2017年8月26日 (土)

城下町 村上 鮭 政治対立 まちづくり誌 町屋 まちめぐり

矢野敬一『まちづくりからの小さな公共性ー城下町村上からの挑戦』ナカニシヤ出版、2017年
 町屋巡り観光の村上が登場するまでを、戊辰戦争以後の士族による鮭独占、士族権利喪失による戦後の乱獲、200海里経済水域による鮭のグローバス市場化から、地域文化への育成(平成12まで)。一方、昭和61年、武家屋敷修復保全から、平成11歴史的景観保全条例まで。また、平成10からの、町屋保全と人形様巡り、屏風まつりを経た町屋再生プロジェクトを、住民の食、住の暮らしぶりから、小さな公共性(行政領域が担う公共性と対比されるボランタリーアソシエーションによって担われるもの(pp12-13)概念で描いている。
 地域の権力問題をも含めた活き活きした記述は、宮本常一の離島振興法や林業調査会の記述を思わせるものがある。興味深いことは、鮭、武家屋敷修復、町屋保全は、対象のみならず、担い手も違うが、時代のバトンを受け渡すごとき展開し、今日の観光を活かした村上の自律的まちづくりにつながっている。
 読みごたえのあるまちづくり誌である。
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■村上鮭産育養所 村上藩の種川の制は、殖産として天命寛政(1780-90年代)始まり、明治維新以後(明治6から臨時、明治11から永遠貸与)、士族が三面川の漁業権を借用し独占し、孵化事業をおこなった施設。収益は教育に投資され、秀才教育費を与えられた「鮭の子」が育ち、官吏となった。その結果、士族を主とする村上本町は、町人の村上町との合併を拒否し、昭和21年になって、ようやく合併した。(pp24-30)
 産卵後の鮭の「おさらい」の配当に受ける士族は、鮭の焼漬け、塩引きの風があるが町人にはない。
■鮭について
昭和26 新漁業法 村上鮭産育養所解散、3漁業組合に⇒乱獲、3漁協競争
昭和38 3漁協合併
昭和51 沿岸漁業整備開発法(つくる漁業)
昭和52 各国が200海里水域設定⇒北洋サケマス船団半減、昭和62年終焉。
昭和52 一括採捕=養殖
1980年代(昭和55以降) 輸入鮭の大量流入、ノルウェー養殖鮭⇒値崩れ
昭和58 サーモンパーク、鮭文化伝承館(イヨボヤ会館)
(伝承と育成を目指し=鮭調理実習)⇒北海道池田を視察後(pp39-49)
昭和50年代後半 「鮭料理百種類」言説、「止め腹」言説があらわれる(pp50-57)
昭和末~平成 統合した村上小学校の総合的学習で鮭の孵化、放流、他学校提供(pp58-59)
平成12 11月11日を鮭魂祭開始(西奈弥羽黒神社[町人町]と藤基神社[武家町]とで交互に)(pp59-60)
◆観光(のみならず事象)の真正性は、対象に内在するものでも、時代に固定されるものでもなく、社会的プロセスそのものである(意訳:読み手)(ブルーナー、エドワード『観光と文化 旅の民族誌』安村克己他訳、学文社、2007年、p243)。真正性がひとつの物語であるなら、そのエヴィデンスはプロセスにおけるコミュニケーションそのものになかにある。(「実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」 実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」
 矢野は活き活きした物語記述に成功している。
■武家屋敷修復保存について
戊辰戦争後 城跡は鮭産育養所(士族)の所有で、手付かず放置された
昭和47 寄付による鉄筋コンクリート天守復元計画⇒市民参加なく頓挫
昭和61 若林家住宅修復保存工事着工(地元3社共同企業体)
昭和62 武家屋敷保存研究会発足
昭和63 武家屋敷シンポジューム
(研究会+建築士会青年部・法人会青年部・商工会議所青年部・青年団連絡協議会)⇒村上21(ボランタリーアソシエーションとしてのネットワーク)(pp87-91)
  こうして戊辰戦争の歴史:武家の記憶⇒から⇒城下町の歴史的風土(若林住宅)となる(p92)
平成元 (ふるさと創生1億円)お城山周辺整備(ライトアップ、仮設板塀)
平成2 ふるさとフォーラム「伝承・文化そして未来」(p94)
平成3 浄念寺本堂 国指定史跡に
平成5 村上城跡 国指定史跡に
平成6~10 (雅子皇太子妃慶祝行事) 3武家屋敷移築保存 旧成田家住宅復元公開
平成9 第20回全国町並みゼミ大会 村上開催(p95)
平成11 歴史的景観保全条例
平成12 新潟県町並みシンポジュームIN村上
■町屋保全と活用
平成10 村上町屋商人会(茶の間まで客を通す)22店(p111)
平成10 道路拡幅反対署名:挫折(p110)
平成11 吉川家住宅 登録文化財
平成12 第1回町屋の人形様巡り→NHK新日曜美術館企画提案(p143)←大浜人形の伝統(p135-136)
    ←酒店の茶の間では、モッキリ(行員が上がりがまちで飲酒) 元々接客の場(p162-3)
      茶の間に座を設ける(和菓子屋早撰堂)(p174)
   ⇒活私開公 ともいえる
平成12 地域活性化大賞(p144)
平成13 ギャラリーやまきち 独自再生 魚卸商の茶の間は小売商との清算、対話(p172-3)
平成13 町屋の屏風まつり←7月の村上大祭では屏風を出していた(p115-117)
平成14 宵の竹灯篭まつり (黒塀プロジェクト)←ボランティア、外部開放(p196)
                        村上大祭は女人禁制、町ごと(p208)
                        護摩祈祷もこの機会に 大商店街の建物
                        村上大祭の地縁組織も動く
平成15 益甚酒店 登録文化財
平成16 村上町屋再生プロジェクト←武家屋敷修復に関わった大工(p119)
平成18 JTB交流文化賞優秀賞(p144)

