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2011年7月

2011年7月31日 (日)

続々:大阪の津波・南海大地震

7月30日、大阪に現行想定2.9mの津波が来た場合、船津橋あたりに漂流物が堆積し、溢水して梅田地下街に向かうことを推測した。藤井・今村「津波に伴う鴎外タンクと漂着物による被害に関する実用的評価朱案の提案」『自然災害科学』28-4(2010)には、津波によるタンク事故をまとめている。20110731img それによれば、タンクそのものの流出の可能性は低いが、遺漏した油にエンジンをかけたままの自動車から引火し、その状態で溶着し、さらに小型タンカーなどが混じる堆積物に拡がる可能性はある。今回3.11の気仙沼の津波の状況を見れば、炎上する溢水漂流物が市街地に行かないと言い切れるだろうか。

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2011年7月30日 (土)

続:大阪の津波・南海大地震

7月26日、高潮用水門が津波のときに開けられると、どうなるか。
 500t以下の船舶が破綱し流される。木材、流木、エンジン稼働の自動車(南港のトラック)、北港タンクからの流出油、流出した上屋、コンテナなどが押し流される。その衝突衝撃により、現行の(厚みのない箇所も多い)5m防潮堤は破壊を免れることは難しい。(藤井・今村「津波に伴う鴎外タンクと漂着物による被害に関する実用的評価朱案の提案」『自然災害科学』28-4(2010)Img_07631 (これで大丈夫なの?)
 津波に乗って遡上したこれらの漂流物は、JR安治川橋梁、木津川橋梁、岩崎橋橋梁(尻無川)[航空写真の水上肌色線]は一定の高さがあるので問題なしとしても、これらの漂着物は、Osakasuiro 図の肌色□囲み(中之島西端の、船津橋(橋脚2本)〈堂島川〉、端建蔵橋(橋脚4本)〈土佐堀川〉Img_07711(手前が端建蔵橋、向こうが船津橋・北西を向いて) 、さらにその上流、上船津橋(橋脚2本+水道橋脚2本)、湊橋(橋脚2本)、さらに阪神高速ジャンクション橋脚2本があり堆積が予想される。(橋脚は地図上灰色直線、または灰色黒丸)さらに、木津川(地図南より北上)の漂着物もここで堆積する。
 そもそも、この地域は土砂が堆積する浸水地域。河村瑞賢が安治川を浚渫して千石船を入れた場所。1884年(明治18)の大水でも、上流の橋を破壊した木材が安治川橋に押し寄せた。そもそも地名が西区川口なのだ。Osakanakanoshima(赤は漂流物の堆積方向、紺矢印は溢水の予想方向) 
川口で津波堆積物が重なり押し寄せる津波流が溢水した場合、5m+αで、福島区の0m地帯に滝の如く水が流れ、一部が梅田の地下街に入り込む。
 つまり、津波漂流物は、当初思っていたJR安治川橋梁を通り越え、より梅田に近い、船津橋あたりに堆積することが予想されることが、現地の橋の乱立する橋脚を見て予想できた。
 しかも、湾内の津波は共振して、何度も襲うこととなり、極めて深刻と思われる。

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2011年7月29日 (金)

石鎚山と弘法大師

Img_07451 弘法大師が若き頃修行し、瀬戸内海と太平洋を眼下にして宇宙を体得し、空海の号を得た(と私が信じている)石鎚山に登った。
 大阪南港22時半発のオレンジフェリーと連絡バスで伊予西条駅に着き、7:43発のバスに乗り、ロープウェーから第64番札所前神寺奥の院、成就社を参り、神門より「お山」に入る。今回所用あって、神戸港からジャンボフェリーで高松。6時高松駅発の特急「いしづち」で伊予西条に。4つの鎖場を経て、山上神社のある峯(2枚目写真右)と天狗岩(最高峰)(2枚目左:3枚目石灯篭のある峯)に到達する。
 山上神社までは、迂回路もあるが、全部の鎖場を登り、さらに天狗岩まで登り(3枚目の写真)、まだ高いところがあると勘違いして、その先の峯に岩をよじ登って行ってしまった。通常は鎖場または迂回路経由で山上神社まで。元気な人は尾根伝いの岩場を伝い、尖がった尾根に手をかけてしがみつき最高峰まで行く。私は、さらにその先まで行って2枚目の写真を撮った。
 いつもながら、やりすぎ。登るときはガスで良くわからなかったが、帰りは見通しが良くなり、さすがに、両側急崖の岩場を伝い降りるときは怖かった。
 鎖場も登っているときは気づかないが、翌日見てみると、絶壁で「よくまあ、やるなあ」と、我ながら感心。
山伏の修行って、こういうことなのかと得心がいった。第60番札所横峯寺への下山の山道で3回も転び、おかしいなあと思って帰宅したら、膝・脛に打ち傷、腰はガタガタ、体中が筋肉痛。動けず、そのまま睡眠。 
Img_07271 Img_07251

