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2010年5月 7日 (金)

乞食旅行

日本一歩いた民俗学者、宮本常一は、年間200日以上を十数年、村々を歩いた。宮本は民俗学仲間として訪問し、百姓仲間として迎えられ、聞き語りした。ほとんど宿泊費のいらぬ乞食旅行であった(『宮本常一著作集第1巻 民俗学への道』)という。
 宮本の歩いた60年代・高度経済成長前の日本では、日々の厳しい労働の中でも、旅人を迎え泊めて、仲間として語り合う気風があったのである。無財の七施をいうまでもなく、風の人を受け止める自由な空気があったのである。
 私もまた、宮本にあこがれ、その真似をして中国山地を歩いたことがある。夕暮れになって村を歩き、困り果てて泊めてもらったこともある。娘を都会に出した家で、子ども仲間として、受け入れてくれたのである。1974年頃の話である。

近年は、歩いている若者を泊めようものなら、危ない宗教か商売勧誘かもしれず、見知らずの人を泊めることはない。四国の接待宿は、特別なものではなく、一昔前の日本には、通常にあった。ただ、お遍路・お大師様という共通の信仰・尊敬をもって結びついた関係が、この乞食旅行の風を残したのである。また開発から取り残された四国という環境が、乞食旅行をささえる接待宿の風を残したのである。

我が家は小さい。しかし、西宮北口という便利な駅の直ぐ近くにあり、講演をしてもらった仲間に泊まってもらうことがよくある。ときには、深夜まで飲み明かすこともある。ホテルに泊まってもらってもよさそうなものだが、生活の中に仲間に入ってもらってのコミュニケーションは、泊まる側の遠慮・泊める側の気遣いをはるかに越えるおおきな快感である。子ども仲間としての学生らを破屋に招いて食事をともにするのも同様の楽しみである。

 

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