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2017年8月 6日 (日)

寄りあいワークショップ 山浦晴男『地域再生入門』

山浦晴男『地域再生入門』筑摩書房、2015年

 中身は、相互評価型KJ法の図化によるわかちあい応用実践である。それをわざわざ「寄りあい」と表現するのは、
 宮本常一『忘れられた日本人』の寄りあい を
・納得するまで話し合い
・誰かの意見が尊重されるのではなく平等に議論
  に特色を見ている pp51-52 からである。
納得、平等の議論の結果、それを見える化すると、「みんなの思いは同じという安心感」とが生まれ、これが日本人の原動力となった p80 と見ている。

KJ法の手法は、情報の見える化とその結果としての安心感・納得感の相互作用であろう。
 

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2017年8月 5日 (土)

場の論理とマネジメント と物語記述

伊丹敬之『場の論理とマネジメント』東洋経済新報社、2010年

 マネジメントの改革というと、組織や経営・場所の構造に解決策を求めたくなるが、本当は、わかりにくいディテールのプロセスこそ重要である(pp266-269)。
 
場:人びとが参加し、相互観察、コミュニケーションにより、情報の共有蓄積と心理的エネルギーのプロセスを生む枠組み。それは、外部指令無しに自己組織的に展開する(p31、42)

場の舵取りの経営的働きかけpp240-243
  舵取りのステップ          基本の経営行動
1 かき回す(ゆらぎを与える)   刺激
2 切れ端を拾い上げる     刺激と方向づけ
3 道をつける           方向づけ
4 流れをつける          方向づけと束ね
5 (仮)留めを打つ        束ね

 場のプロセスマネジメントのための舵取りの基本ステップ(pp240-243、修正)これがうまくいくと、情報の共有蓄積と心理的共振(連帯感)のみならず、解釈コードの共有化がなされる(p271、296)。
 事業の評価は、投資効果のような定量的なもののみではない。人びとの愛着とかやりがいなどは、アンケートの満速度で、無理やり説得しようとすることも少なくない。しかし、満足度は、結局、100%に近いものになり、評価事体の正当性が怪しい。むしろ、定性的な評価、たとえば誰もが、そうだろうな、なるほどと納得する物語記述が、評価として必要なこともある。
  こうした物語記述は、一種の間接コミュニケーションの時間差の場を提供しているともいえる。物語記述は直接のコミュニケーションではなく、コミュニケーションのための素材を提示するのであるから、その物語を読んだだけで、なるほどと心を動かされる(刺激と方向づけ)、言葉の「切れ端」が必要である。さらには、その言葉の切れ端から、どのようなコミュニケーションが期待されるかを示した、結論ではないが、一定の流れをつけておくことは重要である。
 たとえば、客観的な記述ではなく、顔の見える個人が発する、生活感覚から「言葉」の断片を拾ってくることが物語では重要なのだ。客観的な記述ではなく、かといって留めを打つ結論でもなく、物語記述者が物語とのコミュニケーションを示した「こんなことを感じた」「ここに気づいた」などの、流れを示すことも、物語記述では重要である。

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2017年8月 4日 (金)

町内会は義務ですか

紙屋高雪、小学館新書、2014年
 町内会は、行政縦割ごとの下請け(老人クラブ、婦人会、青少協、環境委員会、防災委員会、防犯委員会、交通安全委員会、衛生委員会、体育協会、社会福祉協議会、PTA)組織からなる校区自治団体協議会(p78)に含まれて、その持ち回り当番をする。これでは、現役の人や、子育て中の人は参加できない。会合に誰か出せと強要され、拒否するとつるし上げられた。(pp160-170)
 で、班会議と全員アンケートをしっかりとって、全員合意のもとに自治会を休会にして、校区には出ず、必要な餅つきなどを必要な人のボランティアでするようにした。会費もなく、必要なときに集める。
 長い会議、不寛容で論理的でない決定、連続する会議と義務、会計の不明朗さ…。こんなことをやめて、ライトな町内会を始めたようである。(p170-188)