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2011年7月26日 (火)

【考察】大阪の津波・南海地震

今朝の大阪津波地震一覧に紹介した「大正橋大地震両川口津波記」で、最も気になるのは、「かかる津波は沖より汐込計に非ず、磯近き海底等より吹きわく(略)水勢平日の高汐と違うこと、今の人能知る所なれども充分心得」である。
 次がそろそろで、中規模、ひょっとすると大規模はわかっている。そのなかで、高潮とは異なる千石船を流すような流量、流速である点を考慮する必要がある。

四国沖でM8.6(宝永と同程度)を想定した場合、120分到達(それ以下という指摘もある)で、最大2.9m+大潮満潮2.1m=5m<防潮堤5.7~7.2m これで防げるというのが行政の立場。
 今回の3.11のM9.0 を受けて、中央防災会議が高い想定をした場合、大丈夫かというのが、今の行政の議論であって、今すぐ津波が来るという話しではない。

しかし、
現状のM8.6でも、私は近畿地方整備局?の大阪湾高潮をみると、津波ではちょっと大変ではないかと思う。1_2
この資料を読み込んで津波のときどうなるかと作ったのが、「大阪の津波課題」

津波に対処できないので開かれた安治川水門から「宝永、安政津波」のように、浮流コンテナ・船舶が折り重なれば、5m津波でもコンテナ・船・流木・上屋折り重なれば、7~8mで簡単に堤防を越え、5mから0m地帯に落ちて、猛スピードで走り堂島に向う。大阪府の安心想定は成り立たない。
 昭和36年9月16日の第二室戸台風でも、水防団員による国鉄市岡鉄橋の水門水防扉閉、土俵積工により防いだが、一部、浸水しポンプアップした。鉄橋箇所が弱い。これを越えても、中之島西端船津橋あたりに浮流物が重なる。Om地帯の橋は低い。「大正橋津波記」を読んで、津波の力を想像せねばならない。だとすると、JR東西線、阪神難波線、地下鉄、堂島地下街は浸水を免れるか?水は梅田に到達するか?不安になってきた。

一方、大正橋のすぐ近くに、JR岩崎橋鉄橋がある。尻無川・木津川を遡行したコンテナ・船が大正駅をはさんだ両側の鉄橋で折り重なり、溢れた水が難波を目指すか、西区・港区境界のOm地帯を行くかは、水の勢いとの関係である。この鉄橋をコンテナが越えても大正橋で折り重なり溢水する。
 

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大阪の津波・南海地震

大阪の津波・南海地震を調べてまとめてみた。

南海地震名 大きさ 東海連動 先行地震 事象(太字は大阪関連)
684年11月29日 白鳳地震 M8.25 連動    
887年8月26日 仁和地震 M8.0-8.5 連動   摂津津波
1099年(承徳3)2月22日 康和地震 M8.2   1096年8月26日永長地震(東海・東南海)連動 M8.0-8.5  
1361年8月3日 正平地震 M8.4 連動   引き潮+巨大津波、天王寺安居まで浸水※
1498年7月9日 明応南海津波 (M不明)   ?(応仁の乱ゆえ)明応東海地震は1498年9月20日 浜名湖の海水化
1605年2月3日 慶長地震 M8.0 連動 1596年慶長伏見桃山地震 突如、南海トラフ動く
1707年(宝永4)10月4日 宝永地震 大M8.6 連動 1662年(寛文2)6 月16 日寛文近江・若狭地震 千石船遡行。西船場、堂島、一部北船場南船場・心斎橋、東横堀川まで。上町の寺町は避難所
1854年(安政元)11月5日 安政南海地震 中M8.4 32時間後連動 1854年の伊賀地震と1830年の文政京都地震 ※※木津など新田浸水。船急遡行、橋激突
1946年 昭和南海地震 小M8.0 1944年12月7日 昭和東南海地震:M7.9 水位80cm上昇、漁船7隻小被害
2030~2040年 南海地震津波 M8.7 連動 1995年阪神大震災、2011東日本大震災  

