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2012年11月

2012年11月29日 (木)

越中八尾おわら風の盆:やまとに帰ろう

Image  町の 旧色街、鏡町の空家を、三味線地方(ジカタ)の若手職人らが自前で改修し、山元食堂を作った。無菌豚の鍋が美味しい。彼が、まちづくりへの思いをこめた写真がある。町の人には、「何を考えてるんだ」と、散々だったようだが…
 八尾は、近世近代、蚕や紙、薬草など、飛騨の山の幸を集め栄えた。蚕の卵を付着させた蚕紙のほとんどが、この町から出た。加賀藩のお蔵と呼ばれていた。その富をもとに、金沢東廓と連携した芸事が、鏡町に定着し、町奴(ごろつき)が広めたものを、川崎順二が文化人を呼び込んで洗練させ、今日にいたっている。
 風の盆の後、一晩、白々と明けてくるあさぼらけまで地方が流すのは、酔狂の極み、町を愛し楽しむ遊びの精神。
 江戸の町火消を引き出すまでもなく、町を思う職人衆の公腹(公共心・愛着心):「町への思い」は大切だ。
 「やまとに帰ろう」は、日本民族ではなく、山産物の豊かさをひかえた山都、山の出口の谷口の市町=山門、八尾の誇りに立ち返ろう、観光であたふたするのではなく、誇りある八尾のまちを自分たちの手に取り戻そう!、という意味ではなかろうか。
 「山都(山門)に帰ろう」
私は、深い言葉だと思う。

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2012年11月27日 (火)

バス料金、自動車、自転車など移動消費指数と上限200円バス【20121126地域交通コミ特論】

総務省統計局平成17年基準消費者物価指数>品目別価格指数(全国)【昭和30年~平成16年】より
年月     バス代 自動車 ガソリン 自転車 食   料
リンク係数 0.998  0.987   1.180   0.900   0.984
昭30年前av 7.23    -     -     -     16.6
      31     7.37    -     -     -     16.4
      32     7.44    -     -     -     17.0
      33     7.59    -     -     61.2   16.8
      34     7.81    -     -     60.8   16.9
      35     7.81    -     -     60.9   17.6
      36     7.81    -     -     60.4  18.6
      37     7.95    -     -     62.0  20.2
      38     8.75    -     -     63.0   22.0
      39     8.89    -     -     64.1   22.8
      40     9.76    -     -     65.4   25.0
      41     10.8    -     -     67.6   25.9
      42     11.4    -     -     70.0   27.1
      43     12.2    -    40.4    70.5   28.9
      44     12.7    -    40.4    72.0   30.7
      45     13.8   63.2   41.6    76.8   33.4
      46     14.4   63.9   44.6    80.1   35.5
      47     15.5   64.1   45.5    81.4   36.8
      48     19.6   66.0   51.6    84.8   41.6
      49     23.0   79.5   77.7   112.3   53.1
      50     28.6   82.9   87.0   119.1   60.0
      51     35.6   88.2   92.5   118.4   65.5
      52     40.5   89.9   95.0   119.3   69.9
      53     44.0   91.4   84.2   120.3   72.3

