であった。このとき、農林省に農村生活改善の助言をしたのが、またまた今和次郎であった。今は、『家政のあり方』(1947年)で、生活における時間の共通性改善可能性を示し、単なる労働再生だけでない、休養・教養・慰楽を含む総体の生活を提示している。
 大学再編の東北大学農学部家政学科を生活科学科に改組し、旧高等農林系大学農学部にも生活科学科をつくり、東北大学に佐々木嘉彦、東京教育大学に竹内芳太郎を置いた。この流れのなかで、大河内一男(東大総長)は『国民生活の理論』(記述は戦中、発刊は1948年)で、「戦争は戦闘ではなく、国民生活が崩壊して負けるものだ」と述べている。籠山京は『国民生活の構造』を著し、労働・余暇・休養を分離することを求めている。(『學士會会報』第893号、2012年)
 この生活科学科は独立日本のアカデミズムの嫌うところとなり、すべて廃止の憂き目にあう。東北大学農学部の生活学も消えてしまった。西山卯三は建築学ではなく、住居学を推進し、寝食分離の2DK、いわゆる公団住宅を推進する。
 民衆生活研究の民俗学を興した柳田國男はそれまで『郷土研究』の雑誌を出してきたのに、1924年(関東大震災の翌年)「政治生活更新の期」を書き、「小作争議の将来」などを書き、1929年「都市生活意識」、1933年「農村生活と産業組合」、ている。そして農村恐慌後、1934年に自宅での勉強会木曜会を郷土生活研究所に展開し『郷土生活の研究法』(1935年刊行)を出し、1939年「言語生活の指導について」、1940年「農業生活と水」、1941年「女性生活史」「文化生活といふこと」、1950年「日本人の生活を語る」、1953年「海上生活の話」、1954年「言語生活」、1957年「生活と方言」、ている。どうも、柳田國男は、積極的に生活を使ってきたのではなく、小作争議や復興院、戦中の生活科学会の動きにあわせて、戦後はマスコミなどの求めに応じて、「生活」を消極的に使ってきた。
 個別科学の限界が見え、公害など総合的な生活が課題になった70年代、日本生活学が再度提議された。発起人には、会長今和次郎、竹内芳太郎、川添登、浅田孝(都市計画・万博主導)、伊藤ていじ(建築、東大)、石毛直道(民博館長)、梅棹忠夫(民博館長)、加藤秀俊、多田道太郎、中鉢正美、西山卯三、林雄二郎(経企庁)、宮本常一が集まった。大阪万博や京都大学人文研に影響を与えた研究者の名が見える。 
 生活学の特色は
・外来科学の移入ではなく、自己の暮らしの研究である
・個別ではなく総合的に研究する
にある。
 一方で、1970年に大阪市大が大学院設置にあたり家政学部を生活科学部に変更して以来、短大・女子大の家政学が、生活科学科と称するようになったが、看板のみであり、フラスコや成分分析はすすんだが、籠山や大河内のような生活の総体を見て総合政策を論じる研究教育は、途切れてしまった。
 

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2013年2月14日 (木)

教え子の死と尾崎放哉

 埼玉の教え子の訃報を聞いた。やはり、と思った。
ご両親には、時間を置いてお目にかかりたい。
 一年生、自分のプライドの為に苦しんでいるとき、彼と小倉
の旦過市場や門司港、下関の韓国人街を巡った。崩れかけた路地の奥の廃屋に、暮らしを発見した。
 彼は全てを否定し、対峙し、ときに語学大学の理不尽とも妥協し、最後は対峙しきれなかったのか。
 合併して外大から阪大に変わり、卒業前、久しぶりにあったとき、彼は視線をそらした。それはそれで彼が自分の世界を持ったのかなあという程度に考えていた。
 私は出張先の九州で、自己肯定としての虚無と死を、遍路の死場といわれる小豆島で結んだ尾崎放哉を読んでいた。また、生と死に対峙し、愚を生き愚の濁り水のなかをコロリ往生した種田山頭火と対比しようとしている。山頭火は、最後に遍路をして逝った。

