2018年8月15日 (水)

上野武『大学発地域再生』清水弘文堂書房

上野武『大学発地域再生』清水弘文堂書房、2009年
■ジェイムズ・ラブロック「ガイア理論」
    20世紀が積み残した課題…不健康な地球・不健康な地域・不健康な人間(p20)
■地域サステナビリティと健康力 健康な環×健康な身体×健康な心(健康知識) (P40)
    ウェルネス←市民科学(QOLの把握) (p41)
■もうひとつの科学
モード1の科学…個別学問分野の論理で研究の方向を決める(個別分析する)従来の方法
モード2の科学…社会に解放された科学研究。市民、産業界、政府の専門家などが対等の立場で参加し、社会的公共的かつ産業的な複合問題の解決策を領域横断的に探る方法。サステナビリティ学にとって重要な方法で。グローカルな視点の市民科学といって良い。               (P41-42)
 ※市民科学実験フールドとしての大学キャンパス(P43)←個別研究の縄張りの集合としての大学
■LCCレーンコミュニティカレッジ(2年生)(p.p.66-69)
・地域大学(オレゴン大学)への準備教育  ⇒高齢者大学院進学の準備教育(教養プログラム)
・職業スキルアップ(地域企業雇用者再教育(オレゴン州ユージン市))
・生涯学習・語学学習の機会提供 ⇒従来の大学開放講座
・高齢者教育プログラム(老年学、救急学、衛生学、看護学)
・地域コミュニティへの人材育成貢献
■大学の持つもの 知財(研究成果)  実践研究  政策寄与
         人財(学生>教員) PjBLの場  地域寄与
         資財(教育研究の場)共同利用 まちなかラボ提供
                   (p.p.79-83)
    ・ケミレスタウンプロジェクト(p112)
      ・カレッジリンク住宅(p134)
      ・カレッジリンク(p138) 多世代交流
■大学と市民との相互関係
大学⇒学習プログラム  ⇒カレッジリンク住宅入居高齢者・市内の個別高齢者
大学⇒健康管理プログラム⇒カレッジリンク住宅入居高齢者・市内の個別高齢者
大学⇒健康診断     ⇒カレッジリンク住宅入居高齢者・市内の個別高齢者
大学⇐ 授業料      ⇐カレッジリンク住宅入居高齢者・市内の個別高齢者
大学⇐ ボランティア   ⇐カレッジリンク住宅入居高齢者・市内の個別高齢者
大学⇐ 基金寄付     ⇐カレッジリンク住宅入居高齢者・市内の個別高齢者
大学⇐ 投資       ⇐カレッジリンク住宅入居高齢者・市内の個別高齢者(p136)
■健康と学びの連携
 ・柏の葉 千葉大学予防医学センター 健康データセンター 医療コンシャルジュ(P117)
   健康都市構想 柏の葉アーバンデザインセンター
 ・カレッジリンク型コミュニティ 関西大学文学部の高齢者向けプログラム+住宅建設
     世代交流型シニアハウジング(学内定期借地、学生寮複合住宅) (P133)

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2018年8月14日 (火)