    54     48.3   93.2   98.3   120.3   73.8
      55     51.5   93.9  122.7   122.9   78.3
      56     56.1   96.1  125.8   125.0   82.4
      57     62.0   98.9  137.2   125.7   83.9
      58     65.1   99.8  126.6   125.3   85.6
      59     68.2  101.9  120.1   125.0   88.0
      60     72.3  103.6  116.1   124.5   89.6
      61     75.3  104.8  102.2   124.2   89.7
      62     77.4  106.0   99.1   124.7   88.9
      63     78.4  106.5   94.8   122.3   89.6
平成元年  81.6   101.8  97.7    121.7  91.5
       2     84.3  100.7  102.8    122.8    95.2
       3     85.5  101.6  104.6    128.7    99.8
       4     88.8  101.0  101.6    131.8   100.4
       5     90.4  101.3  101.9    125.5   101.4
       6     93.4  101.2   99.0    126.8  102.3
       7     95.0  100.3   93.1    124.1   101.0
       8     95.9   99.6    87.3    123.2  100.9
       9     97.9  101.1   85.5    123.3   102.7
      10    99.8  101.5  77.9   121.5   104.2
      11  100.2  101.4  78.2    117.8  103.6
      12   100.2  101.3  84.7    111.1   101.6
      13   100.2  100.7  85.6    108.6  101.0
      14   100.1  100.1   82.7     106.7  100.2
      15   100.1   99.9  84.8    102.9   100.0
      16   100.1   99.5   90.2    100.9  100.9
これ1970年を1.00として指数をグラフにすると
20121126 (松本光右@受講生
提供)
となり、バス料金は市場の失敗。赤字会社に税金投入でバス会社を支えてきたが、消費者からすれば、高いバス料金のまま。どうしても、それしか手がない人しか乗らず、空バスとなる。お金のあるときは(バブル)相対的に安い自動車車体を買い、デフレで生活が苦しくなると、値下がりしている自転車となる。
 もう、意味のない赤字バス会社(赤字バス路線)支援はやめて、バス料金そのもにに、税金をつぎ込む必要がある。
 これを地域で実現したのが、京丹後市上限200円バス。だから、200円バスは大ヒット。不可能と思われたことを勇気と知恵でやってみると、皆が200円ずつ出して乗ったので、赤字補てんの額が減ってしまった。バス料金に税金を投入すると、予算額そのものが減るのである。20121126_2
税金で赤字バス会社を支え、高齢者ばかりに敬老パスを配る(都市部)今日のアホ制度は、財政破たんを招き、地域の活力をそぐ。
 国費1000億以下で、全国のバス料金を少しはまともな料金にできるのではないか。
たとえば、新山口駅ー山口市役所はJRなら230円だが、バスなら600円弱。バスに乗るには、ローカル線短距離を次の列車がないので仕方なく特急にのるくらいの「勇気」が必要となる。これを、JRにあわせ230円にすれば良い。
 都市近郊で言えば、豊中や北摂のバスで、210円、230円、250円は、消費者からみればバス料金による、バス会社の「嫌がらせ」以外の何物でもない。 若者だけでも全部100円にして、税金投入をすべきだ。
 大都市京都。220円という、日本一高いバス。京都のタクシーは安くて親切なので、京都ではタクシー以外考えられない。だったら、バス・地下鉄・JR・阪急・阪神、市内全部まとめて一日500円にすれば、観光客にもわかりやすい。国費投入で、良いではないか。
 やり方は地方の地域公共交通会議に任せ、料金における公共交通改革の国費投入をすべきだ。
でないと、全国のバスは都市部の電鉄系を除いて、全部、なくなってしまう。過疎地のみならず、大阪市では、交通局民営化で、交通空白区ができつつある。先人が長年かかって築き上げたインフラを、ミスミス放置する政治であってはいけない。
 政府はこれを放置するのか!政府はこれを無駄と仕分けするのか!高速道路無料化5000億こそ、無駄だったのではないか。若者の活性化のため、地域の移動確保のため、地方に公共交通の自由財源を、わずか1000億、黙って投資できる政権であって欲しい。

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2012年11月25日 (日)

越中八尾おわら風の盆留学【2013年観光学実践論予告】

目的:地方都市の課題、観光の課題を、地域に定着して、総合的に学び、考え、地元で発表する。
予定:4月22日(月曜)20時~豊中スチューデントコモン オリエンテーション
 5月27日(月曜)18:30~豊中スチューデントコモン 八尾概況と課題(おわら保存会)
 6月24日(月曜)18:30~豊中スチューデントコモン 八尾の課題と展望(おわら風の盆地方ジカタ)
 8月16日~23日 富山市役所訪問、コンパクトシティ、日本の道百選、山村再生現場、地方・踊り稽古(見学、手習い)、フィールドワーク【20・21・22日、前夜祭踊り参加】
 秋ごろ 現地報告会
条件:2回往復交通費などは、プロジェクト経費の中で考慮する。宿泊は、町家など。踊り講習料などなし。
課題:個別研究し、八尾の未来をプレゼンする。
評価:地元報告会での、住民評価と大学内勉強会出席回数

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2012年11月22日 (木)

山都再生 富山市八尾

地元の若手地方じかた(三味線)リーダー、Yさんや、おわら保存会副会長、観光協会副会長、限界集落再生を願う県議会議員、三味線名人、銀行支店長、商工会議所青年部、県観光課参事、北陸中日新聞記者、県福光地域振興局観光課、社労士らに話をきいた。大切なのは、観光でも、踊りでも曳山、街並景観でなく、かつて蚕や紙、炭、薬草・山菜・キノコといった、山の豊かさを、どう取り戻すべきかだ。

