« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

2012年2月26日 (日)

交通・NHKとお遍路

1930年、阪急が西国三十三箇所出開帳を沿線で成功させた。Img_0001
1937年、南海電鉄50周年記年の四国遍路大阪出開帳には20万人が押しかけた。
 四国で納経帳が始まるのは、西国三十三箇所観音霊場にならってのこと。
   その数年後には、大阪は空襲で灰塵
1953年 伊予鉄が大型バスで巡拝を始め、Img_0003
1956年に四国霊場会ができる。
事後、バス遍路増加⇒歩き遍路減少⇒農村副業の遍路宿衰退。
1985-88年 NHK早坂暁脚本『花へんろ』
1998年4月5日 NHK『四国八十八ヶ所 こころの旅』(1998-2000年)放送開始
1998年4月5日 明石海峡大橋開通
 ⇒クルマ遍路と歩き遍路の増加
1999年 しまなみ海道開通
 ⇒四国巡礼者数が西国巡礼を越える
2000年 Xハイウェー(4県県庁高速道路直通)
⇒日帰り巡礼ツアー
 日帰り・土日クルマ遍路増加
 高速バスにより歩き遍路増加
2003年 NHK『人間ドキュメント』幸月(句集『風懐に歩三昧』)⇒殺人未遂犯として逮捕
2006年 NHK『趣味悠々 四国八十八ヶ所はじめてのお遍路』
⇒2007年問題 団塊の世代一斉退職
2008年 NHK『街道てくてく旅 四国八十八ヶ所を行く』
2009年 NHK連続TV小説『ウェルかめ』(徳島日和佐遍路宿がヒロイン生家)

2020年までには、交通遍路情報の一体化と携帯化、多言語化により、外国人観光客増加がみこめる。すでに、スペインのサンチャゴ街道は国際的ブームになっている。

| | コメント (0)
|

2012年2月23日 (木)

ヒートコンテナのフックトレーナー

昨年12月に続き、簡易移送型潜熱蓄熱装置の実証実験。トレーラーが、引っ張ってきた蓄熱装置を、車両からフックで引き上げて、設置場所に引き降ろすのを、15度にした試作を見学した。蓄熱装置に衝撃を与えないため15度を開発した。
 試作者、極東開発は、タンクローリー、塵芥車(パッカー車)、コンクリートポンプ車を作っている。驚いたのは、パッカー車が、現場作業ニーズにあわせ、すべて、鋼板から手作りであったことだ。多くの車両シャーシ上搭載物製作技術者を抱えている。
 ヒートコンテナは、工場等の余剰熱を他で使う、温暖化防止の切り札技術であることは誰でも知っている。しかし、それをわが国の法令、道路や敷地の状況にあわせ、市場を見据えた実証実験をするのは、難しい。
 しかし、昨日、極東開発の技術力と、その技術による15度積み降ろしフックトレーナーを見て、異なる分野の会社が協力して実用化をめざす面白さがわかった。
 また、三重中央開発が、周辺事業者を訪問説明し、自社の産廃熱をヒートコンテナで提供する場合の、ユーザーニーズ調査をしている。その報告によれば、コスト削減の具体的数値如何であるが、高い関心を呼び起こしており、実証実験に向けて展望が開けてきたようだ。
 この3社連携で、日本の厳しい法令や市場ニーズに合致する小型ヒートコンテナを実証運用できれば、塵芥車と組み合わせた輸出品になるのではないかと、素人ながらドキドキしてきた。

| | コメント (0)
|

2012年2月21日 (火)

