« 人が歩ける距離、待てる時間 | トップページ | 自動車抑制の方法(各論) »

2012年10月24日 (水)

なぜ自動車を抑制するのか?

1993年、アムステルダムの外シンゲル運河という環状運河に囲まれた7平方kmの都心地域から、2005年に自動車トリップを25%カットしようとした。ロブ・ピストールは「大道芸やぶらぶらする都市の公共空間を取り戻す」「何年もの間、都市は自動車に適合するように強制されてきました。しかし今や、自動車は都市の都合にあわせなければなりません」という。
 歩道は立ち止まってはいけない、芸をやってはいけないというのは、一部の低文化国の警察が言っていることであり、現代の日本ではない(と思う)。
 日本では、1959年、警視庁が都電軌道内に自動車乗り入れを認めた。1963年都電荻窪線廃止。日本でも欧州でも自動車が同様に増えたが、欧州は軌道が残った。日本はほとんど廃止された。それは、自動車の都合を追認してきた警察の結果責任。警視庁が都電を廃止に追い込んだともいえる。
・アムステルダム駅前のダムラーク通(軌道2車線、車道4車線、両側歩道)は ⇒ 軌道と一方通行2車線、広がった歩道、自転車道に変わった。幅の広がった歩道では、大道芸やストリートオルガンが演奏されている。
・運河沿いの斜め駐車帯で狭くなった道を、縦列にし、ところどころ歩道を広げ、運河を眺められるようにした。自動車は全部駐車ビルに入れ、路上駐車は原則禁止、例外の路上駐車は駐車場ビルより高い料金にした。

1966年米ジョンソン大統領「自動車道路を建設することでによって、交通問題が解決できると思って、我々は10年間やってきた。しかしそれは間違いであることが分かった」と演説。こうして、ミネアポリスにトランジットモールが完成
1967年、ハンブルクで交通連合ができ、乗換関係ないゾーン料金を共通化する。

日本は素晴らしい交通システムをもっていながら、世界に何を学んだのか?未だに、「先生、クルマ社会ですから、無理いわんといて」とK市役所の役人に蔑笑されたことは記憶に新しい。日本の常識、世界の非常識。欧州から30年、自動車王国米国から20年、そして韓国に10年遅れてしまった。

|
|

« 人が歩ける距離、待てる時間 | トップページ | 自動車抑制の方法(各論) »

交通を活かしたまちづくり」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。
アムステルダムの例参考になります。

最近、歩道橋を見て、その存在理由にぞっとします。
小学生の頃、通学路に県道をまたぐ歩道橋があり、そのときは単に邪魔な存在でしたが、大人になって海外も見聞し、改めて冷静に考えると、歩行者に不便を強い、車いすも乳母車も救えないものが、市民の反対もなく、堂々と存在している社会という物に、愕然としております。
自動車の利便性確保はある程度は必要かとは思いますし、それを前提にした安全対策も必要でしょうが、日本では、他者の通行に支障を与えてまで行う物になっているのを見るに付け、がっくりします。
他の国でも一般車道をまたぐ歩道橋を見た記憶がかすかにはありますが、ここまで沢山あるのは、その趣旨を考えると異常と感じます。
他にも、自動車の法定速度が当然のように守られなかったり、信号の無い横断歩道で横断歩行者がいても止まらなかったり、日本での車両運用は法律違反が常態化しているので、アムステルダムや他の先進国以下の状況であること以前に、交通に関することは、法治国家であることすら疑う野蛮な状態と感じます。

投稿: man | 2012年10月24日 (水) 17時58分

有難うございます。やっぱり、同じことを感じている人がおられ、意を強くしました。施策に反映したいとおもいます。今は、自転車道と、道路の立体化


投稿: 森栗 | 2012年10月25日 (木) 19時11分

森栗様へ。
私は自転車に乗る機会が多く、個人的に20年くらい前から自転車問題に取り組んでいますが、最近は、日本はそれ以前の問題として、歩行者がリスペクトされていないと感じはじめました。歩行者の尊厳が確保できない社会で、自転車と自動車の問題(問題はこの2者間だけではありませんが)が解決するわけが無いと思うのです。
是非、常識が理解できる人を巻き込んで、施策に反映していただければと思います。
よろしくお願いいたします。

投稿: man | 2012年10月26日 (金) 22時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 人が歩ける距離、待てる時間 | トップページ | 自動車抑制の方法(各論) »