小さな若者雇用を起こし、食糧地域内支え合いで空町家市営住宅に若者を住ませ、踊り手にする。街に住む高齢者に山産物の生産を任せ、山に手をいれてもらいつつ、若者の三味線技術にも手をいれてもらう。
   街の持続の中で、相互子育て保育(ファミリーサポート)が展開する暮らし、おわらのある暮らし、山産物を交易する谷口都市の豊かさを取り戻すことが、おわらをささえることになる。
   かつて、指が二つなかったM親分が酔狂で始めた鏡町座敷芸の戯れ歌化、コミュニティ化を、地元の名士・川崎順二が、画家・文士の小杉放庵を招いた杉心荘(料亭)の四角い竹柱。川崎の芸術化は、養蚕景気とあいまって、芸術都市八尾を誕生させた。
  地元豪商の蔵造りの活用など、山の豊かさを復活することが、八尾再生のキーではないか。観光なんてもんは、豊かな暮らしの後からついてくる。(写真はfb)豊かな暮らしを考えず、目先の観光振興求めるから、ハリボテ観光、トイレ休憩観光、観光公害になる。
 
下請け観光になる。

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2012年11月20日 (火)

越中八尾諏訪町

Image_2 Image この美しい街と暮らしを守るには

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2012年11月19日 (月)

関西における民間事業者・市民・行政の底力

日曜日の朝、70人近くの事業者と利用者が、大阪大学中之島センターに1000円参加費を出して、路面電車やバスの利用者代表との議論にお集まりいただき、熱心な議論があった。
 それにしても、こうした日曜朝、市民を交えた事業者議論なんて、無茶を承知で始めたが、こんなに多くの人の参加・協力をいただき、我ながら驚いています。
 日曜の朝、自費で、阪急バス・京阪バス・近鉄バス・神姫バスから貸切バス事業者まで、能勢電・近鉄・岡電など鉄道会社も、みんな個人として参加してくれた。感謝というか奇跡というか
 岡山からの参加者は「関西だからこそできた」と指摘しました。確かに、東京や地方では不可能かもしれません。
 持続あるまちづくりと交通のフィールドワーク研修(土曜にあった)にも、自費で休日参加しているコンサル・公務員・事業者職員がすでにのべ400人を越え、有能な交通計画の人材を輩出している現実。そして、バスの未来の日曜朝の自費参加…。
 個々の人々の思い、努力、ご議論から、新しい交通のあり方が出てくるのでないかという希望がみえてきました。厳しい時代、新しい交通インフラの未来は、事業者・行政・市民、相互の支え合い、知恵の出しあいから生まれるのかもしれません。新時代は関西からかもしれません。
 関西経済の衰退、関西行政の怠慢が語られることが多い今日、民鉄に代表されるような「関西交通事業者の底力」を感じました。
 がんばりましょう。ちょっと、早朝から興奮してます。

本日、授業の後、富山。国会図書館、ヒートコンテナ?経由、22日帰宅。
みんなガンバレ。仲間がいると嬉しくなって、ぼくも頑張ってくるゾ!
 本当に、日曜朝、参加してくれたみなさん。感謝!

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2012年11月17日 (土)

バス運賃とバス事業衰退と自転車(11/2記事、留学院生含む授業向書換)

