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2011年6月

2011年6月30日 (木)

辰濃和男『四国遍路』岩波新書

夏遍路を通してから、再度、岩波新書『四国遍路』を読み直すと、以前と異なる記述が気になった。
p69こころざしおとろへし日は/いかにせましな/冬の日の黄なるやちまた/つつましく人住む小路/ゆきゆきてふと海を見つ(三好達治)⇒ふと海を見て解き放たれる。お遍路とは、解き放たれる空間である。
p31接待は、利他行である。
p117施すは、「あまねくいきわたらせる」。恵みは、愛。つまり、愛をいきわたらせることが施し(再)
p138只今(現在)を大切にする心構え
p195遍路は生ける死。遍路で死する、委ねる、捨てることで、日常、死者のように生きている自己から、我々は甦る。
p229「漂泊とはたどりつかぬことである」「漂泊と百たび書いて、明日、また、旅立つ」(寺山修司)
p231吾、永く、山に帰らん(空海)⇒7月石鎚山から横峯寺へ歩いてみよう(再)

2008/12/24
もうひとつ遍路本。こちらは、普通の入門。『お遍路入門』と重なる指摘には◎
◎遍路は群れからはぐれること。はぐれた不安が出会いを生む。
■高知県東端24番手前、番外仏海庵沖のごろごろ石が、波で泣くという。
■山に帰ると、野性の力を得る。自然の声が聞こえる。野性で限界を超え、野に寄り道して「遊び心」。これが、遍路さんがよく言う「不思議な体験」
■包み込まれる
■施すは、「あまねくいきわたらせる」。恵みは、愛。つまり、愛をいきわたらせることが施し。
■横峰寺前宿泊名簿過去、1997ー1999年 1月10人、2月17人、3月34名、4月90名、5月59名、6月30名、7月32名、8月32名、9月27名、10月56名+α、11月25名+α、12月10名+α 年毎に増える。年齢は、10台1名、20台23名、30台21名、40台22名、50台41名、60台71名、70台11名、80台2名
■中務茂兵衛(1984年生)遍路280回、石道標237を建てる。現代にも遍路保存協会などいろいろな活動がある。
■88番大窪寺の本堂天井に箱車がつるされている。
■「漂泊とはたどりつかぬことである」「漂泊と百たび書いて、明日、また、旅立つ」(寺山修司)

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2011年6月29日 (水)

パブリックコミュニケーション:科学技術コミュニケーション(アウトリーチ)、パブリックコメント(パブコメ)を乗り越える

①政策はHPに掲載し、パブリックコメント(パブコメ)を経てから実施される。
【皮肉】⇒誰も発言せず、パブコメは形骸化の傾向はないか。ときどき、新聞ネタ程度で言い出す枝葉末節質問に対して、役所内で熟議し、補足説明を掲示し、事足れりとしてはいないか。

②東電のように勝手に専門用語を並べる説明ではいけないと、科学技術をわかりやすく説明しようと科学技術コミュニケーションの努力もなされる。
【皮肉】⇒科学技術の理解増進ため、科学技術振興の側から予算をつけてアウトリーチするものであり、住民の発意や相互理解とは程遠い。結果として、「ようわからんが、偉い先生が頭を下げて説明してくれたからOK」の構造は、科学技術コミュニケーションがなかった頃の「ようわからんが、呑ませてくれた所長が大丈夫って言うから、大丈夫だろう」と同じ構造ではないか。

①×②⇒科学技術の応用、地域影響の現場=コミュニティにおいて、住民の思慮は発揮できていない。
住民は普段はまったく参加・発言(思考)せず、特定の反対を目的化したマニアが組織として反対活動をし、相互理解はすすまない。福島のように問題がおきてはじめて、住民に不安:悲壮が起き、その悲しみとは別に「それみたことか反対運動」の活発化がすすむ。