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非人、針、清須御園、乞食村、陰陽師、秀吉

服部英雄『河原ノ者・非人・秀吉』山川出版、2012年
 宮本常一「サンカの終焉」『山に生きる人々』を紹介し、天王寺駅西の市民病院のミカン山の莚小屋の大集落、都島橋の下の莚小屋集落を都市に定着したサンカとしている。p436
 秀吉は中村の生まれではなく、清須の三齋市がたった御園に育ち、後、中村の養父の下で育つという説もある。御園には御餌取屋敷があった。鷹狩のための生きた餌を確保していたという。秀吉の姉は、鷹匠弥介に嫁いでいた。清須には玄海という乞食村があった。秀吉の実父は不明で、母方は連雀(行商人)であった。秀吉には、針を売った伝承があり、連雀と針売りの意味を指摘したのは、石井進『中世のかたち』(中央公論、2002年)である。また秀吉は猿真似芸を供して針を売りをする伝承がある。秀吉は行商と雑芸を持つストリートチルドレンであった。秀吉がストリートチルドレンだとすれば、秀吉は清洲の乞食村玄海で拾われて育ったのではないか?という。pp561-568 状況証拠ばかりであるが、秀吉の周辺には非人や陰陽師が多数いたと類推される。
 そして、秀吉の子、鶴丸(早死)、秀頼は、陰陽師の設定した通夜参篭によって、淀殿が非嫡出出産(無種の秀吉の子でない)とした。その傍証には、宮本常一『忘れられた日本人』河内太子堂4月22日「一夜ぼぼ」が引用されている。秀吉の血でなくとも、秀吉の了解のもと、織田の血をひく女たちに、子ができることが重要であり、宗教的陶酔のなかで種が植えられた。ただし、秀頼のケースは、秀吉の承認は怪しく、妊娠発覚以後、激しい陰陽師払いがおきている。pp601-658

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2017年7月11日 (火)

川端祐一郎他「コミュニケーション形式としての物語に関する研究の系譜と公共政策におけるその活用可能性」

川端祐一郎、藤井聡(2014)、コミュニケーション形式としての物語に関する研究の系譜と公共政策におけるその活用可能性、土木学会論文集D3(土木計画学),vol.70,No.5(土木計画学研究・論文集第31),p.p.I_123-142

 川端祐一郎は物語研究で博士(工学)を取得した。彼の「コミュニケーション形式としての物語に関する研究・・・」は、ナラティブアプローチがほとんど科学的基盤を持っていない(野口裕二(編)ナラティブ・アプローチ、勁草書房、2009)なかで、学ぶことの多い労作である。

 川端は、物語を「出来事を、意味に満ちたやり方で結びつける明確な時系列を持ち、一定の聴き手に対して、世界の存在や人々の経験についての洞察を提示するような言説」と定義している。川端は物語を時系列に則して存在や経験への洞察を与えるものというが、森栗は「実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」(『実践政策学』№1、2017年:投稿中)で、エピソード(物語)記述には、歴史的背景のみならず、世界の存在や人々の経験の背後にある地理的背景、民俗的(生活的)背景を切り分けて記述することを求めている。
 川端は、物語の必要性について、①市民了解 ②イマジネーションを増幅 ③相互理解 ④語り直し(イデオロギーの脱構築)とまとめている。物語はイマジネーションを増幅させる(②)から相互理解()が可能で、異なる価値観を語り直す(④)ことで、より深い市民了解に展開できる(①)。物語は問題の所在を暗示し、理解を深め、多様な解釈をメタ物語(Roe)として語り直され、それが市民合意につながる。そこに物語の意義があるのだという。
 ブルーナーは、論理科学モードの「議論」が真実性を求め、結果として説得を試みようとするのに対して、物語モードのストーリーは、迫真性、真実味による了解(納得)を求めるという。政策において、食品安全、医薬品、地球環境などではリスクに対する真実性が重要であり論理科学モードが政策に有効である。しかし、インフラ整備、教育、医療介護など生活、地域に近い政策では、ベネフィットに対する迫真性、真実味が重要で、「何のために生きるんや」「愛着心」といった物語モードが政策的了解(納得)を生む(有本建男、科学的助言とは何か、SciREXQuarterly,05june,2017)
しかしながら、現象学的分析(経験の質を問うこと)は、経験を「反省」することによってなされる(貫成人『経験の構造―フッサール現象学の全体像』勁草書房、2003年、p.227)。川端の物語研究では方法としての「反省」が明確でない。調査者の科学としての反省(民俗学では内省という)をどのように記述するのかについては、森栗が「実践政策学のためのエピソード記述の方法序論」に仮説と試みを提示している。

 物語分析の方法としては、間主観性あるいは相互主観性のなかにある構造、「確信成立」の条件を確かめることである。そのためには物語の筋(プロット)を確かめ、経験の組織化をして意味を問う。物語の隠喩も、類を示すことである。これは、フッサールの経験の構造からエヴィデンスを取り出そうとすることとも共通する(森栗、前掲)。

視点取得(前掲では構造観取と表現)による「物語と共感」については、(西山雄大、加藤君子、川嵜圭祐、長谷川功:視点取得と中心性の協働、人工知能学会全国大会論文集27th,2013)に詳しい。 

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2017年5月30日 (火)

道路空間再編は新たなステージへ

千田祐一郎「道路空間再編は新たなステージへ」『CFK NETWORK 』018、2017、p.p.13-14
 なんとなく欧州は、クルマ中心ではないカッコいい都市景観と承知していたが、若いコンサルタントの眼から、学ぶことが多々あった。
■ロンドンのエキシビジョン道路0.8㎞・・・人、自転車、バス、自動車が道路を共有する。統一した舗装デザイン、ガードレールや縁石をなくすと、運転手は注意してクルマを動かす。ロンドン市交通局によると、ガードレールを撤去するほうが事故率は提言する。
■道路でのクリスマスマーケット・・・フランスでは道路占有には使用料が発生する⇒日本の道路法の道路協力団体は無償で使用できる。もっと、協力団体の工夫をしやすくし、道路を中心とするエリアマネジメントを推進せねばならない。
■バルセロナのスーパーブロックプロジェクト・・・地区内自動車は時速10㎞制限⇒日本のゾーン30って、クルマに甘い。