Img
the variation in passenger volume of Japanese bus srivice
1950年から1970年くらいまで、路線バスbus on a regular routeの運賃passenger fareは、物価上昇に比して、値上げが小さかったPrices fluctuate narrow。高度経済成長期 high economic grouthの物価の騰貴傾向advanceに対し、政府は公共料金抑制策をとりgovernmental contlor、自動車関係運賃(バス料金)値上げについても黒字経営業者black-ink balance には認めない方針を打ち出し、運輸省Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism所管のバス運賃も経企庁の了承なしには決められなくなった。その反面、資材materials、人件費payroll costsの相次ぐ高騰、諸税の増徴など、バス事業の経営環境はしだいに困難になってきた。1973 年10月、第4次中東戦争が勃発して、軽油をはじめ石油製品、諸物価pricesが高騰し、これにつれて賃上げ要求も激化し、バス事業者は二重の困難に見舞われ、運賃値上げを一斉に申請したadmission of high fare-up。その後ようやく物価が沈静したかに見えた1979年、第2次石油ショックがバス事業者を襲った。ここでも一斉に運賃値上げを行なった(北海道バス協会HP)
 結果、国民は電車には仕方なく乗るが、短いトリップのバスを見放し、自転車に走った。しかも、石油不足下、自転車は少エネとして推奨された。
 高度経済成長下、物価高騰のなかでも輸送人員を増やし経営をしのいできたバス会社が、石油ショックを機に、その責任を消費者になすりつけたためtransform、1973年、人々はバスを見放し、自転車で我が物顔で歩道を走り、駅前に放置するようになったのであるbicycles left (in no-parking zones) around the station。(『交通計画集成7』)
 自転車野蛮化の主犯は、1973年頃のバス会社(認可した運輸省)であり、それが今日のバス事業存続の危機を招いている。

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2012年11月14日 (水)

阪急電車

Hannkyudencha 阪神大震災での寸断、不通の苦しみのあと、開通した電車に乗客が集まり、阪急の駅では駅員が出発ごとに、自然と、一礼するようになった。それは、18年になろうとしている今日も継承され、若いアルバイト整理補助にも受け継がれている。
創設者小林一三日記には、こうして沿線は理想の住宅地になったとの記述があると聞いた。
 この写真のPBに反応が多く、(なぜか)JRの方が阪急五戒を思い出しました。
一、吾々の享(う)くる幸福は、御乗客の賜なり。

一、職務に注意し、御乗客を大切にすべし。
一、其日になすべき仕事は、翌日に延ばすべからず。
一、不平と怠慢は健康を害す、職務を愉快に勉めよ。
一、会社の盛衰は吾々の雙(双)肩にあり、極力奮闘せよ。

人口減、流動減、関西都市圏の落ち込み…。
私たちは、繰り言をいうのではなく、原点に立ち返り、考えねばならない。
from 沿線住民x株主xファンx研究者

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2012年11月13日 (火)

西田純二「公営交通の民営化を巡る諸問題について」を学ぶ

都市計画学会関西支部で、西田純二先生(京都大学、社会システム研究所)、土井勉先生(京都大学)、宇都宮浄人先生(関西大学)のお話を伺った。ご教示いただいた最大は、
■コスト計算は、ネットワーク維持のためであり、そのための民営化
■operation と management は別に考えねばならない。
▼そもそも、(お上の)需給調整に従い、安全だけを根拠にし、サービス・商品提供を意識したことのない【かつてのJAL体質】60-70年代を課長で過ごした、現在の公共交通経営者の多くに、新商品が作れるわけがない。40才台に取締を任せるべきだ。

そもそも、移動サービス市場が一定の市場経済でなりたっているなら、行政が入り込んではいけない。市場の失敗があったから、市バスが走った。尼崎で言えば、阪神と阪急を結ぶ南北のルートを民間ができなかったから市バスができた。その市バスが高コストで維持が難しいなら、民間でやってもらって尼崎市内のネットワークを担保することは重要だ。
[以下は森栗個人の意見]
 大阪市バスの民営化は、旧来の市バスコストの60%(民間水準)での黒字を全部譲渡し、それでも赤字になる路線(半分)は廃止だという。こうなると大都市圏の生活交通空白区域ができる。民ができるoperation を、官が手放すのは理解できる。官のなかの労務問題が高コスト体質を作ってきたのだから、この決断は必要だ。この状況のなかで、住民と一緒に、協働で本当に必要なバスを、皆でどう支えるかを考えるべきだ。

   空白ができると大騒ぎし、結果としてarea management, trip management まで手放し、ネットワークを破綻させてはいけない。この隙をついて、パフォーマンスで民間事業者を呼び込もうとする区長がある。空白をつこうとする事業者もある。そんなことは、できない。させない。運輸局も内情を知っている。世の中をなめたらアカン。