ヨイトマケと土木屋

三輪明宏(旧名「丸山明宏」)の作詞作曲歌唱の「ヨイトマケの唄」は、幼少時の友人の亡き母(日雇い労働者)を回顧する歌である。「ヨイトマケ」とは、かつて建設機械が普及していなかった時代に、人力による地固め作業のための不正規集団単純労働の掛け声、およびその労働をさす。技能を必要としないことから、貧困女性も参加する肉体労働であった。日本の近代化ではひろくみられた。同様の近代の女性労働としては、炭鉱の選鉱婦がある。
 個人的感傷的なことであるが、この唄を聞くと、いつも涙が止まらなくなる。
 先日も、テレビでたまたま三輪のヨイトマケの唄を聞く機会があった。いつものように泣きつつ、どの部分が心に刺さるのか、感涙しつつ、冷静に感涙する自分を観察した。
 後からふりかえってみると、各節の最後、「働く土方の あの唄が」「貧しい土方の あの唄が」と「母ちゃんの働くとこを見た」の部分に、自分が感涙していることを自分で発見した。
 私は、父親が早世した幼児期、長屋を女手一つで守っていた、いとさん(一家の長男の嫁)に引き取られたことを思い出していた。昭和34年頃、神戸市長田区の被差別部落と道一つ隔てた表長屋には、3家族19人が住んでいた。私から見て、祖父母、長男家族(6人)、長女家族(6人)、未婚の妹2人、ここに、四男が早世した後家(私の母)と2人の幼児(私を含む)がなだれ込んだ。長男は、市役所に勤めていたが神経の病気で勤務を離れ、長女の夫は不安定な仕立職であり、いとさん一人が外部収入、大家族の家事を支えていた。四男の後家(実母)、亡き夫の勤めていたダンロップに勤務したが、その間、2歳の幼児(弟)の面倒をひきうけたのはいとさんであった。
 いとさんは家事労働を引き受けつつ、賃稼ぎとして工事現場に通っていた。5歳の私は従妹の兄姉と遊んでいたが、いとさんは幼い弟を背負って賃稼ぎに出ていた。あるとき、たまたま兵庫港(と記憶している)の工事現場に、弟と一緒に連れていかれたことがあり、その記憶がヨイトマケの唄で呼び起された。
 こざかしい私は、黙々と働くいとさんが嫌いだった。日焼けした顔で、太って、ちんば(足の障害があり、ひきづりながら歩く)のいとさんが、黙って作るバラ寿司も、梅干し、紫蘇生姜漬けも、工場製品のチキンラーメンや渡辺のジュース粉末のような綺麗な原色でなく、私は汚いと思って、食べたくなかった。(私はすっかり、底辺に反発しつつ工業製品になじんでいた)。しかし、弟は、いとさんの作る食品を「おふくろの味」としておいしいと認識し、今もその味をつれあいに求めているが、私はそう正直にはなれなかった。
 当時、水洗化されたばかりのトイレの便器は大小便共用だった。費用がないのか、長屋のトイレはタイル張りではなく、セメントのままだった。小便がこぼれることもあった。いとさんは、一言も文句をいわず、黙って掃除しつづけた。私は、感謝の言葉も忘れ、黙ったままのいとさんを避けていた。
 いとさんが入院したとき、大阪教育大学で学び、教員一直線、上昇志向の私は、いとさんを病院に見舞うことさえしなかった。母やいとさんのような肉体労働を脱して教師をめざす私には、苦労に苦労を重ねたいとさんに、感謝する言葉さえ、当時は持てなかった。
 その私が、「苦労苦労で死んでった」(ヨイトマケの唄)の歌詞を聞いたとき、いとさんのことが、一気に思い出された。今さらながら、申し訳なく悔いる気持ちがあふれてきた。もう、55年もたとうとしているこの時期に、深い懺悔の気持ちが湧いてくるのである。
  「ヨイトマケ」の唄は続く。
   5.あれから何年経ったことだろう
     高校も出たし大学も出た
     今じゃ機械の世の中で
     おまけに僕はエンジニア
     苦労苦労で死んでった
     母ちゃん見てくれ この姿
     母ちゃん見てくれ この姿
私は、三輪の描く「貧しさ」に抗してエンジニアになる上昇志向の姿に自己を重ね合わせて共鳴しつつ、「苦労苦労で死んでった」いとさんに対して、感謝の言葉すらかけられなかった自分の弱さに懺悔し、嗚咽するのである。
 「おまけに僕は大阪大学の博士」である。土木計画の定性的評価に関する専門家である。行政、企業の専門職として、現場の技術者と議論する機会も多い。そうしたとき、土木技術職の多くが、自らを「土木屋」と自嘲的に自己紹介するに、躊躇することが少なくない。
  考えてみると、建築士、デザイナー、経営士、消防士、看護師、教師、教授が、こうした自嘲的自己表現をすることは、ほとんどない。( ただし、文系教授が、「文学部只野教授」と文系を「役立たないもの」として揶揄することは、「威張る割には役立たない」という自嘲であり、筒井康孝の同名小説以来、ときには表現される。)それ以外では唯一、
  「私は土木屋でして…」
 という自嘲表現がある。この表現には、文系一般職の支配する行政機構のなかで、技術職(土木、建築、機械、電気、農業)に対して、「土木、建築、機械、電気、農業」といった表現以外に、どのような自己表現があるのであろうか。経験的にいえば
  建築…建築師
  機械、電気…エンジニア
  農業…百姓
である。20世紀の社会では農業の地位は低いが、物事の基本、多様な生産活動という意味で、ある意味誇りをもって「百姓」と技術者が事故表現することがある。宮本常一が全国を歩いて村に入るとき「わしゃー 周防大島の百姓じゃ」というのが、同様である。これに対して
  土木…土木屋
である。なぜ、土木のみに「屋」がつけられるのであろうか。
 建築は、建築「家」である(日本建築家協会)。都市計画は技術士であるが、専門家としての地位を明確化するため「都市計画家協会」を組織している。医師は「師」である。教員は教「師」である。看護師は、看護士を「師」に最近、法律改正した。なぜ、土木家、土木士、土木師といわないのであろうか。
 ところで「家」と「屋」はどう違うのであろうか。西山夘三「日本のすまい」によれば、家は持続的に住む建物であり、屋は小屋である。したがって、臨時に都会に出てきた仮の長屋が町屋であり、都市で永久に住む家が町家なのである。また宮本常一「町のなりたち」によれば、町家には仏壇があり、仮の宿の町屋には仏壇がないといわれる。
 このように考えてみると、エンジニアや医師には、都市での永続的な生活が保障されているが、土木には不定期雇用、日雇い、肉体労働のイメージがつきまとうのである。「おまけに僕はエンジニア」とは、不定期雇用の「ヨイトマケ」から上昇成功し、常勤ホワイトとしてのエンジニア職を獲得した姿が描かれているのである。
 土木職が「土木屋」と自己表現するとき、彼らは不定期土木肉体職に対する侮蔑、それと関る自らへの自虐が込められているのかもしれない。
 今日では、機械基礎杭打ちであり、ヨイトマケはない。いや、AIの時代では、電気配線、機械調節も、自動で運営される部分が多くなる。だからこそ、基本的な設営における手作業、現場での専門的実践判断が重要である。こうしたなかにおいて、未だに土木を卑しいものと考える思考の根底には、かなりの時代遅れ、機能的限定合理性のみを唯一の真理と考える、20世紀工業化時代の片りん、偏った志向があるものと思われる。

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2018年4月16日 (月)

民俗学・内省のリスク

大塚英志『殺生と戦争の民俗学』(角川書店、2017)は、地理学者で柳田國男の弟子であった千葉徳爾の民俗学の戦争・憲法との関係や切腹や排せつなど、深い思考を通じて、民俗学を問い直した書物である。

 柳田國男は、民俗学のことを「実験の史学」(『柳田國男全集27』筑摩書房、1990年所収)と呼んでいる。実験とは素養ある者の計画があり、民俗現象の予測観察のことをさしている(大塚、2017年、p167)。柳田は、社会文化を理学でみようとした。したがって、実感を強調する折口信夫を破門したといわれる。

一方で柳田は、相手の言語・動作などばかりでなく、語り手の気持ち・心情を、訪れた者が事故の心を同様な内容とすることに努める、文字通り「情を同じくする」境地に入るようにするのが、柳田の同情である(千葉徳爾『新考 山の人生』古今書店、2006年)(大塚、2017年、p.p.187-188)と、述べている。実験なのか実感なのか、柳田の学問はアンビバレントである。

昭和初期、柳田國男は、民俗学の成立に関して、民俗学という言葉を妙にさけてきた。柳田自身が「民俗学」と自ら語った瞬間、たちまちロマン主義が入り込み、岡正雄が輸入しようとしたナチスドイツ型民俗学に回収されかけた(大塚、2017年、p287)。柳田は、昭和10年前後、民俗学の成立に関して、民俗学という言葉を避けている。郷土研究、地方学、民間伝承論、ルーラルエコノミー・・・。『青年と学問』のように単に「学問」とのみいっているケースもある(大塚、2017年、p.p.290-291)。

千葉は、次のような柳田の言葉を紹介している。緊急時に台風が吹くという民俗は日本にはないのに、集団自己を無理に正当化する「神風なる民俗」、言い方を変えれば神風依存症は、戦時下で作られたものであった。戦時下に「自学」という自らを考える能力(内省)を欠いた国民が、このように創られた民俗文化に妄動した(「新考 山の人生」をまとめている)という(大塚、2017年、p.p.308-309)。

柳田國男は、戦後、中学校社会科教科書『日本の社会』(実業之日本社、1954年)に関わっており、民俗学によって、憲法の芽を生やせられないかと述べ、「公民の民俗学」を構想していた(大塚、2017年、p.334)。