地方で頑張っているバス会社の事情

A市は、住民、行政、バス事業者が役割を定め、路線を便利にし、利用者を105%に増やそうと数値目標を示し期限的契約している。
団地の中を巡回したり、スーパーを経由したり路線改善し、みんなで協力しよう乗ろうと呼びかけたり、住民が無料体験買い物バスを走らせたり割引券を配っている。県やA市もその割引負担や、チラシ印刷を協力している。
 そのBバス会社の責任者とお話する機会があった。
 Bバス会社責任者は言う。1995年頃はバスが邪魔者扱いを受け「ノロノロ走るな!」と苦情を受け、バス停はゴミ置き場の扱いを受けてきた。それに比べて、高齢化のなかで協定を結び、住民がバスを議論してくれること自体がありがたい。
【道は遠い】契約を結んだD団地の現実は、6-21時、1.5ニンク(バス1台、運転手18時間拘束)を考えると、200人くらい乗らないと採算にあわない路線であるが、現状100人。毎年96%で縮小し、いずれ廃止を、105%にしたところで僅かではある。が、底を打つことが重要と考えている。
【課題】D団地内を循環し高齢者に乗ってもらうために低床の日野ポンチョを買ったが、車両余裕がないため、通勤時間にポンチョも動員せねばならない。混雑で苦情が出る。
 また、雇用条件も悪いので運転手も少ない。少ない運転手を、朝ラッシュに集中せねばならないので、(5-10時)+(15-20時)と、二つに分かれた辛い勤務をお願いしている。10-15時には、200円/時間 支払い、自主研修、教育も行う。
 さらに、A駅からC駅を経てD団地にバスが行くから遅れる。C駅ーD団地と短縮しコスト削減せよと叱られるが、C駅の運転手休憩所もバス留置所もすでに売却している。できない事情がある。
【効果】136人/ニンク で採算にのせる為には、5時ー15時(休憩含)の運転手・バスで、ラッシュ時に50-80人輸送した場合、昼間は56-86人乗せなければならない。昼の利用者をどう増やすかが課題だから、住民・行政との三者契約は重要だ。
【ICカード】関連会社の開発したICカード乗車券で、乗降が速くなり、データも確実に取れ、経営管理ができる。しかも、企業実績IC定期の導入(定期券でなく、乗った回数のみ。休日の多い今日、企業負担が定期より少ない)により、より多くの企業でクルマに頼らないモビリティ・マネージメントの実績が、即時データとして示される。結果、バス利用が促進される。ところが、利用者が増えるとバス車両と運転手が足りなくなる。
【さらなる対応】個別の路線・団地の乗車数を上げるのは重要だが、A市がバスを住民移動のシビルミニマムと考えるなら、空き店舗をバス運転手休憩所にするとか、コミュニティプラザ前の空き地をバスターミナルにし、バスの留置も認めるとか、ICカードの企業実績定期をA市役所で実施し、バス車両を手当てするという手もある。
 要は、A市が個別路線地域対応を越えて、市の基本重点政策としてバス交通をビジョンに置くかどうかだ。道路1本のアセットマネージメントをすれば、バス1台車両購入補助くらいは、難しいことではない。
 求められているのは、個別の施策を越えた政策:ポリシーではないか。

B交通事業者は、朝ラッシュの対応で積極策に出ようとする一方で、昼にどこまで乗ってもらえるか、難しい経営バランスのなかで、この三者の契約に対応している。

| | コメント (0)
|

2012年2月17日 (金)

地域交通協議会を活性化するためには

地域公共交通活性化再生法、同確保維持改善法にもとづく協議会には、基礎自治体のみならず、都道府県ごとの協議会がある。しかし、補助金の検討割振りが実際となることが多い。
昔 国100⇒(赤字補助、バリアフリー補助)⇒A社50 B社50
今 国100⇒協議会⇒A社45 B社45(数字は仮)
 財政が苦しいので、補助要件が複雑で厳しくなる。なのに、協議会をせねばならない。自治体担当者からすれば、カネも出さずにややこしい制度は困ったものだと見える。
 国にしてみれば、自治体が協議会を、交通計画の実際にせず、補助協議会にしているガバナンスの無さは困ったものだと見える。
 間に入った運輸支局は、無気力になるか、心ある者は悩んでしまう。
 どうすれば良いのか?

