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2012年5月25日 (金)

瀝青会『今和次郎「日本の民家」再訪』平凡社

1922年、早稲田大学教授になったばかりの今和次郎が書いた『日本の民家ー田園生活者の研究』のスケッチの民家を、現代に再訪した報告である。
 今和次郎は、日本近代最初の民家研究会(白茅会)に参加し、農村改善政策に関わり、関東大震災後に被災者生活をスケッチし,バラック装飾社を設立、ジャンパーを制服とし、考現学を提唱、日本生活学会創設など、その活動は多岐に及んでいる。
 
しかし、戦後の文化財指定された民家と今の『日本の民家』とは対象が異なっている。復元編年研究をすすめる戦後民家建築学では、今の採集は科学的でない趣味として批判された。結果、価値のある、整った、建築年代がわかる=地主の住宅ばかりが文化財指定された。農地改革で豪農解体の危機感からの、豪農の価値ある住宅保存であるが、戦後の民家研究が見失ったのは、普通の農民(自立中農)の暮らし文化である。こうして、カビ臭い民家建築研究と抹香臭い民俗文化財研究が戦後アカデミズムの主流となった。
 しかし、今の調査は趣味で民家を適当に採集したのではない。農商務省石黒忠篤(中農政策:小作調停法整備)の依頼による小作制度、名子制度における小作民生活調査としての、小農・中農民家調査である。中農育成・小作争議対策という政策意図があった。とはえい、今は、個人的には小屋のような小さな建物に、人と物との関わり:生活を写し出す物を見出し、石黒から受けた公務のついでに調査している。
 踏査した民家は、中農ゆえに、農地改革の影響を受けず、再訪者が驚くほど残っていた。四国西祖谷山村では、当該所有者を訪ねて老人ホームへ行った調査者の前で、老人が今のスケッチを見ながら「うちや、うちや」と叫ぶ様子や、徳島県日和佐の異国船打ち払いの記録に、黒船のなかで防腐のためにコールタール:瀝青(ちゃん)を塗った戸棚に調理された肉が収納されている記述を見つけ、海辺の村の民家がなぜコールタールを塗るのかを説明している。
 秩父の廃村にBの家を探しに行き、出会った廃村に通う人の話しを聞きつつ、今が指摘する「孤立を恐れない山の楽しみ(谷水、野鳥、野獣、木々と花:楽園)」を指摘している。
 越後の船小屋では、海岸道路の新設で、海を失った船小屋も、上手に転用されている様子を描いている。
 京都の八瀬童子の集落では、今の平面図に「ヘヤ」と軽く書いているのが、実は高殿という回り神役の場であり、今も入室を許されなかったから「ヘヤ」とだけ書いているのではないかと推測している。
 百年後の再訪による見事な生活変遷調査が実現している。とはいえ、消えてしまった民家も多い。
 1918年、貴族院書記官柳田國男が、日本初の総合調査として実施した内郷村はダムに沈んでいた。この調査には。創価学会を作った牧口常三郎、人文地理学を作った小田内通敏、後に農商務大臣となった石黒忠篤が参加しており、今もこれに参加していた。
 伊豆大島の元町の民家は、1965年の大火で残らず、その復興計画に早稲田の吉阪隆正が復興計画が関わっている。今が吉阪に指示したのではないかと、再訪者は推測している。
 中国山地の灰小屋は、化学肥料の普及でその必要がなくなり、圃場整理(基盤整備)で消えてしまった。
 越後関川の民家は、茅場がスキー場になってしまい、壊された。
 静岡県牧の原は、東南海地震1944年で地域全体が流されていた。蒲郡の塩田小屋は競艇場になったが、ここも台風被害を受けている。
 再訪者は、今のスケッチの現況特定に当たって、今の調査法を発見している。今は、とことこ歩いたのではなく、電車で動き、駅前をスケッチした。鉄道の終点・駅は、近代における都市と農村の緊張関係の場所(資本経済と自然経済の均衡点)ととらえられた。今は甲州街道において、郊外町のダイヤグラムをスケッチのなかで著している。ダイヤグラムは以下の4つにわかれる
・武蔵平野の家と宅地/
屋敷のケヤキを売り払った貸家/
嬰児に歯が生えるやうにぽつぽつと生じてくる町/
広範囲な市街地化:極相
を今はスケッチしている。再訪者はメモの地番から、このダイヤグラムの場所を、大久保の八王子同心の屋敷(植木屋)と特定している。このダイヤグラムは、1916年クレメンスが「生態学」で示した遷移(センセッション)の概念を、「日本の民家」1918年に応用したものである。この小さな区画のダイナミックな歴史の跡を、見事に描いた先進的な研究である。狭量な戦後の民家建築科学よりも、極めて先進性科学性がある。戦後の実証主義の底の浅さ、不見識。これによって、生活学の芽は摘まれたのである。(4月17日、戦時下の日本生活学会:参照)
 本書は、今和次郎スケッチの再訪により、民家の強さ、したたかさを、その生活の強さから再確認している点で、今の意思を再評価したものとして、大きな意味を持っている。

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