 しかし、百歩譲って東住吉区の個別解がOKだとしても、大都市圏全体のネットワーク・マネージメントを破壊するようなことは、絶対に許せない。勝手にしてはいけない。

 今、全体の委譲や廃止後のarea management, trip management の方向を議論しているのは、市長の指示のもとの24区長会であり、選挙で選ばれたわけでもない一公選区長が勝手なことをして、大阪大都市圏のarea management, trip management  を混乱に貶めるようなことをしてはいけない。ネットワークをはたんさせるようなこは、市長も区長会も交通局も許さない。
 一方、従来の路線バス事業者のサービス創造力のなさ、コストカットしかできない無能を、西田さんは厳しく糾弾している。しかし、この譲渡をきっかけに多様な事業者(電鉄以外の、神姫や両備、日本交通、帝産など)が大阪市内に入る可能性があり、サービスコンペが期待される。多様な工夫が展開することが期待される。既存の路線バス事業者の隠れた力に加えて、地方のバス会社、貸切を基礎とした事業者に期待したい。
 であるがゆえに、大阪市(または府市統合後の府)による area management, trip management  は重要であり、バス事業の勉強もせず、専門家の意見にも耳を傾けない区長の独断は許されない。

 

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2012年11月11日 (日)

非常食:ようかん➕災害時伝言ダイヤル171のかけ方図解

Image 昨日、伊藤忠マンションの理事長さんらに講演。

お土産に、優れものが
非常食:ようかん➕災害時伝言ダイヤル171のかけ方図解

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2012年11月 9日 (金)

1982年青年民俗学徒もりくりの秘密画像

神戸市広報課からデジタル許可を求められた。
 な、な何と、南都銀行?
「グラフこうべ」116号、1982年、「淡河の里は大きな謎を秘めていた」鈴蘭台高校教諭森栗茂一の寄稿文だった。
 若い!髪の毛が、    あった  んだ
Img_0001 Img_0005_new Img_0003 Img_0004
Img_0002

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2012年11月 8日 (木)

対話の意味(CSCD同僚、本間直樹から学んだこと)

昨日、大学の研究会で、本間さん(臨床哲学)から、対話の評価指標を伺った
 ディベートやクリティカルシンキングは、言葉で武装するもの。専門も武装。結局、他人を服従させるか、従属するしかない。
 そんな世界から自己解放し、裸で語り合い、自由な思考を育むのが創造かもしれない。これが対話だ。
対話が、コミュニティでのコミュニケーションを生むのである。
 従って、その評価指標は、興味深い。本間が示した評価指標は以下である。
■居心地が良かったかどうか(safety)
■どのくらい話題に引き込まれましたか(motivation)
■どのような発見がありましたか(awareness)
■そうだ、そうだと思える発言がどのくらいありましたか(sympathy)
■そんなこたねーよ、と反発した発言はどのくらいあったか(anthipathy)
■話した後でどのような感じがしたか(self liberation)
■元気になったか(empowerment)
■考え続けたいことはなにか(commitment)
■自分のなかで何か変わったことはあるか(transformation)
■自分のなかで何か未解決なものがあるか

おそらく、発見や元気がもらえたように、未解決や反発があったことも、良い対話の基準なんだろう。未解決の発見も、対話の重要な成果なのだろう。
 勉強になった。

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2012年11月 7日 (水)

