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2012年10月

2012年10月30日 (火)

長沢ミニバスの周辺

 淡路島の長沢ミニバスは、クルマに乗る人も乗らぬ人も住民が1万円/世帯出して、ボランティア運転手(若干謝礼)と、行政の若干の補てんだけで運営している。従来から棚田のある山間から、医者やスーパー、郵便局のある津名の町まで行くバスを検討してきた。バスが具体化したのは、阪神大震災後である。海岸部に比べれば貧しい山間の村は、助け合わねば暮らしていけぬと、被災して苦闘する海岸部の村を見て思った。それでバスが走りだした。住民が負担シェアする淡路島長沢ミニバス
 隣の生田でも、過疎地を活性化しようと、水車小屋、そばカフェ、廃校を利用したノマド芸術村などができた。休日やイベントでは多くのクルマが押しかけるまでになっている。が、棚田の狭い道にクルマが入るので問題になっている。そこで、そばカフェの駐車場にレンタル超小型電動自動車(幅が狭い)を数台置いて、パークアンドレンタカーを検討している。
 一方で、観光ではなく、人口減の村の高齢者の日常移動をどう担保しようかと思案した。価格や運用を考えると超小型電動自動車ではなく、タクシーを共用して乗るグループタクシーが有効ではないかという声もある。近くの長沢がやっているような、集落全戸がお金を出し合って運営する自主運行コミュニティバスは、ボランティア運転手の確保が難しく、維持コスト負担もかなりあるので、既存タクシー会社と連携する山口市のようなグループタクシー制度に学ぶような議論が出つつある。Wataruh_ikuta

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奈良交通の経営努力

奈良県で、通勤、観光、さらに南部の中山間地を独占的に走る奈良交通は、多様な努力をして、1997年段階では輸送人員を減らさない(H7でS52年比110%、現状は不明)【『交通計画集成3』】。全国が、70%(H5でS52比)であるから、見事である。その手法は、
①高割回数券・・・10枚分で14回乗れる昼間割引回数券。
  ⇒しかし、阪急の土日割引は5枚分で7回乗れる。この方が抵抗感が少ない。
  ⇒さらに宣伝は充分か? 地域のバスは、地域の生命線。自治体が、広報誌に無料で、高割引運賃を広報したか?事業者が努力するなら、それを自治体に広報働きかけをせねばならない。
②学割の学期定期
  ⇒どこでもやっている。京丹後市では、丹海バスが上限200円バスにしたところ、父兄爺婆クルマ送迎がなくなりバス通学が急に増え、増収になっている。敵は、暇な爺婆ドライバー
③ツードアのマイクロバス(定員41人)で空白区へ乗り入れ、過疎地でのフィーダ活用(乗換地点での連絡、待合所=道の駅活用も手法)
  ⇒コストダウン(※)
④停留所時刻表のワイド・大文字化⇒すばらしい
⑤観光地他で、ヘッドマーク「室生寺⇔長谷寺」「柳生」「山添」をかける
⑥車内運行図の掲示、車内置き傘、地域・観光案内所への時刻表配布、バス停での観光地案内・バス停フラーワーポット、ベンチ
⑦停留所掲示旗(施設や待合所中で待つとき、運転手に表示するため)
⑧朝7:15-8:15、学園前北2km、南1.1km バス・タクシーを除き通行禁止
  +4新路線、2系統延長、100%冷房化、32.6%増便
 ⇒遅延0で乗客22.3%増、収入増371953千円ー費用増292895千円

※マイクロ化のコストダウン 構成比 大型を100とした指数
運転手人件費      43.8   62.4
車両償却費        4.6   74.5
諸税公費          1.4      78.1
非乗務員人件費     11.8     100.0
その他償却費       2.6  100.0
一般管理費        11.2      94.8
車両修繕費        3.8   82.9
関連運送費        6.8   93.2
諸費             8.3     100.0
燃料油脂費        3.3   49.3
営業外費用        2.6   89.0
合計           100.0   74.7