 人々を賢くする集合知としての民俗学の可能性(大塚、2017年、p.336)を考え、どうしても、新しい民俗学の教本をつくる必要がある(千葉徳爾「第二部解説―二つの『民俗学教本案』について」『柳田國男談話稿』法政大学出版局、1987年)と考えたが、実現しなかった。大学に職を得た民俗学者は、民間信仰や化け物の研究にしか関心が向かなかった。

 教科書のための柳田のカードには「公界を社交」「公共事務」「パブリックな場としての酒場」(大塚、2017年、p.p.340-341)があったことを、大塚は柳田の公民の民俗学の証と考えている。

すねた柳田は「みんなは家族や民間信仰に興味をもっているが、これからは教育が重要になる。将来の民俗学は家やムラよりも友人・仲間の関係を重視しなくてはいけなくなろう」(大塚、2017年、p343)、つまり、社交と公共(大塚、2017年、p343)を重視したいと思っていたが、それはならなかった。戦後の都市計画では、民俗学者は、お化け趣味に走り、都市計画社は、公共利益と権利者主張との妥協のなかで、苦しむこととなり、ついぞ、公民は出なかった。

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2018年4月 4日 (水)

小林重敬編著『最新 エリアマネジメント』

大阪大学としてエリアマネジメントをせねばならないかもしれない。そこで、小林重敬編著『最新 エリアマネジメント』(学芸出版、2015年)を読んだ。

エリアマネジメントの肝は、ニクラス・ルーマンがいう「信頼」である。信頼とは「期待される将来の事象のために、それ以外の事象の可能性を制限して行動するというリスクを引き受けること」という。(p12)
→現状の日本の都市エリアは個別商売のパッチワークである。エリマネは難しい。
⇒その解決法は 互酬性である 
人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい(『マタイによる福音書』7章12節,『ルカによる福音書』6章31節)

だから合意形成
 民主主義としての(マイケル・サンデル) ではなく
 関係主体数の増加によりコスト増大、メリット低減。利益最大値(p178)= は妥協消極的
 了解可能性の高い仮説 森栗「共創まちづくりの仮説提案」『実践政策学』4-1(投稿中)哲学

大阪大学が取り組もうとしているエリアマネジメントとは、エリマネの5原則に則せば
▪️ビジョンを決める→人を育て町を育てる
▪️エリアを決める →自治体内の某都心
▪️誰がマネジメントを行うかを決める
             →人育ては大阪大学が行う。建設ーリノベは、権利者の実践会、TMO等
▪️何をマネジメントするか決める→共創対話の場(カフェ・研究会、PjBL、寄付講義)
▪️マネジメントの収入源を決める→大型申請 将来はコンソーシアムによる官民連携PJ

  エリマネの収入源を後から考えるのは難しい。開発案件なら先にコージェネレーション設備で地域発電・冷暖房管理にイニシャル投資し、それをランニングとして皆で返していく。投資には、ファイナンスを集めれば良い。(小林『最新エリアマネジメント』所収、村木美樹「環境エネルギーの視点から」p.p.182-187)⇒開発案件があるので、検討余地あり。

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2018年3月30日 (金)

学びあいの場が育てる地域創生ー産官学民の協働実践

エリアマネジメントは人育てだと確信する私が参考になったと感じた本。
 富士ゼッロクスの支援により開設された遠野みらいづくりカレッジでは、東日本の被災地域の後方支援地区での価値発見の地域づくりを、コミュニケーション技術を使いすすめようとしている。崇城大学、法政大学、専修大学、東京大学i.schoolなどが入り込み、世界中の学生を公募して学んでいる。
 実践知、集合知を重視し、そのコミュニケーションによる納得をすすめるフィールドワークをすすめている。それは標準化された技術的合理性を超えた、Reflection通して身につく、意味を模索する対話である。(P.P.24-33)
 このあたりは、森栗「実践政策のためのエピソード記述の方法」『実践政策学』3ー1、「共創まちづくりの仮説提案」『実践政策学』4ー1(投稿中)に近い考えである。ただ、私はフッサール現象学と民俗学の方法でこれを仮設しているが、本書では論理学的枠組みはない。
 このフィールドワークでは、ソーシャルキャピタルマップ、ナラティブ地域資源、年表を作ろうとし、それをもとに連携実施を考えているようだ(p.113)。

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2017年12月20日 (水)

公共圏と熟議民主主義,ハーバーマス

公共圏と熟議民主主義 舩橋晴俊・壽福眞美編 法政大学出版局 2013
「市民的公共」を理性的に解決の道を探り政治的に決定して反映させる理性に基づいた社会制御能力の向上を実現する場 →ハーバーマス「公共性の構造転換」 見通しは暗いp4-5
公共的討論は意思を理性に転嫁させる(ハーバーマス1989:114)p97⇒無理があるなあ?
Habermas,Jurgen(1989)The Structural Transformation of the Public Sphere,trans. By Thomas Burger,Cambrige,Mass.:The MIT Press.
公共圏における大学の役割 p197-198
 リテラシー 介入  ☞どのような介入かが問われているのか?

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研究活用の政策学

研究活用の政策学、サンドラ・M ・ナトリー、イサベル・ウォルター、ヒュー・T.O.デェイビス、明石書店、2015
研究は変形プロセスを通じて広がる 研究知見は自ずから証することはできず解釈されるp50-52
だからティンカリング(あれこれ改善のためにやってみる) p87

プロセス効果 p261
気遣うコミュニティ(CTC) 将来の問題行動は子どもの育った地域コミュニティの特定リスク要因(研究によって提示される)にまで追跡することができる 早期介入
暗黙知と形式知 pp222223
 知識プッシュより知識プル=知識変換モード
Photo
 
暗黙知と形式知は実践コミュニティのなかで起きる状況に埋め込まれた行動。コインの裏表。P224
広範な衝動役割としてのエビデンス p322
研究活用は複雑で偶発的である p372

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中原淳と金井壽宏「リフレクティブマネジャー」光文社、2009

reflection(内省) / critical reflection(批判的内省)という分類
           ⇒物語の暴走(大衆化)を警戒する
自分の経験を意味づけること(sense-making)/社会的背景・政治的背景・経済的背景について、もはや自明となってしまったものを問い直す
「retrospective reflection」をなすときは、「過去を想い、現在を分析する」。
「Prospective reflection」のときには「現在を手がかりに、未来を想うこと」がめざされます。
あなたは「想う」。それ故に、あなたは「自己」と「世界」に変化をもたらす。
individual  reflection(内省)/ collective (collaborative) reflection
dialogue(対話)reflection 長岡健先生「対話する組織」⇒Boundary crossing(越境) reflection
振り返りとは 「メタ(俯瞰)」の立場にたって、下界(シャバ)をみて
「What-So What?-Now What?」のプロセス

