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2008年12月23日 (火)

加賀山耕一『お遍路入門』ちくま新書

通常の歩き四国遍路体験記・案内書ではない。本質をついた遍路の視点が示されている。(以下、引用ではなく私の読後印象)

■四国の人々の配慮(配慮することで接待側も気分良くなる)を受けて、ありがとうと思って歩ける遍路側の気分良さ。「こんにちは」「ありがとう」のコミュニケーションを、白装束においずる・笠・輪袈裟・杖のユニフォームが促進してくれる。後は、訪問する者の、先に挨拶する勇気である。

■所要日数は、わからん。ただただ、次の札所に行くだけであり、予定はたてられない。歩くもよし、公共交通機関もよし。ただ、団体バスでは、人や暮らしに出会うことがない。迷う体験も得られない。歩くのも団体はダメ。「路」は各の足と書くではないか。

■笠は風に弱いが、日差しをさえぎる。手を縁をかかげ、前向きに、頭を下げて歩け、ふんぞり返るなという。

■鈴と杖は、野犬除け、まむし除け。白装束は、スズメバチ除け。杖は、体重がかかる山道で足を守る。

■山道は気持ちよい。ただし、遊歩道計画によって階段状に等間隔で直線状に擬木が打つつけられ、ところによっては必要以上に腿を上げねばあがれない坂道は、かつての遍路道とは違い、歩きにくい。現代の遍路ころがしは、一にトンネル、二にクルマ、三に山の階段、四の五の言えばマムシが嗤う。いやはや、全部、今話題の国交省整備局道路予算。

■札所を巡ることを打つという。木札納札を打ちつけることに由来するが、打つことによる「手ごたえ」だという。私は「なるほど」と手を打った。

■43番明石寺、57番栄福寺には、病気遍路の奉納した箱車があるという(22番平等寺にもある)。71番弥谷寺には、コルセット・義足・松葉杖が奉納されている。

ただ読後感は悪い。はなもちならない気持ち悪さがあるが、四国を何度も回って「入門」を書く人でも、この程度である。人間というのは、なかなか変わらんもんだなあと思う。某政治家が歩き遍路を完逐し高野山で高僧に聞いたという。「体感、実感。いろいろな事がわかったが、捨てることができない」(そら、現役ですから)と言ったそうな。高僧曰く、「もう一回、回ってきなさい」

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