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2012年10月 7日 (日)

山奥の光(兵庫県養父市大屋町)

日本一の錫鉱山:明延で反映した但馬の山奥:大屋町は、1987年の閉山とともに村を離れる人が増え急激に過疎となった。大屋町では、若者有志の百人委員会で今後の町づくりが議論され、明延廃校や廃坑の活用、芸術家の誘致、天滝の休憩所、高原野菜など、多様な議論がなされていた。この頃、明延の隣で廃村になった古屋に道をつけ休養林として保持復元しようという動きがあり、学生の実習として、何度かお伺いしたことがある。
 明延鉱山の廃坑で危機意識に満ちていた頃であった。
 それから20年弱、久しぶりに大屋と合併した養父市に入った。そこで、大屋出身在住の書家、前田華汀さんに出会って、作品のコピーをいただいた。Img 書を見て感動したことがない私の目頭が熱くなった。
 当時の百人委員会のリーダーの一人は、今、大屋地域局の局長だという。故郷を離れ修行し、廃坑で衰退するなか故郷に戻った前田書家の代表作の一つがこの写真である。
 祖父祖母や両親が守ってきた故郷で、書家として夢をかなえようという一途な思いにうたれた。彼女は、毎年、うちげぇのアートおおや展に作品を出し、地元の棚田米の袋の文字も書いておられる。
 危機は、こんな思いのこもったアートを生む。大屋にはいろんな思いの地域づくりが展開しているのであろう。

ピンチはチャンス。あれから20年、いよいよ大屋の収穫時期なのだろうか。
 

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