 九州で死を研ぎ澄ます放哉を読んでいる偶然に、衝撃を受けた。とはいえ、私は放哉をなかなか理解できない。
  一日物云わず蝶の影さす
  入れものが無い両手で受ける
のように、虚無を通し、透明な死を求める句からは、私の入り込む隙間はない。じゃあ、片手の人はどうなるのか、放哉は両手があるのに何故だと、私は思ってしまう。
  こんなよい月を一人で見て寝る
というが、随筆の口述筆記までさせた妻、馨を絶って、なんで一人なのか。そこまでする透明な芸術の素晴らしさからは、私はするっと避けられる。
 放哉と山頭火は会っていない。いや、山頭火は会いたいと思い、2回、放哉の墓に参っているが、放哉は他人に関心がない。
 
   たった一人になりきって夕空 放哉
   咳をしても一人         放哉
彼はこんな気持ちだったのか。教え子の寂しい死を聞き
   二人で 路地坂探った 下関  茂一
もう頑張らんで、エーよ、S君。何でそこまでやるんや。
 
僕はふらふら→ほろほろ→ぐだぐだ→ぼろぼろ と呑み続け、愚ばかりを繰り返す山頭火の方が好きだ。そんな手もあったのに、何で、一言、声をかけてくれなかった?

 小豆島は、遍路の捨て場。小豆島で放哉は死をみつめた。話すなら遍路も嫌だと、放哉は一人で死んでいった。
 山頭火は、子供の頃に見た母の井戸入水自殺からの零落、挙句の漂泊。故郷の井戸の周り、小郡や湯田温泉に庵を結んで、周辺を乞食していた。
   雨ふるふるさとは裸足で歩く
山頭火は漂白、生の執着・死と対峙し、濁り水のようなぶれる人生を抱えて、しぐれる山を歩いた。そして酒を呑んだ。呑みようは、
   ほろほろふらふらぐだぐだぼろぼろ
である。ぼろぼろになっては、どうしようもない。
  放哉は 放逐・心の放浪、自己肯定としての死を究め、海を眺め、透明な虚無を求めた。
対して、山頭火は  濁り水の濁れるままに澄む
             海は濁りてひたひた我に迫れり
立ち止まり愚に生を求め苦悩する山頭火。
透明な虚無の自己に閉じこもる放哉。
 山頭火の濁りは、どうしようもない私 か?人と世間のなかで身もだえする山頭火が私は好きだ。
    鴉啼いてわたしも一人 
        うしろ姿のしぐれていくか
    けふいちにち風を歩いてきた
    しぐれて人が海を見ている
個を無常のなかに置く、世間に置く
   この旅、果てもない旅のつくぼうし
   はてもない旅の汗くさいこと
わたしも一人 と、わたしに副う人がいる。うしろ姿を見る人がおり、語り合う、迷いあう仲間、世間師がいた。   
 山頭火が同宿し心を通わせた世間師とは、一癖あり、落伍者、強気の弱者である。まるで私ではないか。世間師とは、世間坊主、修行遍路、親子連れ遍路、尺八老人、絵具屋、箒屋、馬具屋、按摩遍路、行商、猿回し、軽業、おえびすさん、印肉屋、占屋、競馬屋、活弁、旅絵師、八目鰻売り、人参売り、勅語額売り、櫛売り、浪花節屋、曲搗き粟餅屋…などである。遍路が多いのは、興味深い。【金子兜太「放浪行乞 山頭火百二十句」】

放哉の辞世は、
  春の山のうしろから烟が出でした
                  S君の密葬日に

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2013年2月12日 (火)

