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2009年9月 6日 (日)

災害の記憶と伝承:長崎さるくに学ぶ②

原爆の被災記憶を長崎さるくで歩いた。

被災経験のある語り部は高齢になり、伝承し、被災地や平和公園などを案内することは難しい。被災経験のある山里小学校資料館の案内人も、さるくガイドはしていない。平和公園で語りかける1931年生まれの被災者もさるくガイドはしない。最近まで、被爆体験は誰も聞いてくれなかったので、被爆体験は語るもの・巡るものとは思えなかったという。

では、被災体験のないさるくガイドが案内し、慰霊碑や小学校で、被爆体験者にバトンタッチすれば良さそうなものだが、そう簡単ではない。

観光ボランティアやさるくガイドは、よく勉強している。「研究」と表現するガイドもいた。しっかり郷土史を研究してその成果をガイドで示すべきであり、勉強もしないで目立とうとガイドするのは軽薄だと、私が会った観光ボランティアは言う。

しかし、「研究」成果発表は長くなる。案内される側の立場に関わらず、研究成果を「ご承知のように」と延々と話す。結果、平和公園で参拝を呼びかける語り部の前を「時間がないから」と通り過ぎ、山里小学校資料館では「時間がないので5分」と説明をせず、資料館案内人に説明を依頼もしなかった。

資料館と慰霊碑だけでは充分伝わらない。町をさるき説明板を読み、ガイドの説明を受けるのも良し。しかし、生身の被災体験の語りに耳をすませ、市民が手作りした体験談資料を現場で見せていただき語り合う、現場コミュニケーションこそ重要ではないか。町や人の語りを避け通り過ぎ、語り部のいないところで「研究」成果を示されては惜しい。

「研究」とは知識の塊ではない。データーと現場コミュニケーションとが一体になって感じ、考えることから始まる。訪問者は、知識の受け売りや羅列を求めているのではない。資料を元に、浦上の暮らしのなかで、包括的に原爆伝承にコミュニケーションし、感じたいのである。感じるとは、被災にイマジネーションをはたらかすということである。建物をながめ、慰霊碑をめぐり、知識をひけらかすだけでは、伝わるものは少ない。

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