※ 難波浦では津波襲来の約1時間前に数百町(数10km)潮が引き、干上がった海底の魚を拾い集めようとした漁師ら数百人が突如襲来した津波により溺死。津波は宝永地震よりもさらに1km程内陸に及び、海岸から約4kmの距離にあった天王寺付近まで達したという[太平記]
※※大正橋「大地震両川口津浪記」
嘉永七年(一八五四年)六月十四日午前零時ごろに大きな地震
同年十一月四日午前八時ごろ、大地震が発生
翌日の五日午後四時ごろ、再び大地震が起こり、家々は崩れ落ち、火災が発生
日暮れごろ、雷のような音とともに一斉に津波が押し寄せてきた
・五日申の刻大地震、家くずれ出火もあり。前日の安政東海地震の揺れから引き続いて「老少多く小船に乗」っていた。それから約2時間たって日暮れごろ、津波が堀に進入してきた。「山のごとき大波」は多数の大小船のとも綱を切り一気に川上に運び上げ、船は道頓堀にかかる橋に次々衝突して橋を落とし、船は橋の手前で転覆し、避難している人を投げ出した。そうして、あとからあとから押す寄せる大小の船はその上に折り重なっていった。こうして大阪全体では津波に巻き込まれて341人もの死者を生じた
・いまから百四十八年前、宝永四年(1707)十月四日の大地震の時も船に避難した人が大勢津波によって溺死したということである。いま、同じ場所でおおぜいの死者を出した。痛ましいことである
・津波の勢いは、普通の高潮とは違う
 この石碑の文が将来にわたっていつも読みやすくするために、この近くに住んでいる人は毎年墨を入れ直しなさい
⇒784艘の船が各所に乗り上げ、ほかに破船89艘があり、川中の小船等の数はわからないということです。道頓堀大黒橋には1500石以上の大船が押し寄せた。

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2011年7月23日 (土)

大阪の底力

7月6日記事のプレゼン「災害は支えあいで乗り切ろう」 には、大阪の底力として、被災地に立つ市バスを紹介した。大槌町では全てが流され瓦礫だけになった後、住民が初めて見た支援の車が、自衛隊と大阪市バス。
大阪市営バス.jpg

産経新聞3月22日のこの写真は話題になった。
 しかし、大阪には他にも、被災地支援の底力があった。
東住吉区の地域子育てNPOハートフレンドは、
「思い出は流れない写真救済プロジェクト~被災アルバムの洗浄のお手伝い~」を実施し、洗浄救済対象枚数125万枚を4月29日よりはじめ7月末に完了する。
 月曜日から金曜日 午前10時~12時半・午後1時~3時半。一日に3回の洗浄、1回に14,5名のお手伝いで、6000枚ほどの写真が綺麗にしてきた。
 気仙沼市唐桑体育館では、毎日、約100名の方が写真を探しに来られている
この活動に、地元の学校・PTA・郵便局・企業のみならず、協力団体 全国12箇所 協力参加者数 約900名となっている。http://www.netz.co.jp/heart-fd/

徳谷さんの素晴らしさは以前から知っていたが、いざとなったら物凄い連帯力、巻き込む力、思いの深さ…。これも大阪の底力。

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2011年7月22日 (金)