長湯温泉療養保健システム

 温泉は本来、中長期の湯治を基本とすべきだが、現状は
・諸費者側は、過去の農閑期湯治のような長期休暇をとれない
・事業者側は、短期旅行に温泉旅館が組み入れられ、豪華な一泊が普通であり、それにあわせて多品種夕食、豪華な大型ホテルなど高額の商品をそろえてきた。負債も従業員もあり、今更、経営方針を変えられない。温泉地として纏まって、療養型にするのは、個々の事業者の経営事情もあり難しい。しかし、少子高齢化で、宿泊単価と旅行者数は長期低落傾向にあ、国内売上高は最盛期の半分である。
 こうしたなか、世界一の炭酸泉を持つといわれる長湯のある大分県竹田市では、プチ湯治を始めた。
 久住、竹田、長湯の宿泊施設に3泊以上する場合、3泊以上のプチ湯治客に1泊につき500円、1立ち寄り湯に対して200円の補助、施設・食堂特典を 保健 として後日、銀行振り込み返金しようというものである。施設の中には、マッサージ、鍼灸院もある。温泉療法医院も紹介されている。
 各旅館、観光協会で申し込むと、療養パスポートが発行され登録される。宿泊、立ち寄り湯ごとにスタンプを押してもらい、宿泊領収書コピーを添えて後日、申し込むのである。
 結構、面倒で、湯治を名目にした割引制度ではないかと疑っていた。ところが、この制度ができて2年、リピーターや長期入湯が増えている観光協会はいう。
 結構面倒で、私の場合3泊2立ち寄り湯で1900円、面倒なので申請しなかった。入湯税を財源にしているため、3-4か月程度の期限がある。面倒である。事業者の方でも、利用者が少なく、取扱い方法を知らない旅館・立ち寄り湯も多い。飲食店の特典も5%以下で、参加していない店も多い。立ち寄り湯のなかには参加していないものもある。
 全施設一丸となってというものではない。ドイツ風デザインのラムネ館や、ドイツ風飲泉施設もあるが、実際は農村地帯で、畜産肥育農家が、牛の衛生清掃の為に温泉水を汲みに来ていた。無理にイメージを作るよりも、日本の農村ののどかな滞在型のほうが良いのかもしれない。
 観光協会としては、竹田温泉、久住温泉、長湯温泉、荻温泉を巡ってもらうことを狙っているが、クルマ以外は不可能。YOKARO竹田ー高千穂ー南阿蘇ー熊本空港ー熊本ー博多のシャトルバスも、熊本ー竹田ー大分のバスもある。竹田ー長湯ー久住を結ぶシャトル便を設けなければ、療養の意味を持たない。また、ニコニコレンタカー竹田駅前店のような、12時間2500円のレンタカー告知も重要ではないか。臼杵石仏までは、クルマだと1時間。公共交通だと一日がかりとなる。クルマしかない温泉場では、療養型とはいえまい。
 検討課題がまだ多いのではないか。行政主導ではなく、各地区の若手を集めて、議論する必要があるのではないか。

20130210

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半導体、人形、猫、温泉、駅伝

長湯温泉を一泊づつ渡りあるこうと、朝、国民宿舎で一仕事を終えて10時チェックアウト、今日の宿は隣の豊泉荘。荷物を預けようと豊後街道を歩き始めると、猫屋?人形工房かじか、福猫の湯 ?
土産物屋を想像して入ると、いきなり工房。たじろいでいると、作家の姫野さんが、優しそうな笑顔。つけいって、2時間話し込んでしまった。
姫野さん、大分県臼杵出身、40歳。九州シリコンランドといわれた時代、大手半導体メーカーの技術者だった。今のルネサスの解雇など、予想もできな時代。給料は高いが、定年まで働き甲斐を持って生きるのが、イメージ出来なかった。1996年、たまたま、長崎で特売中の古賀人形と目があい、以後、郷土人形の収集にのめり込む。1999年、木のおが屑の練り物素材に出会い、蛙の作品を作ると、作品が売れ出した。また、大分市のまちづくりでも活動。2001年1月、21世紀を機会に、半導体全盛期の会社を辞め、臼杵の自宅で人形工房を開く。次第に、創作活動と風土の関係性を認識し、山が良い田舎で子育てしたいという思いもあり、たまたま、温泉付き土地があったので、2009年、長湯温泉に工房件自宅を作る。地元の消防団や村の行事に入れてもらうと、土地の人間に成れた思いがする。地元に根ざした創作をしたいので、コンクールで優劣をつけたり、売れすぎて期限を切られ忙しくなることを、求めない。宣伝もしないが、ローソンの店のキャラや、還暦記念の花に添える記念品、結婚式の受付に置く二人を模した猫など、いろんなオーダーに合わせて作っている。でも、個展や銀行のギャラリー展示をすることもある。長距離ランナーで、大分県駅伝に出る。長湯が、アマチュアスポーツの合宿でもビジターが来たら良いなあと、思っている。
久住、長湯、竹田の若手・知恵者が、まちづくりの意見を自由に出し合える、議論、出会いの場ができたら、彼の能力意欲もとりあげ、竹田市の未来がより楽しく見えてくるのになあ、と思った。