バスの未来を考える会第2回参加公募

「貸切・路線バス」利用者目線で新たな活躍シーンを考えよう
第2回(観光・足の確保)バス/ LRTの役割
※詳細http://www.j-np.com/special/special_0001967.shtml
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前回のツアーバス問題では、「利用者と考える機会が少なかったから、一緒に頑張ろか!」「貸切バスの規制緩和問題は大変興味あったんです」「トラック業界も同じ問題を抱えています」「バスが元気になる何かいい方法ないかな?」などなどの励ましのお言葉を頂きました!
 移動確保問題は、人に頼らなくては移動できなくなった時に、誰もが直面する問題です。「現在のバスが置かれている状況では、次の世代に安定した公共交通を残してあげれないのではないか?」と心配しています。
 第一回目では「関越バス事故はなぜ起こったのか?」バス業界の状況について、ウィラートラベル様、神姫バス様、明星自動車様から忌憚ないご意見をいただきました。
 第二回目では、まちの構造を熟知し、バスや路面電車などの公共交通施策を打ち出す、エキスパートが全国各地から駆けつけてくださいます!
ご参加お待ちしています!
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■開催日時 11月18日(日)午前10時から(約2時間を予定)
■プログラム
第1部 パネルディスカッション
第2部 フリーディスカッション(利用者の意見を中心に取り上げる)
■場所 :大阪大学中之島センター 406号室
〒530-0005 大阪市北区中之島4-3-53 TEL 06-6444-2100
阪神・JR福島駅から南へ徒歩10分
■会費 1000円 子ども・学生無料 (子ども連れの参加、大歓迎!)
※詳細http://www.j-np.com/special/special_0001967.shtml
【コーディネーター】
★森栗茂一(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授)
バスの事業をはじめとする交通と行政の両面を熟知したまちづくりのスペシャリスト。全国の自治体から引っ張りだこだ。また、独創的かつ野性的センスで問題の真髄を突いた「パネルディスカッション」「全員参加型のフリーディスカッション」は類似例がない。
「今回はどのようにまとめられるのか?」それだけでも第2回目の会に参加する価値あり!
【パネラー】
【全国国バスマップサミット実行委員会】からご出席
バスは複雑なため住民や観光客にとって、分かりにくい存在。わかりやすくマップにすれば、利用者の増加、観光客がこれまで行けなかった、まちの魅力的なところへ、足を運べるのではないか?
「全国バスマップサミット」は、バスマップを作成した市民団体等で構成される「全国バスマップサミット実行委員会」の主催により、2003年に岡山で産声をあげた後、おおよそ年1回開催しています。
毎回全国から約100人前後が参加し、交通事業者でも行政機関でもない市民の手によって、マップ作成のノウハウ交換をはじめ、公共交通の未来を見据えた熱い議論が交わされてきました。
★岡将男(NPO法人 公共の交通ラクダ (RACDA)会長)
岡山市の市民グループ「路面電車と未来を考える会・岡山(RACDA)」会長、全国路面電車ネットワーク運営委員長でもある。RACDAにいたる最初は、中学2年からはじめたNゲージ鉄道模型。岡山市の模型を作って公共交通を考えている。バスマップ名は「ぼっけえ便利なバスマップ」「のんべい便利マップ」。国土交通省TDM実証委員会委員。交通基本法のロビー活動を展開中。
★菅井直也(広島BRT 研究会代表 広島文教女子大学教授)
人間福祉学科教授。地域福祉が専門。広島BRT研究会は、広島市を中心とした路面電車・LRTとして活動を報じる目的にて1997年にスタートした「路面電車を考える館」が母体。広島LRT研究会名で、バスマップ「バスの超マップ」を配布。
広島BRT研究会が同研究会の事業・活動を継承した。
★谷田貝 哲(バスマップ沖縄 主宰)
沖縄はクルマ社会であまりにもバスが過小評価されていることに気付き、沖縄県内のバス利用の促進に取り組む任意団体を立ち上げ、バスの利用情報案内ツールバスマップ沖縄(Web版及び紙版)の作成、配布活動を展開中だ。バスマップ名は「バスマップ沖縄」

【実行委員紹介】
◆森栗茂一(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授)
専門は、都市民俗学、コミュニティコミュニケーション。
民俗学を出発点としつつ、各地で住民恊働型交通まちづくりに関わる(土木工学の領域以外の専門家)。観光ツーリズム、復興住宅コミュニティづくり、住民の恊働による合意形成を通して、全国を寅さんのように渡り歩いている。
◆谷口守弘(京都府バス協会 貸切委員長)
貸切バスとタクシーを京都で経営する明星自動車(株)代表締役社長。西日本のバス会社仲間からは、「貸切バスは谷口さんに任しといたら大丈夫や!」と言われる人望の厚いひと。「元気のないバス事業をなんとかしないと!」と先頭に立って奮闘中。
◆澤井俊(国土交通省近畿運輸局 自動車交通部長)
単なる規制強化では、貸切・路線バスにおける問題点は解決しない。利用者ニーズに沿った新たなバスのあり方の発掘向けて日夜取り組む。モットーは「原点回帰!」公共交通を必要とする方の声に耳を傾け、公共交通のこれからを創造中。
◆楠田悦子(実行委員会 事務局)
国内初のモビリティでQOLを追究するビジネス情報誌「LIGARE」を発行する(株)自動車新聞社の記者・海外特派員。「誰かが困っている」と聞くとほっとけない性格。
「良い日本社会作りを!」の熱い思いと荒削りな性格を理解して下さる皆さんに感謝。

