« 準歩き遍路を支援する交通情報 | トップページ | 高層マンションの防災計画 »

2012年1月19日 (木)

ゲスト秋山孝正先生(関大社会資本計画学)の仏教論

16日、秋山先生を迎えて、都市計画や交通計画の意味を、宗教的に教示いただいた。
 秋山先生は「低炭素社会における都市システムの理念」 で、社会資本計画学は、菩薩業であると喝破しておられる。

 その上で、浄土宗と禅宗、密教について、次のような図解を示された。
秋山「都市システム工学特論講義資料:空海の思想」
の6・7頁
▼個々の凡夫の核に仏性をみつけようとするのが禅宗
▼社会の仏性によって個々の凡夫が包み込まれ、それに委ねるべきだというのが浄土宗
▼凡夫の総体そのものが仏性である、色即是空空即是色と理解すべきだというのが密教
だと説明された。

禅宗・浄土宗は、末法〔1052年~〕のなかで布教された。
 災害時(現是の地獄:末法)、お互いが信頼しあえる災害ユートピアの期間がある。いわば、浄土ユートピアがあるように思える瞬間がある。また災害時、相互の信頼、助けあい、ボランティアは、個人のなかに仏性が芽生えたのかもしれない。災害復興は、禅修業のようなものかもしれない。
 しかし、1年も経つ平常復興の時期では、暮らし総体のありよう、意味を考えねばならなくなる。本当に、絶対安心の堤防は必要なのか、高台移転は絶対なのか、限られたカネと時間のなかでどんな地域を創るのか?これは、何が一番大切か、どんな生き方をするかを証らかにすることだ。あきらめるとは、絶望することではない。生活意思を明確化、順序だてて、エンジニアリングすること=証か である。これが計画学だ。
 計画学を密教的に解釈する、空海が胎蔵(暮らし)と金剛(技術)の両界をみつめたのは、そういう意味だった。
 こんなことを、考えさせられる授業であった。次回23日も、秋山先生のお話を伺い、学生が議論する。
 前回欠席の皆さんも、現世に翻弄されている学生も、ぜひ、次回参加ください。
 突然、訪問もOKです。学生外もOK。
 

|

« 準歩き遍路を支援する交通情報 | トップページ | 高層マンションの防災計画 »

授業(交通まちづくりと土木計画)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 準歩き遍路を支援する交通情報 | トップページ | 高層マンションの防災計画 »