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2013年2月11日 (月)

九州の真ん中で、阿蘇の東隣:豊後竹田を検索する

東京大阪から、荒城の月 の岡城がある豊後竹田に行くには、熊本空港が近い。国東半島の大分空港は竹田からは遠い。
9:30、❶熊本空港➡豊後竹田をGooglemapで検索すると、
熊本空港ーリムジン➡熊本駅ー新幹線博多経由➡小倉ー日豊線➡大分ーJR阿蘇熊本方面➡豊後竹田
15:42着、12160円。
んな、アホな! そのまま新幹線で、実家に帰らせてもらいます。別なルートをみると、
❷空港ーリムジン➡熊本駅➡鳥栖駅ー特急ゆふ➡大分➡豊後竹田
17:37着、8170円。九州山地は深いナア…?
空港ラウンジでコーヒーを飲みながら、今度はNAVITIME
❸ルートがありません ?
ここで、空港ライナーのパンフレット発見!
熊本空港ーJR肥後大津(無料) の文字 そこで肥後大津➡豊後竹田 を検索
❹肥後大津ーやまびこ号➡朝地駅➡豊後竹田駅
12:16着 1770円
だったら、最初から、熊本空港9:44➡豊後竹田花水木 1700円
私の意図は、列車で阿蘇の周りをゆっくりと回りたい。運賃は? 竹田花水木とは何処? そもそもこの時刻から連絡列車があるの?そこがわからないと、シャトルバスには乗れない。
今度は、YAHOO路線検索の駅すぱーと。料金の安い で検索
❺10:00ー連絡バス➡肥後大津駅ーJR➡阿蘇駅ー代行バス➡豊後竹田駅
13:05着、1430円
やっとルートを見つけ、安心して10時のシャトルバスに乗る。実際は宮地で乗換、その待ち時間30分で駅前のレストランで赤牛の丼を食べる。
空港シャトルは、肥後大津のタクシーグループと熊本県庁交通政策課が企画し、肥後大津(最寄り駅)と空港を12分、45便、朝6時半から21:25まで、すべての便に接続。パンフレットには、水前寺ー肥後大津25分、阿蘇ー肥後大津42分、玉名ー熊本ー肥後大津63分、松橋ー熊本ー肥後大津53分 を示し、渋滞なしと書き、クルマに頼りすぎない空港利用に配慮している。
しかも、肥後大津駅には、空港最寄り駅の看板が駅にある。また、待合所には、は着飛行機の発券、搭乗、遅れをオンタイムで見れる液晶表示がある。事前予約も必要なし。
実は、GoogleもNAVITIMEも、熊本空港ー肥後大津なら、このシャトルが出て来る。なのに、総合検索で出てきたのは、駅すぱーと のみ。
交通はネットワーク。情報があってこそ意味がある。看板やパンフレット、液晶表示も大切。PC、モバイルのデジタル検索も重要。デジタル情報は入れれば良いのではなく、データ紐付けと、安い順など選択検索できることが重要。

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2013年2月 5日 (火)

若者・女性が参加し情報公開された自立地域経営:地域活動協議会の議論

某区で、地縁系への補助金カット、区への一括予算による地域活動協議会への転換に関する講演会とその議論(講師、久木@NPO化改革先進コミュニティ会長、議論のファシリテータ森栗:とりまと記録文責は森栗) があった。

「講演内容ファシグラ1.pdf」 「講演内容ファシグラ2.pdf」
講演内容
 人口減の時代 行政は カネない、
                    人員削減でヒトない、
                      やる気が起きない?
 もう縦割り行政から降りてくるチマチマした事業を、
  特定の地域スパーマン(連合町会長)が全部受けとめて、
  議論もせずに、ピラミッド組織の下部にやらせるやり方は
              できない
 もう、「家の前の花、水やりに来んかい」と区役所に電話する不見識は
              時代錯誤
  「自立せよ大阪市民」
  「私たちのまちは私たちの手でつくろう」

