« 密教と土木計画⑤ | トップページ | 土木文化カフェ(その1) »

2009年8月18日 (火)

密教と土木計画⑦

研究の入り口、フィールドワークの二重の意味。

人々の生活の理を見る場合(胎蔵界)、仏眼と宝珠心による一切如来智(偏知院)が重要である。また、陀羅尼明を受持する持明院では、貪り・痴オロカサ、瞋イカリを明王で調伏しようとしている。

その技術智(金剛界)は、地域社会の抱える貪瞋痴を調伏しつつ、にも関わらず、人々の暮らしのなかにある仏をいかに発見する作業である。現場で発せられる本質的な吐露(言葉)に耳を澄ますべきである。地域を見る優しいまなざしや心なしに、何のアンケートか? ヒアリング、聞き取りという高圧的な状況で、誰が本当の事を語ろうか。「聞き込み」と正直に言う学生もいる。君らは、犯罪捜査をやっているのか?

 調査者は、人間社会のなかの情けないような貪瞋痴をみつめつつ、にも関わらずそこにある小さいけれども限りなく尊い智に学びたい。智を発見できるような、人々の変化を誘導するような作動としての社会実験をせねばならない。社会実験という手法のみに心を奪われる己の痴を意識せず、人々の貪瞋痴に怒り諦め、そこにある智を見失うのである。

|
|

« 密教と土木計画⑤ | トップページ | 土木文化カフェ(その1) »

交通を活かしたまちづくり」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 密教と土木計画⑤ | トップページ | 土木文化カフェ(その1) »