ビジョン:超過疎高齢化でもナショナルミニマムとしての、移動福祉は守る
目的:地域の実情に応じて、計画を立て、実質化されたところに、補助を厚くする。
ツール:バスのみを前提とせず、タクシーや自家用乗合も含める。国としては、将来的には、貨客混乗の法整備を検討する。
例えば
A県 国70補助⇒協議会、方向なし⇒従前一律補助を減額B社35 C社35
D県 国110補助⇒協議会で移動確保方策あり⇒協力E社75
                              非協力F社35
というような手はある。
 地域福祉としての移動確保に協力できない会社、計画を立てないA県では、徐々に補助は減り、中期的にはB社もC社も破綻する(現状と同じ)。D県では、結果として、行政、住民と一緒に地域づくりに貢献するE社には、自由な計画を補助支援をする。F社は中期的には破綻する。
 その結果、移動の確保ができない地域が出てこないようにするのが、行政の責任となる。

都道府県のみなさん、事業者のみなさん、これまで50やった一律補助が、40になり、35になり、御社は中期的に維持できますか。協議会を活性化し、中長期の手をうつしかないと思いますが、どうでしょうか。
 国は、そうした計画をたてやすい貨客混乗やタクシーの活用、バスの個別輸送事業展開を支援する制度を整備する必要がある。

| | コメント (0)
|

2012年2月15日 (水)

外国人問題を視野に入れた哲学的対話法:NSDネオオソクラティクダイアローグの感想

大阪大学CSCD、箕面国際交流協会の共催で、ここ2年、オレンジルームでの語り合い:哲学カフェが9回おこなわれた。外国人問題についての語り合いのなかで、参加した外国籍住民、日本人から、もう少しじっくりと語り合いたいとの声が出た。2時間程度では結論を得ることは難しい。コーディネーターの本間直樹さん(CSCD同僚)は、米国で1週間に及ぶ問答キャンプに参加したつわもの。
 今回、月曜、火曜の16時間が設定され、10人限定、離脱不可で哲学対話が始まった。これは議論・討論ではなく、経験の語り合いのなかから抽象化して、答え(定理)をみつけていこうとする作業である。1週間なら複数の事例だが、今回は「たった」2日であるので、一つ(一人)の経験を深めて語りあう。
 約束事は、
・話し合われた内容は基本的に口外しない、書かない
・外の論理,立場を持ち込まない
・理想、抽象を語るのではなく経験を語る
・空気を読まず自由に発言する
である。
■最初に、NSD(ネオソクラティクダイアローグ)の説明があり、これまでの外国人カフェの話合い経験から、今回の問いをたてる作業をする。誰もが語りやすく、かつ語りたい問いを検討する。「自己表現」「差別と区別」「ありのまま生きる」など多数の問いの候補が出た。多数決をとらず、議論しはじめて4時間になると、「自己」とは?と、言葉の定義で議論が煮詰まり、あれかこれかとどうしようもなくなる。コーディネータは、前に立たず、脇から「本当にそのテーマで1日議論ができますか」とせまる。すべての問い候補は、コーディネータが模造紙に書き、ホワイトボードに貼りだす。そうするなか、参加者から突然、誰でも経験例を述べることができる問いが出される。
問い 「弱者はどう自分を表現するのか」 
 皆がこれなら語れるとなったとき、コーディネータが「ついてこれない人、経験を語れない人、いませんか」と確認する。全員合意ではなく、ついて来れない人を常時確認する作業 が入る。