課題チェック
①おおかたの参加を得ているか=自治会組織率80%以上か?
②お金負担の不平等=町会費を払う人と、未加入の人の不平等を解消しているか?
  ⇒会費形式から任意一時寄付・定期的寄付
  ∴寄付、会費、補助金、事業収入等を集め、
    短期計画予算・中長期予算見込み、決算報告が明確化されているか?
但し、「ウチは金ある。会費なんか関係ない。細かいこと言うな」という意見に対して
  ⇒お金、労力、時間、物品、拍手など、多様な参加を担保する必要があり、
   お金も参加手段の一つ。モノ・カネを通じて、心を集める必要がある。
事業やお金の収支も含め、情報がおおかたに伝わっているか?
   若い人はボランタリーに関心がある。来ないのは情報が伝わっていないからだ!
   ワンルームマンションにも管理会社を通じて交渉し、掲示する努力が必要
    =95%以上ポスティングでき、HP・FB・ブログ・LINE等オンラインのコミュニケーションルートも担保されているか?
④何が必要か大切か、いろんな人の自由議論が担保され、具体事業に反映されているか
   若者・女性も含めた自由な意見が飛び交っているか?
   会長の一方的説明を廃しているか?
⑤結果、運営する側の人材に担い手は確保されているか?
        女性も含めた多様な世代のリーダーがいるか?
以上、ほとんどの町会は①から⑤までの課題を、多かれ少なかれ抱えているはず
=若者も含めた全員参加、自立運営、情報公開共有、持続運営 のため、全部の振興町会は、改革の必要性があるはず。①~⑤全部大丈夫と言い切る、地域活動協議会なんて必要ないとまだ言う連合町会長はいないはず。
手法 まずは広報(ポスティングとHP、寄合)⇒情報公開(とくにお金)
  大切なことは何か  多くの人が参加する事業・子どもが参加する事業
    ex.久木さんの地域では「運動会復活」だった
  運営手法  地域人材の発見
          地域資源の発見
          地域財源の発見

この講演を、最初から体を斜めにしたり、足を組んで顔を斜めにして聞いている、喧嘩腰の連合町会長らしき老人が3人いた。他の人も懐疑的に聞いている。
 険悪な雰囲気が漂う。仕方ないので、私は講演の感想アンケートをとった。
講師に眼を瞑ってもらい挙手してもらった(約50名中)
 ・よくわかった、地域活動協議会をやってみよう◎ 3人
 ・地域活動協議会は難しい、できない ×      数人      
 ・ようわからん、疑問だらけ        ?      大多数
「えっー。今まで講演してもらって、全然聞く耳もたんとは…」  狼狽。

