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2009年5月14日 (木)

<言語>システムは存在するんではなく、コミュニケーションとカップリングによって創発される

言語が所与として記号システムとして存在し、意味するものと行為が生まれるというのは、本当だろうか?

むしろ、動物でも行動behaviorは可能だが、行為actionはPDCAのcheckのような経験とともに、人間またはそれに近い類人などに起こるもの。人間社会の観察と、モルモットの観察とは異なるのである。行為は、人間間のコミュニケーションとカップリングによって創発されるものであり、最初から存在するものではない。ただ、オートポイエーシスの組み込みに沿いながら、心的システムがはたらくのかもしれない。(二クラス・ルーマン『システム理論入門』308-357頁)これを、文化というのであろうか。

最近は、ハードインフラの計画において、単なる需要予測、投下資本回収の効率性といった議論でははかりえない、住民協働の可能性などの心的社会的事項の増加にしたがい、ソーシャルキャピタルの議論がさかんである。公民館がたくさんあるとか、町会組織率が高いとか、そんなことでインフラ整備の効率予測をしようとする議論がある。政策目標が、国土整備計画から生活の質の向上に変わり、土木学者やゼネコンの方が、一生懸命、ソーシャルキャピタルを計算しておられるが、違和感を持っている。ゼネコンの重役が訊いてこられた。「先生、ソーシャルキャピタルの計測はどうやったらビジネスになりますか」。私の答え;「みんなが希望を持てれば、何かあるかもしれませんね」である。希望は、何回笑ったとか、計測するものであろうか。

所与としてのソーシャルキャピタルはあるのか?むしろ、異なる人間・環境の相互浸透する現場でのコミュニケーションとカップリングのなかに、オートポイエーティクに創発されるものではないか。ソーシャルキャピタルは数えるものではなく、関わり、観察すべきもの、現場と研究室との軽やかな往復運動のなかで体得すべきものかもしれない。

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