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2012年10月29日 (月)

日本のバス事業はなぜ衰退しつつあるのか

日本は、欧米より100年遅れ、日清戦争(1894-5年)頃、軽工業の産業革命Industrial Revolution 、日露戦争(1904-5年)頃重工業の産業革命を行い、戦争をはさんで高度経済成長(1960s)を成し遂げたbig growth market。この間、人口と経済が拡大するなか、国の幹線は鉄道省が整備し、都市圏の鉄道、バスは、民間資本private capitalによって整備された。1884年南海電鉄、1895年京都電気鉄道(京都市内ー伏見)、1904年甲武鉄道(後に国鉄中央線)、1905年阪神電気鉄道と鉄道・電気鉄道が開業した。
 バスは道路整備が不十分なので整備が遅れた。関東大震災(1923年)以後、東京市が市電復旧の応急として800台を走らせて以後、都市で発達し、地方でもバスが開通した。南信州の焼き畑の山奥では、1955年頃、やっとバスが入った遠山郷のバスわたる吊り橋。1938年、戦時体制で安定供給のため、一ブロック一事業者となり(陸上交通事業調整法)、私鉄private railway系列で再編され、戦後復興 the revival of WWⅡ・高度経済成長期に民間資本で展開した。ただし、人口増加の大都市では公共交通は都市問題として自治体が独占的に整備することになった(1952年地方公営企業法)。
 しかし、独占はサービスの非効率化(人件費の高騰、労務問題、赤字体質)とサービスの低下(廃止、高額運賃、時刻表・路線図なし、不親切)を招き、人口増加と国内産業発展が止まり、マイカーが普及した今日、衰退しつつある。
 バスはサービス水準が低いから規制緩和 deregulation のなか、民間公共交通の撤退、廃止,倒産bankruptcyがあいついだ。過疎地local depopulation areaでは大きな課題となり、自治体が補助金subusidyで支えている。が、自治体の財政が苦しい中、補助が続けられなくなっている。大阪市では、交通局バス事業が大赤字で、民間委譲されることになった。交通空白地区blank areas of traffic が大都市でできようとしているが、クルマに頼る多くの人は、この課題に関心がない。一方、クルマに頼れない高齢者は公共交通を要求し、公共交通維持は政治課題となっている。なぜなら、高齢者の投票率は高いから。しかし、高齢者が暮らしにくい町は、誰にとっても暮らしにくい。
これを解決するには、
①補助金投入も含めて公共交通維持の課題を情報公開し
②都市の交通政策を明確化し(dream,vision、strategy戦略、work schedule工程表)
③皆で議論する場platformを設け
④事業者、行政、市民が協働で担うことを議論しcommunication
⑤その議論を多くの市民にフィードバックし(ミニコミ、マスコミ、口コミ)
⑥協働collaborationで実証実験しdemonstrative test
⑦質の高い、皆が望む公共交通サービスを皆で支えるgrowup
ことが、これまでの措置の福祉measures welfareを越えた、地域の主体的福祉創造creative welfareにとって重要になってきている。
 山口市は、これを明確に実践した教材である。
 京丹後市は、バスサービスの料金改善の意味を考える教材である。
【以上、ゼミの留学生(ひょっとすると日本の若者)にも国内事情(公共交通)が理解できるよう、近代化にあわせて一般化した趣旨説明】

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