そこで、住民の意見、質問を聞く。長い演説をされると困るので「短く」と釘をさす
「住民意見のファシグラ.pdf」
【住民の怒り・思い】と【講師の答え+ファシリテータの恣意的とりまとめ】
■「これからは皆さんで」と役所はいうが、今まで行政が何かやってくれたか!これまでもやってない。わしらはちゃんと、地域のことをやってきた。これ以上、俺らに何を求めるんや!地域活動協議会なんか要るかい。[全面否定、講演を聞く耳もたん]
 A:今までは、行政の縦割りのヒモ付き補助金ばっかり、行政の個別部局の仕事の下部をやらされていた。そればなくなった。本当に地域のこと、地域運営のお金のことも含め、若者・女性も含めた大方の人の参加を得て、全世帯に周知され情報公開されていれば、今の地縁団体の活動をみなおして、縦割り・やらされ・ヒモ付きではない、自立的な地域活動協議会に展開させればよい。若者も含めた大方の参加が難しい、後継者が出てこないところは、大きく見直し、多くの団体と連携して地域活動協議会にしていく必要がある。(久木さんの大人の答弁)
■府と市と区、行政の役割がはっきりしないので困る
 A:縦割りを誠実にこなそうとするから、一人で何でもせないかんからしんどい。
  地域のみんなで横割りで受け入れるプロジェクトチームがあれば、上手に受け止めれる。それがよりやりやすい地域活協議会にすればよい。今のままでできるほど、甘くない。
■学校選択制は、地域の活力をあげようという手法と矛盾するんと違うか。反対や。
 A:個人的には、同感だ。(久木会長の勇気ある発言に、多くの人が耳を傾けるようになる)
■行政は何考えとるかわからん。地域活動協議会なんて変なこと言うて来よった。行政はアテにできん。
 森栗A:行政の縦割り補助金をアテにする住民が悪い。これまで出先機関やった区役所がアテにならないのは当然。これからの区役所は、局長級である区長の判断で若干の予算をつけて、地域活動協議会の動きをサポートしてくれる。自分たちのことは自分たちでするしかない。区役所はアテにしてはいけないが、サポートしてくれる、相談にのってくれるこれからの区役所は、タヨリになる。
■今年中にせよとは、急ぎすぎる。無茶や。
 A:皆で議論してみなさんのペースでやれば良い。無理をする必要はない。(勇気ある発言。住民納得。森栗困惑。「この部分、カット。区役所、聞かんかったことにしましょ」)
 森栗補足A:とはいえ、予算とか、年度事業という「大人の事情」もある。柔軟にそれにあわせて、したたかに「ゆっくり」とやる知恵が、大阪人にはあるのと違いますか?
■(怒りが収まり)で、どうやっていったらエエンですか?
 ファシリテータの独り言:「えーっ。腹立てながら聞いていて、講演が頭に入ってない!さっき、講演で言ってくれてたのに」
 A:地縁の人とも相談し、地域のネットワークを中心に広報員会を作り、広く聞くアンケートをし、その答えを集計して地域にポスティングでまいた。そのアンケート結果をもとに、人材を使い動かした。少数意見や、意見のズレは出るが、アフターファイブで寄合を何度もした。そのとき、宗教や政党の問題を持ち出してはいけない。企業も本社に伺いをたてないといけないので、動きが難しい場合がある。(久木さんの大人のコメント)
 A森栗補足:議論するときは、意見を書きだして、論点を明確にしてすすめる方法もある。(資料:ファシグラPDF)
▲森栗質問:で、何年でそこまですすめられたのですか
 A:一年少しでしょうか…(会場、驚きで、ざわつく)
 森栗補足A:地域によって状況が違います。久木さんみたいに完成型でせないかんこともない。1年でここまでは普通はできない。問題を明確化し、できることで進めたら良い。地域で頑張っているネットワークがあれば、そこに広報から任せていく方法もある。この場合、任せた方は、口出ししないことが重要。
 一方で、任せられたネットワークは、旧来の連長の努力に敬意をもつちつ、相談しつつ、どんどん進めていったら良い。口出しされたら腹が立つ。相談されたら嬉しい。
 翁の面をご存知か。ニコニコしている長老が、何もいわないけれど、村を守っているのである。20130206
 気がつくと、皆、前を向き顔を上げて、頷いている。私は、言った。

日本の都市は、どこもお上依存、補助金依存、自立的に町会を運営してる町会はほとんどない。現役世代や若者は個人のことで精いっぱい。町のことには関心ない。自治会の集会は老人が集まって、しょぼしょぼやっている。そこに役人が行って、いかにも民主的なアリバイをつけているのが現状ではないか。
 しかし、大阪は違う。今でも、町会や町の集会に
▼現役が参加する
▼従って、町会の集まりは夜や土日
が、当たり前。
・大阪は、まちなかに中小企業が多く町に人が住んでいるから。
・大阪は市内に通勤するので、通勤時間が極端に短い。その分、アフターファイブで、地域活動に参加できる。
・大阪は、昔から、代々、地域活動をするのが習慣。生活の一部。
他の都市では無理でも、大阪でこそ、本物の自立活動ができる。頑張りましょう!