運転手H3-7年採用(奈良交通、エヌシーバス)
       大型運転手  マイクロ専用運転手
 20-24歳    0/77      70/260
 35-39歳   25/77      22/260
大型運転経験
  なし      0       217/260
前歴   トラック43、バス12  トラック71、技能67、販売59、  

  

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2012年10月29日 (月)

日本のバス事業はなぜ衰退しつつあるのか

日本は、欧米より100年遅れ、日清戦争(1894-5年)頃、軽工業の産業革命Industrial Revolution 、日露戦争(1904-5年)頃重工業の産業革命を行い、戦争をはさんで高度経済成長(1960s)を成し遂げたbig growth market。この間、人口と経済が拡大するなか、国の幹線は鉄道省が整備し、都市圏の鉄道、バスは、民間資本private capitalによって整備された。1884年南海電鉄、1895年京都電気鉄道(京都市内ー伏見)、1904年甲武鉄道(後に国鉄中央線)、1905年阪神電気鉄道と鉄道・電気鉄道が開業した。
 バスは道路整備が不十分なので整備が遅れた。関東大震災(1923年)以後、東京市が市電復旧の応急として800台を走らせて以後、都市で発達し、地方でもバスが開通した。南信州の焼き畑の山奥では、1955年頃、やっとバスが入った遠山郷のバスわたる吊り橋。1938年、戦時体制で安定供給のため、一ブロック一事業者となり(陸上交通事業調整法)、私鉄private railway系列で再編され、戦後復興 the revival of WWⅡ・高度経済成長期に民間資本で展開した。ただし、人口増加の大都市では公共交通は都市問題として自治体が独占的に整備することになった(1952年地方公営企業法)。
 しかし、独占はサービスの非効率化(人件費の高騰、労務問題、赤字体質)とサービスの低下(廃止、高額運賃、時刻表・路線図なし、不親切)を招き、人口増加と国内産業発展が止まり、マイカーが普及した今日、衰退しつつある。
 バスはサービス水準が低いから規制緩和 deregulation のなか、民間公共交通の撤退、廃止,倒産bankruptcyがあいついだ。過疎地local depopulation areaでは大きな課題となり、自治体が補助金subusidyで支えている。が、自治体の財政が苦しい中、補助が続けられなくなっている。大阪市では、交通局バス事業が大赤字で、民間委譲されることになった。交通空白地区blank areas of traffic が大都市でできようとしているが、クルマに頼る多くの人は、この課題に関心がない。一方、クルマに頼れない高齢者は公共交通を要求し、公共交通維持は政治課題となっている。なぜなら、高齢者の投票率は高いから。しかし、高齢者が暮らしにくい町は、誰にとっても暮らしにくい。
これを解決するには、
①補助金投入も含めて公共交通維持の課題を情報公開し
②都市の交通政策を明確化し(dream,vision、strategy戦略、work schedule工程表)
③皆で議論する場platformを設け
④事業者、行政、市民が協働で担うことを議論しcommunication
⑤その議論を多くの市民にフィードバックし(ミニコミ、マスコミ、口コミ)
⑥協働collaborationで実証実験しdemonstrative test
⑦質の高い、皆が望む公共交通サービスを皆で支えるgrowup
ことが、これまでの措置の福祉measures welfareを越えた、地域の主体的福祉創造creative welfareにとって重要になってきている。
 山口市は、これを明確に実践した教材である。
 京丹後市は、バスサービスの料金改善の意味を考える教材である。
【以上、ゼミの留学生(ひょっとすると日本の若者)にも国内事情(公共交通)が理解できるよう、近代化にあわせて一般化した趣旨説明】

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2012年10月26日 (金)