日常、非日常、住民、運動家、行政マン、専門家。
 どの立場でも、充分な議論がなされているとはいえず、科学技術の貢献と危険性とが国民理解を得ていない。

【そこで、これからは】日常的に、地域での住民、行政マン、専門家が参加し、相互に理解を深めるコミュニケーションプラットフォームが必要である。出会い、顔を会わせて傾聴しあうなかで、相互理解、科学の活用方向、施策の展開方向が見えてくる。このような、
パブリックコミュニケーション(パブコミ)こそ、重要ではないだろうか。

専門家からの科学技術コミュニケーション、行政側からのパブコメだけでは、相互理解がすすむとは思えない。市民は賢くならない。

原発でいえば、反原発運動や反原発思いつき発言ではなく、原発近隣コミュニティ、全国民といった多層のレベルで、コストと国家戦略、安全とを住民、行政マン、専門家が議論し熟慮することである。今、我々の思慮が試されている。
 本日、市民協働を市政の中心に掲げる平松大阪市長が関西電力筆頭株主として株主総会に出席し、市民を代表した熟慮が示される。

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2011年6月28日 (火)

卸電力取引所

6月27日交通まちコミは、電気エネルギーの個人的費用計算を提示し、宿題として、親子4人世帯、高齢2人世帯にわけて、節電マニュアルをA4で作り、来週までに森栗に送付を依頼した。計算、条件設定等、複雑なものは脚注とし、誰でもにわかるように書くこと
 と課題を出した。来週、比較検討する。

さて、そのとき、省エネは個人費用=インセンティブが必要ねという意味で、日本卸電力取引所を紹介した。

http://www.jepx.org/pdf/business/jepx_tr_resume.pdf#search='卸電力取引所'

が、二点訂正。説明不足。私の勉強不足。すみません。

1) 地区別というのは、送電網ごとではなく、電力会社の地域割りごとという意味。基礎自治体等を視野に入れた「計画停電グループ」のような意味での送電網ごとの売買は、取引量が増えた場合のスマートグリッド活用による将来的課題である。

2) 卸電力取引所の現状は、オンタイム取引ではなく、先物取引であり、需給を見極めるのが困難で、取引が難しい。

ただ、日経新聞6/21によれば、経産省産業構造審議会は、15%削減義務を特定大口企業に課し、罰金まで設定するのであれば、電力会社に卸電力取引所調達をし、目標達成企業に安心して自家発電等をしてもらい経費とCO2の節減に加担してもらうようにすべきと答申した。卸電力は4396万kwあり、関西電力の発電量より多い。しかし、火力で20.5%ほど割高となり、従来は電力会社としては歓迎すべきものではなかったようだ。

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2011年6月27日 (月)

電気エネルギーの個人的費用【交通まちコミ20110627授業資料】

本日の授業の資料「自動車の社会的費用の前に自動車の個人的費用(前回)→だったら電気エネルギーの個人的費用は?」「省電気代.doc」
内容・・・LED電球取替損得、冷蔵庫整理と取替、電気ポット取替、電気カーペット取替、TV取替、空調取替、

宿題
「お二人様(高齢者)」の簡単省エネ:節約マニュアル
または
「標準世帯(夫婦+子ども2人)」の簡単省エネ:節約マニュアル

を作り、次の時間までにメールで送れ。まあ、気のついたときにお早めに

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2011年6月24日 (金)

水防堤を作る市民、率先避難市民《大阪市港区》

大阪市港区の防災フォーラムに2日行き、毎回、平松市長の思いを伺った。
 集会までに時間があったので、まちを観察しようと、大阪駅発天保山行のバスに1時間弱、乗った。天保山は、大阪の港や川を埋める砂を、市民が祭礼のようにして「砂持ち」して積み上げた“市民協働人工山”(天保時代[1830-1843〕だから天保山)。
 そのバス停を降りて、写真のような石碑が目に入った。