皆さん満足されたようで、バトンを司会のまちづくり支援センター(社会福祉協議会)に手渡した。そして、終了宣言。
 ところが、より具体的に考えるようになったのか、さらに、急に講師に質問が出る。
森栗「町の集会では時間は絶対に守りましょう。それぞれ都合がある。質問がある人は、個別に久木会長のところに行って、伺ってください。解散!!!」

 
 

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2013年2月 3日 (日)

「コミュニティ交通のつくりかた」学芸出版、3/1発刊、1890円

歴史民俗系を逐電し、数年、まさかと思ったが、多くの仲間と、本を出すことになった。
http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/ISBN978-4-7615-1319-1.htm
Amazonの新刊でみると、87位、コミュニティで19位、驚き‼
ぜひとも、ご注文を。 1890円(税込)
せっかくのランクイン、維持したい。
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 はじめに 負けない地域をつくる
序 章 なぜ、今、コミュニティ交通を協働でつくらねばならないのか
1 民間による交通資本整備の日本近代史
2 1ブロック1バス会社独占提供の課題
3 地域公共交通計画と大阪市交通局民営化
第1章 住吉台くるくるバス──都市住民が主体
1 現場の声をビジョンにまとめる
2 住民・行政・事業者の協働・役割分担
3 工程表と評価・工程管理
4 広報、ネットワークの手法
5 7年目の住吉台~六甲山麓に広がるバス誘致
第2章 淡路島・長沢ミニバス──過疎化地域住民が主体
1 全戸が年間1万円を拠出するミニバス
2 ミニバスのしくみ
3 住民はどう考えているのか
4 バス運行にはどんな効果があったのか
5 住民が運営するコミュニティ交通のつくりかた
〈森栗コラム〉協働してバスを走らす村と、電気自動車とタクシーのシェアを考える村
第3章 山口市市民交通計画──住民と事業者・行政の協働
1 「市民交通計画」ができるまで
2 交通政策の柱をつくる
〈コラム〉タクシー事業者の声/市民の声/運転手の声
3 地域における交通全体の充実を図る
〈森栗コラム〉山口市O地区でのできごと
〈森栗コラム〉山口市交通まちづくりが手本としたい日立市協定方式
第4章 京丹後・上限200円バス──事業者と行政の協働
1 論より便利、乗車行動こそ住民協働
2 住民・行政の本気度が事業者も変える
3 取組手順と成果
4 ネットワークと今後の展開
〈森栗コラム〉北近畿タンゴ鉄道をどう考えれば良いか
第5章 当別町コミュニティバス──民間企業と行政の協働
1 当別町と交通事情
2 官民共同によるバス運行
3 実証実験の実施
4 利用促進策の実施
5 利用者数および運行収入の推移
〈森栗コラム〉あるもの全部使わねば、北海道は守れない
第6章 RACDA高岡──市民団体の主導
1 RACDA高岡の考え方と取り組み
2 万葉線存続運動
3 市民協働事業によるコミュニティバス活性化支援
4 地域交通に関する諸課題と市民意識
〈コラム 会員の声〉私が行動しなければ、という危機感
〈コラム 会員の声〉活動は人がつながり、ひろがる
5 ひろがる公共交通市民活動ネットワーク
7 公共交通に対する市民意識の変革に向けて
 〈コラム 会員の声〉鉄道マンの意識が変わった~そして社会が変わった
おわりに 地域を守る知恵を活かせ