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2017年4月19日 (水)

桂木『すれっからしの公共心』

桂木隆夫『すれっからしの公共心』勁草書房、2009年
理想の公共心などないが、「正直」が大切ⅰ
なずまず、捨てず(動態バランス、距離感覚)ⅱ
多様な生活の相互調整と相互寛容が自由で理性的な討論によって達成されるとう観念はリベラリズムに共有されている信念です p91
 ⇒欧米流の寛容には、理性によって不寛容を否定(し)…立憲主義と自由な民主制という受け皿を示す p92
 ⇒⇒多様な生活の摩擦や対立を解決するために性急に理性的討論に訴えることによって、かえって対立と摩擦を激化させることになる場合(がある) p92
  ⇒⇒⇒(だから) 多様な生活の相互調整と相互寛容は当事者の理性的討論と自発的秩序感覚と市場の動態バランスを通じて達成される p93
(ムーンによれば)生活者は、さまざまな対話実践を通じて、公的決定に参加するだけでなく、自由な社会的空間を作り出すます。
       →生活者の経済活動参加、ボランタリー活動、宗教活動 p96
この対話的実践には、代表民主制における政治的対話だけでなく、市場における経済的社会的対話の実践も含まれているp97
日本および東アジアには、差異を差異として認めてそれをルール化するという視点が乏しい。けれども、他方で相互変容(習合)としての寛容の精神についていえば…他者と折り合いをつけ、それによって自分が変わっていくという相互変容のエートスがある p113
 ⇒だから、政変がおきても天皇は殺されない
 
 
 

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民を主 より 公を共に パラダイム(物語)シフトせよ

村山皓『政策システムの公共性と政策文化』有斐閣、2009年
・民主性に依拠するシステムより公共性に依拠する依拠するシステムの方が、公民関係においてより良い機能を果たしうるⅱ
・「治者と被治者が同一である」という民主性の物語は…公的領域でのシステムの発展をもたらした。社会の制度や文化の基盤となるそのような物語をここではパラダイムと呼んでいる。…民主性のパラダイムがその限界に達するなら、新たなパラダイムへの転換が起こるかもしれない。私は、公共性のパラダイムは、人々の消極的な「了解」を通じて、「公」を「共」にできていることでを担保することで、統合の秩序を形成する物語と捉えている。…民主政治システムの機能が、人々の指示や要求の入力から政策や決定の出力への変換であるのに対して、(公共政策システムの機能は)政策への人々の評価の入力から、政策や決定の出力への変換 ppⅱ—ⅲ

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2017年4月18日 (火)

公共哲学とはなんだろう 桂木隆夫

公共性とは 利他主義的な協力p1
公ー公共ー私 p10 公共:広義の市民社会
  参考:17-18世紀 ロンドンのコーヒーハウスにおける 市民的公共性 公共的討議空間
                        判断力を(教養と財産を持つ)市民の議論 p22-3
                           ハーバーマス『公共性の構造転換』p52
対話的合理性によって形成されるハーバーマス的な討議の空間 ⇒ コミュニケーションの反省形態(齋藤純一『公共性』2000年、p.p.33-34)

 

                         熟議とは 相互変容を前提とするp183
                                  ⇒パレート最適をみつけることp203
                                  ⇒相乗共生 p274=innovation
 
対話的合理性(ハーバーマス)=目的合理性ではなく、他者理解(合意)を前提とする合理性 p27
 
サンデル 共同体主義の公共哲学
  「自由にはコミュニティ意識や公共心が必要」 p60
  リベラリズムの自我は、空疎な自我概念、「負荷なき自我」として批判し、
  …中立などない…地域社会やコミュニティに「負荷ある自我」を
  リベラリズムは悪しき相対主義で、加害者の人権をいうが、
  公共は道徳に介入すべきp60-61
   人権ではなく コミュニティの公共善を尊重する立場 p69
       ただし、草の根民主主義が、いつのまにか草の根全体主義になる危険性をはらむp67
  多元的な文脈における自治を担う市民 生活の場において多面的に責任を負う交渉力が市民に求められるp77
活私開公 p96
市場の倫理性 責任を負い、リスクをとり、カネを儲けている人たちは社会の役に立っている…労働者だけでは富を創出できない。富を創出し、雇用を創出する起業家が必要であり、経営者が必要だ(ヤーギン・ダニエル、スタニスロー・ジョセフ『市場対国家』1998、日本経済新聞社p.p.169-170)
市場の平和性 市場的公共による平和的空間 ジンメルが説く (桂木『自由とは何だろう』2002、p136:森栗『河原町の歴史と都市民俗学』の都市定義) でも、油断のならない平和p218
相利共生 と 相乗共生 ;前者は 利益配分の均等 フェアネス が判断基準。後者は、相互変容によう価値向上を意味する
 
 
 

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政策実現 トリガー(引き金)と合理性

倉阪秀史『政策・合意形成入門』勁草書房、2012年p.p.40-45
トリガー(引き金)には、①事件・事故 ②イベント ③外圧 ④イニシアチブ(強い意志) ⑤判決 ⑥政策の連鎖(総合法、上位法との整合) ⑦制度化された政策変更 がある
 