「港区水防記録」。
昭和20年9月18日の枕崎台風では、空襲で焦土、人口26万人が3千人となった町が、54日間、泥海につかった。泣き面に蜂状況。が、この3千人が物資を捜し求め、300人/日[要は、港区住民総出]で防潮堤締切工事をした。こうして、昭和21年7月31日、港区防潮水防分団が創設され、翌年から港区全面盛土工事が行われた。未確認だが、減歩条件は厳しく、私有地の半分を提供した住民も多かった。
 ところが、昭和25年9月3日、ジェーン台風で流船、流木で被害が大きき、12日間水没した。この後、高潮対策は拡充したが、昭和36年9月16日の第二室戸台風では、水防団員による国鉄市岡鉄橋の水門水防扉閉、土俵積工により防いだ。一部、浸水もあったが、ポンプを動かし、10時間の浸水にとどめた。
 その後、大阪府による安治川、尻無川防潮水門、堤防6.6m嵩上げがなされた。
しかし、沿岸荷役のため240箇所の鉄扉があり、低い所は2.6mしかなく、課題は大きい。

 昨日、足の悪いつれあいをかかえる高齢者の方が、「私はどこに逃げれば良いのか」という質問があった。区では緊急避難所指定を急ぐが、いざというとき、マンションに上げてくれるような人間関係、寄り添ってくれる地域の支えあいマンパワー、それを作らねばならない。区も警察も消防も、緊急には「何もできない」。事後は、消火や治安、避難所対策をするが、津波が来るときは、訓練どおり、地域での人間関係で、率先避難しかない。
 今ないのは、戦後間もない頃のような、自ら防潮水門を作った市民の熱意と、自ら水門を護った市民の覚悟ではないか。逃げるのは、自分だ。地域の助け合いだ。

防潮堤の締切が不十分と、TVの評論家のように港湾局を評論している閑はない。Img_06891

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2011年6月23日 (木)

人の都大阪市

大阪市は、このまちが"人の魅力に支えられた都市"であるということを表現したロゴ「人の都 大阪市」を発表し、大阪市というまちに対する誇りや愛着心を高め、「大都市、そしていちばん住みたいまちへ」を市政のめざす方向とし、市民協働の推進に市民、企業の方々とともに取り組んいる。その結果、市民協働のうねりが高まり、それを大阪市の新しい自治の姿へつなぎ改革していきたいと考えている。
 今後の都市の持続的発展には、人こそが活力の源であり、人と人とが触れ合い、知恵を出し合うことが重要と言えますとしている。そのロゴは、
Img_0006 である。

とはいえ、戦前・戦中の町内会は、
Img_0008
のような状況であった。戦後は、洪水対応・義捐など赤十字奉仕団として活躍してきたが、閉鎖的な傾向がある場合もあり、これを嫌う住民は個別消費に走る傾向にあった。従来は、まちなかの中小商店・町工場が店主が担ってきた自治活動は、徐々に高齢化していき、ロゴのような極彩色ではなく、やや色あせた側面もある。一方で、多くの無色透明、振興町会に参加しない市民が増えた。市政にも無関心な人が増えた。大阪市の行政の無駄、横着、無責任負債の課題は、実は、市民の関心が薄れたことが遠因ではなかったか。これを改革にするには、市民を育てるしかない。
 が、実際のまちは、
Img_0007
と言った状況。
 無関心、無色透明の海に、大きな高層ビルができ、そのなかに透明の人々が住んでいる。まちには空地や駐車場が増え、つながりが強い、にぎわいがあるとは、言えない。

こうしたなか、7mの津波が来たらどうするのか、上町断層直下型地震が来たらどうするのか、にわかに議論が盛り上がっている。
 今、中学校校区ごとに、議論がなされている。私も多くの会場に足を運んで市民議論をうかがったが、何事にもお笑い・楽しく語る傾向の大阪市民が、今回は違う。こんな真剣な顔の大阪市民は見たことがない。
 丁寧に、高層マンションの住民にお話しをして、津波時の緊急避難指定の御願いをすることも重要だろう。高層マンションにも、高齢者の抱えている住民もいる、障害者をかかえている住民もいる。子どももいる。不特定多数の人が自宅の廊下に押しかけられては困るというお立場も理解しつつ、丁寧に可能な範囲で理解を得る必要がある。
 市民は大きく変わったが、区役所職員はどうか。その力量が問われている。