■問い「弱者は…」に対して、10人が具体体験を出し合う。自由に語り出し、その経験を自分で4W1H(いつ、どこで、だれが、どのように、何を)で整理し語り、コーディネータが記述する。なぜは、答えに近いのでここでは不要。
 その10人の経験のうちで、どの経験談が問い「弱者は…」を語り合うのに最適かを議論する。その視点は、
・経験提供者が、経験内容の詳細を本当に語れるか
   (結果的に新しい記憶になる傾向あり)
・皆が議論しやすい、議論が皆に拡がる経験例か
   (結果的に生々しい記憶は難しい)
・皆が議論したい内容か
これには多数決があり、同数の支持を得た2事例がとりあげられたが、話し合いながらFさんの事例に絞られた。
第二日目
■絞られた経験を提供者Fが詳述し、重要点を考え、その理由を考える。
朝鮮学校授業料無償化に関するネット話題(乱暴な議論も多い)を友人が何気なく話題にしたとき、「あっ、来たな」と感じた点を、何が来たのか?どう思ったのか、根ほり葉ほり聞き出す。このあたり、相互の信頼がないと難しい。コーディネータが助言をせず「それは書きますか」「どう書きますか」と話しの整理をうながし、模造紙に書いていく。コーディネータは言葉を足さず、言い換えず、ひたすらFの語りの詳細を記述する。
 「まあ、そうかなと思うけど…」(F)
 「ああ、そうなんや」(Fの友人)
この言語表現の詳細のツメに全員が耳をすます緊張感。
 さらに、メンバーが重ねて尋ねると、
「察知した」(F)
「何を察知したの?」(メンバーの質問)
 興奮してくると、提供者の事例に重ねて、他のメンバーの視点、意見が飛び交い出す。
 ここでコーディネータが言葉をそっと添えて、場を醒ます。
「いろんな見方があるけど、Fさんの方から見た見方を書こう」
 抽象的な言葉をめぐって、いろんな見方が出てきて議論が沸騰しかけると
コーディネータは問いに戻り、言葉の具体化を求める。
 突然出てくる別なバージョンの答も否定せず書き出し、言い出した人に明瞭化、詳細化を求めた上で、提供者Fに事実認識をさらに問う。そして、コーディネータ
「はい、御願いします」。また、模造紙に書き足そうとする。
Fさん「護身、反発、混乱…」
   「自分の属性を…」
■こうして全員が納得できる答えが出た
答「・・・・・・・・・・・・・・」
「これでいいですね」と確認した後、コーディネータは、10人が最初に出した問い「弱者は…」に対する具体例を出して、今回の答え「・・・・・・」との異同を確認していく。
 今回のFさんの答えに重なる部分もあれば、少し異なる部分もあり、なぜ異なるのかを検討した。
■この後、全員でふりかえりが行われた。
当初、よく喋っていた人が、二日目からは怖くなってだんだん言葉が慎重になってきたことを吐露した。言葉の重要性。日常の乱暴な使い方。日本的な場の空気などが、指摘された。ただ、このような問答が、何に役立つのか、どんな効果があるのかわからないという、指摘もあった。
 私個人としては、
・コーディネーションにおける自由に語りつつ詳細につめて書くことの有効性
・個人の発話を、じっくり待つコーディネーション
が勉強になった。(私の場合を反省すると)、短時間に抽象化した概念や情念が飛び交い、それをコーディネータが場の雰囲気を作って整理し押し込め、合意にもっていこうとする寝技・・・。世に「森栗ワールド」と呼ばれるもの。これは怪しいなあ?と自戒している。