自動車の抑制(国家政策)日英比較

Img_0001 ロンドンでは、都心21km2に入るのに、平日7~18:30は1日5ポンドの 料金を課す。ここまでせねば混雑は緩和できない。実際、英国では、公共交通の料金が大幅安になったところで、都心の駐車料金が高くなっても、クルマを手放さないという。流石にガソリンの値段が2倍になると、半数以上の人が考え直す。
 これに対して日本では、大多数の人が、公共交通の料金を安くし本数を増やし、都心駐車料金を2倍にし、ガソリン値段が2倍になれば半数以上の人がクルマをあきらめる。何よりも所要時間が2倍になればほとんどの人がクルマをあきらめるといっている。
 渋滞こそ、自動車抑制の最大効果。だから、バスだけが走るバスレーンをどうどうと作り、渋滞を作らねばならないのだ。
 なのに、渋滞の苦情を恐れ、政策視点を持たない官僚が、バス専用レーンを怖がり、やってますポーズのバス優先レーンでごまかそうとしている。
 渋滞を恐れる「ドライバー衆愚迎合政策」の連続が、かえってバスを遅くし、クルマ依存を引き起こし、結果、渋滞をおこさせている。
 もっともよい住対策は、片側二車線でも、バスレーンをどうどうと作り、苦情には論拠を示して抗戦することだ。
 しっかりしろ、警察!
ちっとは、このブログでも読んで、勉強せよ。

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2012年10月25日 (木)

山頭火、其中庵(山口市小郡)

Image 母よ

うどん供えて
私もいただきまする    山頭火
市役所職員モビリティ・マネージメント  前
                                   母の三ヶ月命日に

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自動車抑制の方法(各論)

今、自動車を手放せないのは、裕福な高齢者、代替交通のない過疎地の高齢者である。都市の若者は、クルマを持つ理由も余裕も、そして関心もないものが出てきている。

高齢者が第一当事者となる交通事故死が増え、免許返納制度が浸透してきた。事実、高齢者の動体視力、反射能力は66を超えると極端に落ちてくる。Img_0003 免許交付時、運動能力、動体視力劣化を認識してもらわねばならない。いや、やはめに日常から考えてもらわねばならない。
 コミュニティ道路において、自動車交通を抑制するにはどうしたらよいか。Img_0002 一方通行や駐車禁止などのソフト政策や、ハンプ(道路上突起)、ポラード(制限棒)、道路凹凸や、クルマ通行を蛇行させるシケイン、凹凸があるように見える道路塗装などがある。芦屋の商店街では、歩道を広く見せる工夫をしていた。3

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2012年10月24日 (水)

なぜ自動車を抑制するのか?

1993年、アムステルダムの外シンゲル運河という環状運河に囲まれた7平方kmの都心地域から、2005年に自動車トリップを25%カットしようとした。ロブ・ピストールは「大道芸やぶらぶらする都市の公共空間を取り戻す」「何年もの間、都市は自動車に適合するように強制されてきました。しかし今や、自動車は都市の都合にあわせなければなりません」という。
 歩道は立ち止まってはいけない、芸をやってはいけないというのは、一部の低文化国の警察が言っていることであり、現代の日本ではない(と思う)。
 日本では、1959年、警視庁が都電軌道内に自動車乗り入れを認めた。1963年都電荻窪線廃止。日本でも欧州でも自動車が同様に増えたが、欧州は軌道が残った。日本はほとんど廃止された。それは、自動車の都合を追認してきた警察の結果責任。警視庁が都電を廃止に追い込んだともいえる。
・アムステルダム駅前のダムラーク通(軌道2車線、車道4車線、両側歩道)は ⇒ 軌道と一方通行2車線、広がった歩道、自転車道に変わった。幅の広がった歩道では、大道芸やストリートオルガンが演奏されている。
・運河沿いの斜め駐車帯で狭くなった道を、縦列にし、ところどころ歩道を広げ、運河を眺められるようにした。自動車は全部駐車ビルに入れ、路上駐車は原則禁止、例外の路上駐車は駐車場ビルより高い料金にした。

1966年米ジョンソン大統領「自動車道路を建設することでによって、交通問題が解決できると思って、我々は10年間やってきた。しかしそれは間違いであることが分かった」と演説。こうして、ミネアポリスにトランジットモールが完成
1967年、ハンブルクで交通連合ができ、乗換関係ないゾーン料金を共通化する。