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大きな声に対処する 老人の役割 宮本常一

『宮本常一著作集10』未来社、1971年、
 大ぜい集まって話し合っていた。その中の一人が大きい声で何かしきりに主張していた。…ところが一人の老人が、「足もとを見てものをいいなされ」といった。すると男はそのまま黙ってしまった。p.27
 農地改革で皆が自己主張したとき、(老人が)「皆さん、ともかく誰もいないところで、たった一人、闇夜に胸に手をおいて、私は少しも悪いことはしておらん、私の親も正しかった、祖父も正しかった、私の土地は少しの不正もなしに手に入れたものだ、とはっきり言いきれる人がありましたら申し出てください」といった。すると、今まで強く自己主張していた人がみんな口をつぐんでしまった。p.26

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2017年4月12日 (水)

本田正明「地域に必要とされるゲストハウス開業合宿」に参加

よかネット126、2017年。
 車座の合宿の参加体験記。くるま座という形がおもしろい。そこに九州のコンサルの本田さんが参加して、記録を残しているのがおもしろい。
■夕飯、朝飯、風呂も必要なし。地域でシェアできる地域まるごと宿が良い。
■ペルソナ(想定する顧客像)を設定し、10年後もやっているイメージを持つ。楽しみながらやる。
■台所をビジターと地元との接点とする という本田さんのアイデア(空家活用)
■資金調達・事業収支 客単価3000円で2人スタッフをまわすには 300人の利用が必要
   ゲストハウスの稼働率は良くて5割なので、20人が泊まれる部屋
  ⇒でも、それは通常、難しい。
以上、 他の事業、新しい学校設置なんかでも結構、応用できるだろうと、思った。


 

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2017年4月 3日 (月)

ソロー 野生 意思に応答する 自由・愉快 延藤安広の言葉

延藤安広先生のFBに、今福龍太「ヘンリー・ソロー、野生の学舎」に読みふけり、ソローの35歳の時の日記に「野生(wild)の人間とは、意志を持った(willed)人間のことである」を紹介し、ただ頑固なのではなく、「揺るぎなきみづから意志を保ち続ける人」でありたい! とある。
  先生の若々しい感動した。
 「野生」とは「獰猛」とか「野蛮」を意味するよりも、敏捷で自由で愉快さなどを言うとすればとあり、意思を探す作業、楽しい自由を見出す努力を決意されている。
 そして、
森羅万象のなかに表明された「意志」を感じられるようになりたい。人工環境のなかに潜在する「意志」ー例えば、「砂漠」のような駐車場に、一部でも「オアシス」的場所への変身願望ーを読み取り、「経済戦場」の修羅場を乗り越える方策をひねり出したい!「事物の発する精気と応答」していきたい!と、ヘンリー・ソローと今福龍太から触発された。
 とある。こちらも間接的に触発された。

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2016年11月 8日 (火)

ストック効果と社会的共通資本に対するコモンセンス

 宇沢弘文は社会的共有資本とは 自然、制度、インフラ の三要素からなると指摘し、それを認識するコモンセンス を説いている(宇沢「社会的共通資本 の論理 」)。 「社会的共通資本 の論理」では、自然破壊としての水俣病、温暖化。制度資本(教育、医療、金融)。自動車の社会的費用や都市など複合インフラ。この3つの課題が論じられている。自然や制度、都市を社会的共通資本として守ることを説いている。
 一方で、高速道路などに関して、その建設の効果を、計測できる効果(時間短縮、経費削減、事故減少)の三便益のみで計上することが通常である。しかし、効果の数値計測しやすい一部だけを取り上げて評価するだけでは、複合的な自動車の社会的費用を自動車が十分に支払っていないのではないかという宇沢の疑問には答えられていない。また、国民も納得していない。ストック効果をどう表現するかは、今日の道路政策の大きな課題である。
 自動車の社会的費用のように、インフラのマイナス効用を議論することも重要であるが、一方で、我々は既存インフラを所与として考え、社会的共有資本として正当な評価を忘れがちでもある。インフラは、誰かが勝手に用意するものであって、良き点については所与(当然)として意識しない傾向がある。
  計測できない社会的共通資本に対するコモンセンスを発見することも、一方で重要ではないか。複合体である地域生活全体を素手でまさぐるようなコモンセンスの考果が重要だ。高速道路のストック「効果」ではなく、ともに考えるプロセスの共有=考果が重要である。
    1776年に「コモンセンス」を書いたトマス-ペインは、ワシントン、ジェファーソンなどが議論する大陸会議で、小さなイギリスがアメリカを支配することがおかしいと問題提起している。数値ではなく、論理でおかしいと議論し、フランス革命の意味をコモンセンスとしてアメリカに伝え、議論を起こした。
 インフラの価値を所与と考え、共有できない国民に、数値では示しえないコモンセンスを議論することが重要ではないか。数値計測しやすい一部だけを取り上げるだけのストック効果とは異る説明は重要だ。インフラに対するコモンセンスの呼び起こし、議論する。ストック効果とならんで重要なのは、生活者とともに考える「ストック考果」ではないか。三便益のみならず、「ストック考果」のコモンセンスを議論することこそが、今、求められているのではないだろうか。

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2016年9月22日 (木)

ボランタリー経済、自発する公共圏、信頼と創発、ブリコラージュ、会所、結、講、座、連、わらしべ長者、鉢をまわす、持ち寄り・持ち前,つながるカフェ,ボランタリー経済の誕生,