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サンデル・合意形成・手続き共和国・参加の場・コミュニケーション

マイケル・サンデル『公共哲学』ちくま学芸文庫、2011
  手続き的共和国と負担なき自己 pp234⁻258
倉阪秀史『政策・合意形成入門』勁草書房、2012
 公共世界に奉仕する「私民」でない個人 が
 市民参加はなぜ必要か⇒①ステークホルダーとして
                       ②公共的意識を涵養するため P27⁻29
                            ⇒三番瀬条例をつくる
原科幸彦編著『市民参加と合意形成』学芸出版、2005
 都市と環境の計画づくり では
PP(publicパティシペーション)、PI が言われるが 社会的合意形成でなければならない
 →共同研究 参加の意味論、手法・情報技術、アウトリーチ、計画展開論、議会の位置論、制度設計
    ⇒ よくできている
参加の場P24⁻25 
 フォーラム(情報交換)
 アリーナ(意思形成)
 コート(異議申し立て)
地域問題研究所編『まちづくりにみる住民の合意形成システムの在り方』総合開発研究機構、2001
  市民参加の手続きの制度化 ⇒ やる気のある人、行動への 合意形成の公的支援のあり方
☛担い手が少なくなっているなかでどうするか 助けてほしい人が激増する中、助ける人がいない。
  この論理は、実質的に破綻している
土木学会誌編集委員編『土木とコミュニケーション』土木学会、2004
  土木学会はは素朴すぎる。ほかの動きを知ってみよう、やってみようという程度
   が、その次がない。

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コミュニケーション形式としての物語に関する研究の系譜と公共政策におけるその活用可能性

川端祐一郎、藤井聡(2014)、コミュニケーション形式としての物語に関する研究の系譜と公共政策におけるその活用可能性、土木学会論文集D3(土木計画学),vol.70,No.5(土木計画学研究・論文集第31),p.p.I_123-142

 川端祐一郎は物語研究で博士(工学)を取得した。彼の「コミュニケーション形式としての物語に関する研究の系譜と公共政策におけるその活用可能性」は、ナラティブアプローチがほとんど科学的基盤を持っていない(野口裕二(編)ナラティブ・アプローチ、勁草書房、2009)なかで、学ぶことの多い労作である。

 川端は、Hinchman & Hinchmanを引用し、物語を「出来事を、意味に満ちたやり方で結びつける明確な時系列を持ち、一定の聴き手に対して、世界の存在や人々の経験についての洞察を提示するような言説」と定義している。時系列に則して存在や経験への洞察を与えるものというが、森栗は「実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」『実践政策学』№1、2017年 で、エピソード(物語)記述には、歴史的背景のみならず、世界の存在や人々の経験を示す地理的背景、民俗的(生活的)背景を切り分けて記述することを求めている。

 川端は、物語の必要性について、①市民了解 ②イマジネーションを増幅 ③相互理解 ④語り直し(イデオロギーの脱構築)と、まとめている。物語はイマジネーションを増幅させる(②)から相互理解()が可能で、異なる価値観を語り直す(④)ことで、より深い市民了解に展開できる(①)。物語は問題の所在を暗示し、理解を深め、多様な解釈もメタ物語(Roe)として語り直され、それが市民合意につながる。そこに物語の意義があるのだという。                     

 ブルーナーは 論理科学モードの「議論」が真実性を求め、結果として説得を試みようとするのに対して、物語モードのストーリーは、迫真性、真実味による了解(納得)を求めるという。政策において、食品安全、医薬品、地球環境などではリスクに対する真実性が重要であり論理科学モードが政策に有効である。しかし、インフラ整備、教育、医療介護など生活、地域に近い政策では、ベネフィットに対する迫真性、真実味によるが重要で、「何のために生きるんや」「愛着心」といった物語モードが政策的了解(納得)を生むのである。

 しかしながら、現象学的分析(経験の質を問うこと)は、経験を「反省」することによってなされる(貫成人『経験の構造―フッサール現象学の全体像』勁草書房、2003年、p.227)。川端の物語研究ではここが弱い。調査者の科学としての反省(民俗学では内省という)をどのように記述するのか、この部分については、森栗が「実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」に仮設と試みを提示している。

 物語分析の方法としては、間主観性あるいは相互主観性のなかにある構造、「確信成立」の条件を確かめることである。そのためには物語の筋(プロット)を確かめ、経験の組織化をして意味を問う。物語の隠喩も、類を示すことである。これは、フッサールの経験からエヴィデンスを取り出そうとすることと共通する(森栗、前掲)。

視点取得による「物語と共感」については、(西山雄大、加藤君子、川嵜圭祐、長谷川功:視点取得と中心性の協働、人工知能学会全国大会論文集27th,2013)に詳しい。 

 

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松浦正浩「実践!交渉学」筑摩書房、2010

最近の交渉学は、経済学のみならず社会学、心理学からの
・合理的な個人を前提としない 怒り 笑い   文化、男女差 など
・相互利益 → 良好な人間関係    勝ち負けじゃない  p20
交渉の罠 p22-24
・不安
・情報の非対称性‥‥‥住民は情報の非対称性を恐れる
・囚人のジレンマ
・選択的知覚と反応的逆評価‥‥‥自分の都合の良い好みを正しいと思い込む土井先生
             だから信用しないと、正しいことをいっていても嘘だと思う
立場に基づく対立から利害(欲望desire)に着目した合意へ p39-40
交渉とは利害調整のことP43
Photo_2
マルチステークフォルダーのときは、ファシリテーションで介入する P121
 栗⇒ステージごとに新たにあらわれるステークホルダー:バリアブルステークホルダーを想定する
BATNA ばかり気にしていると勝者の呪(はやく妥協して、後で悔やむ)P81
 むしろ 目標、夢が大切 Aspirration

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医療 エヴィデンス 物語

老子 陽明http://meta-paradigm-dynamics.net/web/?p=351
医療サービスは、「エビデンス」が確立されていないからといって止めることはできない。

米国の内科学会に掲載された論文のメタアナリシス ※1の結果からは、実証されたエビデンスの耐用年数は5年前後であるとの見積もりも出ている。
EBMの枠内に入ってこない医療は、EBMとは異なる現実をもっており、それ固有の科学的プログラムとして設定可能でなければならない
エビデンスは科学性の保証の裏返しとして、その一時性、反証可能性、訂正可能性にさらされている。そしてこのこと自体は、科学が健全であることの指標であり、そこに問題はない。
むしろその忘却が医療への盲信や権威化に展開しがちであることが問題となる。