ボランティア無償輸送orタクシー路線運行orバス赤字補助

福岡県筑後市のしもつま福祉バスの報告を読んだ(よかネット№103)。くるくるバスの視察にも来られた本田正明さんの記述によれば、1768人(550世帯)7行政区、高齢化率30%。
 H6、バス路線廃止⇒請願⇒H8試験運行→1387万円/年補助が必要と判明→バス断念
H9、市内全域で80歳以上への福祉タクシー⇒H15、アンケートでは利用希望は多くはないが、熱心な役員が推進→開通
 自動車リース代(保険・車検)と運営費補助(1/2)が市役所から出る。
月、水、木、金に行き2便、帰り2便を4人のボランティア運転手(72歳定年)で走り、13時には終る。年間4000人程度の利用。
10人乗りボックスカー(普通免許で運転できる)で無償定時定路線で市役所への事故報告義務と限度額を越える賠償責任に行政と地域が責任を持つ形としている。
 運営協議会
支出 運転手報酬80万円
    燃料費30万円
    その他(通信費など)10万円
収入 行政区負担金10万円
    市補助金   60万円
    寄付金    45万円(走らせる会から)
    繰越金    15万円
走らせる会 収入 住民36万円(@0.2万円×180世帯)
            行政区42万円
            病院など12万円 ⇒積立金300万円
 行政財政出動は
バス路線補助だと 1387万円/年
もし コミュニティタクシー路線的運行だと、回送料金無、メータ制なら200万円
しもつま福祉バスの場合 ボランティア無償輸送に 運営費補助60万、車両リース料(推定)105万円
自動車維持費は通常最低でも75万円(燃料費含む)。ボックスカーで、メインテナンスも含んだリース料(燃料別)。市役所確認

年間30万人輸送のくるくるバスなら補助なし路線運行可能だが、この輸送実績では無理。
(現実は、こんな赤字路線に補助し続けている自治体が少なくない)

 路線バスという選択肢はないが、タクシーの定時定路線4条運行に比べ、
・人材が枯渇したり病気になったり、またプロに比べて事故リスクが高く、その管理とリスク負担が行政にかぶさる。
・地域のタクシー会社が維持できなくなり、緊急時や子育て世帯などのタクシー利用がしづらくなる。
・世帯あたり3.2人であり、家族輸送の可能性が高く、タクシーがなくともやっていけるのかもしれないが、平均世帯人口が1.5~2.5というような、高齢単独世帯が多い過疎地や近郊オールドニュータウンではどうか?
・住民のリーダーはどちらも必要
淡路島の長沢バス(100世帯×1万円/世帯+40数万円補助)と同様の考え方
と評価した。地域の特性によって、いろんなやり方がある。

 165万円(60万+105万)?で、予算の少ない筑後市方式をとるか、200万円?で事故リスクとリスク責任の少ない山口市方式とるかは、行政判断の分かれるところであろう。

 

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2011年7月20日 (水)

まちづくりに役割を果たすタクシー経営

福祉タクシーを運営する経営者に聞いた。
 通常セダンタクシー50台、車椅子可・ストレッチャー(移動寝台)付福祉車両8台、回転椅子付セダンハイヤー1台、ほかに自動車整備、中古車販売、駐車場経営をやっている。
 米国の高校、大学を出て、ホテル接客、外車整備販売を経て、親族の経営するタクシー会社を任された。
 タクシーは、歩合制で、まともな売り上げがなくとも、1.5万円/日で0.75千円経営者に置いてくれ、15日/月、出てくれる年金暮らしの高齢ドライバーで良い。適当に走り、適当に待っていれば、サービスせずとも売り上げになる。客の顔を視ず、何もしなくても経営できる。
 価値観は、どれだけ売り上げたかで、どれほど感謝されたかではない。貧しいドライバーを前提に、サービス皆無の安定した経営ができていた。
 ところが、1995年の阪神大震災のときに、福祉車両で被災患者を次々、被害が少ない病院に搬送したり、看護師を輸送した。5階の市営住宅から患者をおぶってタクシーに乗せた。このとき、お客様から感謝され、かつ高額の料金をいただいた。

タクシー経営を始めたとき、
・経営を安定させる
・感謝され、尊敬される仕事
を目標とした。
 50台のタクシー(歩合制)で□億円の売り上げに比べれば、9台の福祉車両に9人正社員は、タクシー料金以外に介護保険の介助報酬や、障害者の支援費が、年間200万円を含めても、4000万円/年・程度の売り上げにしかならず、経営的には厳しい。しかし、責任を持って仕事をしてもらうには、給料は高くなくとも社会保険・有給休暇のある社員でなければ福祉タクシーはできない。幸い、救急病院からの依頼や、救急における民間救急としての紹介があり、何とかやっていけている。

交通まちづくりにおける、(行政支援のある)コミュニティタクシーやデマンド・乗り合いなどのサービスをする場合、安定的経営に見合うサービスが必要である。そのためにも社員制をとることが望ましい。受託には、競争入札、住民・利用者による評価が欠かせない。