1 ボランタリー経済の登場
■まちづくりには、「まちの魅力発見・発信」という、楽しめながら取り組める要素と、「合意形成」「利害調節」というゴリゴリ進めていかなければいけない要素とがあります(山納2016、P62)。都市計画の個別計画(ここでは、街づくりとよぶ)は後者であろうが、ソフト事業や経済の創発(ここでは、まちづくりとよぶ)は前者であり、ここでは前者を対象とする。
■「持ち寄り」
伝統的コミュニティでは、情報の独占・秘匿ではなく「持ち寄り」があり、個人の「持ち前」が村中で共有された。近代は、組織による知識の収奪・秘匿による、利己的利益最大化をめざし、こうした弱いシステムを壊した。しかし、現代のネットワーク社会では、知識のシェアウェア(「持ち寄り」)が発達し(金子他1998、p.p.10-11)、そこにイノベーションの可能性がある。
シェアウェア経済は「継続的な関係を保つに値する相手を選別する仕組み」「つながり」の継続で経済を成立させる仕組みである(金子他1998、p.p.50-53)。
■パートナーシップの登場
人間の行動には、
①利己的行動(市場経済システムの適者生存にもとづく)
②利他的行動(ゲーム理論の相互作用や協力関係にみられるような)
がある。生物進化では、多様性を維持するのは、①利己性、②「相互利益関係」(相互編集・共生)の双方は二律背反しない。そうした多様性のなかでパートナーシップによる進化がおこる(金子他1998、p.p.166-178)。
 対話とは違い、ズレ、ゆれを認識し、相手のみならず自己に問いかける、相互の間を埋める編集作業である(金子他1998、p.p.377)。コミュニケーションによる編集の結果、パートナーシップが生まれる。
■経済システムを動かしているもの
市場経済は複雑骨折し、市場の失敗を忌避する福祉国家論と、国家の失敗を避けたい小さな政府論との間で右往左往している(金子他1998、p.p.8-12)。だから、かつてほど経済予測は信頼されていない。
経済システムを動かしているのは、包括的な知識とか統計的に集計された(著者補足:近代の)大きな知識(による市場経済システム)ではなく、社会のさまざまな場面に従事している個々人が、それぞれ不完全なままに、お互いに矛盾するものとして分散的にもっている小さな知識である(山納2016、p172)。大きな知識は、組織や行政の威信による信用に担保されているが、今や、その維持は難しい。分散的にもっている小さな知識は、連携による信頼でなりたっている(金子他1998、p.p.77-74)。
政府は「信用担保」「妥当性確保」をし、民間が小さな知識の編集によって信頼醸成、サービス創造をおこなう。政府は信用や妥当性のために、情報公開・共有、評判システム(モニタリング)、メタルールの設定をおこなう(金子他1998、p317)。
その個別的分散的知識の相互編集が、コミュニケーションである。
■ボランタリー経済とは
 個別的分散的知識の相互編集による経済がボランタリー経済である。それは
①新たな経済文化の動向のことで、その動向はボランタリーコモンズ(共有知、自発する公共圏)領域でおこっていく。(ボランタリーコモンズは「共有地」であり「共有知」)
②多様な財が持ち寄られ、共有され、編集されていく、その「つながり」がもたらす価値生成のプロセスそのもの
である(金子他1998、p.p.14-40)。
■ボランタリー経済の必要性
市場経済システムや強制力による執行に裏打ちされた強い意思決定システムは、限界に来ている。それよりも、自由な意思が関係強化を求め、間世界をひろげる「弱さを内包するフラジャイル(弱さ)なシステム」が必要なのだ(金子他1998、p.p.36-40)。
■ボランタリー経済の手法
間世界をひろげる連鎖交換は、藁しべ長者(金子他1998、p390)にみられるような、おうむ帰しによる対話法が、有効である(金子他1998、p.p.179-183)。また、信貴山縁起物語にみられるような、都、村、山、個々に異なる富概念を外部知識者(山:山岳宗教者)が編集し、流通イノベーションを起こしている。外部知識者による編集は、鉢という道具を使い、お鉢を回していた(金子他1998、p.p.392-396)。
レヴィストロースは、間世界をひろげ物語を作る人を想定している。物語を作る人は、 ブリコラージュ(寄せ集めの器用仕事、臨機応変)によって、当事者であるかのごとき動的な視線を導入している(金子他1998、P377)。
 間世界をひろげる連鎖交換(お鉢をまわす)のための手法には、おうむがえしと、外部知識による鉢まわし、ブリコラージュが重要なのである。みんなでつくるあり合わせのブリコラージュこそ、クリエイティビリティや生産性があがる創発モデルになる(山納2016、 p177)