このような医療従事者-患者関係における「意味のある物語」の共有および構築は、EBM至上主義と並行的に、「NBM/物語と対話に基づく医療(Narrative Based Medicine)」もしくは単に「NM(Narrative Medicine)」という医療的立場として注目され始めている。

NBMは、ケネスJガゲン等の「社会構成主義(social constructionism)」の動向を背景

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2017年12月19日 (火)

米盛裕二「アブダクション」人工知能、訴求推論、内省、機能法、生活知

米盛裕二「アブダクション」勁草書房、2007
 現代の論理学は論理の数字化によって大きな発展を遂げ、それはまさに二十世紀の知的革命の一つといえるでしょう。しかし論理学者たちの関心はもっぱら論理の数字化にのみ向けられてきたために、論理学はますます現実の人間の思考の論理から離れてしまって p.ⅳ

 しかし、人工知能研究者たちは「厳密な推論」だけでなく、「厳密でない推論」も重視していて、とりわけ人間の創造力に関心を持つ人工知能論者たちはむしろ「厳密でない推論」に人間の推論の特質を見い出そうとしている p.ⅴ
 アブダクションは 発見法的論理学 heuristic logic  p.8
アブダクションの別名 retroduction 遡及推論 結果から推論 p43
 ⇒ケプラーの発見、森栗の共創対話法
         「明確には言えないが、後から考えると、そういえば□□□だった」
驚くべき事実の観察→説明仮説explanatory hypothesis p53⁻54
もっともらしさplausibilityが重要p56
驚くためには 洞察力(閃き) と想像力が必要 p58 ☚熟慮
仮説説明のためには 驚きと問が必要 p59
 そして意識的に熟慮して行われる推論reasoningして仮説 p61
アブダクションを認めず、推論の形式的妥当性のみを偏重するのは、現実の人間の科学的思考や推論(発見や発明)を取り扱うのに適していない p64
アブダクションは、試行錯誤的 自己修正的 熟慮 論理的に統制された推論 p68
自己修正的p65⇒内省p124
機能的飛躍inductive leap⇒事実を求め一般化
仮説的飛躍abductive leap⇒理論を求め創造的 p92、110

 仮説のテスト 条件
・もっともらしさplausibility
・検証可能性  verifiabirity …偽の場合反証可能なもの
・単純性
・経済性    費用・時間なく検証できる     p71-72

アブダクションは直接観察したもの(弱い推論)とは違う種類の何者かを推論する。観察不可能な何ものかを仮定する p87

通常の仮説演繹法 は ちゃんと仮設しているか?
バートランド・ラッセルの帰納法批判 仮説の提案なしに帰納法を用いることはできない
帰納法で厳密に事実を並べても仮説は出せないP130

J.S.ミルは「帰納法は『経験からの一般化』generalization from experienceによって自然の因果法則を探求する『実験的探査の方法』」と定義した。p145 しかし、帰納法を使うには仮説がなければ一致も差異発見もその要素を引き出すことさえできない。 P146⁻153
 結局 帰納法は実験と観察にもとづく客観的で実証的な方法です。…(そのあまり)…科学的方法において仮説を用いることに対して懐疑的で、科学探求における仮説の積極的な意義と役割を認めようとしない(という欠陥がある) p154
   事実を集めること自体が仮説ではないか。アプリオリに社会のすべてを並べることは、不可能である。
帰納法の「事実をして語らしめよ」は、事実が自ら語るのではなく、いわば研究者が事実に語らしめるのです。…N・R・ハンソンは「仮説が事実をつくる」とさえいっています。p160

ニュートンは「私は仮説をつくらないhypotheses non fingo」と言いつつ、引力のように観察不可能な対象に関する仮説なしに、万有引力の法則は発見できない。ニュートンは「仮説的方法hypothetical method」を用いている。p164-165
アブダクションは仮説を発案し発見の見通しを立てる拡張的推論であり☛観察から洞察し創造する飛躍
機能はアブダクションによって提案された仮説をテストし正当化する拡張的推論☞部分から全体への一般化飛躍p181⁻182

探求は科学のみならずにもある。デューイは、(日常的経験と生活の場、常識環境の相互作用の状況)を常識的探求comon sence inquiryというが、「常識」という言葉は誤解を招く。森栗はこれを生活探求とよぶ。科学的探究が知識そのものを目的にするのに対して、生活探求は使用と享受のために生ずる。p237 それは質的である。p241
 これをデューイは直接知acquaintance knowledge 実践知pratical knowledge 質的知qualitative thought と表現する p242

デューイが言うように、科学的真理も「意味の一類」にすぎない。
意味は真理より貴重であり、その範囲も真理よりいっそう広い。そして、哲学は真理よりも意味に関わる
科学的真理が 結果の検証可能性を本質とするのに対して
常識(実践知)は直接的現実的応用に関して決定される意味 pp246-247
デューイは常識 というが
直接知acqaintance knowledge、実践知practical knowledge、質的思想qualitative thought
そういう類の場situatinが存在し p242 ➡「生活知」と森栗は表現する

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2017年9月23日 (土)

