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2011年4月

2011年4月28日 (木)

「寺田寅彦随筆集」第5巻、岩波文庫、1993年

文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈の度をなすという事実である。
 人類がまだ草昧(そうまい)の時代を脱しなかったころ、がんじょうな岩山の洞窟の中に住まっていたとすれば、たいていの地震や暴風でも平気であったろうし、これらの天変によって破壊さるべきなんらの造営物をも持ち合わせなかったのである。もう少し文化が進んで小屋を作るようになっても、テントか掘っ立て小屋のようなものであって見れば、地震にはかえって絶対安全であり、またたとえ風に吹き飛ばされてしまっても復旧ははなはだ容易である。とにかくこういう時代には、人間は極端に自然に従順であって、自然に逆らうような大それた企ては何もしなかったからよかったのである。
 文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であるといっても不当ではないはずである。災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているのはたれあろう文明人そのものなのである。
 もう一つ文明の進歩のために生じた対自然関係の著しい変化がある。それは人間の団体、なかんずくいわゆる国家あるいは国民と称するものの有機的結合の進化し、その内部構造の分化が著しく進展してきたために、その有機系のある部分の損害が系全体に対してはなはだしく有害な影響を及ぼす可能性が多くなり、時には一小部分の傷害が全系統に致命的となりうる恐れがあるようになった(p58-59「天災と国防」)
 (電気、水道、交通網などの有機体でできた社会は、地震で簡単に切断し大混乱になる。)送電線にしても工学者の計算によって相当な風圧を考慮し若干の安全係数をかけて設計しているはずであるが、変化のはげしい風圧を静力学的に考え、しかもロビンソン風速計で測った平均風速だけを目安にして勘定したりするようなアカデミックな方法で作ったものでは、弛張の激しい風の息の偽周期的衝撃に堪えられないのはむしろ当然のことであろう(p60)
 昔の人間は過去の経験を大切に保存し蓄積してその教えに頼(って集落を安全な所に作るのに)田んぼの中に発展した新開地はめちゃめちゃに破壊されている(p61)
 大津波が来ると一息に洗い去られて生命財産ともに泥水の底に埋められるにきまっている場所でも繁華な市街が発達して何十万人の集団が利権の闘争に夢中になる(p198「災難雑考」)(それを止めるのは、災害を止めるよりも難しい)
(つまり自然災害は)一見不可抗的のようであるが実は人為的のもので、従って科学の力によって人為的にいくらでも軽減しうるものだという考え(を持つが故に、災害が大きくなる)(p199)
 (しかし、こうした状況だからこそ)災難の進化論的意義(がある。)(p199)
却下の大地は一方においては深き慈愛をもってわれわれを保育する「母なる土地」であると同時に、またしばしば刑罰の鞭をふるってわれわれのとかく遊惰に流れやすい心を引き緊める「厳父」としての役割をも勤めるのである。厳父の厳と慈母の慈との配合よろしきを得た国がらにのみ人間の最高文化が発達する見込みがある(p230)
 こうして発達した西欧科学の成果を、なんの骨折りもなくそっくり継承した日本人が、もしも日本の自然の特異性を深く認識した上でこの利器を適当に利用することを学び、そうしてただでさえ豊富な天恵をいっそう有利に享有すると同時にわが国に特異な天変地異の災禍を軽減し回避するように努力すれば、おそらく世界中でわが国ほど都合よくできてる国はまれであろうと思われるのである。しかるに現代の日本ではただ天恵の享楽にのみ夢中になって天災の回避のほうを全然忘れているように見えるのはまことに惜しむべきことと思われる(p238)。

※「寺田寅彦随筆集」第2巻「怪異考」の
自分の郷里高知付近で知られている「孕(はらみ)のジャン」と称するものである。孕は地名で、高知の海岸に並行する山脈が浦戸湾に中断されたその両側の突端の地とその海峡とをこめた名前である。孕のジャンはだれも正体を見たものはなく、夜半にジャーンと鳴り響いて海上を通り過ぎるが、これが通り過ぎると魚が逃げてその夜は漁にならないという古い文献を紹介し、『私は幼時近所の老人からたびたびこれと同様な話を聞かされた。そしてもし記憶の誤りでなければ、このジャンの音響とともに「水面にさざ波が立つ」という事が上記の記載に付加されていた。
などが、災害の民俗記憶の一旦である。こうした伝承の意味を考えてみることの必要性を寅彦は指摘している。少なくとも、そうした謙虚な態度が必要だ

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2011年4月26日 (火)

【交通まちコミ4/25】くるくるバスプレゼン評価ワークショップ

4/17、90分行った古典落語「住吉台くるくるバス住民協働型交通まちづくり」を題材に、その評価ワークショップを行った。
 最初に、前回のプレゼンの復習を20分でおこない、事後、黒で内容コメント、赤で表現法に関するコメント、緑で質問を、ホワイトボードカードに書いて貼り付けた。
Img_0558 個人名は消している。経済、法学、工学、人間科学、文学など、多様な学部生と院生が、一緒に議論した。Img_0559 表現法としてはタヌキの絵がプレゼンを案内するので面白いとか、大きな声すぎてびっくりするとか、早口すぎるとか、反省多々・・・。
 そもそもバスそのものが、わかりづらく、利用しにくいという声も。
 交通だけを課題にするのではなく、生活は、医職住育移食集によりなりたっており、そのなかの移。バスを前提とせず地域にジャストフィットとしたあり方を考えるべき。
そのとき、地域の合意とは何か、どこまでが合意なのか。合意の作り方。コミュニティの設定をどうするのか⇒基本小学校区(まち住区)、緊急医療等では広域定住区のような設定も。
誰が財源を負担するのか⇒シェアの仕方、コミュニティファンディングのあり方。
行政の役割は何か・本当に見守り黒子でよいのか。住民とは誰か・その代表性はどう担保するのか、そもそも住民はそどうしようもなくなるまで動かないエゴイスティックなものではないか(性悪説)、しかし住民の気づく瞬間を信じたい(性善説)。
気づきの場づくりや、コディネートの重要性はわかるが難しい。災害のようなきっかけがあると真剣に考えるがそれまで動かない考えない、今回の震災を地域づくりの新しいきっかけにどうしていくか?Img_0560
などが話し合われた。

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2011年4月22日 (金)

民俗と災害

 現代社会の動向を視野に入れた『日本民俗大辞典』(1999年、吉川弘文館)には「災害」の項目はあるが「原発」も「原爆」もない*。また、『大衆文化事典』(1991年、弘文堂)には「災害」や「ボランティア」「原爆」はあるが原発はない。『現代社会事典』(第3版1989年、有信堂)には、原発事故はあるが、災害もボランティアもない。これらの学問では、現代の大衆やその民俗を、原発や震災から程遠いところに置き、安定成長期の暇つぶしとして展開したのか?
 ところが、バウジンガー・ヘルマン、河野真訳『科学技術のなかの民俗文化』(2005年、文楫堂)の序文には、
「科学技術の危険性をもっと強調すべきであったかも知れない。チェルノブイリ、あるいは数十年前のヒロシマが科学技術の発展に伴う致命的な暴力を受けたことは誰も記憶している。それは、限りなく深刻なできごとである。同時にそこにはたらくのは比較的単純な関係でもある。本書はそうした危険性をあまり取り上げてはいない。本書が意識的に扱ったのは、人間が科学技術とかかわる際の日常の平凡な経験である。当時は、科学技術は民俗文化の対立物、後者を抹殺するような怪物という見方が研究者の間ですら疑われていなかったために、それを克服することに意を用いることになった」とある。
 同書は、科学技術社会の中での、フォークロリズムやふるさとなどを論じていることで有名である。**ところが、著者自身が、「地域のなかの暮らし・民俗から、科学技術(原発)を照射する」重要性を指摘している。
 考えてみれば、バウジンガーの言うように、すべてのフォルクが「素朴で原初的、ふるさと的」であるわけではなく、現代科学技術社会のなかにある。技術だけを特定大学が独占し、特定官庁と独占事業者が結び付き「安心」と言い切り、言い訳のような地元貢献で原発立地地域で民俗調査研究がすすめられてきはしなかったか。かつて、電源・水源立地で、ダムに沈む村があるごとに民俗調査がすすめられてきたように。民俗は、電源立地・原発推進のなかのフォークロリズムとして利用されてこなかったか。
 ならば、バウジンガーが言い残したように、バウジンガーの作業とは逆に、民俗学者は地域の暮らし・民俗から科学技術(都市災害・原発)を照射せねばならない。
 すべての災害に意味があるとするなら、
阪神大震災は、インナーシティの高齢化問題だった。私は、地蔵盆の民俗を取り上げ、都市に暮らす意味を高齢者の暮らしから問い続けたことがある。
阪神大震災と地蔵(ブログ内)
 とするならば、今回の震災の示唆するところは何か。必要以上の原発依存と電力浪費、電力生産地と電力消費地の乖離、過剰な石油依存・クルマ依存という課題を、日本社会は突きつけられたのではないか。そのなかで、沿岸漁業文化はどうなるのか、相馬野馬追いなどの民俗文化はどうなるのか。
 阪神では私は孤立していた。ところが、今回は、民俗学者からのとまどいと相談・メールが、なぜか、元民俗学の私のところに来る。私は、東北の真面目さ、民俗の深さに、密かに期待している。
*私の当時の事項担当は、生駒山(新興宗教関連)、外国人花嫁、柿木問答(性民俗)、河原者、喧嘩、高利貸し、住民運動、スラム、性道徳、嫁盗み、堕胎、売春、福助(障害者民俗)、浮浪者、招き猫(商民俗)、水子供養、夜這い、恋愛 であった。
**例えば、水車は古き文化ではなく、近世資本制家内工業が展開したとき、商品製粉・精米の動力として展開した。その水車は山奥にはすでになく、繁華街の蕎麦屋の前にある。フォークロはイメージとしての故郷、民俗的な伝統シーズのなかにあり、決して古き良きわが国固有の文化としてあるのではない。あるのは、フォークロリズムである。

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2011年4月21日 (木)

【お遍路授業】目論見案

2011年度履修登録を見て、慌てた。
昨年、春5名、秋4名だったのが、
本年、春24名、夏ハード9名(20日現在)。
 すべて受け入れるために腹案を作った。
2011年度お遍路コミュニケーション目論見
まあ、本朝開闢以来、高等教育始まって以来の、とんでも計画だから、ぜひ、ファイルを開ける価値がありますよ。

ほんまに、こんなたくさん、来てくれるのだろうか。

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2011年4月20日 (水)

自宅電球をLED・・・本気低炭素化(事後失敗譚)

自宅電球をLEDに替えると2年で元がとれると発言したが、蛍光灯は現状では難しい。

量販店には、LED蛍光灯がないという。そこで、ネットショッピングで直管LED蛍光灯@9100円×4を注文した。
 Rネット市場(香具師)に出品していた札幌の会社(屋台)で、タイ生産のLED蛍光灯を買い求めた。東京のストック会社から2日後には送られてきた。ところが、取り付けてみると、グロー管、ラピッドスタータには対応するが、我が家のインバータには対応しない。仕方ないので、販売元の福井県の会社に電話したが、対応不能。そこで、東京福生市のストック会社に返品し、未開封キャンセル料金15%(5460円)。

現状では、蛍光灯はLED製品は少なく、インバータなど新しい器具には対応できるものは一般商品として充分流通しているわけではない。
 インバーター蛍光灯のエネルギー効率は、
エコノミー&エコロジー社の
IZ-STK0402(2灯用):入力電圧100V~242V:入力電流0.63A~0.26A:有効電圧範囲:94~256V:力率95%以上:出力周波数66.5kHz:外形寸法360×40×25(定電力出力機能付):STインバーターサイズ(mm)L301×W43×H30
の場合、
Light_product_2_graph_1
となっており、グロー鋼鉄式安定器が102W消費に対して、STインバータは63Wの消費となっている。通常、LED蛍光灯による消費電力軽減は50%程度といわれており、

∴インバータ蛍光灯を使用者はLEDに替える必要はない。

「えっ!インバータがどうかわからん?」

実は、私もそうだった、蛍光灯のカバーを外して、じっくり眺めると四角い器具がついている。確かにグロー管がない。LED管が使えなくて、はじめてインバータと知った。5460円の実践勉強。




   

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2011年4月17日 (日)

自宅電球をLEDに替えて、本気の低炭素化

暖かくなったので、今日、自宅(戸建)の電灯をLEDに替えた。
 9年前に新築したオール電化住宅、
40W(トイレ、壁灯、常夜灯等)×6⇒LED6W(@2400円)×6
60W(門灯・玄関・風呂等)×7⇒LED6W×7:(@2400円×5+@4480円×2)
100W(階段大型)×1⇒LED9.2W(@6280円)×1
直管蛍光灯40W×4⇒LED直管20W(@9100円)×4
を交換することにした。(ループ蛍光灯は、インバータ等の処理が難しいので今回は忌避)

▼計78040円の直接投資。
階段・門灯・常夜灯を12時間、トイレ・壁灯・玄関・キッチン等蛍光灯を3時間つけるものとして、
{(100-9.2)Wx1+(60-6)Wx7}×12h+(40-6)Wx6x3h+(40-20)Wx4x3h
=4024.8Wh=4.0248kWh(日換算)

(仮に関西電力従量制Aの第2段:24.21円/kWh:〈参考〉オール電化の場合はリビングタイム21.64円〈2011年4月現在〉)で365日使った場合{出かけている場合も門灯等は防犯上つけっぱなし}
4.0238×365×24.21=35556.912

我が家をモデルにした世帯で7万8千円の直接投資をして、年間3万5千円の電気代節約。
■直接投資ベースで約2年で元がとれる。

実際は、球の寿命が10倍。また、白熱灯の寿命がきていないものを交換する損金1/3として、7800円(白熱灯新品)÷3(原価未償却部分)=2600円を損益勘定すると、実際の投資額は
 7万8千円×1/10(LEDだと10倍寿命)+2600=10400円

■実際投資は10400円。電気代節約4.0238×30×@24.21円=2922.5円/月 なら、3.5ヶ月で元がとれる。

∴2年で元がとれて(実際は3.5ヶ月)、低炭素になる。しかも換える手間が1/10に。
【どうしても投資金7万円が調達できない場合】は、
▲電気料金が1/10になる白熱灯だけでも替えてはどうか。
 ⇒直接投資41640円で、1年以内に元がとれる。

まだ寿命が残っていても、今すぐ、白熱灯を取り替えよう。計画停電の危機感を持ち、日本中で、今すぐLEDに替えよう。
 ローソンのみならず、今、私たちの責務じゃないか。

 この震災が示唆の一つは、我々のエネルギーバランスの悪さではないか。生活圏外の石油に頼りすぎ、東京の電気を生活圏外の福島で無理に生産させ、浪費しつづける無責任な暮らしは、今後は続けられない。電気料金も上がるだろう。
 理不尽な大災害にも、歴史の意思があるかもしれない。阪神大震災では、都市インナーシティの高齢化課題が突きつけられた。東日本大震災では、ひとりひとりが、真剣にエネルギーと関わることを、示唆している。
 地球に優しいなどと寝言を言いながら、省エネ計算もせず、何となく電気を消す程度で自己満足してきた一人一人が大反省せねばならない。

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2011年4月16日 (土)

【授業:遍路コミュニケーション入門(春)】バス便

5月1日 指定時刻に来るためには、バスの予約をはやめにする必要があります。ダメな場合は、神戸からフェリーという手もあります。http://www.ferry.co.jp/jikoku.htm
とても安いが、東高松港着で高松駅まで連絡バス(三宮駅5:20→神戸港5:40→高松東港9:50→10:00高松駅着
http://www.ferry.co.jp/unchin.htm

青春18切符でも、早朝出れば高松10:30は間に合う

 帰りは、「よくあるご質問」
>往復のバスの予約をしたのですが、帰りのバスの時刻は17:47志度発で大丈夫か
→さぬき市コミバスは 15:51大窪寺発 16:57志度バス停着
http://www.city.sanuki.kagawa.jp/life/conference/cbus/green.html

 ただし、行きは高松、帰りは志度からだと、往復割引がききません。
 また、当日は、遅れに遅れ、配車の関係で、夕方は1時間以上遅れる事もありえます。
 私も、みんなで待つならバス停で立っていてもかまわないと考え、志度発にします。一人で、バス停で立って待つのは辛い。複数人ならOK。
 おそらく、今年は旅行自粛で、高速は混まない・バスは遅れないような気がします。

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2011年4月13日 (水)

【武庫J大:生活学方法予習】論文「長屋の住み方」、プレゼン「長屋と町家」

武庫J大生活学方法は、以下の資料に目を通して、15日授業に臨むべし。
資料長屋の住み方。⇒読んでおく
プレゼン資料⇒4/15の授業資料「長屋と町家」
 これらは、15日、これらを参考とした宿題を出す。課題は授業中に。
21日(木)提出期限。
 宿題未提出は、-50点、単位取得困難の模様。

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2011年4月12日 (火)

にしきた商店街の感性・つながる心

Img_0001 私の住むにしきた商店街(阪急西宮北口駅)の顧問をしている。今日、会議に出ると、震災チャリティのコンサートを開くという。題して「なみだは重き ものしかあるかな」
 
この言葉の感性、デザイン、遠くの人への思いが伝わる。素晴らしい。
 私の町は、こういう誇るべきまちなのだ。でも、大学の仕事があって、コンサートには出れないが・・・。

※ 石川啄木の「しっとりと なみだを吸える砂の玉 なみだは重きものにしあるかな」(一握の砂)による

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2011年4月 9日 (土)

金剛峰寺で阿字観講習を受ける

真言密教の瞑想法:阿字観を受けに高野山金剛峰寺に行ってきた。
 午前中に登録し、時間があったので、大師教会前の木造モデル住宅に行く。高野山には、100年を越える間伐材が出るが、木材流通が不十分なためその活用が難しい。そこで林産資源活用の会社がモデル住宅を作って、森林資源活用を訴えている。
 12:30大師教会講堂に全国から25名が集まった。
 まず、菩薩十善戒を受け、説法を聞いた。
次に道場で、呼吸法・座り方・法界定印の指導を受け、アの発生から瞑想する指導を受ける。
最後に、般若心経の写経をする。
それぞれ、手に香をしたため、戒→定→慧 の流れを体験させていただいた。Img_0532

夕方、南海電車で帰った。直通ではなく、高野山極楽橋ー橋本間の2両のワンマン電車。箱根登山鉄道などと、全国登山鉄道の連携を誇っていた。車内には、高野下からの標高上昇がグラフ掲示(右扉上)されていた。Img_0540
 大手の南海が、大阪からの直通にこだわらず、ローカル山岳鉄道に徹する心意気が良い。山の桜、山村棚田を見下ろし、雲の中を抜けて走る電車は、確かに乗りごたえがある。Img_0537

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2011年4月 8日 (金)

『原子力政策学』神田・中込編、2009年、京都大学学術出版会

1995年12月動燃の高速増殖炉(もんじゅ)の熱除去二次系ナトリウム漏れ事故における事故隠し以後、原子力政策のあり方を議論した本。
 原子力政策には、
①安全技術
②核燃料サイクル技術・処分政策
③不拡散政策
④温暖化防止もにらんだベストミックスを探るエネルギー政策
⑤情報公開・防災・合意形成
⑥リスクコミュニケーション・科学技術リテラシー
がある(p17)。が、技術者は①②に傾きすぎ、反政府市民運動は③に関心が強く、経産省と電力会社は、低炭素化を理由に原子力開発を推進してきた④
 2010/5/26衆議院委員会で、原子力安全保安院長は、冷却のための電源喪失は「あり得ないだろうというぐらいまでの安全設計をしている」と述べ、炉心溶融は「理論的可能性のみで、ほぼ起きない」と発言。2007年、インドネシア津波に危機感を持った原電における津波の影響を考慮した東電原発専門家チームの国際学会での英文レポートは考慮されず(ロイター3月30日:特別リポート)、結果、炉心溶融の危機対応がなかった。ゆえに、この状況。
 本書では、事前知識(C)と観察知識(E)によるベイズ理論で、安全確立(信頼性)を計測している(pp111-126)。
File0003
要は、事故を起こせば、20年は信頼が得られない。ましてや、「絶対事故は起こらない P(E2lC1)=0」という説明は、事故が起こった場合、この原子力発電が安全なものである確率を0としてしまう。 P(C1lE2)=0 となる(p122)。
 今後、原発新設どころか、点検後の始動も難しいかもしれない。ここで問われているのは、電力会社だけではない。電力の30%を無限定に使っている消費者でもある。1970年比で、家庭電力は500%になっている。原発事故や計画停電は、電力垂れ流し消費者に、この状況になってはじめて、実践知(思慮)を与える(p34)。

※第3期科学技術基本計画分野別推進戦略(2006年3月)では、省エネ、運輸からの脱石油、原子力の推進 が謳われている(p27)。その上で2005年原子力政策大綱では、・2030年以降、原発30-40%を期待し ・核燃料サイクルを推進し ・高速増殖炉の商業ベース化 を説いている(p30)。

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2011年4月 7日 (木)

53番ー54番浅海大師堂、菊間青木地蔵堂

昨夏の歩きの報告をした9月28日にした再掲。写真。

今回、40日1000km通し遍路において通夜堂や善根宿・接待宿に、手紙を書いたところ、各地から電話、返信ハガキをいただいた。そのなかに、松山・今治間の浅海大師堂から「浜田のおばちゃん」という人からハガキをいただいた。今回、8月29日に高知県四万十町で調査と講演をすることもあり、今治出発、ゴールとしたので、(松山ー今治間の)浅海大師堂は最後の宿か?

 ところが、40日歩いて、残りわずか、松山の道後温泉でゆっくりすると、通夜堂や善根宿が苦しくなってきた。畳がなく板敷きかもしれないし、布団はないかもしれない(事実、座布団を重ねて寝た)、扇風機はないかもしれない、百足が出るかもしれない、もう充分、通夜堂は体験したではないか。普通の民宿、せめてユースホステルにしてはどうか・・・と、北条YHに電話したら営業していないという。
 
とぼとぼと「浜田のおばちゃん」の家を探し出した。そして、呼びベルを押した。すると、大師堂を守るお婆さんではなく、水道・ポンプの仕事に忙しい40歳台とみうけられる働きざかりの女性が出てこられた。手にした「納め札(氏名、年齢、住所の記入)」をお示しして通夜堂を乞うと、「よくご無事で」と声をかけていただいた。

 彼女は、見ず知らずの私のハガキを覚えているだけでなく、猛暑の中を廻る私をずっと気遣ってくれていたのだ。それに比べて私は、北条YHが臨時休業で、たまたまこの大師堂に来てしまった。私は彼女の配慮に感激しつつ、それを裏切って楽をしようとした悔いを感じつつ、何度も何度も感謝を述べた。

 小奇麗な畳敷きの大師堂に入り、いつも以上に丁寧に経をあげた。40日1000kmの最後の夜、偶然に偶然が重なって得られた出会い、他人の配慮・思いに触れ、感謝の気持ちで感極まっっていた。出会う人にお大師様を思う、お大師様に出会ったというのは、こういうことなのかもしれないと思いつつ眠った。
 この春、再度行ってみると、若者が宿をとっていら。

Img_0500 この先、今治市菊間の青木地蔵でも通夜堂があり、布団が貸されるという。定年以後、5度も周っているという遍路も使えば、悩んでいる若者も使っている。一方で、社会を忌避し、遍路から抜け出せない職業遍路・草遍路とよばれる人々もこれを利用する。村人は草遍路の居つきに困る気持ちがある一方で、素朴な信仰心も併せ持ちつつ、周る人々に優しい。とくに、愛媛県は優しい宿堂が多い。

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2011年4月 6日 (水)