| | コメント (0)
|

2012年2月12日 (日)

司馬遼太郎『空海の風景』

事実としてではなく、司馬の描く空海像に共感してメモする。

司馬遼太郎全集 39

 最澄が『理趣経』借用を申し出たとき、空海は大嫌いな『論語』を引用し「道聴塗説」と非難して拒絶している(p337-340「空海の風景」『司馬遼太郎全集』第39巻)。
生半可な知識で道を説くものではないと空海は怒っている。私も、自分の身辺・経験・見たことに基づき、自分が思うことを、言葉(メモ)にしておくのみにとどめたい。
 空海は密教を文字のみによって理解することを「越三昧耶」として甚だ憎む。
なかでも『理趣経』は
妙適(男女交媾の恍惚)清浄の句、是菩薩の位なり
つづけて、欲箭も触も愛縛も本質は菩薩だといい(p43)、人間存在の一切を菩薩として肯定する。これは、自己を通じて、利他を考える究極であろう。だから『理趣経』は真言常用経典なのだ(p335)。
 その理解は、自然としての自己の口と身と意(三業)を通して(p338)、宇宙(他者=社会)の三密と一体化させてすすめる。人々の言葉のなかに理趣を聞き、人々の身体のなかに仏性を見、宇宙の成り立ち意図(理趣)を感得する の三種なのか。(推測メモ)
 空海は、建築、都市計画、土木の技術にも通じているが、そもそも密教はそういうものであった。
 空海は東大寺別当として南円堂を設計し、不空羂索観世音を中心とした密教現是利益の世界を、藤原北家に提供している。
 玄奘三蔵も、後に空海が起居する西明寺を設計している。それはインドの祇園精舎をモデルとして兜卒天の弥勒菩薩の宮殿を地上に再現しようとしたものである。空海も、兜卒天の弥勒菩薩の宮殿、加えて長安を模して山上に高野山を設計建設した(p366)。その最奥に奥ノ院を置き、自らを生けるがごとく入定させて一大アミューズメントとした。晩期の穀断ちは、有機物を減らしてミイラ仏を狙ったというような直接的なものではなく、命が途絶しようとする自然と、食べるという生きようとする命が相克する醜さを避け(p387)、自らの入定アミューズメント=普遍宗教都市高野山設計の完成をめざしたというほうが妥当である。都市計画とは、かくも宗教的哲学的行為であり、そうでない線引き・用途地域設定・事業計算だけは、恥ずべきである。
 満濃池の修築では、空海は勅命を出させて別当としてでかけ、官人を動かし(政治)、「その気にさせた」(協働)。その上で、アーチ型堰堤を持ち込み(土木工学=金剛界)、水利と洪水の矛盾、投資費用と負担、利益還元(胎蔵界)をわかりやすく技術者にはそれ用に、庶民にはそれように、そして豪族には豪族用に説いたのではないか(p12-13を参考)。そもそも、善無畏がもたらした大日経系密教(胎蔵)をゆずられ、かつ金剛頂経を伝えた金剛智・不空の伝法者であった第7代恵果(p245)の後継者が、空海であった。空海の、両部不二(智と理の不可分)の実践こそが、空海土木計画の骨頂ではないだろうか。
 それら全体を感得する統合手法=阿字観、月輪観瞑想法で心を落ち着け、目配り・心くばり・時をみる目・したたかな三枚舌 は、空海が室戸岬で感得したという虚空蔵求聞持法の一面、または前提なのかと推測している。それは、ありとあらゆる現実を認める、取捨選択しない、抽象化してごまかさないという態度から出発すると思う。
 「三枚舌」などというと、真面目な僧職から叱られそうだが、崇敬・侮蔑二分法でなく、統合的に理解をしてほしい。

| | コメント (0)
|

2012年2月10日 (金)

続:利他業 と 運輸政策

「過疎地をかかえる北日本のバス交通の取組」のお話しをする機会を得た。
 正直に言うと、厳しい。人口減とクルマ前提のまちづくりのなかで、本当にバスなのか?とはいえ、既存のバスインフラと組織をどう活かすか。少ない税源のなかで赤字補填の縮小確保は、ジリ貧、限界の今日、どんな展望がありえるのか、この際、事業者のみなさんと一緒に考えてみようと思う。その議論を、国の施策検討委員会で活かしたい。
 道に迷ったときは弘法大師。昨日に続き空海の言葉のメモ(続)
道の興廃は人の時と時に非ざるなり『性霊集』p220(『生き方がわかる!空海 黄金の言葉』)
 クルマ社会だ、補助が無いと瞋恚せず、時代を判断する人の行動が興廃を決定する。バスがダメなのではなくて、クルマ社会・人口減社会で、既存のインフラ・ノウハウをどう活かすのか?その人智が試されている。
毒箭ドクゼン抜かずして、空しく来処を問う『性霊集』p178
自宝知らず、狂迷を覚と謂えり『秘蔵宝鑰』p196
補助がないと瞋恚せず、自らのサービスの中身を、供給論理ではなくユーザーサイドで考えなおす必要がある。また、そうした努力をしている事業者のみ支援する枠組みが必要だ。
迷語われに在れば、発心すれば則ち到る。明暗ミョウアン他に非ざれば、信修すればたちまちに証す『般若心経秘金鍵』p100
心暗きときは、即ち遭う所悉く禍なり。眼明らかなるときは、則ち途ミチにふれて皆宝なり。『性霊集』p42
瞋恚せず、迷わず、言い訳をせずやってみることだ。発心しないなら、暗いのは当たり前。
空即是色 限界、無理と思うなら、どの点が無理なのか、どんな有利さがあるのか、明らかにする=あきらめる ことが重要である。空こそ色なのだから。

| | コメント (0)
|

2012年2月 9日 (木)