秋山美紀「地域介入とエビデンス―複雑介入と混合研究法を巡って」『KEIO SFC JOURNAL 』Vol.14 No.1、2014年

近年、「Evidence Based (エビデンスに基づく)」という言葉が多方面で聞かれ。もともと医療・医学の分野では、1990年代からEBM(Evidence Based Medicine)の考え方が提唱され、それぞれの患者に最適な治療法等を検討する出発点となる診療ガイドラインが、最新かつ最良の研究成果を系統的にレビューした上で整備されてきた。この「Evidence Based (エ ビデンスに基づく)」という考え方は、その後、社会福祉、教育、刑事司法 など各分野の政策と実践にも拡大されるようになっている(石垣千秋「<エビデンス>に基づく医療から<エビデンス>に基づく政策へ:英国におけるEBMの展開」, 2001)。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスにおいても、2012年度より「エビデンスに基づく」と冠する授業や教育プログラムが行われるようになっている。
Evidence Basedはブレア政権(1997-2007年)のときからいわれ、2000年に英国教育雇用省は「Evidenced-informed Policy and Practice Initiative」をロンドン大学教育研究所(IOE)の社会科学研究ユニットの一部である「エビデンスによる政策と実践のための情報連携センター(Evidence for Policy and Practice Information and Co-ordinating Center:以下 EPPI センター)に委託している(惣脇宏「英国におけるエビデンスに基づく教育政策の展開」, 2010)。Evidence Based ( エビデンスに基づく )」という考え方は、その後、社会福祉、教育、刑事司法 など各分野の政策と実践にも拡大されるようになっている(石垣 , 2001)。
医療と社会政策の分野に共通の「エビデンス」の定義を試みれば、「通常、因果関係にかかる命題で実証的検討を経たもの」(Sherman, L. W., et al, 2006;惣脇「英国におけるエビデンスに基づく教育政策の展開」, 2010)である。
観察研究や質的研究を含む様々な研究がエビデンスとして活用されており(Liamputtong, 2010)、質的研究やそれと量的研究とを組み合わせた混合研究法(Mixed Method)が重視されるようになっている。
米国保健福祉省の Agency of Health Research and Quality も「質の低い RCT(評価のバイアス(偏り)を避けるために行ったランダム化比較試験Randomized Controlled Trial)よりは、内的妥当性 (internal validity) の高い観察研究の方がはるかに有用である」という。Evidence Basedに大切なのは群間の比較の妥当性が確保されていることである。
Evidence Basedは、「最善の根拠」と「医療者の経験(資源)」、「患者の価値観」とを統合するようなものが意思決定である(中山『健康・医療の情報を読み解く』2008)。「エビデンス」「構成員の価値観」、さらに「使える資源」の視点も加えて、それらの重なりから政策決定が行われるべきであり、その合意形成を得るための議論が重要とされている(図 1)。
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1 患者・人口集団の意思決定要因(出典:中山 2008 p.154/Muir Gray“Evidence-Based Healthcare, 2nd Edition”2001)
中山 健夫『健康・医療の情報を読み解く-健康情報学への招待』丸善、2008年。
一方で、Narrative Based Medicine という概念も等しく重んじられるべきである (Greenhalgh, 1998)
Greenhalgh, T. and Hurwitz, B. eds. Narrative Based Medicine, BMJ Books, 1998. (齊藤 清二ほか(監訳)『ナラティブ・ベイスド・メディスン 臨床における物語と対話』 金剛出版、2001年。)

何が最良のエビデンスであるかは、解決すべき問題の性質や方 法論的立場によって異なる。現在は、量的、質的な研究を統合する混合研究法Mixed Method の手法も発展している(Creswell et al, 2007)。
複雑介入(Complex Intervention)の場合、従来の介入研究には軽視されがちだった、実現場への適合性、実行性を含めた効果、つまり一般化可能性(generalizability)や外的妥当性(external validity)を重視しているのが MRC(英国のMedical Research Council。2000年にフレームワークを作成し、2008年に詳細なガイダンスを発表している)である。
比較群間のバイアスや交絡を極 力制御した内的妥当性の高い研究デザインや評価手法を紹介しながら、同時に、従来の介入研究には軽視されがちだった、実現場への適合性、実行性を 含めた効果、つまり一般化可能性(generalizability)や外的妥当性(external validity)を重視している。
 

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1 主な混合研究法 (Mixed Methods) のデザインのタイプ (Creswell 2007, pp.65-94 をもとに秋山作成)

石垣 千秋「<エビデンス>に基づく医療から<エビデンス>に基づく政策へ:英国におけるEBMの展開」『SRIC Report Vol.6(3)、三和総合研究所、2001年、pp.58-66

惣脇 宏「英国におけるエビデンスに基づく教育政策の展開」『国立教育政策研究所紀要』第139集、2010年、pp.153-168

津谷 喜一郎「コクラン共同研究とシステマティック・レビュー-EBMにおける位置づけ」『公衆衛生研究』494)、2000年、 pp.313-319

中山 健夫『健康・医療の情報を読み解く-健康情報学への招待』丸善、2008年。Creswell J. and Plano Clark V., Designing and Conducting Mixed Methods Research. Sage Publications, 2007. (大谷 順子(訳)『人間科学のための混合研究法-質的・量的 アプローチをつなぐ研究デザイン』、北大路書房、2010年。)

 Liamputtong P. eds. Research Methods in Health: Foundations for Evidence-Based Practice. Oxford University Press, 2010.(木原雅子、木原正博訳『現代の医学的研究方法-質的・量的、ミクストメソッド、EBP』メディカル・サイエンス・インターナショナル、2012年。)

 

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2017年8月26日 (土)