日本は素晴らしい交通システムをもっていながら、世界に何を学んだのか?未だに、「先生、クルマ社会ですから、無理いわんといて」とK市役所の役人に蔑笑されたことは記憶に新しい。日本の常識、世界の非常識。欧州から30年、自動車王国米国から20年、そして韓国に10年遅れてしまった。

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2012年10月23日 (火)

人が歩ける距離、待てる時間

★ヨーロッパの非通勤時の都市で「普通に抵抗なく歩ける距離は、400m(pf.レーベマルク:ルント工大) 気温が‐5℃以下のときは、200m。風景が変わる楽しい道では600-500m。
 毎時4650人/m(肩と肩がぶつかりあう)」の混雑の場合150m。この場合の歩行速度は、2.4km/時 となる。
★プーラドン 都市計画では、快適環境で300m、不快環境で100m
★運輸経済研究センター によれば、東京では300m
★東南アジアでは、200m。シンガポールでは徒歩可能距離を400mにしようと、木陰を作った。

高齢者が抵抗なく歩ける距離 100m
途中にベンチを置くと、さらに100m可能

 フランス国立研究所のパリでの調査によれば、
電車・バスに乗っているときの時間=1としたとき
バス停や駅まで歩くときの時間   =1.75
乗換時                 =2
待っているとき                           =3

フランス国鉄が1960年代、踏切の警報機を、列車通過の何秒前に鳴らすかを調査した。すなわち、無理なく待てる時間である。それは、40秒である。

沖縄の今帰仁城は84段階段(数階のビル程度)
but 3段、5段、7段ごとに踊り場
  ⇒疲れない
 横断橋、高い高架駅、深い地下鉄駅は、踊り場が少ないから疲れる
理由…次の踊り場が見えないなかで登る苦しさ。目線1.6mの斜め下。
    通常は、1.5mごとに踊り場が良い。
ジョン・クルーイン『歩行者の空間』 長い階段は10~15倍疲れる

フランスの調査によると、歩行者の20%は、日1万台、4車線の道路があると、横断歩道から20m離れても、横断歩道を渡ろうとしない。
 信号機のある横断歩道では、道が狭いほど、歩行者に拒絶反応を起こさせ、信号機のないところで渡ろうとする危険を起こさせる。     【交通計画集成 2】
              
 

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2012年10月20日 (土)

自動車交通量とコミュニティ衰退:リバプールストリート

ドナルド・アップルヤード@カリフォルニア大学『リバプールストリート』に、サンフランシスコの3つのコミュニティが描かれている。

街路

日クルマ通行量

ピーク1時間通過台数

一人当たりの友人

一人当たりの知人

コミュニケーションの場所

A

2000/

200/時間

3

6.3

15ヶ所

B

8000/

550/時間

1.3

4.1

4ヶ所

C

16000/

1900/時間

0.9

3.1

3ヶ所

Libapoolstreet_2
自動車交通の少ないA街路の住民は、近所づきあいの導線が車道も含め網の目状になり、立ち話や遊んでいる点が点在している。街路Bでは、導線は残るものの、立ち話の点は消えてしまう。ピーク時、自動車が32台/分通る街路Cでは、つきあいを示す線がまばらになる。そうして、友人がAの1/3、知人が1/2となり、A街路の人が思う「我が家みたいな街」という感覚は消え、「引っ越したいと考えている」「すでに多くの人が引っ越した」という人が現れる。
 最近、昔住んでいた、駅から徒歩20分、皆、クルマで出かけるニュータウンを訪れることがあった。私も含め多くの人は引っ越し、子供は戻らず高齢化し、地価は下落し、小学校は閉校直前。相互に不信があふれ、街路には「不審者注意」の看板が林立する。クルマ移動を前提にすると、自動車交通量が減っても、屍のような街になっていた。
 ことは、都市住宅学がいう、リノベーションや住宅住み替え融通が難しいだけの問題だけではない。自動車とコミュニティ・コミュニケーションの問題を考えなければ、何も解決しない。