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2011年6月21日 (火)

【授業報告:交通まちコミ】モビリティ・マネージメント

かしこいクルマの使い方 を考えるプロジェクト京都(http://www.kashikoikuruma-kyoto.jp/index.html)に掲載されている藤井聡さんのエッセーを引用して、モビリティ・マネージメント(MM)の授業をした。自動車の社会的費用は、暴力団に暴力はいけないと説くようなもんで、なかなか理解してもらえない。そこで、自動車の個人的費用を示した。

1)経済費用
・車両(200万円[2000cc]/7年間)+税金(年7万)+車検(年5万) +駐車場(年12万)+任意保険(年10万) +ガソリン代や、高速道路の使用料、一時駐車料・タイヤやオイル等の交換料金(13万円)=年75万(2054円/日)
(駐車違反・速度違反反則金やエンジントラブル・傷補修はなく、洗車は自分でするものとする)
・公共交通とニコニコレンタカー、タクシーにすると
年間レンタカー12泊24日  =30000円
タクシー利用55回×1000   =55000円
公共交通費 1万円/月×12=120000円
                              =20.5万円
2)人身事故確率・死亡事故犯人確率
・「人身事故」は、年間約89万件(平成18年の1年間)です。クルマの利用人口(約5千万人)から換算すると、例えば50年クルマに乗り続けると、一生のうちで「人身事故」を起こす確率は59%※1になります。
※1;1-[1-(89万人/5千万人)]50=0.59
・交通事故で亡くなる方は、年間約6,400人(平成18年の1年間)です。クルマの利用人口(約5千万人)から換算すると、例えば50年クルマに乗り続けると、一生のうちで「死亡事故」を起こす確率は0.6%※2になります。
※2;1-[1-(6,400人/5千万人)]50=0.006

給料20万円、西宮北口ー石橋間・通勤、職場:大阪大学ビジネス、結婚や子育ても視野に入れているとした。クルマで20分、電車で徒歩を含め70分。近くに中古レンタル2500円/24時間のニコニコレンタカー、カーシェアのtimes24(200円/15分)がある。
駅までの距離は環境も含め学生に考えてもらった。12人の学生の反応は、
                駅から5分(クルマ無)1名
駅から10分(クルマ要)2名、駅から10分(クルマ無)3名
駅から15分(クルマ要)3名、
駅から20分(クルマ要)3名、
となった。
女性「クルマが必要なとき、わざわざレンタカーは辛い。自宅にいつでもクルマがないと」
ちなみに、駅から20分クルマ要は、全部女性だった。駅から5分クルマ無は男性。

結論:MMの計算だけでは具体性がない。クルマが必要やと思っている人の行動変容は困難。親が、クルマがあって、環境のエーとこに住むと思い込んでいるなら、クルマ選択でしょう。(男性は、クルマありなし、多様な選択傾向があった)
 とくに農村部では難しい。次、江田島でやるときは、例えば2台あるクルマを1台にするとか、個別具体メニューをつくり、それを選択するやり方でないと、難しい。

学生のご指導に従い、次回、農村部では、具体メニューを作ってみます。へへーっ
《こうして、今日も大学院生の指導に素直に従うことになった。授業って、教えあい!学びあい》

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2011年6月20日 (月)