城下町 村上 鮭 政治対立 まちづくり誌 町屋 まちめぐり

矢野敬一『まちづくりからの小さな公共性ー城下町村上からの挑戦』ナカニシヤ出版、2017年
 町屋巡り観光の村上が登場するまでを、戊辰戦争以後の士族による鮭独占、士族権利喪失による戦後の乱獲、200海里経済水域による鮭のグローバス市場化から、地域文化への育成(平成12まで)。一方、昭和61年、武家屋敷修復保全から、平成11歴史的景観保全条例まで。また、平成10からの、町屋保全と人形様巡り、屏風まつりを経た町屋再生プロジェクトを、住民の食、住の暮らしぶりから、小さな公共性(行政領域が担う公共性と対比されるボランタリーアソシエーションによって担われるもの(pp12-13)概念で描いている。
 地域の権力問題をも含めた活き活きした記述は、宮本常一の離島振興法や林業調査会の記述を思わせるものがある。興味深いことは、鮭、武家屋敷修復、町屋保全は、対象のみならず、担い手も違うが、時代のバトンを受け渡すごとき展開し、今日の観光を活かした村上の自律的まちづくりにつながっている。
 読みごたえのあるまちづくり誌である。
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■村上鮭産育養所 村上藩の種川の制は、殖産として天命寛政(1780-90年代)始まり、明治維新以後(明治6から臨時、明治11から永遠貸与)、士族が三面川の漁業権を借用し独占し、孵化事業をおこなった施設。収益は教育に投資され、秀才教育費を与えられた「鮭の子」が育ち、官吏となった。その結果、士族を主とする村上本町は、町人の村上町との合併を拒否し、昭和21年になって、ようやく合併した。(pp24-30)
 産卵後の鮭の「おさらい」の配当に受ける士族は、鮭の焼漬け、塩引きの風があるが町人にはない。
■鮭について
昭和26 新漁業法 村上鮭産育養所解散、3漁業組合に⇒乱獲、3漁協競争
昭和38 3漁協合併
昭和51 沿岸漁業整備開発法(つくる漁業)
昭和52 各国が200海里水域設定⇒北洋サケマス船団半減、昭和62年終焉。
昭和52 一括採捕=養殖
1980年代(昭和55以降) 輸入鮭の大量流入、ノルウェー養殖鮭⇒値崩れ
昭和58 サーモンパーク、鮭文化伝承館(イヨボヤ会館)
(伝承と育成を目指し=鮭調理実習)⇒北海道池田を視察後(pp39-49)
昭和50年代後半 「鮭料理百種類」言説、「止め腹」言説があらわれる(pp50-57)
昭和末~平成 統合した村上小学校の総合的学習で鮭の孵化、放流、他学校提供(pp58-59)
平成12 11月11日を鮭魂祭開始(西奈弥羽黒神社[町人町]と藤基神社[武家町]とで交互に)(pp59-60)
◆観光(のみならず事象)の真正性は、対象に内在するものでも、時代に固定されるものでもなく、社会的プロセスそのものである(意訳:読み手)(ブルーナー、エドワード『観光と文化 旅の民族誌』安村克己他訳、学文社、2007年、p243)。真正性がひとつの物語であるなら、そのエヴィデンスはプロセスにおけるコミュニケーションそのものになかにある。(「実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」 実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」
 矢野は活き活きした物語記述に成功している。
■武家屋敷修復保存について
戊辰戦争後 城跡は鮭産育養所(士族)の所有で、手付かず放置された
昭和47 寄付による鉄筋コンクリート天守復元計画⇒市民参加なく頓挫
昭和61 若林家住宅修復保存工事着工(地元3社共同企業体)
昭和62 武家屋敷保存研究会発足
昭和63 武家屋敷シンポジューム
(研究会+建築士会青年部・法人会青年部・商工会議所青年部・青年団連絡協議会)⇒村上21(ボランタリーアソシエーションとしてのネットワーク)(pp87-91)
  こうして戊辰戦争の歴史:武家の記憶⇒から⇒城下町の歴史的風土(若林住宅)となる(p92)
平成元 (ふるさと創生1億円)お城山周辺整備(ライトアップ、仮設板塀)
平成2 ふるさとフォーラム「伝承・文化そして未来」(p94)
平成3 浄念寺本堂 国指定史跡に
平成5 村上城跡 国指定史跡に
平成6~10 (雅子皇太子妃慶祝行事) 3武家屋敷移築保存 旧成田家住宅復元公開
平成9 第20回全国町並みゼミ大会 村上開催(p95)
平成11 歴史的景観保全条例
平成12 新潟県町並みシンポジュームIN村上
■町屋保全と活用
平成10 村上町屋商人会(茶の間まで客を通す)22店(p111)
平成10 道路拡幅反対署名:挫折(p110)
平成11 吉川家住宅 登録文化財
平成12 第1回町屋の人形様巡り→NHK新日曜美術館企画提案(p143)←大浜人形の伝統(p135-136)
    ←酒店の茶の間では、モッキリ(行員が上がりがまちで飲酒) 元々接客の場(p162-3)
      茶の間に座を設ける(和菓子屋早撰堂)(p174)
   ⇒活私開公 ともいえる
平成12 地域活性化大賞(p144)
平成13 ギャラリーやまきち 独自再生 魚卸商の茶の間は小売商との清算、対話(p172-3)
平成13 町屋の屏風まつり←7月の村上大祭では屏風を出していた(p115-117)
平成14 宵の竹灯篭まつり (黒塀プロジェクト)←ボランティア、外部開放(p196)
                        村上大祭は女人禁制、町ごと(p208)
                        護摩祈祷もこの機会に 大商店街の建物
                        村上大祭の地縁組織も動く
平成15 益甚酒店 登録文化財
平成16 村上町屋再生プロジェクト←武家屋敷修復に関わった大工(p119)
平成18 JTB交流文化賞優秀賞(p144)

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2017年8月 6日 (日)

寄りあいワークショップ 山浦晴男『地域再生入門』

山浦晴男『地域再生入門』筑摩書房、2015年

 中身は、相互評価型KJ法の図化によるわかちあい応用実践である。それをわざわざ「寄りあい」と表現するのは、
 宮本常一『忘れられた日本人』の寄りあい を
・納得するまで話し合い
・誰かの意見が尊重されるのではなく平等に議論
  に特色を見ている pp51-52 からである。
納得、平等の議論の結果、それを見える化すると、「みんなの思いは同じという安心感」とが生まれ、これが日本人の原動力となった p80 と見ている。

KJ法の手法は、情報の見える化とその結果としての安心感・納得感の相互作用であろう。
 

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2017年8月 5日 (土)

場の論理とマネジメント と物語記述

伊丹敬之『場の論理とマネジメント』東洋経済新報社、2010年

 マネジメントの改革というと、組織や経営・場所の構造に解決策を求めたくなるが、本当は、わかりにくいディテールのプロセスこそ重要である(pp266-269)。
 
場:人びとが参加し、相互観察、コミュニケーションにより、情報の共有蓄積と心理的エネルギーのプロセスを生む枠組み。それは、外部指令無しに自己組織的に展開する(p31、42)

場の舵取りの経営的働きかけpp240-243
  舵取りのステップ          基本の経営行動
1 かき回す(ゆらぎを与える)   刺激
2 切れ端を拾い上げる     刺激と方向づけ
3 道をつける           方向づけ
4 流れをつける          方向づけと束ね
5 (仮)留めを打つ        束ね

 場のプロセスマネジメントのための舵取りの基本ステップ(pp240-243、修正)これがうまくいくと、情報の共有蓄積と心理的共振(連帯感)のみならず、解釈コードの共有化がなされる(p271、296)。
 事業の評価は、投資効果のような定量的なもののみではない。人びとの愛着とかやりがいなどは、アンケートの満速度で、無理やり説得しようとすることも少なくない。しかし、満足度は、結局、100%に近いものになり、評価事体の正当性が怪しい。むしろ、定性的な評価、たとえば誰もが、そうだろうな、なるほどと納得する物語記述が、評価として必要なこともある。
  こうした物語記述は、一種の間接コミュニケーションの時間差の場を提供しているともいえる。物語記述は直接のコミュニケーションではなく、コミュニケーションのための素材を提示するのであるから、その物語を読んだだけで、なるほどと心を動かされる(刺激と方向づけ)、言葉の「切れ端」が必要である。さらには、その言葉の切れ端から、どのようなコミュニケーションが期待されるかを示した、結論ではないが、一定の流れをつけておくことは重要である。
 たとえば、客観的な記述ではなく、顔の見える個人が発する、生活感覚から「言葉」の断片を拾ってくることが物語では重要なのだ。客観的な記述ではなく、かといって留めを打つ結論でもなく、物語記述者が物語とのコミュニケーションを示した「こんなことを感じた」「ここに気づいた」などの、流れを示すことも、物語記述では重要である。

