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2010年3月 2日 (火)

語り合う意味

大学院博士課程後期理学研究科の学生が相談に来た。
 専攻とは別に、大学院共通科目の私の授業をいくつかとってきた学生だが、博士取得で研究職を追求するのではなく、文系も含めた民間就職をめざすという。研究室の教授に相談したら、「がんばってください」と一言のみで、戸惑って私の所にきたようだ。
私は、
①研究で行けないから民間就職という姿勢では、民間は雇いたくない。挫折したことの意味や、挫折のプロセスで得たものの意味、その挫折力(危機対応能力)を活かして社会にどう貢献したいかを、プレゼンすべきだ。
②研究だけが人生の全てではない。民間就職もあれば、地方の大学・短大・専門学校の情報処理・科学ゼミ・基礎数学などの教員も、やりがいのある仕事である。トライすべし。
③小さい技術ベンチャーでも、大企業と連携して、大阪大学のプロジェクトで展開する可能性がある。やる気があるなら、それも視野にいれておけ。
 ①②③を視野に入れ、他方向で展開せよ。どれか一つに縛る必要はない。たまたま決まったものが天命で、一生懸命、社会使命をはたせばよい。
 このくらいの語り合いすらできない研究室だとすれば、その研究室からいったいどんな創造性が出せるのか疑問だ!研究の前に、一人一人の学生に向き合うことが、大学人には求められるのではないだろうか。

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