2 日本中世にあったボランタリー経済共同体
 日本には多様な自発的社会組織があった。外部の「弱者」であるネットワーカー(漂白者・遊行者)が出入りするボランタリーな共同体があった。この共同体は、情報に敏感、経済に敏感、娯楽に敏感であった(金子他1998、p.p.216-221)。
①会所:コーヒーハウスや茶の湯のようなクラブ=サロン型のしくみ(広い意味でのボランタリーなコミュニティ)が、経済と文化を同時に創発してきた。武士・禅僧の茶の湯による会所や、町衆(地下)の会所、納屋十人衆などはサロン型合議であり(金子他1998、p.p.114-116)、好み(金子他1998、p118)によって運営され、車座、寄り合いによる水平の合議による編集をしてきた(金子他1998、p117)。
 衆議による権力との対立があっても、衆議和合を基本に結束して対処した。
②結;共同体ごとの生産性・流通性に結びついた多様なサービスを用意した相互援助システム(フルーツバスケット)。短期の等量労働力の交換的な水平契約である。「知識結(外部の善知識を入れる)」こともある。構成員の活動の多様性を保証し、労働とともに神や物語、芸能があることで、共働の不平・不満を回避してきた(金子他1998、p.p.221-225)。
②講;共同体の不確実性に対処する(救済)ために議論した。山林・海洋資源保全のための山の神講・海神講があった。頼母子講、無尽など拠出しあった資金を用した利益で保険・貸付機能を持つ講もあった。
同業組合の講や、勧進(寄付)のための講もあった(金子他1998、p.p.225-231)。
③座;祭祀共同体からの発生し、全員にロールがあり座が決まっていた。神事の後に直会(共食)があった。神事の座が惣村の座になることもあれば、産業ごとの座、芸能の座などへと発展した。惣村では「衆議」の決議で「公」として発言・交渉し、有事には戦闘体制にもなる。(金子他1998、p.p.232-239)
④連:同好のネットワークであり、評判で評価された(田中優子『江戸はネットワーク』)

3 ボランタリー社会のつくり方
コモンズのゲーム(囚人のジレンマのような課題)は、何らかのルール(自生した規則性=制度感覚・もてなし=ホスピタリティ)とロール(自発的に割り振られた役割性=組織感覚・ふるまい=パフォーマンス)とツール(交流のための道具性=メディア感覚・しつらい=デバイス)によって、突破された。こうして自発的に活性化する新しい社会運営システム(金子他1998、p.p.139-152)が可能となる。
 これを、住民協働のまちづくりに則していえば、誰でも受け入れるオープンな場 と、住民・専門家・行政など個々に役割をはたすこと と、地域全員に伝えるメディア という理解もできる。
ニータ・ブラウン、ディビッド・アイザックス「ワールドカフェ」によれば
多くの新しいアイデアや社会的なイノベーションは、カフェやサロン、教会、リブングルームなどでのインフォーマルな会話を通じて生まれ広がっていった・・・カフェ的対話は人間社会における知識共有や、変革、イノベーションがおきるときの深くいきいきとしたパターンが現れている小規模なレプリカだったのではないか(山納2016、p168)
 このような、自発性にもとづく脆弱な魅力(知財)を編集する作業は、創発や創発するためのつながりづくり(金子他1998、p.p.164-164)に役立つが、総合的なまちづくりでは、おおきな場面展開(イノベーション)をもたらすものとして期待される。
 
金子郁容、松岡正剛、下河辺淳『ボランタリー経済の誕生』実業の日本社、1998年
  山納洋「つながるカフェ」学芸出版、2016年

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2016年9月20日 (火)

宮本常一、酒と歩み寄り、篤農家、そしてバラバラに出稼ぎ

宮本常一に酒に関した文章がある。「異民族が少なかったから、日本人は自分で喋れない、酒の力を借りる。落語・講談の環実に語らせる。だから、会議や討論をしない。異なる意見の歩み寄りが大事だった(宮本常一著作集15『日本を思う』154)」
 良いかどうかは別として、理詰めだけでは日本の社会は動かない。納得いって、歩み寄ることが大切だった。その歩みよりは篤農家がリードしたと、宮本は考えていたようだ。
 篤農家は技術者であり経営指導者であり、教育者であり、郷党のなかにあった。しかし、S23の農業改良助成法による農業改良普及員になると、経営ができず、篤農家は沈黙した。補助金がで人々を誘った。こうして、自分で考える自主性、支えあう力を失った。(宮本常一著作集15『日本を思う』245)
 このようにして、歩み寄るリーダーを、日本の村は失い、バラバラと出稼ぎするようになる。その様子を、宮本は「出稼ぎ貧乏」として記述している。
 岡山県奈義は名神高速(の工事)に600人出た。(工事出稼ぎによって)夫婦別居となる。すると、飲酒、博打、女の味が出る。役場近くの30戸のうち7軒が飲み屋である。出稼ぎに行くほど貧しくなる。
 食管法で(農家が)管理され、35年頃から、最初、鶏肉の買占めがあり、次に豚肉。S44年から自主流通米が入ると、コメも三井、三菱が酒米を買いあさる。伊藤忠は米菓用もち米、丸紅飯田は、米菓・ビール用屑米を買いあさる。挙句、海外との競争。独立独歩、村の自主性などあろうはずがない。(宮本常一著作集15『日本を思う』271-272)
と、宮本は書いている。
 徳島県阿波市の山中でも、農家の老人から、同様の話を聞いた。
戦後に、それ乳牛だといって、補助金でサイロを建てたが、酪農では食べていけなかった。今度はバイオマスだという。施設は作ったがうまくいっていない。結局、子どもは麓におりて、会社勤めをしている。

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2016年9月17日 (土)

墓と位牌の継承・断絶に関する合意形成(15/02/15修正)

