続:大阪の津波・南海大地震
7月26日、高潮用水門が津波のときに開けられると、どうなるか。
500t以下の船舶が破綱し流される。木材、流木、エンジン稼働の自動車(南港のトラック)、北港タンクからの流出油、流出した上屋、コンテナなどが押し流される。その衝突衝撃により、現行の(厚みのない箇所も多い)5m防潮堤は破壊を免れることは難しい。(藤井・今村「津波に伴う鴎外タンクと漂着物による被害に関する実用的評価朱案の提案」『自然災害科学』28-4(2010) (これで大丈夫なの?)
津波に乗って遡上したこれらの漂流物は、JR安治川橋梁、木津川橋梁、岩崎橋橋梁(尻無川)[航空写真の水上肌色線]は一定の高さがあるので問題なしとしても、これらの漂着物は、 図の肌色□囲み(中之島西端の、船津橋(橋脚2本)〈堂島川〉、端建蔵橋(橋脚4本)〈土佐堀川〉
(手前が端建蔵橋、向こうが船津橋・北西を向いて) 、さらにその上流、上船津橋(橋脚2本+水道橋脚2本)、湊橋(橋脚2本)、さらに阪神高速ジャンクション橋脚2本があり堆積が予想される。(橋脚は地図上灰色直線、または灰色黒丸)さらに、木津川(地図南より北上)の漂着物もここで堆積する。
そもそも、この地域は土砂が堆積する浸水地域。河村瑞賢が安治川を浚渫して千石船を入れた場所。1884年(明治18)の大水でも、上流の橋を破壊した木材が安治川橋に押し寄せた。そもそも地名が西区川口なのだ。(赤は漂流物の堆積方向、紺矢印は溢水の予想方向)
川口で津波堆積物が重なり押し寄せる津波流が溢水した場合、5m+αで、福島区の0m地帯に滝の如く水が流れ、一部が梅田の地下街に入り込む。
つまり、津波漂流物は、当初思っていたJR安治川橋梁を通り越え、より梅田に近い、船津橋あたりに堆積することが予想されることが、現地の橋の乱立する橋脚を見て予想できた。
しかも、湾内の津波は共振して、何度も襲うこととなり、極めて深刻と思われる。
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