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2011年7月19日 (火)

できる範囲の心づかい【鉄道ホームと旅館朝食】

Img_07131 Img_07101 バリアフリーというと、工事費が必要だと、なかなか尻ごみになる。大阪モノレールでは、ホームドアやホーム嵩上げではなく、一部に柵を設け、車両とホームの隙間を数cmラバーで詰め、板スロープで2-3cm上げている。車椅子やべギーバギー、押し車を押す高齢者・・・、どれだけの人がこの心遣いで助かっているか。予算はなくともできることはある。
 山口の湯田温泉に、お多福という古い旅館がある。豪華なホテルが並ぶ裏通りに、一泊朝食つきで4000円である。その朝食の写真を示す。超低料金ゆえ、豪華なものではない。しかし、普通の気持ちのこもった日本の朝食なのだ。
 日本の産業の状況や震災を考えると、特段の施設整備や豪華旅館の安売りではなく、長年培ってきた日本の普通の配慮、心遣いこそが、今、一番大切なのではないかと思う。
 国際観光の目玉は、有名観光地だけではなく、こうした日常の配慮の風景ではないか。
国の観光政策は、こうした隠れた魅力を紹介することも重要ではないか。

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2011年7月15日 (金)

脱アンケート:山口住民協働型交通まちづくりの動向

山口のタクシーによる路線的フィーダ運行=コミュニティタクシー(コミタク)は、住民発意、住民組織運営・経営(乗車率30%、収支率25%を基準)を行政が支援する(相談、財政補助、専門家アドバイス)システムであり、国交省活性化再生の大臣表彰を受けた。
 しかし、以下の2課題がある。
(1) 乗客が70歳以上の女性ばかりと固定化され、入院等により利用できない人が出ると、その友人も利用しなくなる。
さらには、
(2) 最初は、病院・スーパーなどの協賛をとっていたが、毎年になると厳しい。
という状況で、60-70台の男性リーダーは、乗客減と協賛金集めに苦悩している。
 70、80になってもハンドルにしがみつく住民(男性が多い)をコミタクに誘導できないという。
そこで以下の対策。
(1)⇒①高齢ドライバーMM(地域の高齢ドライバーを集め、森栗が高齢者事故の実態、コミタクの活用による地域活性化などを訴える)
  ②おみやげに、居住地近くのバス停のコミタク個別時刻表(行き・帰り)をお渡しする
  ③事後、民生委員の安否確認訪問の折に、利用意向を伺う
(2)協賛金が難しい一方で、3-4年もやっていると自治会、まちづくり協議会・地域づくり協議会などの理解も深まり、コミタク運営協議会から要請せずとも支援を得たケースもあった。コミタク運営協議会住民は、交通は個別対策ではなく、本来、まちづくり・地域づくりのなかに含みこむ重要な課題であり、いずれそうなると気づいておられた。
 地域交通は、地域の移動手段確保対策にとどまるものではなく、総合まちづくりの大きな課題・要素であることを、山口の市民は体験的に理解しつつある。
 この市民の理解力向上を意識してか、広域合併市域の出張所や支所のなかには、市民とともに動き出すところが出てきている。交通でなくとも、多様な地域課題を、現場で議論し、住み続けれる地域づくりを皆で経営していく手法を、山口の市民も行政も覚えたのではないか。某出張所から、(予算はないが)住民の議論をファシリテートして欲しいとの要望が出ている。
 かつて、コミバス延長しろと要求型であった市民と、その対応に四苦八苦していた行政が、3-4年でここまで成長する。感動した。
交通こそは、自治・地域主義の学校である。

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2011年7月12日 (火)

予定

これより山口市公共交通会議、連携会議、職員モビリティマネージメントなど。14日帰宅、15日兵庫県庁、I書店(出版)、関東運輸局。16日、生活学会理事会、今和次郎賞シンポジウム。

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2011年7月10日 (日)

減災・省エネ・減クルマを現実的・リアルに考える作法

3.11以降、大阪市民の減災に対するまなざしが変わったことを伝えたが、昨今の省エネの広報、商品開発は、3.11以前の「環境に良いことしましょう」という寝言とは、まったく異なる。クルマ抑制もCO2削減も、どれだけリアルに考えられるかが重要である。