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2012年10月19日 (金)

人が納得する瞬間:施策展開における人的資源の最大効率化

大阪市には、地域課題を議論する時、ファシリテーションなど話し合いの仕方、協働作業のやり方などを講演、ワークショップする講師派遣制度がある。ところが、改革でこの予算がそのまま区に行った。「区のことは区でする。中之島(市役所本庁)は口出しするな!」らしい。が、区長がこの講師派遣制度の予算を違うことにも使える。

こうなると、本庁職員は役割を見失い覇気がない?   かたや、区役所は突然降って湧いた施策構築でてんやわんや。区長のリーダーシップが「思いつき暴走」する区もある。

   しかし、この講師派遣制度で、9/6 記事「お前らの(ネットワーク型市民活動)の指図は受けん」という状況をワークショップやファシリテーショングラフィックスで議論の見える化をし、話し合って解決した。それが、10/10記事「明るいE区」として、政策化に結びついたことを、本庁職員に伝えた。
    だから、区から講師派遣の要求があったら、単なる単発派遣の取次ではなく、どんな施策、どんなねらいのなかでの講師派遣かを問い返し、戦略を練り上げた講師派遣、これからの協働のまちづくりにつながる派遣にコーディネーションすることが、市民局の大切な役割だ!と、伝えた。
   帰り際、どちらからともなく、職員と握手して別れた。人間にはわかりあえる一瞬がある。職員が納得し、その能力を最大化して、区を支援してくれることを期待している。

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2012年10月16日 (火)

【地域交通まちコミ特論】連絡

10月15日 地域交通まちコミは、通常通り、工学S1ー312に集まり、参加者が多ければ、用意した別の場所に移動します。徒歩2分

土木の別の授業が、この時間に移ったため、参加できない人が出るかもしれません。
一方、新規の受講を歓迎します。お誘いあわせ、参加ください。

15日の授業  個々の問題意識に合わせ  宇沢弘文 社会的費用    が課題に

公共論としては、宮本常一

 

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河内長野市には何の問題もないのか?

再生塾アドバンスコースで、河内長野市の交通とまちづくりを勉強している。
 国道沿いに店が乱立し、大きな家が緑の丘の団地にあり、大きなクルマが複数停まっている。中心市街地の商店街は衰退しているが、近隣には大きなショッピングセンターや病院があり困らない。大阪に出るにも無料の高規格国道を使えば簡単に出れる。 通勤者が減り、退職高齢者が多くなってきたが、クルマさへあれば何の問題もなく楽しく暮らせる。市役所も国道沿いにあって便利そうだ。そこで、統計数値的にどうか見てみた。Img_0001_2
 大阪府北部(吹田市など)人口の社会増に対して、南部の社会減という南北問題があるものの、千早赤坂村の社会減率1.38%という危機よりは問題なく、富田林市の0.76%よりも、0.59%と低い。大阪府下(42自治体)で第39位の人口減だが、第41位の富田林より問題が小さい。河内長野が、持ち家率78.7%であるから人口社会減にならない。その実、賃貸物件空家率は25.4%と高い。高齢化率も25.0%と高い。
 つまり出るに出れないとはいえ、出るつもりもない高齢者が、クルマ依存で得心して暮らしているハッピーな町なのだ。
 が、今後はどうか。人口ピラミッドを見た。Img 千早赤坂村は、現状でも現役層が少なく、60台が支えている。2020年には70台が最大となり、医療介護の負担で財政が破綻することが予想される。2020年の富田林と河内長野を比較すると、流出がなかった分、河内長野は70台が残り、千早赤阪村型となっている。
 これを、医療介護の公的支出が増加する75歳以上後期高齢者に限定して点検すると、
  Img_0002