※お申込みは添付の申し込み書、または下記のお申込書からお願いいたします。
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【お申込み】
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※会のアンケート集計結果をご送信いたします。
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※勉強会で学びたいことを事前に募集します。自由にお書き下さい。

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送付先
FAX 050-3737-6662
E-mai info@j-np.com
お問合せ バスの未来を考える会事務局(株式会社自動車新聞社内)
TEL 078-3274-1288  楠田悦子
※詳細http://www.j-np.com/special/special_0001967.shtml

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2012年11月 5日 (月)

20121106授業 事業者任せ➕交通局→自治体コミバス→住民協働

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2012年11月 3日 (土)

自転車事故幇助の共犯は警察である

1966年、日産サニー、トヨタカローラが発売され、マイカー元年といわれる。神奈川県警は、横浜川崎市内で歩道での自転車通行を可とした。歩行者は、歩道でも身を守ることができなくなった。
 一方、1968年に400万台だった自動車生産(輸出も含む)が、1971年に497万台、1972年708万台に増えた。かつ、アメリカ・サンタバーバラでバイコロジー運動が起きた。こうして、大量の自転車が、大量のクルマを安全に通すため、「環境に良い」という正義を振りかざして、歩行者を襲った。1978年、警察庁は道路交通法改正で、自転車の報道通行を積極的に認めた。
 さらに1974年、自転車安全利用モデル都市63の指定(自治省)により、駅前(遠いところも含め)に駐輪場を作ったり、歩道上の自転車道整備が行われた。
 商店街でベルを鳴らして疾走する自転車に威嚇されたり、追突されてケガをしたら警察のクルマを見て人をみない行政責任を問うべきだ。
 西ドイツ連邦政府は、1979年、「4km以内の移動には自転車が自動車より速い」と知り、自転車を近距離交通機関と規定した。そして、各州政府に対し、自転車信号を作ったり、「時間がないときは自動車の車線幅を3.5mから2.5mに縮めていいから、1.8m幅の自転車道(往復)を作りなさい」と勧告した。ニューヨーク・マンハッタンの一部でも、3.6m幅の車線を2.4mに縮めて自転車道をつくるようになった。
 日本の道路行政は、世界と逆の方向に走ってきた。バス会社に見放された乗客、警察に追い出された歩行者は、クルマをローンで買う、コミュニケーションのない、孤独な消費者になってしまった。
 バス会社、警察関係の方の反論を待っている。が、未だ一言もない。何の問題も感じていない、加害意識もないのであろう。過去を内省できない者は、未来を語る資格はない。

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2012年11月 1日 (木)

生き続けたい町:釜ヶ崎で感じたこと

 昨日、京都大学安寧の都市ユニットの勉強会で、社会人大学院生と西成区釜ヶ崎と飛田遊郭を歩いた。地区の結核病者の発見と薬治療、都市衛生の努力、なかなか、薬を飲み続けてくれない苦労を伺った。
 ゲストの西川勝(大阪大学CSCD同僚)が、「生き続ける意味が見つられないなら、薬は飲み続けてくれんでしょう」というような趣旨の発言をした。流石西川、本質議論だった。
 流れついた人々、そのネットワークと孤独・高齢化、地縁住民の思いとコミュニケーションレス、多様輻輳した都市課題のなかで、ビジョンが見えないままの個々の特区政策手法。
住んでいる人も流れ着いた人も、子供も老人も、皆が生き続ける意味をコミュニケーションできる町とは何か? その上で、どんな街をめざすのか? それを示さねば、特区手法だけでは課題解決は難しい。なぜなら、定住する人、流れてきた人、支援する人の心が動かねば町は動かないからだ。結核患者が、薬を飲み続けてくれないように…。
 重い課題の前で、立ちすくんでしまった。

 本日、母の百ヶ日、骨を大阪の一心寺に納めに行く。
 医療を懐疑し、長期入院・延命手術・施薬を拒否した母は、認知のなかで心密かに、私たちの生活に負担をかけまいと、死を選んだのではないか。母は大往生、誰にも迷惑をかけず往ったが、私たちは本当に母の生き続ける意味を担保できたか。西川の言葉を聞き、再度、自分に問いかけてみつつ、納骨したい。昭和34年、父の納骨で、コトっという音を聞いて以来、半世紀以上、貧乏と能力不足のなかで闘いつづけきた。自分の来し方と、母の生きてきた意味を問いつつ。

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