災害対策全書完成記念の講演会が7月8日にあり、河田惠昭先生らの話を伺って、リアルに考えることの難しさを思い知った。
 三陸では、10m:3階以上のところでは、死者は1% である。15mの所もあったが、大方、高い所に逃げるべしは正解である。ところが、最初の津波警報は3mであった。これでは、リアルに考えようがない。防潮堤を閉めようとした269名の水防団死亡はこうして発生した。
⇒大阪で言えば、最初の通報が、直下型なのか、津波を引き起こして紀淡海峡を越えて1時間後に数mの津波が来るのか、歩いている人も含めて全員に、正確に伝えてもらわねば救われない。
 大阪市港区長は、「津波てんでんこ」を紹介し、災害時の自助の必要性を指摘したのは、勇気のある発言であり、出席した区民は引き締まっていた。ところが、津波てんでんごは、昭和3年三陸津波から伝承されてきたものではなく、断片化した伝承を、1990年、岩手県田老町での防災研修で再発掘、喧伝したものであった。
 実際は、今回でも逃げなかった人が少なくなかった。今回の前、チリ津波避難(2010年)では、35.6%が避難しなかった。「津波てんでんご」は貫徹されていなかった。
 その理由
避難しなくて良いと思った 58.7%
他の場所を見てから   18.8%
避難できない         16.7%(内、仕事30.6%、病人高齢者がいる18.5%、自分が高齢・病気15.3%、無回答34.4%)
である。避難できない人がいる現実、津波被害をイマジネーションしない現実・・・。そこに、初期予測の精度が悪ければ、最悪の事態は、再度、起きる。

東海地震 30年以内87%、東南海地震30年以内70%、南海地震 30年以内60% 同時でM8.7 と言われ、神戸で4m、大阪で6mの波が、紀淡海峡を越えて、60分後にやってくる。
 東京都1200万人で、AC電源がないと亡くなる方は12000人存在する。
情報も不正確なまま、帰宅困難者は、帰宅困難のまま波に呑みこまれて被災する。
生き延びても、物資を運び込み後方支援の物流ロジスティックはあるのか。南港のビルに府庁を移してオペレーションができるのか。

こういうことをリアルに考えてみると、祇園祭が単なる都市の疫病退散の祈りと解説する民俗学者は、あまりにも暢気である。御霊会が行われた貞観11年(869)は、7月9日にM8.6の貞観地震が起き、三陸で津波、地震、都でのインフラ破壊の中で疫病が発生し、壊滅的被害を受けていた。そのなかでの祇園祭なのである。

都市防災計画でも、それに寄与する工学にしても、民俗学でも、リアルに論理立てて考える必要がある。

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2011年7月 6日 (水)

続:大阪独立計画(プリンセス・トヨトミ)

2011年7月7日18時より、上町中学(映画では、7月8日空堀中学)【大阪市中央区】にて、
大阪は減災で独立市民になるぞ! 大阪国は立ち上がる《映画の余韻に酔っている》
プレゼン「災害は支えあいで乗り切ろう」   

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2011年7月 5日 (火)

大阪独立計画「プリンセス・トヨトミ」

映画を見た。豊臣家滅亡以後、大阪には地下組織があり、いざ「ひょうたん」というときには、市民が集まってくる。大阪市市民は、父から子に、この秘密を語り伝えているという。
 会計検査院が、OJOの補助金不正経理のからくりを見破ったが、これは明治政府と大阪国との条約事項であり、不正ではないと大阪国総理大臣は主張。ついに、大阪市民が大阪城に「いざひょうたん」と集まった。

ここで私が注目したのは、大阪国総理大臣のお好み焼き屋のおっちゃん(中井貴一)が、公的には、標準語を話していたこと。大阪府の橋下知事の記者会見に習ったようである。

関西は、日本で唯一、地元言葉で学校教育を行っている。標準語にはしない(できない)。
日本語は、大きく分けて、琉球方言と本土方言があるが、大きく異なる言葉の沖縄に、標準語矯正教育を行い、森神信仰の御嶽(うたき)に鳥居を建てるのが、同化政策であり、沖縄の人々の心を長く傷つけた。

そういう意味で、大阪国の総理大臣が、公的には標準語を話していたのには違和感があった。
 この点、大阪市の平松市長の記者会見は、一貫して大阪言葉である。アナウンサー出身にも関わらず、まちのことを語るときには、大阪言葉を使っている。
 言葉ひとつみても、その人物の立ち位置がかいまみえるのである。