2005

2010

2015

2020

2025

2030

2035

河内長野市

9549

12264

15339

19368

23186

24268

23641

富田林市

8770

11519

14569

17788

21160

22104

21839

おそらく、千早赤坂村が2020年に苦しくなるとすれば、河内長野は2025-30年破たん、富田林は現在流出した分、2025年をしのぎきり、2035年には危機をまぬがれるかもしれない。
 現在47歳以下の市役所職員は、退職手当があるかどうか、現在62歳以下の市民は後期高齢者以後安心して暮らせるかどうか、夕張に訊いておいたほうが良いかもしれない。
 あと13年後である。

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2012年10月10日 (水)

明るいE区安全まちづくり

大阪市の某区で、防犯活動を地縁系の義務から、地域ネットワーク活動に展開する構想がある。地縁系の義務感だけでは、活動人員が高齢化、固定化する。結果、その真摯な思いとは裏腹に、活動が停滞しつつある。子育てマンションの増加と子供安全や、通過・放置自転車の増加、低年齢軽犯罪の増加、など、課題は多いE区では、安全活動を基礎に、まちづくり協議会活動を組織化していこうとしている。題して、明るいE区。
昔の松下電器(ナショナル)のCM明るいナショナルをもじって、題して
「明るいE区、明るいE区、町じゅうみんな、安全」

安心相互まち子育て
子ども安全
少年安全
交通安全(含:自転車安全)
高齢者安全

を小学校区を基礎に学生サポータも入り議論し、まちづくり協議会に育てていきたい。

【地域交通コミ特論】15日からでも受講OK、修論博論・就活考慮。院生・女性歓迎(受講者バランス上、工学以外も)。教室移動可能性あり。金曜には提示。

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2012年10月 7日 (日)

山奥の光(兵庫県養父市大屋町)

日本一の錫鉱山:明延で反映した但馬の山奥:大屋町は、1987年の閉山とともに村を離れる人が増え急激に過疎となった。大屋町では、若者有志の百人委員会で今後の町づくりが議論され、明延廃校や廃坑の活用、芸術家の誘致、天滝の休憩所、高原野菜など、多様な議論がなされていた。この頃、明延の隣で廃村になった古屋に道をつけ休養林として保持復元しようという動きがあり、学生の実習として、何度かお伺いしたことがある。
 明延鉱山の廃坑で危機意識に満ちていた頃であった。
 それから20年弱、久しぶりに大屋と合併した養父市に入った。そこで、大屋出身在住の書家、前田華汀さんに出会って、作品のコピーをいただいた。Img 書を見て感動したことがない私の目頭が熱くなった。
 当時の百人委員会のリーダーの一人は、今、大屋地域局の局長だという。故郷を離れ修行し、廃坑で衰退するなか故郷に戻った前田書家の代表作の一つがこの写真である。
 祖父祖母や両親が守ってきた故郷で、書家として夢をかなえようという一途な思いにうたれた。彼女は、毎年、うちげぇのアートおおや展に作品を出し、地元の棚田米の袋の文字も書いておられる。
 危機は、こんな思いのこもったアートを生む。大屋にはいろんな思いの地域づくりが展開しているのであろう。

ピンチはチャンス。あれから20年、いよいよ大屋の収穫時期なのだろうか。
 

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2012年10月 5日 (金)

高速道路延長は、観光産業繁栄になるか?

明日、養父市関宮で、シンポがある。
 地元は、
・鉱石の道・銀の馬車道、ジオパークの道、但馬山陰道 などでの誘客を検討している。
しかし、高速道路ができて、日帰り客ばかりで宿泊が減り苦労している白浜・淡路島、橋ができて土日の買い物が神戸になってしまい苦労する徳島の商店街・デパートを見ていると、
 高速道路延伸=観光産業興隆 とは単純に結びつかない。

●むしろ、ピンチはチャンス
・高速道路が延びても、竹田城登るために降りたい。あと、+αが欲しい朝来市
  和田山といえば竹田家具、嫁入り道具のミニチュア、見学場所としての家具屋
▼でもチャンスはピンチ
・高速道路が延びれば皆、街並みが美しく志賀直哉の城崎に行く。わざわざ湯村に来てもらうにはどうするか?
  湯村は他とどこが違うか? ここが難しい。
・村岡に行ったら但馬牛が食べたい。そのために、村岡に行っても良いと思う人は多い。

さて、浜坂はどうするか?