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2017年8月 4日 (金)

町内会は義務ですか

紙屋高雪、小学館新書、2014年
 町内会は、行政縦割ごとの下請け(老人クラブ、婦人会、青少協、環境委員会、防災委員会、防犯委員会、交通安全委員会、衛生委員会、体育協会、社会福祉協議会、PTA)組織からなる校区自治団体協議会(p78)に含まれて、その持ち回り当番をする。これでは、現役の人や、子育て中の人は参加できない。会合に誰か出せと強要され、拒否するとつるし上げられた。(pp160-170)
 で、班会議と全員アンケートをしっかりとって、全員合意のもとに自治会を休会にして、校区には出ず、必要な餅つきなどを必要な人のボランティアでするようにした。会費もなく、必要なときに集める。
 長い会議、不寛容で論理的でない決定、連続する会議と義務、会計の不明朗さ…。こんなことをやめて、ライトな町内会を始めたようである。(p170-188)

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非人、針、清須御園、乞食村、陰陽師、秀吉

服部英雄『河原ノ者・非人・秀吉』山川出版、2012年
 宮本常一「サンカの終焉」『山に生きる人々』を紹介し、天王寺駅西の市民病院のミカン山の莚小屋の大集落、都島橋の下の莚小屋集落を都市に定着したサンカとしている。p436
 秀吉は中村の生まれではなく、清須の三齋市がたった御園に育ち、後、中村の養父の下で育つという説もある。御園には御餌取屋敷があった。鷹狩のための生きた餌を確保していたという。秀吉の姉は、鷹匠弥介に嫁いでいた。清須には玄海という乞食村があった。秀吉の実父は不明で、母方は連雀(行商人)であった。秀吉には、針を売った伝承があり、連雀と針売りの意味を指摘したのは、石井進『中世のかたち』(中央公論、2002年)である。また秀吉は猿真似芸を供して針を売りをする伝承がある。秀吉は行商と雑芸を持つストリートチルドレンであった。秀吉がストリートチルドレンだとすれば、秀吉は清洲の乞食村玄海で拾われて育ったのではないか?という。pp561-568 状況証拠ばかりであるが、秀吉の周辺には非人や陰陽師が多数いたと類推される。
 そして、秀吉の子、鶴丸(早死)、秀頼は、陰陽師の設定した通夜参篭によって、淀殿が非嫡出出産(無種の秀吉の子でない)とした。その傍証には、宮本常一『忘れられた日本人』河内太子堂4月22日「一夜ぼぼ」が引用されている。秀吉の血でなくとも、秀吉の了解のもと、織田の血をひく女たちに、子ができることが重要であり、宗教的陶酔のなかで種が植えられた。ただし、秀頼のケースは、秀吉の承認は怪しく、妊娠発覚以後、激しい陰陽師払いがおきている。pp601-658

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2017年7月11日 (火)

川端祐一郎他「コミュニケーション形式としての物語に関する研究の系譜と公共政策におけるその活用可能性」

川端祐一郎、藤井聡(2014)、コミュニケーション形式としての物語に関する研究の系譜と公共政策におけるその活用可能性、土木学会論文集D3(土木計画学),vol.70,No.5(土木計画学研究・論文集第31),p.p.I_123-142

 川端祐一郎は物語研究で博士(工学)を取得した。彼の「コミュニケーション形式としての物語に関する研究・・・」は、ナラティブアプローチがほとんど科学的基盤を持っていない(野口裕二(編)ナラティブ・アプローチ、勁草書房、2009)なかで、学ぶことの多い労作である。

 川端は、物語を「出来事を、意味に満ちたやり方で結びつける明確な時系列を持ち、一定の聴き手に対して、世界の存在や人々の経験についての洞察を提示するような言説」と定義している。川端は物語を時系列に則して存在や経験への洞察を与えるものというが、森栗は「実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」(『実践政策学』№1、2017年:投稿中)で、エピソード(物語)記述には、歴史的背景のみならず、世界の存在や人々の経験の背後にある地理的背景、民俗的(生活的)背景を切り分けて記述することを求めている。
 川端は、物語の必要性について、①市民了解 ②イマジネーションを増幅 ③相互理解 ④語り直し(イデオロギーの脱構築)とまとめている。物語はイマジネーションを増幅させる(②)から相互理解()が可能で、異なる価値観を語り直す(④)ことで、より深い市民了解に展開できる(①)。物語は問題の所在を暗示し、理解を深め、多様な解釈をメタ物語(Roe)として語り直され、それが市民合意につながる。そこに物語の意義があるのだという。
 ブルーナーは、論理科学モードの「議論」が真実性を求め、結果として説得を試みようとするのに対して、物語モードのストーリーは、迫真性、真実味による了解(納得)を求めるという。政策において、食品安全、医薬品、地球環境などではリスクに対する真実性が重要であり論理科学モードが政策に有効である。しかし、インフラ整備、教育、医療介護など生活、地域に近い政策では、ベネフィットに対する迫真性、真実味が重要で、「何のために生きるんや」「愛着心」といった物語モードが政策的了解(納得)を生む(有本建男、科学的助言とは何か、SciREXQuarterly,05june,2017)
しかしながら、現象学的分析(経験の質を問うこと)は、経験を「反省」することによってなされる(貫成人『経験の構造―フッサール現象学の全体像』勁草書房、2003年、p.227)。川端の物語研究では方法としての「反省」が明確でない。調査者の科学としての反省(民俗学では内省という)をどのように記述するのかについては、森栗が「実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」に仮説と試みを提示している。

 物語分析の方法としては、間主観性あるいは相互主観性のなかにある構造、「確信成立」の条件を確かめることである。そのためには物語の筋(プロット)を確かめ、経験の組織化をして意味を問う。物語の隠喩も、類を示すことである。これは、フッサールの経験の構造からエヴィデンスを取り出そうとすることとも共通する(森栗、前掲)。

視点取得(前掲では構造観取と表現)による「物語と共感」については、(西山雄大、加藤君子、川嵜圭祐、長谷川功:視点取得と中心性の協働、人工知能学会全国大会論文集27th,2013)に詳しい。 

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