航路を守る《広島県江田島市》

先週は、東京日帰り、広島の沖・江田島(旧海軍兵学校所在)日帰り、大学内新カリキュラムの学内調整など、流石に疲れた。ブログをまったく更新できず。

昨日、中国運輸局後援で、江田島の航路、バスをどう残すのかを講演した。

ひっついている島なのに東能美島、西能美島、江田島に別れ、4つの町があり、安芸郡と佐伯郡に分かれ、人口6万で海産が豊か(むき身牡蠣、かつて日本一)で造船もあり、対岸の広島・呉に通勤もでき、温暖で豊かな島だった。今、人口3万を切り、4町は合併、橋がついたため、多数あった航路が維持できない。そこでフェリー、高速船を整理し、バスの接続を整備した。「あれか、これか」を明確にし、維持の方向を調整した行政の努力は妥当である。が、4町の利害がからみ、皮肉な事に、住民の関心はクルマ利用に傾いてしまった。
 高速船、バスの経営はますます厳しくなり、おまけに橋ができたから「離島ではない」ということで、国の航路維持の補助も難しい。ところが、橋は南端の倉橋島にかかり、さらに音戸大橋を渡ってぐるっと周って呉に着く。さらに、高速道路無料化で、広島へはクルマで行きやすくなった。
 大都市広島の対岸にあり、能面や仏像を彫るアートや、Uターンで上品な民家レストランもできつつある。クラフトマーケットも企画されている。
 みんなで航路を維持して、この強みを活かしたまちづくりがしたいと、熱心に聴いていただいた。広島へ行くのに、ぐるっと360度、周っていくような手しかないのは困る。みんなで乗って支えよう。
 この熱い気持ちが、どう行動に現れるか、アンケートやワークショップなど、二の手を、市は考えているようである。

当日のプレゼン「みんなで守る航路・バス」

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2011年6月12日 (日)

田中重好『地域から生まれる公共性ー公共性と共同性の交点』

宇沢『自動車の社会的費用』が名著だとしても、エキセントリックな自動車嫌悪は、自動車に絶対の信頼を置く人々を、自動車愛着・自転車嫌悪に追い込むだけである。しかも、1968年運輸省発表の自動車1台あたりの社会的費用が7万円(p88)に対して、自動車工業会が0.66万円(p94)、公害を計上した野村総合研究所の試算が約18万円となっている。見方(条件設定)によってここまで異なれば、計算することさえ無意味であり、経済学の粋を越えている。そもそも、ホフマン方式で、推定所得と低減率6%で生涯賃金を以って社会的価値を推定するなら、70歳の高齢者が交通事故で死んでも、社会的費用には計上されない(p80-82)という矛盾に撞着する。

そこで社会学。
 通常、減災や福祉のまちづくりなどでは、公助、共助、自助がいわれる。また、官から民、官尊民卑を打倒せよと叫んでいた新自由主義は、近代に国家が取り上げた公を、いとも簡単に1円で特定の私に払い下げた。ホリエモンや村上ファンドのような公益を私益に分解する私尊公卑は、弱者に自立自助を強いる結果に終わった(ドーア『「公」を「私」すべからず』vⅰ-x、ⅰx)。新自由主義は、官=公を所与として扱う点では、公助共助自助論と同様の間違い:「公=官」を侵している。

一方で、古い市民運動では、閉鎖的な共同性は打倒されるべきものであり、その先に市民的公共が制度化されると考えられてきた。田中重好『地域から生まれる公共性』は、そうではなくて、大きな公共が成り立ちにくい現代では、地域の共同性の発露から生み出される小さな公共が集まり、大きな公共(新しい公共だろうか?)になっていく時期ではないかと指摘している(p161-177)。
 しかし、私の経験から言えば、いささか理念的、リアリティに欠ける。

確かに、山口市交通まちづくりのように、地域の共同性から起きる小さな公共が、コミュニティタクシーの自主運営を支えている。それらを支援し、みんなが安心して移動できる交通市民計画=大きな公共に展開している。そういう側面もある。しかし、70年代の新興住宅地住吉台では、共同性を拒否し、あるいは失った人々が個々にクルマ利用で住み着いた。そのニュータウンが限界に達し、阪神大震災で被災高齢者が住み着き、問題事象がおきて初めて、住民協働くるくるバスという小さな公共がスルーアップされた。

淡路島でクルマを所有している人も含め全世帯が1万円/年 を出してコミバスを運営している長沢も、震災で混乱する海辺の海村をみて、団結して村の高齢者移動を皆で支えようとした。
 共同性のなかから、自ずと公共が生まれるのではなく、一定の絶望・限界から人々の「覚悟」が生まれ、そこから公共が生まれるのではないか。そうした地域の公共が重なって、大きな(法的、国家的)な公共になっていくのではないか。