合併した市町ごとではなく、各地域ごとに、その有利性・特性を洗い出して、有利性を徹底手する必要がある。新温泉町湯村は、夢千代で行くなら、夢千代温泉とし、すべてを夢千代ですすめる手もある。そのくらいの必死さが必要ではないか。境港の喜太郎のように。

識者に訊くよりも、自らの有利性を自問自答し、その答えを信じ切る、徹底することが重要であろう。高速道路がすべてを解決してくれるわけではない。
  
 

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2012年10月 3日 (水)

マンションのコミュニティ化・減災化

3日、大阪市西区で講演したこと
最後まで、区長・副区長・消防署長・高層マンション管理業協会の十数社、連合町会長、地元の災害時地域貢献事業者の皆様に聴いていただいた。(※は、地元の実際活動からご教示いただいたこと。さすが、近世天下の台所を支えた西船場・阿波座・堀江の地域。市民のレベルが格段に高い!びっくり
 あこがれの都心居住のマンション。管理費が安けりゃ良いのではなく、コミュニティサポートや子育てサポート、減災サポートを含めて、安心できる質の高い居住を目指す時代ではなかろうか。

マンション内の減災安全化とコミュニティ安心化は

■マンション内防災(非日常)議論
①マンション内災害対策議論
  ・エレベータ停止
  ・非常電源水没
  ・津波火災上昇

②水・食糧・トイレ・情報
  ・常備薬等救命カプセル※

③要支援者リストと「大丈夫シール」

④減災害訓練
 ・昇段訓練とサイン※
 ・水運びゲーム
■マンション内日常コミュニティ化
 楽しくなけれ広がらない
 
・ファミリーサポート
 ・ご近所酒場
 ・こども安全活動
 ・防災見学会
 ・女子会
 ・モーニング
■地縁組織とマンションとの連携
 ・津波避難ビル協定

 ・日常交流(高齢者・障がい者・子ども・女性)

 ・祭礼、まち発見

住宅管理事業者+理事会、
区役所、
建設事業者の建設時町会加入(迷惑料より論理的)※、
災害時貢献登録事業者
 が、一緒になって支える

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2012年10月 1日 (月)

2012年二学期地域交通コミュニケーション特論方針+災害時地域協力事業者

本日、19人もの問題意識の高い学生が集まってくれた。
 ちょっと、感激した。
■公共交通、交通計画に関心のある者7名、
 コミュニティ・コミュニケーションに関心のある者6名
 建築・都市デザインの思想に関心のある者3名
▼学部5名(人間科学、理、法)、修士(文学1名、人間科学4名、工学9名)
うち1名は山口市中心市街地が実家。

∴次回、15日は、山口市交通まちづくり計画
以降、富山市のコンパクトシティ、大阪市の協働まちづくりと交通計画など
12月に入って、中小バス事業者の思い、土木計画と両界曼荼羅 を展開する。
コミュニティとクルマ、都市と住居の思想とクルマなども話してみたい。

次回までの宿題 宮本常一に関して、少しでも何か読んでみること
次回から参加する人は、必ず、宮本常一を読んでくること

大阪大学は複眼思考をめざす、こんな楽しい大学院授業を展開してきたが、リーディング大学院でもダブルメジャーが普通となり、大学院生の思考がどんどん深まっている。

明日2日は、15時~ 大阪市西区民センターで、西区災害時地域協力貢献登録事業所・店舗講演会。津波避難ビル、津波火災も考えると、高層マンションが重要。その前に、高層マンションそのもののコミュニティ化、減災害計画が必要。高層マンション管理業協会の皆様とも意見交換の機会あり

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