覚悟とオオカミ少年、利他業と不瞋恚

五木寛之『下山の思想』を読んだ。右肩上がり:登山の発想を持つから苦しい。右肩下がりの現実を見据えて、下山を見据えようという。その「覚悟」が足らないと指摘する。(p85)覚悟がないから、オオカミ少年が出れば、皆がダーっとそれに従う。(p97)日本新党だといえば有頂天になり、小泉チルドレンに夢中になる。マスコミのせいではなくて、その実、一人一人の覚悟が足らない。覚悟がないのに、わかったような振りをして、一億評論家をやっている。
 言われてみると、私にも覚悟が無い。自分だけ何とか楽をしようとしている。適当な言葉で誤魔化している怠惰な毎日である。偉そうなことは言えないが、
 空海は「それ仏法は遥かに非ず。心中にして即ち近し。真如他に非ず。身を棄てて何イズクにか求めん」(p22『生き方が変わる! 空海 黄金の言葉』)という。自殺者3万人、親子殺しの頻発、予算がない、収入が減少するこの下山or末法をどう生きるか、答えは細川や小泉、今なら橋下にあるのではない。自己の中の仏を見るしかないと思う。
 「一切衆生を観ること己身のごとし、故に敢えて前人を瞋恚せず」(p86)。人は、右肩上がりだと貪る。右肩下がりになると怒りや憎しみが出る(瞋恚)。そして愚痴が出る。愚痴とは己の無知の表明である。私たちは、老いや下山の現実をあきらめ=明かにして、自己の生き方を探すしかない。その覚悟が無い。
 「菩薩の用心は皆、慈悲を以って本モトイとし、利他を以って先とす」(p39)。世を嘆き、リーダーを評する内閣支持率など、愚痴の総体にしかすぎない。一億無知社会になっている。個々が世のため他者のため(利他)何をするか=菩薩業。それが求められている。
 世を明らかにし、個々の菩薩業をどのように現場でおこしていくか。これが、協働のまちづくり である。
 大阪市では、協働のまちづくり指針や講師派遣制度など、仏像を作って来たが、魂をこめるには至っていない。
月陰の至らぬ郷は無けれども、眺がむる人の心にぞすむ(法然)
この「教導のまちづくり」が必要かもしれない。

| | コメント (0)
|

2012年2月 6日 (月)

運動、ボランタリー活動、運営参加、参画経営

参画と協働、新しい公共領域、社会的ビジネス・・・。コミュニティビジネスや地域通貨はどこに行ったか?そう言えば、反体制運動はどこに行った。役所も、この前まで市民活動支援課だったのが、地域力強化課、地域力復興課と言い出している。
 言葉だけ踊って、よくわからない。そこで歴史の流れで整理して、今、何が求められているのか、考えてみた。
Img_0002
昔、(市民)運動というのがあって、役所(権力)と(暴力を含めた)交渉をしていた。
一方で地縁活動がボランタリーな活動として位置づけられ、行政縦割りの合意形成に駆出され参列させられた。市民運動はセクト化するとか環境問題・有機農業に個々バラバラに逃げる。
 そのうち地縁活動の担い手が不足し高齢化する一方で、NPOが台頭しコミュニティビジネス・地域通貨という言葉が聞こえた。しかし、再投資できないNPOにビジネスができるわけがないし、通貨管理のシステムがないのに地域通貨が機能しないことは最初からわかっていたではないか。行政はこれで参加促進を図ったが、NPOは行政の下請け参加して生き延びようとする。こうしたなか、地縁団体は疲弊し、行き詰った行政は地域力強化とか地域力復興と、地縁団体を支えようとした。
 21世紀に入って、カネのなくなった行政は縦割り弊害・参列・下請け化をやめ、統合的に地域を担える連携組織=地域経営体を創りたいと考えた。
 しかし、経営をなめてはいけない。
地域経営のためには、退職者天下り・再雇用も含め役所が不要に抱えている地域市場を公募・プロポーザルで開放する必要がある。幸い、防災・子育て支援を中心に関心層は微増しており、その人材を巻き込む組織・戦略、及び地域経営を対等協議し、行政が協働していくことが必要となってくる。行政が市場を独占し、市民や地縁を上から強化・復興・支援しようとしても、新関心層を巻き込み、高齢地縁層を活性化させることは難しい。
 
