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2012年1月 1日 (日)

年末ハード遍路報告:多くの物語に出会う

12月26~30日、土木、教育、文学の院生、CSCD同僚と5人で、徳島県遍路ころがし、地蔵越(徳島市後背)、鶴林寺・太龍寺峯越を巡った。
 本来は神戸始発で、第11番札所藤井寺10時発→遍路ころがし→15時焼山寺→16時麓の「すだち館」にすべきところ、大阪始発7時→11時藤井寺発とした。が、バスが遅れて、11番札所11:45発になった。さらに、遅脚者、故障脚者が出て、暗くなってから地元のクルマに拾われたのは、私の計画ミス。
 冬の日没は早い。事前に、日没行程中止・宿迎えのクルマ手配を指示すべきであった。
 遍路ころがし麓の善根宿「すだち館」には、遍路を6回廻った浅幸の若者が、お大師様から授かった子として大切にされていた。元日の読売新聞を読むと、両親を交通事故で失い、遍路を巡っていたらしい。凛として優しい好青年だった。幸多かれと祈る。
 15番札所を過ぎるとうどんの里がある。地域の福祉施設が運営するうどん屋に善根宿がある。5人が入ると、「残り3玉しかない」という。3玉で5人分のうどんを接待され、記念写真。今年、最後のうどんという。寒い風の中、美味しかった。
 学生は16番近くのタクシー会社の善根宿(夜間の名所巡りや朝食、いろんな人生訓まで)の御世話になり、俸給者は遍路宿に泊まる。
 19番立江寺近くの遍路宿鮒の里に御世話になる。「脚を痛めた者は退却するのも、お大師様の教え」と諭し、2名を20番鶴林寺までクルマで送ってくれる。結局、2名は、ロープウェーで太龍寺を参詣し徳島市へ。3名はロープウェー下の「そわか」のドミトリーに泊まる。
 「そわか」から22番平等寺を経由し、由岐駅まで歩く。美しい遍路道。その苔むしたコンクリート壁に、「阪大元気!」と大きく落書きしておいた。24年度の遍路授業も再度ここに来よう。退却者のリベンジも期待したい。
 途中、年末なので道の駅も閉まっており、コンビにもなし。ところが、村のA商店を発見してピーンときた。入るとパックの寿司と魚姿鮨、天ぷら、ちくわ有り。求め食べようとして、フッと奥を覗くとテーブルにパックのゴミ、ビールの空き缶が…。「ここで食べさして下さいネ」と私。
 村の年寄りや女性が、家族に隠れて、入り浸っては食べて交流している部屋らしい。村の密かな楽しみの場を見つけてしまった。赤松啓介の民俗学のようだ。→森栗書評
 我々もたっぷりビールを呑んだ。

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