T家では、30年前、姉妹の妹のつれあいを養子T.Sとし、田舎の墓5基、位牌・仏壇(真言宗)、神棚を当主T.Suが守ってきたが、30年後、死亡した。
① 養子T.Sは、当主T.Su葬儀の後、真言宗檀那寺に「祭祀・維持困難として、大阪一心寺納骨(浄土宗:無宗派受入・全骨1.5万円、練り合わせ骨仏とする)を検討していることを伝え、T.Suの火葬骨を自宅に持ち帰り、四十九日法要は檀那寺は遠いのでと、ペンディングとした。
【家・仏壇・墓継承を前提としている檀那寺に、墓ではなく無宗派納骨の意図が伝わりにくい。が、苦悩を公開、共有することはできた】
② T.Sは、つれいあい(元真言宗)と相談の上、つれあいが懐く浄土宗・真言宗の違和感を推量し、墓じまいにともなう5骨壷を納骨(全骨)としてHPから高野山持明院納骨(10万円×5柱)を検討する。
③ 檀那寺から手渡された書類に「(地域の)8ヶ寺高野山供養塔納骨申し込み3万円」を発見。T.Sは、檀那寺に、田舎での四十九日供養、8ヶ寺高野山供養塔への全骨納骨を電話で申し入れ、事前相談を申し入れる。
【家と墓をセットで考える檀那寺は、分骨による高野山納骨を前提としているので、全骨納骨の意図が理解できない】
④ 事前相談の前に態度を確定したいT.S夫婦とT.Su未亡人は、高野山奥の院に行き、納骨の可否を相談する。⇒「分骨3万円が前提で、全骨納骨はない」との返事。
⑤ ②③④「奥の院では全骨納骨できない事実」を前提に、高野山奥の院茶処で家族で相談した結果、
 ・四十九日は檀那寺に執行をお願いする
 ・墓じまい、位牌性根抜きの後、すべての骨を分骨し、喉仏等は(地域の)8ヶ寺高野山供養塔に分骨納骨する
 ・その他の全骨は、一心寺に納骨する
 □その方向で、檀那寺には面談して理解を求める
                       とした。
これを、交通まちづくりに即していえば、
①は、当事者(利用者)の意向を情報公開・檀那寺(事業者)と共有化した
②では、当事者共同者間(住民間)のおりあいを確定した
②+③ データを集める
④ 現地でヒアリング。全骨不可というトラブル臨床状況
⑤ 現場の絶望の緊張感のなかでの、方針・対処・工程の合意形成
その上での、檀那寺(事業者)との交渉

これって、私のことです。合意形成づくりの勉強してきて、その手順が自分の家族の課題解決の合意形成に役立った!

 

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2016年9月16日 (金)

墓じまい、仏壇とじ、位牌 高野山と一心寺(修正追加)

 個人的なことですが、近年、家族に不幸が連続し、夫婦でその対処に翻弄されました。福山市駅家の妻の生家から、妻の母87歳を迎え、やつれた状況から、最近、やっと生気を取り戻しました。
 経費は極めて軽微となりました。離檀料200万円、納骨30万円などという世界とは、まったく異なる、故郷ととのコミュニケーションを残した形で、家族の誰もが理解できる形ですすめることができました。
 妻の故郷の墓地の墓じまい、都市での墓地または集合納骨、位牌・仏壇、屋敷神をどうするか。これまで、結婚にあたって妻の戸籍に入り、30年余、悩んできた問題を、夫婦で話し合い、一気に解決しました。ついては、これまでの経過を報告します。
 他にも悩んで居られる方がいると思います。もっと大変な介護を抱えつつ墓問題に悩んで居られる方もあると思いますが、少しは参考になるかと、公開します。
墓じまい、仏壇とじの工程表
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改葬申請書
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納骨のご案内(一心寺)
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2016年8月 9日 (火)

蟲明先生にお話を伺う(解釈意訳)

住民主体に道路計画全体を投げてしまうやり方は、妻籠や彦根の先例があった。彦根のキャッスルロードの計画が紛糾したとき、あるプランナーが「そこまで住民がいうなら、何も決めず、白から住民がやったらよい」と住民主体に計画を掘り投げたそうです。住民は「そんなこと言われても」と困るが、「わしはプロや。知っている知識で支援する」としたそうです。
 それでも、住民は「市から計画づくりを受託してるんやから、お前の計画を押し付けてくるんやろ」とかんぐる。そんなとき蟲明先生は「市とは住民へのお手伝い契約や。想定図面なんかない」と言い切る。
 とはいえ、契約は「
課題設定、整備方針、計画、住民参加研究会」となっているが、 必要に応じて住民参加研究会を充実させることができるようになっている。こんな柔軟な計画は随意契約でないと難しい。
 計画だけではなく事業でも、
行政は事業をするなと、蟲明先生は考えている。米国では公的土地を提供し民間で売り上げを上げてもらえれば、消費税だから、市の財政に貢献する。だから民間に任せられる。ところが日本は固定資産税だから、最初から儲からない物件でも、国の補助金でもあろうものなら公的投資してしまう。だから、行政が先に絵を画いてしまう。だから、住民の前に出すともめる。
 こうしたなか、住民主体に任せ、行政用語を通訳できる、制約条件を通訳できる、いわば介護保険のケアマネージャーのような役割が大切。実際のまちづくりには、交通も植物も経済も、多様な知識が必要となる。
 住民を賢くするために、多様な専門家に問いをたてる、もし自分がわかっていても問いをたてるコーディネータが大切だ。なかでも、本当の専門家は行政マンだ。行政に問いをたてることが重要だ。
 マンションでは修繕積立金、共益費で一緒に考えねばならんことが多々ある。マンションこそ、住民主体で管理をやったらやったら良い。

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