 

| | コメント (0)
|

2012年2月 2日 (木)

対話と脳細胞

CSCDで、2/1「学生の実践力を育てる試みからー未来学的授業の実践」三田貴(グローバルコラボレーションセンター)、「学生の主体的な「学び」をはぐくむ授業実践の試み」中村征樹・服部憲児(大学教育実践センター)の対話型授業報告と、「哲学プラクティスを応用した対話教育の試み」本間直樹(コミュニケーションデザイン・センター)報告を聞いた。対話の持つ可能性を、皆で考え、楽しかった。とくに、本間の対話教育では、
・対話型を手段とするのではなく、対話(ときに10時間に及ぶ)そのものをゴールとする
・外から知識、言葉、立場を持ってこずエビデンス(根拠経験)のみを語る
・問いと答えと記録を何度も繰り返す
という。
 まちづくりの場における、結論を求めるのではなく、長い長い議論を続け、専門用語ではなく生活感覚で語りつくす、問いと応答の作業に似ている。

ところで、脳にはミラーニューロンという、自己の運動、他者の運動の視覚・聴覚、さらには運動に関する言葉を認識して、自己の中でシュミレーションする細胞がある。他者をシュミレーションし、自己化するのみならず、他者を理解し応答する。ときに共感する。(岩佐光広「応答性は人間の「本性」か」『民博通信』135、2011、pp30-31)
 類推するに、長い問答で相互言語シュミレーションを続ける訓練こそが、イノベーション力を向上させるのではないか。また、他者に対する理解と共感は、数値や法などシステムでの説得のみならず、納得の場をつくりあげる社会力を学生につけ、一方で市民を変えていくことができるのかもしれない。
 私たちの脳を変えていく、訓練していく教育を、大学で、社会実践の場で展開するしか、社会を変えられる可能性はないのではないかと思える一日であった。

| | コメント (0)
|

2012年2月 1日 (水)

福祉優待パスを若者へ適用拡大

地方都市A市で、私的に考える。
 A市の70歳以上高齢者は、(h23)35692
この予算15457.6万
円⇒一人当たり4331円/年
 1回乗車100円。差額を公費負担。
実際には、使えない、使わない人も
多い。
予算には高齢者に比べ少ないが障害者も含まれる。

一方、中学・高校生への移動支援は少ない。バス便も不便なので、私立高校はスクールバスで生徒を自宅送迎している。スクールバスのない高校生は、家族送迎や下宿など無理を強いられている。
 そこで、一部のバス会社では8500円/月(一定地域フリー)を発売している。

このフリー学生定期をA市に適用することをバス会社は検討しているが、そうは乗らないと思われる。

仮に、一部を子育て支援として公費負担した場合、予算は、
 6500円公費負担(実質フリーパス2000円化)×10ヶ月(長期休暇期間削除)×1200人応募(家計収入制限あり)=7800万円

にすぎない。

 根拠:高齢者等に総額1.5億(一人あたり4331円)使い、別に、タクシー利用の高齢移動予算を数千万使うなら、
    
中高生に総額0.78億(一人当たり6500円)

   は無理筋ではない。

 中学生は過疎地や、私学通学以外は利用しないがその通学費負担は重い。また部活動や休日個人活動の交通費負担は大きい。そこで、JR中心駅⇔新幹線駅:往復460円を前提に、毎週新幹線駅近くの図書館等に行くとして、2070円(4.5回/月)なら、中高生2000円フリーパスは、子育て支援となる。

 中学生5756の約3.5% 200人支援を想定

 高校生はスクールバスのない高校もあり、また、JR中心駅⇔新幹線駅バス料金 が、JRの2倍以上であり、バスの利用が少ない。近くのバス停を越えて、遠いJR駅まで歩いていることを考えると、この制度で1000人がバスフリーパス2000円に応募する(収入制限有)と想定。
 計1200人

子育て支援、ついでに公共交通維持として、有効ではないか?

    
   
   

| | コメント (0)
|

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »