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2010年9月22日 (水)

歩き遍路四国88ヶ所は、俗に1600km(奥の院、別格を含む)。88の札所本霊場のみだと1000km、55日くらい。若者のなかには潜水めがねをぶら下げ、地元の若者と呑み明かしつつ、30日で回ると言う剛の者もいる。
 古道が全てつながっているわけではなく、トラックが横行する歩道もない国道脇、バイパスの歩道もあれば、小さな街角を斜めに抜ける旧道もあれば、山中の石畳の古道・竹藪と畑の間の畦道、岩肌が立つ山伏修行の道もある。
 五重塔や伽藍を構える善通寺(弘法大師誕生地)のような寺もあれば、小さなお堂の札所もある。萱葺の鐘堂もあればコンクリートの本堂もある。断崖に張り付けたような本堂もあれば、街中の寺もある。
 そこを、菅笠、杖、「南無大師遍照金剛」と書いたおいづる(白いユニフォーム)に輪袈裟を首にかけ、幼稚園バックのような布鞄(線香、経、納経帳、納札の紙などを入れる)を持つ。荷物を入れたリュックを背負えば、立派なお遍路さん。
 通しで廻っても良いし、阿波、土佐、伊予、讃岐と国ごとに区切り打ちも良い。土日ごとに、区切って廻るのもOK。歩いて廻っても、自動車でも、ツアーでもOK、なかには自転車で廻る人もいる。
 私の場合は、あまり面白くない国道や危険なトンネルの路側を歩くよりも、歩くことを支援する公共交通を利用することもあった。気になる庵や美しい集落を見ればバスを降りて歩きはじめる。トンネルよりも峠の集落を通り、真夏の昼を歩くよりは、朝4時に出発して日差しの低い間に15kmを歩いた。
 無理をしない。こだわらないというのが、お大師さんの教えである。自由なファッション、臨機応変の方法で歩く。私は菅笠をやめ、大きく日差しを避けるジャンプ傘を持ち歩いた。50km/日もあれば、おばあちゃんと話し込み15kmしか歩かない日もある。こうして、40日750kmを徒歩で歩いた。
 宿坊や、接待で弁当を持たせたり到着したとたんドリンク剤を接待したり独自の道案内をする接待的な宿、住民が無償で納屋などに寝床を提供する善根宿、村の大師堂などに泊まる通夜堂、それに野宿で廻った。道後温泉にも接待宿がある。宿を予約したり夕方に宿やネグラを探すのは心細い。気が重い。
 ほとんどのところにコンビニがあり、某チェーンでは、歩き遍路にはお茶ペットボトルが接待される。食事は、どうしてもコンビニおにぎりに偏る傾向にあるので、海辺では極力地産魚料理を食べた。土佐清水の鯖丼は美味。ただ、水には飢えた。廻った札所の数よりも販売機で買った冷えたアクエリアスの数の方が多かった。己が餓鬼であることを自覚した。

夏遍路 水に飢え、宿を乞い、人に会う

夏遍路 汗を道後の湯で流せ
 

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