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2011年6月10日 (金)

【2011/6/12大阪空まち歩き資料】

集合6月12日10:30地下鉄谷町6丁目駅北改札及び地上交差点

空堀資料「空堀西地図」 「空堀東地図」
昭和町資料「寺西家文化財長屋ブログ抜粋」 昭和町1 昭和町2
   「建築士」691号、2010/4(重いので、左欄WEBベージ「20102011授業資料にJPG掲載)
各自印刷持参のこと(卒業生、突然参加OK)

人数が30人以上が予測されます。仲間を決めて、掲載の地図を見てまわりましょう。文化財長屋改修大家:寺西先生にお目にかかれます。「建築士」を読んで、質問ください。

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2011年6月 8日 (水)

自動車至上主義がゆらぎ、自転車が議論される今、『自動車の社会的費用』を読む

自動車は、貧困を断ち切る豊かな生活の象徴であった(p26)。
人々が自動車に多くの所得を割き、公共交通が陳腐化し、実質的所得分配の不平等性(p28)が増加する。
消費の自己目的化(マイ・カー)ex.人命よりクルマの傷を気にする(p32)
こんな社会でええんかと宇沢はヒステリックになる。

米国では1973年、新交通法によりハイウェー・トラスト・ファンドから公共交通投資が可能(p44)
(米国では自動車の外部不経済を補おうとした)となった。
  =しかし我が国では、総合組立国策産業である自動車産業を育てるため、公共交通よりも、高速道路延長に自動車特定財源が振り向けられた。
■自動車の外部不経済(p89-98)
 ①交通事故
 ②公害
 ③道路での子どもの遊び、自由通行の権利侵害
 ④自然破壊
 ⑤都市景観破壊
 ⑥渋滞による費用
は、道路という限られた社会財に対する、個人選択自由とその結果としての混雑(p126-128)、いわば「コモンズの悲劇」からきている。consumerは、社会的共通資本を市民的自由でconsume(食い潰し)、①~⑥を発生させた。

しかしながら、2011年現在は
⇒自動車のみに価値観を置かない時代、
  自動車を買えない不安定収入者の増加、
  自動車を運転しずらい高齢者増加、
  エネルギーバランスの悪い自動車がカッコ悪く見える
のなかで、大きな転換点をむかえている。

自動車財源を使って、自転車道を整備するというのはそういう意味であり、その時代的必然を、土木研究者はもっと深読みする必要があったのではないか。

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2011年6月 6日 (月)

【交通まちコミ授業報告】自転車レーン整備実証実験は、どうすべきか?

自転車走行空間整備実証実験での混乱を前に、どうすべきか議論した。
学生は、法学、経済学、文学、心理学、工学専攻などCamerazoom20110606115055

概要紹介
何から手をつけるか
(自転車レーンを設置する前にすべきこと)
 ▼井戸端会議
(クルマドライバーのチャリ批判、 チャリライダーのクルマ批判)
         ⇒地域全体にフィードバック⇒政策化
 ▼自転車の多い時間を調べ、
      時間制限のレーンにしては・・・。
 ▼チャリライダーの意識を変える(学校教育+地域で)
ゴール 税
    保険
    法(免許も)
でも、教育(カッコ良いルールの守り方)ex.田舎ヘルメットはカッコワルイ

   自転車を含んだ混合レーン
         ⇒まずは、バス優先レーンにおける自転車走行
その他
現代は自転車の新しい局面に来ている

理由・・・環境問題、過度なクルマ依存、
   
自転車の増加、ツーキニスト
これまでの自転車走行空間整備の反省…
    
自転車レーン整備のみを目標とし、
    結果として弱腰となり、
    7割が歩道に自転車通行帯を作りごまかしている。

結論・・・ちょいのり自転車→交通手段 の必要性
  ∴法整備>(教育×相互理解の場)>道整備
    まずは、条例化(理念法)をめざした実証実験

条例化(理念法)をめざした教育・議論の場を含みこんだ実証実験でないといけないのではないか

(教育+コミュニケーション機会+イベント)×(道整備+駐輪整備)
【次回宿題】宇沢弘文『自動車の社会的費用』を読んでくる

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2011年6月 5日 (日)