はじめに 日本のコミュニティづくりは、1・17、3・11の震災にふれないわけにはいかない。
 人口減・縮小社会のなかで発災した東北は、神戸のような復興は難しいだろう。同様に、多くの日本の地域社会も、再生や活性化は容易ではない。とはいえ、テレビ解説で聞いたようなうわ言を並べ、「デフレ」「デフレ」と老人鬱のように嘆いていても、何もはじまらない。
 経済成長しつづけ、永遠にカネが儲かる地域などあり得るのか。そもそもカネを儲け続ける必要があるのか。カネはちょぼちょぼだけれど、地域の特性、有利性を見極め、内外の人が交流し、微笑みあい、信頼が交わせる、出生率日本一の沖縄に学ぶ地域を、各地で育てる必要があるのではないか。
 こうした信頼にもとづくコミュニティづくりは、一人の専門家ではなく、多数の普通の人の手で実現する。コミュニティ生活の核心、コミュニティ交通を皆でつくるという作業は、人が行き来し、あいさつしあい、語り合う活性化の切り札なのだ。コミュニティ交通の計画では、大きな声、強いカネではなく、弱者(高齢者や未来を担う子どもたち)や、地域の片隅の声に耳をすまさねばならない。
 現代コミュニティはますます多元化し、多様な意見が噴出する。多様な立場がぶつかりあう。私たちは「おりあい」をつけて、コミュニティ交通をつくるしかない。コミュニティ交通を考えることは、つまるところ地域のリ・デザインをすることである。
 本書では、北海道当別町の地域連携バス、富山県高岡市万葉線と茨城県ひたちなか海浜鉄道・和歌山電鉄・三岐鉄道、京都府京丹後市の上限200円バスと北近畿タンゴ鉄道、神戸市住吉台くるくるバス、淡路島長沢の過疎地住民維持バスと超小型電動自動車、山口市の幹線整備・情報提示と住民協働型コミュニティタクシー・グループタクシーの試みを報告する。さらに、茨城県日立市の住民協定方式や大阪市交通局民営化にともなう交通空白区問題についても言及したい。
 「つくりかた」と銘うっているが、ここで紹介するコミュニティ交通のつくりかたをマネしたって、できっこない。参考にはなるだろうが…。むしろ、成功したコミュニティ交通のインフラ、モードに注目するのではなく、交通を自らつくろうとする想い、活動が、住民を活性化させ(ときには、行政職員や交通事業者を元気にし)、地域が躍動するプロセスに注目してほしい。コミュニティ交通計画づくりの手法(議論の場の設定、フィードバックとしての通信全戸配布、コーディネータの発見・確保、住民・行政・事業者の協働)も参考になる。が、それよりも、地域の有利性や人材を見つけだし、住民が「こんな町にしたい」という想いを広げるプロセスを感得してほしい。小さなコミュニティバス開通をみんなで万歳している「連帯する幸福物語」を味わっていただきたい。

おわりに 日本では、高速道路無料化、1000円高速、エコカー減税など、自動車に関わるものには、惜しみなく税金がつぎ込まれる。道路予算は5兆円を超え、旧自動車特別会計も5兆円を超える。年金補填と医療介護の予算は40兆円を超えて増え続けている。
 にも関わらず、新幹線と空港を除けば、公共交通には0・03兆円しか配分されていない。しかも、予算は、利用者や利用者利便の計画、設備に使われるよりは、交通事業者の支援に使わることが多い。赤字バス路線のバス、赤字バス会社の補填に使われることはあっても、坂道に苦しむオールドニュータウンの新路線支援や、過疎地の通学費用に苦しむ世帯の運賃支援、廃止寸前の地方鉄道に使われることはほとんどない。
 一方、自治体は、高齢者の移動支援のための公共交通無料券やタクシー補助には、福祉予算を組むが、現役世代・若者支援は皆無である。年金の多い高齢者が無料でパスを手にし、仕事を求める若者が高いバス代を支払えず、自転車で職安に通っている。こんな町に活気があるわけがない。
 そもそも地方では、無料パスを使うバス路線さえ確保されなくなっている。こうしたなか、各地で努力する自治体、市民活動、住民運動が起きている。単なる署名や要求ではない、自らすすんで地域のインフラを確保しよう、バスを運営しようという動きである。それに連動、協働しようという公共交通事業者(鉄道、バス、タクシー)も少なくない。
 本書は、その先頭に立つ、コーディネータ、行政マン、リーダー、分析者に書いていただいた。国や自治体の幹部や議員さん、交通事業者の皆さんは、本書を読んで勉強して欲しい。地域を守る知恵がこのように展開している。日本も見捨てたもんじゃない。せめて、国の生活交通予算を300億から1000億にすれば、全国の公共交通の運賃はすべて半額にできる。せめて、自治体の高齢者無料、タクシー支援を、若者、子育て世帯に半額で拡大できれば、この国の未来が見えてくる。
 鉱油税を公共交通に投資するのは、米国を含めた世界の常識、EUでは、運賃支援のための国境を越えた支援もある。日本の人口の半分の韓国では、国家事業として800億円の税金を入れて公共交通施策を展開している。最悪、日本国政府だけがなかなか変わらなくとも、富山市のように、首長のリーダーシップがあれば、公共交通を活かしたまちづくりができる。
 間もなく、わが国でも交通基本法が成立する。小さな第一歩であるが、生活交通の強化は待ったなしである。今こそ、政治の知恵が求められる。住民自治のマネージメント力が求められる。本書は、そのチャート(海図)の一助になると確信する。

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