52番大山寺(松山市)の境内茶屋

松山北部の三津浜に大山寺がある。一の門の内に門前町があり仁王門がある。その内側山門までの山中に5軒の接待宿があった。その一軒では赤い番傘をさして茶店をしている。布袋という苗字のお家の奥さんが地域の人のたまり場として運営している。茶店の庭には、昔、遍路が疲れて、杖を投げ捨てたので注意したところ曲がり竹になったといわれるものが、現生している。別の遍路宿では、こんにゃく田楽が名物で、子規の句にある。Img_0505 Img_0504 Img_0503

最近、伊予鉄三津浜駅から町内を廻り大山寺の仁王門まで来る150円バスが走るようになった。高齢化のため遠のいていた地元のお参りが、このバスで復活した。皆、お参りしては、この茶店で家庭の愚痴を話していくという。
 お寺と茶店とバス、こんな小さな地域のコミュニケーションも大切だ。

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2011年4月 4日 (月)

伊予鉄のバリアフリー

クルマ社会により衰退激しい地方鉄道・バスのなかで、伊予鉄は健闘している。
http://www3.iyotetsu.co.jp/rosen_iyotetsu/gmap/
その市内環状トラムと高浜線(港を通じて瀬戸内海諸島に連絡)の連絡駅、古町駅は、跨線橋ではなく踏切とスロープである。大都市の大量輸送でなければ、エレベーターも必要ない、利用者に負担をかけない、この方法で充分ではないか。Img_0519
右がトラムホーム、左が高浜線島ホームImg_0518 Img_0520

また、伊予鉄では、すべてのバスを伊予市駅まで引っ張ることをやめた。地域循環バスと鉄道とを接続させ、循環バスの料金を均一低価格にし、乗継情報をわかりやすくした。車内でも接続バスの方面、時間を明示する。終点の高浜駅は海の前で、瀬戸内の島まで歩いて行ける。船でICカードも使えると聞いた。

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2011年4月 1日 (金)

54ー59番札所(今治周辺)

28日午後、低炭素の発表を終え、懇親会で交通経済の専門家と意見交換の機会をいただき、そのまま22:30大阪フェリーターミナル発のフェリーで
29日、東予港へ。船内で朝食をとり6:10着、連絡バスで7:03今治駅前着。56番泰山寺行バス(鈍川温泉行)が8:07発であることを確認。徒歩10分の55番南光坊に向う。納経所のHさんが、納経帖に書いてある私の名前を見て「前に来られましたね」と、名前を墨書して篆刻を押してお守りにしてくれた。
 8:07発鈍川温泉行バス小泉下車(約3km)北西600mで56番→徒歩で57番(3.1km)→徒歩で2.4km山登り、58番仙遊寺→下山6.1kmで59番国分寺(途中、字松木のパン工房しらいし(月、第一火曜休み)で昼食→国分寺バス停(桜井団地循環)にバス便がないので、伊予富田駅まで約2km歩く。→今治駅→54番延命寺行バス(菊間行阿坊下車300m)がないので、3km歩く。→阿方よりバス大西まで(3.5km)→JR駅まで150m(駅前通大楠の三叉路を左50mのパーマ屋、散髪屋の路地を入りバイパスに出るとバス停)→JRで浅海下車→浅海大師堂(昨夏の一宿のお礼参り)→峠越え・鎌大師→(約4km)北条水軍YH

翌30日、バスは2倍の運賃なのでJRで堀江。街中を過ぎると石油や農機の工場街。それをぬって和気集落。和気は、托鉢僧用に、いつも喜捨(食物、小銭?)を用意している、真面目な風習の残る集落。最近、ドロップアウトした草遍路(職業遍路)が、こうした真面目な集落を集中的に来ると聞いた。→53番円明寺→勝岡八幡宮からミカン畑を迷い登り、山から52番大山寺→境内茶店の布袋さん(姓)に夏遍路のときのお礼を申し上げる(甘酒200円菓子付)→地域循環バス150円でJR三津浜駅→へんろ道保存協会を訪れ、故宮崎様の威徳をしのぶ(跡目争い等の風評は間違い。息子さんが意思を継いでおられる)

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