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2011年6月29日 (水)

パブリックコミュニケーション:科学技術コミュニケーション(アウトリーチ)、パブリックコメント(パブコメ)を乗り越える

①政策はHPに掲載し、パブリックコメント(パブコメ)を経てから実施される。
【皮肉】⇒誰も発言せず、パブコメは形骸化の傾向はないか。ときどき、新聞ネタ程度で言い出す枝葉末節質問に対して、役所内で熟議し、補足説明を掲示し、事足れりとしてはいないか。

②東電のように勝手に専門用語を並べる説明ではいけないと、科学技術をわかりやすく説明しようと科学技術コミュニケーションの努力もなされる。
【皮肉】⇒科学技術の理解増進ため、科学技術振興の側から予算をつけてアウトリーチするものであり、住民の発意や相互理解とは程遠い。結果として、「ようわからんが、偉い先生が頭を下げて説明してくれたからOK」の構造は、科学技術コミュニケーションがなかった頃の「ようわからんが、呑ませてくれた所長が大丈夫って言うから、大丈夫だろう」と同じ構造ではないか。

①×②⇒科学技術の応用、地域影響の現場=コミュニティにおいて、住民の思慮は発揮できていない。
住民は普段はまったく参加・発言(思考)せず、特定の反対を目的化したマニアが組織として反対活動をし、相互理解はすすまない。福島のように問題がおきてはじめて、住民に不安:悲壮が起き、その悲しみとは別に「それみたことか反対運動」の活発化がすすむ。

日常、非日常、住民、運動家、行政マン、専門家。
 どの立場でも、充分な議論がなされているとはいえず、科学技術の貢献と危険性とが国民理解を得ていない。

【そこで、これからは】日常的に、地域での住民、行政マン、専門家が参加し、相互に理解を深めるコミュニケーションプラットフォームが必要である。出会い、顔を会わせて傾聴しあうなかで、相互理解、科学の活用方向、施策の展開方向が見えてくる。このような、
パブリックコミュニケーション(パブコミ)こそ、重要ではないだろうか。

専門家からの科学技術コミュニケーション、行政側からのパブコメだけでは、相互理解がすすむとは思えない。市民は賢くならない。

原発でいえば、反原発運動や反原発思いつき発言ではなく、原発近隣コミュニティ、全国民といった多層のレベルで、コストと国家戦略、安全とを住民、行政マン、専門家が議論し熟慮することである。今、我々の思慮が試されている。
 本日、市民協働を市政の中心に掲げる平松大阪市長が関西電力筆頭株主として株主総会に出席し、市民を代表した熟慮が示される。

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