自転車実証実験の異論【6月5日:交通まちコミ資料】

Email0003_2  Email0004_2 自転車実証実験異論事例 自転車実証実験の異論な一覧
■山形市七日町/(1車線)路肩/2011年5月交互自転車道/商店街:クルマが渋滞して商店街に来る客が減った/ドライバーたちからはさんざん「税金の無駄遣い」と悪罵/1万千人分の署名を集めてレーン実験の見直+12日山形市本町2丁目の国道112号で自転車道と車道を分けるポール24本が抜き取られた⇒レーンと反対側の歩道の一部を削って、クルマの荷さばき用スペースに充てる⇒他地区では歩道削減で自転車レーン工事
■宇都宮市白楊高通/途中で自転車レーンが途切れて、歩道に上がるよう指示する矢印→指示に従って歩道に上がるためには段差を乗り越えなければならない⇒自転車レーン使われず
■前橋市JR新前橋駅前/260mの直線道路に自転車レーン/レーン周知がされていない
■東京都亀戸京葉道路/(4車線)/自転車レーン1.4km/商店街:荷捌き不便と反対   
■名古屋市弥富通/個人:必要のない自転車レーンを1.5km作るのに約1000万円かかる/町内会長に説明のみ/工事中止
■宮崎市橘通・高千穂通(中心街)/細い自転車レーン(3車線)/1車線減(2008年11月)⇒バイロン区切り+自転車レーン(両側)/ 商店街:渋滞が増える/市民6割反対/白紙撤回

難しいが、議論しよう。

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2011年6月 3日 (金)

【ツーリズムメディエート論通知】+《反省》社会を変えるには怒りは敵と思え

【授業通知】大学院共通科目ツーリズムメディエート論通知:集合場所変更:5日京都北野白梅町駅10:30

「ど頭かち割り自転車実証実験」は良ろしくない。訂正。

家康家訓「人の一生は重き荷を背負いて遠き路を往くが如し」の後に「怒りは敵と思え」とある。経典の十善戒に「不悪口」「不両舌」がある。乱暴な言葉や、対立を煽るような言葉は慎めとある⇒反省

私の厳しい指摘を前向きにとらえ耳を傾けてくれる自治体職員、国交省若手、エコモ財団、研究者、真面目なコンサルの皆さんに感謝して、「中進国」と乱暴に言い捨てず、自転車歩道走行を求めたい立場との対立を煽ってはいけない。⇒反省

自転車レーン・自転車専用線の実証実験では、小学校父母のなかには、自転車が速い速度で走ったり、子どもの車道通行を怖れる声もある。沿道商店は荷捌きや来客を考えて、タダのロング駐車場である幅2.0~1.5mの路側帯【自動車に優しい道路環境】を変えたくない意見もある。地域のあるべきまちビジョンを考え、一つ一つ説得していき、そのなかで協働の実験をおこなわねばならない。今回の自転車通行環境整備モデル地区事業は、そのコミュニケーション努力が少し足りなかった。
 今、必要なのは「中進国」「アホか」と自嘲・罵倒し「ど頭かち割り」することではなく、ビジョン共有と協働を高める戦略ソフトを組み込んだ丁寧な実証実験である。各地での自転車協働合意実験の実績のもとに、道路交通法など関係法規において、車道、歩道以外に、自転車道を組み込んだ法整備をめざすことだ。理解できる仲間を増やさねばならない。
 自転車好き以外を巻き込まねば、クルマ第一を思う人々を巻き込まねば、自転車を活かしたまちづくりはできない。「怒りは敵と思え」と自戒。