と書くと、また、橋下支持派から、いろいろ書かれるだろうが、事実は事実として記述しておく。

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2011年7月 4日 (月)

小さいけれど大きな効果:住民・自治体・バス会社・国の協働事例

2010年、神戸ー尼崎間の山手幹線道路(国道2号線、第二阪神国道に次ぐ、東西幹線)が、長い熟議の末、最近、最後の芦屋市内が開通した。騒音や振動、プライバシー侵害を心配する住宅都市芦屋住民の声に耳を傾けて開通した。
 これをきっかけに、クルマの通過交通を減らす意味でも、芦屋市は山手幹線を東西に走るバスを要望したが、バス会社からは「鉄道に並行するバス路線はできない」と拒否されたと聞いた。
 ところが、2010年9月、みなと観光バスは、六甲アイランドから阪神御影を経由し、阪急岡本・JR摂津本山駅(神戸市内)まで来ているバスを、JR芦屋駅に延伸しようとした。これに対して芦屋市は、市内東部翠ヶ丘までの延伸を提案。近畿運輸局は事業計画変更を認め、2011年1月30日、みなと観光バスは住民説明をした。ここで住民は、さらに東、阪急夙川まで延長すべしと逆提案した。
 足の悪い高齢者は、バスを歓迎、待ちわびる一方、住民のなかには、バスの騒音、粉塵、振動、音、バス停のゴミ等、さらには不特定多数の人が通るということでプライバシーを心配する声もあった。みなと観光バスでは、個々の心配、意見に耳を傾け、環境測定、環境整備、運行手法・車両の高度化等を行ってきた。
 一方、みなと観光バスは、2011年2月夙川自治会、駅前の商業施設:夙川グリーンタウン、警察等と協議、さらに近畿運輸局と再協議、西宮市役所とも協議し、3月31日、近畿運輸局に再変更申請を出した。
 さらに、4月、芦屋市内バス停について、個々の自治会で議論し、その意見にあわせて、可能なバス停のみ再調整し、6月30日、バス延伸事業計画が認可された。

 自治体は、予算をつけて、ときには路線バスと客を取り合いするような100円バスを赤字で走らせることが能ではない。芦屋市や西宮市のように、より良い移動手段としてバス会社に提案し、住民と議論するお膳立てをし、多様な議論を聞きサポートすることも重要な施策である。しかも0予算。
 住民は、単に要望ではなく、自らすすんで、多様な議論をまとめ、停留所の場所を議論してまとめ、バス会社に逆提案するぐらいの器量が必要だ。昨日、講演会でお目にかかった自治会リーダーは、みなそうした器量を持ち合わせた方だった。
 一方で、バス会社は、既存のインフラを漫然と運行するのではなく、個々の住民、行政の声を、ビジネスチャンスとみて、俊敏で丁寧な努力をする必要がある。
 国は、今回、3度もの修正協議に応じ、遅滞なく許可を出した。住民と事業者、自治体の協働の動きにあわせ、臨機応変に対処するこの態度は、これからの運輸局に求められる姿であろう。
 かなり、ベンチャラですが、
今回、4者は良くがんばった協働だと思う。7月2日、講演会で私は言った。バスは、高齢者など弱者に優しいだけでなく、クルマの通過交通を減らす手段になる。山手幹線で一番必要なのは、クルマの通過交通をいかに防ぐかということだと。
この写真を見せた(ラクダ高岡より)0807276303 0807276315

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2011年7月 2日 (土)

【交通まちコミ:宿題(再掲)】+講演会

電気エネルギーの個人的費用は?」「省電気代.doc」
内容・・・LED電球取替損得、冷蔵庫整理と取替、電気ポット取替、電気カーペット取替、TV取替、空調取替、

宿題
「お二人様(高齢者)」の簡単省エネ:節約マニュアル
または
「標準世帯(夫婦+子ども2人)」の簡単省エネ:節約マニュアル

を作り、次の時間までにメールで送れ。まあ、気のついたときにお早めに

本日、芦屋市潮会館で、芦屋・西宮かしこいクルマの使い方 講演会
JR芦屋駅北、再開発ビル北側、山手幹線西向バス停に、みなと観光バス送迎が、12:40に出る。参加、無料

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