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2011年7月10日 (日)

減災・省エネ・減クルマを現実的・リアルに考える作法

3.11以降、大阪市民の減災に対するまなざしが変わったことを伝えたが、昨今の省エネの広報、商品開発は、3.11以前の「環境に良いことしましょう」という寝言とは、まったく異なる。クルマ抑制もCO2削減も、どれだけリアルに考えられるかが重要である。

災害対策全書完成記念の講演会が7月8日にあり、河田惠昭先生らの話を伺って、リアルに考えることの難しさを思い知った。
 三陸では、10m:3階以上のところでは、死者は1% である。15mの所もあったが、大方、高い所に逃げるべしは正解である。ところが、最初の津波警報は3mであった。これでは、リアルに考えようがない。防潮堤を閉めようとした269名の水防団死亡はこうして発生した。
⇒大阪で言えば、最初の通報が、直下型なのか、津波を引き起こして紀淡海峡を越えて1時間後に数mの津波が来るのか、歩いている人も含めて全員に、正確に伝えてもらわねば救われない。
 大阪市港区長は、「津波てんでんこ」を紹介し、災害時の自助の必要性を指摘したのは、勇気のある発言であり、出席した区民は引き締まっていた。ところが、津波てんでんごは、昭和3年三陸津波から伝承されてきたものではなく、断片化した伝承を、1990年、岩手県田老町での防災研修で再発掘、喧伝したものであった。
 実際は、今回でも逃げなかった人が少なくなかった。今回の前、チリ津波避難(2010年)では、35.6%が避難しなかった。「津波てんでんご」は貫徹されていなかった。
 その理由
避難しなくて良いと思った 58.7%
他の場所を見てから   18.8%
避難できない         16.7%(内、仕事30.6%、病人高齢者がいる18.5%、自分が高齢・病気15.3%、無回答34.4%)
である。避難できない人がいる現実、津波被害をイマジネーションしない現実・・・。そこに、初期予測の精度が悪ければ、最悪の事態は、再度、起きる。

東海地震 30年以内87%、東南海地震30年以内70%、南海地震 30年以内60% 同時でM8.7 と言われ、神戸で4m、大阪で6mの波が、紀淡海峡を越えて、60分後にやってくる。
 東京都1200万人で、AC電源がないと亡くなる方は12000人存在する。
情報も不正確なまま、帰宅困難者は、帰宅困難のまま波に呑みこまれて被災する。
生き延びても、物資を運び込み後方支援の物流ロジスティックはあるのか。南港のビルに府庁を移してオペレーションができるのか。

こういうことをリアルに考えてみると、祇園祭が単なる都市の疫病退散の祈りと解説する民俗学者は、あまりにも暢気である。御霊会が行われた貞観11年(869)は、7月9日にM8.6の貞観地震が起き、三陸で津波、地震、都でのインフラ破壊の中で疫病が発生し、壊滅的被害を受けていた。そのなかでの祇園祭なのである。

都市防災計画でも、それに寄与する工学にしても、民俗学でも、リアルに論理立てて考える必要がある。

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