この夏、コミュニケーションデザイン・センター大学院共通科目として学生を連れ「お遍路1000km」に出る(一部、I@筑波:先生が参加)。過疎地の交通実態を観察しつつ、十善戒を唱え反省したい。

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2011年6月 1日 (水)

日本の自転車政策の課題

自転車を活かしたまちづくりを意図し、自転車専用道や自転車レーンの設置をめざした自転車通行環境整備モデル地区事業が、2008年98箇所選定された。が、実際には、歩道上に自転車をあげ(自歩道)、自転車通行位置指定ありor自転車通行位置指定なしが75%にのぼり、自転車レーンの実証実験がわずかに3箇所、自転車道の実証実験が8箇所にとどまった(鈴木美緒他「わが国の地方自治体における自転車政策の動向」第43回土木計画学研究大会)。
 都会では道路空間が狭いから難しい、と訳知り顔をする研究者もいるが、本当か? 本来なら、一車線を削減して自転車道に、または路肩を自転車レーンにすべきである。事実、すぐれた実践例(東金沢停車場線※1日はアクセスできたが、なぜか2日表示できなくなった。以下に現物を掲載します)もある。
Img_0001_newImg_0002_new (「石川の土木」石川県土木部、「まちなかにおける自転車利用環境の現状・課題」金沢市より)

この東金沢の試みの素晴らしいところは、バス停でも、交差点でも、自転車レーンが途切れないところである。「バスが停まっていれば追い越してはいけない」と自転車教育をしようとしていることである。
 日本でよくあるのは、交差点で急に歩道に上げられたり(写真)、Iwatelifenikki_2 

(岩手ライフ日記http://iwatelife.blog7.fc2.com/blog-date-200809.htmlより)、
バス停で、バス待ち乗客に突入レーンが多い。Tecchannokarisuma (テっちゃんのカリスマ日記http://green.ap.teacup.com/gucchi/882.htmlより)

もっと危ないのは、「なにわの自転車危険地帯」 という状況。大阪は、開発途上後期、東京オリンピックの頃のままか?

こうしたなか、土木計画学会に出ていた佐藤宜秀さん(UR都市機構)からメールをいただいた。公務を続けながら、自転車を都市再生に活かそうという、アクティブな実践・研究活動をしておられる。驚いたのは、佐藤さんが撮った、コペンハーゲン、ロンドンの自転車通勤の動画。

冬なんで、「滑らんかいなあ」「えらいスピードやがクルマとぶつからんのかいなあ」、と心配していた。が、じっくり見ていて気がついた。自転車と走行空間を共有、接しているクルマは、日本よりズーっとゆっくり走っている。なにわの交差点では、クルマが圧倒的に支配的、威圧的で、速いスピードで走る。自転車は命をかけて追われるように走っている。
視察時の撮影動画(コペンハーゲンの通勤風景)
視察時の撮影動画(ロンドンの自転車通勤風景)

ははーん、わかった。
何で日本で自転車レーンが遠慮して、歩道に乗り上げ、歩行者と交錯するのか。

発展途上国では、昔の中国のように、クルマが少なく、天安門広場は自転車の大群が走行していた。
今日の先進国では、デンマークやイギリスのように、歩道や車道とは別に、自転車走行空間が担保されている。
先進国ではない日本のような中進国では、いまだに、クルマ優先の道路思想が一部の地方官僚や警察官僚に支配的であるから、歩道で人と自転車が錯綜する。クルマという物やそれによる利益のみに価値を置き、人や環境、コミュニケーション、安全は名目上、お題目として唱えられるだけである。国交省が都市の将来ビジョンを考え「自転車走行空間の確保」を募集したのに、手を挙げた自治体は、いざはじめてみれば、脳ミソが中進国だからクルマ優先を変えられない。それを親切ごかしに「自転車が危険にさらされるから、歩道に分離しました」と・・・。よう言うてくれるワ!(ブチッ!)

中進国の頭を叩き割る実証実験をせねばならない。国交省は「中進国どタマかち割り自転車実証実験」を企画せよ。

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